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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
31/69

第27話  誰かさんはトラブル招来体質?その2

 宿屋で大まかな準備を整えて、私達が村を出発してから20分。無事にリベヌ樹海へと到着した。


 馬車では時間が掛かり過ぎるということで、久々の大空飛翔である。


 その際に判明したことだけど、どうやらユウは高所恐怖症らしい。本人は蒼い顔で必死に否定していたが、飛んでいる間はずっとソーイチにしがみついていたので、なかなかに滑稽だった。

 前にも一度、グリアズと戦っているソーイチを助ける為にユウをピノの背に乗せて飛んだことがあるのだが、もしかしたらその時も今のように蒼い顔を晒していたのかもしれない。あの時は必死過ぎて周りに目を向ける余裕がなかったから、なんともいえないけど。


 で、美女に抱きつかれている当人はといえば、珍しく鼻の下を伸ばすワケでもなく、終始鋭い眼つきで目的地の方向を眺めていた。


 美女の抱擁よりも子供達の安否の方が気になるようだ。


 せっかく拳骨の用意をしていたのに、残念。


 ――とまぁそんなくだらないことは置いておくとして。


「ひゃぁ~。想像してたのより随分と不気味な雰囲気だね」


 まだ高所の恐怖が余韻として残っているのか、小鹿のように足を震わせながらユウが呟いた。


 彼女の言うとおり、ここは樹海というだけあって木々が鬱蒼と茂っている。

 樹木の葉が隙間なく天を覆っているせいで全体的に薄暗く、どことなく近づきがたい雰囲気を纏っていた。


 こんなところに子供2人だけで入るなんて、ガンドルさんの御子息はなかなかに肝が据わっていると思う。


 ……いや、それだけ母親を助けようと必死なのだろう。


 まるで絨毯のように柔らかい腐葉土を踏みしめつつ、多種多様の植物が根を張る天然の迷路に足を踏み入れる。


 それと同時に、ソーイチが普段は滅多にみせない険しい顔つきで樹海の奥を睨みつけた。


「……こりゃヤバイかも」

「ヤバイって、なにが――って聞くまでもないか……」


 ソーイチが気配を察知する術に長けているのはよく知っている。そんな彼が虚空を見つめながら言うのだ。さすがの私でも察することくらいはできる。


 その時、遠雷のような野太い咆哮が樹海全体を震わせた。


 わかりきっていたことだけど、あまり時間はないらしい。


「ねぇ、ちょっとこれ見て」


 先頭を歩いていたユウが何かを見つけたらしく、しゃがみ込んで地面を観察していた。


 何か手掛かりでも見つけたのかと彼女の肩越しに覗いてみる。そこには柔らかい土が凹んだ痕跡があった。よくよく目を凝らしてみれば、それは点々と樹海の奥へと続いている。


 それが何であるのか、すぐにピンときた。


「足跡……」

「うん。大きさからして、たぶん子供達のものだと思う」


 そこでユウは一旦言葉を切ると、さらに地面を注視しながら言った。


「なんか他にも大人2人分の足跡があるけど、少なくとも子供達がこの奥に進んじゃってるのは間違いないみたい」


 そう言ってユウは樹海の奥を見つめた。その目には焦りが浮かんでいる。


「はぁ……蛮勇は子供の特権ね。行動力ありすぎ」


 思わず溜め息が零れた。無知とは恐ろしいものだとつくづく思う。


「私達も早くあとを追いましょう。急がないと手遅れになる」


 ◆◆◆


 樹海を探索し始めて早1時間と少し。私達は地面に残された足跡を辿ってひたすら歩を進めていた。


 一応、周囲を警戒しながら歩いているのだが、どうやら本当に甲竜以外の魔物はいないらしく、辺りはひっそりと静かだった。


「それにしても、子供達はいったいどこまで進んでるのやら……」


 残された足跡を注視し続けているユウが、疲れたように首を回しながら言った。


 ユウはスカウトとしての技能も持ち合わせているらしく、的確に痕跡を見極め、子供達の後を追っていた。ほとんど彼女一人に任せきりだ。

 さすがのソーイチも、樹海でのターゲット追跡という特殊な状況には対応できないようで、今は申し訳程度に周囲の気配を探っている。本人曰く「だってバリバリの都会っ子だもの!」とのことだった。……ただの都会っ子が気配の察知などできるものか。

 つまり何が言いたいのかというと、この樹海探索で頼りになるのはユウだけなのだ。

 実際、私とソーイチの2人だけでこの樹海に来ていたら、足跡を見つけるどころか、どこをどう探せばいいのかすらわからず、途方にくれていたに違いない。


 そう考えると、ユウを旅の仲間として迎え入れた判断は間違っていなかったと確信できる。


 ん?最初は乗り気じゃなかった?――細かいことはいいの。


 特にやることのない私がそんなことを頭の隅で思っていると、唐突にソーイチが先頭に飛び出した。


 突然どうしたのかとユウは不思議そうに彼を見つめる。


「どうしたの? ソーちゃん」

「――人の気配だ。数は4人。そのうち2人はたぶんガンドルさんの子供達だと思う。でもって、残りの2人は……恐らく入り口にあった足跡の持ち主かな?」


 どうやらソーイチが子供達の気配を捉えたらしい。何やらオマケもいるようだが……。


「とにかく、行ってみましょう。こんなところまで来て、子供達にくっついてるオマケが"厄介者"って可能性は少ないだろうし」


 仮に厄介者だとしても、この面子ならどうとでもできるだろう。


 私の言葉に頷いたソーイチは私達を先導して歩き始める。


 それからすぐに、私達は樹木が全く生い茂っていない拓けた空間に足を踏み入れた。


 そこまで広くはないが、子供が跳ね回れる程度のスペースはある。だが、それよりも驚いたのは――


「足元に生えてる草、これみんな薬草……?」


 私とて、これでも一端の治癒魔道士である。大抵の怪我や毒素を魔法で癒したり除去したりする術を持ち合わせているとはいえ、魔法が行使できなくなった場合に備えて、物理的な手段での治療方法や薬物調合などの知識は学んである。


 その知識が教えてくれた。この空間に生えてる草花はそのほとんどが薬草と呼ばれる代物であることを。

 それも市場に出回るようなありふれた薬草から、滅多にお目にかかれない貴重な薬草まで選り取り見取り。

 ここにある薬草全てを摘み取って市場で売れば、それだけで庭付きの家を買える程度の財産は築けるだろう。調合して薬品に仕立ててから売れば、それこそ巨万の富を得られる。


 とりあえず手間賃代わりにいくらか貴重な薬草を頂いていこうかとスペースバッグから亜麻袋を取り出そうとした矢先だった。


「あっ! あそこ!」


 ユウが指差した方向に目を向けると、そこには薬草を採取しているