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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
32/69

第28話  誰かさんはトラブル招来体質?その3

 どれくらい走っただろうか。


 いつの間にか甲竜の咆哮は聞こえなくなり、大地を叩き付けるような振動も消えていた。


「ま……待ってくださぁい……」


 魔道士の女が大きく後れをとっていることに気付いた騎士風の男が、ゆっくりと足を止めた。

 それに倣い、それぞれ子供を抱えていた私とユウも足を休める。

 ぜぇぜぇと苦しそうに呼吸しながらようやくのことで追いついてきた魔道士の女は、杖で身体を支えるようにして息を整える。立っているのがやっとの様子だ。


「大丈夫か?」

「……げほっげほっ」


 無表情ながら気を遣うように声をかけた騎士風の男に返ってきたのは、咽喉に異物が張り付いているかのような咳だった。どうやら一言喋るだけの余裕もないらしい。


 それも仕方ない。様々な樹木の根が張り巡らされている地面を全力で駆けるというのはなかなかに辛く、神経を大いに削られる。

 斯く言う私もそろそろ体力が限界だ。さすがに子供を抱えながらの樹海走破は辛すぎる。


 少し休まないと身体が持ちそうにない。ひとまず子供を降ろして樹の幹にでも座ろう。


「――……ッ!」

「怖いの?」

「………………」


 しかし、抱えてる男の子を一旦降ろそうとすると、激しくイヤイヤと首を横に振りながら強くしがみ付いてきた。

 これでは休むことができないのだが、脅えて震える子供を無理矢理突き放すのは忍びない。

 仕方なしに、私は休むことを諦めて男の子を抱え続けることにした。「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」と、そっと囁きながら頭を撫でてやると、強張っていた男の子の身体から力が抜けていくのがわかった。私が抱き締めることで恐怖が紛れるのなら、しばらくはこのままでいてあげようと思う。


「暗くなってきたね」


 子供をあやしていると、同じように女の子を抱えているユウがそんなことを呟いた。

 頭上を見上げてみると、確かに木々の葉を縫って零れ落ちる陽光が弱まっていた。季節はもう秋を過ぎ、冬に差し掛かっている。日の傾きが早いのは必然であり、おまけに樹木の枝葉のせいで必要以上に辺りは薄暗い。このままではあと幾許もしないうちに、走るどころか満足に歩くことすら不可能になるだろう。


「今日中に樹海を抜けるのはもう無理だな。どこか野営できそうな場所を探そう」

「そうだね」


 騎士風の男の提案に同意したユウは野営できそうな場所を求めて歩き出す。そこで思い出したかのように振り返り、言った。


「そういえばまだ自己紹介してなかったね。あたしはユウ。そっちの男の子を抱っこしてるのはセフィーア。貴方達の名前は?」

「俺の名前はファスティオだ。こっちの女は――」

「フェルミと……ハァ……ハァ……申します……げほっ」


 どうでもいいけど、貴女はもう少しスタミナをつけるべきね。


 ◆◆◆


 ソーイチと離れ離れになってから2時間が経過した。とっくに日は落ち、私達のいる僅かな空間を除いて樹海は黒一色に染まっている。

 樹齢1000年は超えているだろう大木の根と根の間に丁度いいスペースを見つけ、そこに野営することにした私達は、今はそれぞれ好きなように寛いでいる。

 

 しかし、焚き火が明々と辺りを照らしながら夜の闇を食らっている中で、私の心だけは仄暗い闇中に囚われていた。


 ソーイチ……今頃、アイツはどうしているのだろう?あのあと、無事に甲竜から逃げ出せただろうか。ランクSS-のグリアズ相手にあれだけ粘ってみせた男だから、さすがにランクAの甲竜程度に後れをとることはないだろうけど……万が一という言葉もある。


 というよりも、またソーイチを囮にして自分達だけ逃げているこの現状は、まるで"あの時"の再現ではないか。


 自己嫌悪と一緒になって脳裏にフラッシュバックするのは、口から血を吐いてボロ雑巾のように倒れ伏す無残なソーイチの姿。


 今回もまた、あの時のように手痛い傷を負わされてしまっていたら、どうしよう。この暗闇の中で、たった一人で傷に耐えているのだとしたら――


 どうしよう、どうしよう……!


 そう考えると、居ても立ってもいられなくなる。


 今すぐにでも探しにいきたいが、膝の上で寝息をたてている男の子を放っていくわけにもいかない。

 子供達は無理な緊張を強いられていたせいか、夕食を食べ終わった途端に気を失うようにして寝入ってしまったのだ。


 甲竜から逃亡する際に、うっかり来た道から()れてしまったのが運の尽き。ちゃんと辿れていれば、せめて子供達だけでも村に返せたのに……。


 何もできない自分にどうしようもない歯痒さを覚えて、男の子の頭を撫でながら俯いていると、唐突にユウが自らのお腹を軽く叩きながら立ち上がった。


「さてと。膨れたお腹も休めたし、私はソーちゃんを捜しにいってこようかなっと」


 そう言うや否や、ユウは自分のスペースバッグから布と油が入った瓶を取り出すと、そこらへん落ちていた木の枝を拾って松明を作り上げる。


「探しにって……この暗さじゃ無理よ」

「大丈夫。あたし、こういうのには慣れてるから」

「な、なら私も!」

「寝てる子供を起しちゃだぁめ。それにセフィの体力じゃ夜の樹海は厳しいと思うよ? 明け方までは戻るから、ね?」

「……ん」


 自分でもそう思っていただけに、ぐぅの音も出ない。仮に無理矢理同行したところで、ただの足手纏いにしかならないのは目に見えている。


 悔しいけど、ここは耐えよう。私の我が儘でソーイチの探索の足を引っ張っては元も子もないのだから。


「俺も付き合おう」


 話が纏まりかけた時、項垂れる私を見兼ねたのか、それまで黙って成り行きを見守っていたファスティオが静かに口を開いた。

 さすがにこの展開は予想外だったのか、ユウも目を丸くしている。


「え? でも――」

「自分で言うのもなんだが、人より夜目は利くほうだ。それに何事も1人よりは2人のほうが効率がいい」

「んー……わかった、あたしについてきて」


 小さく頷いたファスティオに満足したのか、ユウはちらっと私を一瞥してきたあと、軽く手を振って樹海の闇へと消えていった。


 人が2人も欠けたことで、樹海の静けさが跳ね上がる。子供が寝息をたてている手前、この方がいいのかもしれないが、どうにも落ち着かない。いや、落ち着けない。


 ああしてユウとファスティオがわざわざソーイチを探しにいってくれたというのに――どうして?どうして私はこんなにももどかしい気分でいるの?


「すぅー……はぁー……」


 落ち着け。落ち着け。


 忙しなく取り乱す心を静めるように、私は夜空を見上げた。


 空は黒に染まっていた。

 見渡す限りに暗黒の虚空が広がり、その無限遠の彼方で輝く星々の灯が、夜の空を儚く彩っている。


 大地を這う人々に様々な感情を想起させるだろうそれ等は、今日も変わらずそこにあった。


 私はどこまでも透き通るような青空よりも、触れれば忽ちに消えてしまいそうな儚い輝きを所狭しと散りばめている夜空の方が好きだ。


 ソーイチもこの樹海のどこかで、私と同じように夜空を眺めているのだろうか。


 そこでふと、いつぞや教えてもらった星々の輝きに関する話と、そんな話を語って聞かせてくれたアイツの寂しそうな横顔を思い出し、少し胸が重くなった。


 でも、寂しそうな顔をしていているときは、その度に手を握ってあげればいい。それでアイツが笑顔を取り戻すことは実証済みなのだから――てぃん!ときた。そうだ、ソーイチは今きっと寂しい思いをしているハズだから、アイツが戻ってきたらまず手を握ってあげよう。うん、そうしよう。私、ナイスアイデア!

 

 か、勘違いしないでよね。べ、別に私が寂しくてそうしたいワケじゃないんだからねッ!


「もう……」


 私の意志などお構いなしに勝手に熱を溜め込んでいく頬を冷ますべく、私は夜風に身を任せる。


 うん、でも、そう考えたらなんか一人で不安に思ってるのがバカらしくなってきた。あの自称、少しばかり武芸を嗜んでいたらしい異世界人が――なんだかんだで舞い込んでくる厄介事の悉くを余裕かまして処理していくアイツが、そう簡単にピンチに追い込まれるところなど……まぁ実例があるからなんともいえないけど、それはともかくあまり想像できないということにしておく。


 そんなことを考えていたら、フェルミが柔らかく微笑みながら私に問いかけてきた。


「どうかしましたか? セフィーアさん」

「いいえ。なんでも」


 ちょっと恥ずかしくなりながらも平静を装ってそう答えると、彼女もそれきり何も言わなくなった。寝息を立てている子供達に気を遣ったのだろう。


 フェルミの膝を枕にして眠っている女の子はいい夢でもみているのか、笑顔のまま時折パクパクと唇を動かしつつ熟睡している。魔物に襲われ、まだそのテリトリーから脱していないというのに、この寝顔。実はなかなかに大物なのかもしれない。


 そんな女の子のあどけなさについ口元を緩めて眺めていると、私の膝で寝ていた男の子が目を覚ましたようで、むくりと身体を起こした。


「あぅ……ごめんなさい……」


 寝起きでよく回っていない頭でも、自分が他人の膝を枕にして眠っていたことはすぐに理解したらしく、眠そうに目を擦りながら謝ってくる。


 生意気盛りな年齢の割には殊勝な態度だ。きっと根が大人しい子なのだろう。


「まだ眠いでしょう? 無理しないで寝てなさい」


 私は男の子の身体を寝かせるように傾けさせると、その小さな頭を再び膝の上に乗せる。

 男の子は全く抵抗せず、身体が横になった途端に再び寝息をたて始めた。

 子供の穏やかな寝顔を見ていると、心が癒される。


「あの……少しお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「なにか?」

「もしや貴方は、クレスティア皇国天輪十二貴族ベルウィンド家の次期頭首様ではございませんか?」

「――!」


 脈絡のない問い掛けに一瞬息が詰まるが、なんとか動揺を表に出すことだけは避けた。


 いくらなんでも唐突過ぎるでしょー。もう少し社交辞令とか述べて相手と親しくなってから踏み込んでくるのが大人のマナーってものでしょー。


 まぁそんなことはどうでもいい。それよりも、この女はどうして私の正体を知っているのか考えなければ。


 むむぅ、確かに皇国にいるときは社交の場にも何度か出ていたし、家柄が家柄なので、皇国貴族で私の名前を知らぬ者はいないっていうのは間違いないけど……。


 ただ、私が出席したパーティー等は全て自国のみであり、そこらへんの木っ端貴族がおいそれと出席できるような程度の低いものではない。


 私の名前は知られていても、私の容姿を知る者はほとんどいないハズなのだ。


 ……にも関わらず、目の前の女は私の正体を看破してみせた。


 彼女はいったい何者で、彼女の問いにどう答えるべきか少し逡巡したあと、私は言葉を紡ぐ。


「そうよ」


 誤魔化そうかとも考えたが、やめた。

 口調は疑問形でも、女の目は確信の光を伴っている。これでは些細な嘘を吐いたところで意味はなさないだろう。

 それに無駄な問答に時間を裂くのも面倒だ。


「さて、私は正直に答えたのだから、貴女も私の問いに答えてもらう。貴女は何者? どうして私の正体を知っているの?」


 まさかお父様から差し向けられた追手とも思えないが、仮にそうだとしたら、悪いけど樹海を脱したときにでもピノで蹴散らさせてもらおう。

 そんな内心の警戒を知ってか知らずか、フェルミは軽く微笑んで言った。


(わたくし)の名はフェルミ、姓をコーレルと申します」

「コーレル……?」


 聞いたことのある名に、私は思わず眉を顰めた。


「――! コーレルってまさか、皇国最強の戦術魔道士と謳われた元皇国軍第一魔道戦隊長の――」

「はい。ですが、直接の血の繋がりはありません。15年前のケルシュ紛争の際に、戦争孤児となった私をお義父様が引き取ってくださったのです」


 そこで言葉を切ると、フェルミはしばらく間を置いてから再び口を開いた。


「実はお義父様の御供として一度だけ公爵様の邸宅へ御邪魔させて頂いたことがございます。その際、応接室の窓から貴女様のお姿を偶然お見かけしたのです。自室と思われるお部屋の窓際で小鳥達と戯れているご様子でした」

「……なるほど」


 それなら私の正体を知っていても不思議ではない。嘘を言っているようにはみえないし、仮に嘘だとしてもあまり興味はなかった。

 

 それよりも――


「で、私の正体を知った貴女はこれからどうするつもりかしら?」


 何か余計な事を考えているようなら、悪いけれどやはり多少痛い目をみてもらうしか……。


「特にどうもいたしませんよ? ただ、気になったので尋ねてみただけですから」

「え、ホントに?」


 あまりに拍子抜けな返答に思わず聞き返してしまう。


「はい」

「ホントのホントに?」

「はい。正直に申しますと、こんなところを旅してる経緯とか、もう少し詳しくお話を伺いたいところですが……あまり深く詮索するというのも失礼な話ですし」

「……そう。ならいい」


 どうやら本当に興味本位で聞いてきただけらしい。まぁ簡単に人を信用するのもどうかとは思うけど、本人がそう言ってるのだからそれで良しとしよう。自分から余計な波風を立てる必要はない。


「ところで――」

「まだ何かあるの?」

「差し出がましいようですが、お連れの黒衣の剣士様とユウ様はセフィーア様の素性を知っているのですか?」

「私達はただの冒険者。わざわざ様付けする必要はない。で、私の素性に関して言えば黒衣の剣士……ソーイチには全部話してあるし、ユウにはどこかの貴族のお嬢様ってことで納得させてる。以上」

「左様でございますか」


 そこまで言ってから、私はフェルミの笑みが若干深くなっていることに気付いた。なんだか気に障るその表情に、自然と自分の顔が強張っていくのがわかる。


「なに?」

「彼のこと、信用なさっておいでなのですね――もしかして恋慕の情を抱いていらっしゃるのですか?」


 フェルミの言っている意味がわからず、数秒の間、思考が停止する。


「………………はい?」


 色々な段取りをすっ飛ばした直球の問い掛けに、間抜けな声が漏れた。今の私はさぞ滑稽な顔を露呈しているのだろう。

 その思考に至るまでの過程がまったく理解できなかった。


 てか、好き? 好きって誰が? 誰を? 誰に対して?


 ……私が、ソーイチを?


 血が猛烈な勢いで頭に昇っていく音を私は確かに聞いた。


「ぶっ!! い、いきなりなんてことを!? どうしてそんな結論に辿り着くの!?」


 こんな会話、誰かに聞かれでもしたら大変なことに!ていうか寧ろ私が大変なことに!


「しーっ。子供が起きちゃいますよ?」

「――!」


 微かに身動ぎする男の子を視界に捉え、私は激しく暴れる心臓を落ち着かせるべく胸を手で押さえた。


「うふふ」

「うぐぐ……」


 知り合ったばかりだというのに、親しい友人をからかって楽しんでいるかのようなフェルミの笑みに思わず唸ってしまう。

 そんなに私の動揺する姿が面白いかコノヤロウ。

 不思議と不快感は感じないが、なんか悔しい。


「で、どうなのですか?」

「………………」


 嬉々として問い詰めてくるフェルミに若干引きつつ、私は頭の隅で考える。


 私はソーイチのことをどう想っているのだろう。


 ……わからない。


 初めて出会ったときのアイツの印象は、頭がイッちゃってる可哀想な人。

 けど、言葉を交わしてみるとそういうワケでもなくて、可哀想な人から可笑しな格好をした変人にジョブチェンジ。


 ピノの上で異世界の話を聞いてたら、なんかだんだん興味が湧いてきて、とりあえずはここでの生活を確立させるくらいまでは手を貸してあげようと思った。

 その途中、私を連れ戻そうとする私兵の連中から助けてもらったり、明らかに面倒な事に巻き込んじゃったっていうのに何も聞かずに手を差し伸べてくれた。

 この人と一緒に旅したら面白そうだなって思ってたら、いつの間にか勢いで旅の道連れに誘ってたり。

 実際、ソーイチを連れ立っての旅路はこれまでの一人旅と違って凄く楽しくて、一人で空を飛んでた時よりずっとずっと世界が輝いて見えた。


 まだ一緒に旅するようになってから二ヶ月くらいしか経ってないけど、これまで体験してきた出来事が濃厚過ぎて、もう1年は一緒に過ごしてるように錯覚してしまう。


 でも、まだまだ足りない。もっと一緒に世界を観て周りたい。もっと一緒に旅を続けていたい――とは思うけど、これが好きって感情に繋がるのかはわからない。


 そもそも、今まで誰かに恋をしたことなんてなかったから、突然「好きなのですか?」とか問われても即答できるワケないんだ。


 …………ソーイチは私のこと、どう想っているんだろう?


 それを考えると、胸の奥がきゅっと締まって何故だか息苦しくなる。


 ていうか、こんなくだらない質問をなに真面目に考えてるんだ私は?


 なんだかバカバカしくなってきて、思考を途中放棄した私はフェルミの瞳を真っ向から見返しつつ言った。


「わからない」

「そうですか」


 そんな私の率直な答えにフェルミはひとつ頷いてみせると、穏やかな笑みのまま言葉を続けた。


「実は私、一度ソーイチさんをルー・カルズマでお見かけしたことがあるのですよ」

「え? そうなの?」

「彼は私のことを覚えていないようでしたけどね」


 私だけでなくソーイチとも既に顔合わせ済みとは、世界は広いようで意外と狭いのかもしれない。


「ルー・カルズマで男の子が悪漢達に絡まれていた際に、男の子を庇っていた私の前に颯爽と現れてくれたのです」


 それなら私も覚えがある。実際にその現場を見ていたワケではないが、恐らく翌日になってソーイチのとこにお礼を言いに来ていたあの親子のことだろう。


「それならそうと、軽く挨拶でもしてあげればよかったのに」

「お恥ずかしながら、私もすぐに気付いたワケではなかったのですよ。声と雰囲気、それから彼の後ろ姿を見てようやく思い出したところでして」


 てへっと舌を出して照れて見せるフェルミ。むぅ、なかなか可愛いじゃない。


「それで? 颯爽と現れたソーイチはそのあとどうしたの?」

「悪漢7人を瞬く間に打ち倒して、子供に銀貨を握らせたあと逃げてしまいました」

「逃げるって誰から?」

「衛兵さんからです」

「………………うん、まぁ、いい判断ね」


 なんとも言い辛い微妙な幕引きだが、衛兵との無駄な衝突を回避する為には止むを得なかったのだろう。


 そんな私の反応が愉快なのか、フェルミはコロコロと鈴の音のように笑う。


「セフィーアさんの色んな表情が見れて、私凄く楽しいです」

「こっちは全然楽しくないんだけど?」


 一方的に顔見られるだけ見られて笑われるとか、繊細な乙女心に傷負うだけです。

 そんな内心を悟られたのか、フェルミは笑顔を萎ませていく。


「あ、すみません。気分を悪くさせてしまいましたか?」

「ん、別にそんなことは――」

「私、歳が近い女の子との会話なんて故郷を焼かれて以来でして……嬉しくてつい調子に乗ってしまいました。どうかご無礼をお許しください」


 そんな悲しそうな顔されたら、なんだか私が悪者みたいではないか。


 無駄に大挙して押し寄せてくる罪悪感に思わず顔を顰めてしまう。


 はぁ……。


「別に気にしなくていい。私で良ければ喜んでお相手するわ。ただし――」

「?」

「また私を貴族扱いしたら、もう口聞いてあげない」

「――わかりました」


 嬉しそうに顔を綻ばせるフェルミを見て、自然と私も笑みが浮かんだのを自覚した。


「よろしければ、ソーイチさんとの馴れ初めをお聞かせ願いたいのですが、どうですか?」

「馴れ初めって……アイツとはそんな仲じゃないから。そこのところ勘違いしないで」


 妙な誤解を生んでしまう前にハッキリとそう言い放ったが、フェルミの表情は全く変化しなかった。


 漠然と、今夜は寝られそうにないと思った。


 ◆◆◆


 翌日の早朝、簡単な朝食を食べ終えた私達が座してユウ達を待っていると、何事もなかったかのようにソーイチを含めた3人が帰ってきた。


「ソーイチッ!」


 ソーイチの姿を視認した途端に、足が勝手に動いたのは自分でも意外だったとしか言いようがない。


「おぉう?」


 それでも、猛った猪のように突撃してしまった私をソーイチはしっかりと抱き留めてくれる。


「無事でよかった……」

「ただいま」


 ソーイチの胸に飛び込んでから、ふと我に返った私は内心で「はて? ただ手を握ってやるだけのつもりでいたのに、何故私はソーイチを抱き締めているのだ?」と疑問を抱いたりもしたが、なんだかどうでもよくなったので考えるのはやめた。


「2人とも気持ちはわかるケド、感動の抱擁はもう少し先に延ばしてほしいなぁ。……子供の前だしね」

「――ッ!」

「ぶほっ」


 ユウの困ったような視線を感じて、慌ててソーイチを突き飛ばす。


 ふと脇を見ると、フェルミに寄り添っていた子供達がキラキラとした眼差しをこっちに寄越していた。


 しまった、これは情操教育上大変よろしくない。


 私は言葉にできない気恥かしさを覚え、それらを振り切るように歩き出した。


 ――視界の隅でソーイチが悲しそうな顔をしていたが、今は許してほしい。


「で、ソーイチが無事ってことはやっぱり甲竜は倒しちゃったってこと?」

「いや、俺は手を出してないよ」


 ソーイチの話によると、あの後10分程辺りをちょこちょこ逃げ廻って時間を稼いだあと、私達の後を追うべく自らも離脱したが、ある程度距離を離したらその場で警戒し始め、以降は追撃してこなかったのだという。


 それを聞いてホッと一安心。仕方なかったとはいえ、双方共に流血沙汰にならなくて本当によかった。相手は魔物とはいえ、近づかなければ何もしてこない生き物を傷付けるのは忍びないし。

 

 ソーイチは「つまるところ、樹海の入り口から例の薬草広場に入る前までが排他的経済水域、薬草広場を含めたその奥から接続水域、巣があると思われる洞窟内が領海といったところだね」――などと説明していた。

 領海くらいしか意味がわからなかった。というかか、このままではソーイチ記憶喪失設定が無意味に危険に晒されてしまう可能性があった為、皆には頭のネジがちょっとアレな子ということで納得させておいた――ソーイチが泣きそうな顔をしていたが、寧ろ感謝してほしいくらいだ。


 ちなみに甲竜は卵を保管する為に適当な洞窟、または自らの手で掘った簡易な穴蔵に巣を構えるが、春夏秋冬関係なく大陸を移動する習性がある為、一定の地域に永住することは滅多にない。

 余談だが、甲竜は例によって家族愛の象徴とされている為、人に危害を加えることさえなければ人里に近い場所に居を構えたとしても基本的には放任される。


 閑話休題。


 その後は何事もなく樹海の入り口まで辿り着いた。

 私のピノで一足先に子供達を送り届けようとしたのだが、ピノの大きさに驚いた子供達が怖がってしまい、背に乗って帰ることを拒否したので止むを得ず徒歩で帰ることになった。


 村に戻る道中にて、今更ながらフェルミとファーンが樹海にいた理由を尋ねてみると、曰く、リベヌ村の村長から冒険者であることを見込まれ、不足する薬草の採取を頼まれたのだという。

 目的の薬草はしっかりと一定の量を確保しているとのことで、問題ないらしい。


 母親の為の薬草を鞄いっぱいに詰め込んでホクホク顔の子供達といえば、帰り道の中ですっかりソーイチに懐いてしまい、ソーイチ自身も道を歩きながら肩車やら何やらと色々遊び相手になっていた――常々思うことだけど、ソーイチって子供と接する度によく懐かれている気がする。


 そんな長閑な光景を目にして、ようやく肩の荷が降りた気がした。


 あぁ、終わったんだ。


 ずっと強張っていた心の隙間から苦笑が漏れ出してくるのを自覚し、私はそれには逆らわずに口元を緩めた。


「あ、そうそう」

「ん?」

「甲竜から逃げ廻ってるときに、チラッとだけど人工物っぽい石の建物見つけたんだよね」


 一旦、子供達をユウに任せたソーイチが思い出したように語り出す。


「石の建物ですか? そんな物がこのあたりに存在するなんて話は聞いたことありませんが……」


 フェルミが不思議そうに聞き返す。私も初耳だ。


「って言われても、確かにあったんだよ。俗に言う遺跡って感じの建造物? 蔦やら罅割れやらで凄いボロかったけど、人が作ったってのは間違いないと思うね」

「………………」


 何だか嫌な予感がする。

 何故かはわからないが、なんとなく関わり合いになりたくなかったので、ソーイチの発言は無視しておいた。

 ソーイチも遺跡自体に興味はないのか、それ以上何かを言うことはせず、子供達の相手に戻っていく。


「うーん……遺跡……何の遺跡なんでしょうか」

「さぁ?」


 顎に手を当てて唸っているフェルミに素っ気なく言葉を返しながら、私は胸に込み上げてくる不快感を払うように天を仰いだ。


 タイミング良く舞い込んでくる厄介事、必然的に赴くことになる樹海、空気を読んだかのように襲撃してくる甲竜、私の素性を知る人間との邂逅、皆と逸れたソーイチが偶然発見した謎の遺跡……。


 まるで私達が認知し得ない存在からの作意のようで、思わず身震いしてしまう。


 ――見上げた大空は私の心情を現すかのように、どんよりと曇っていた。


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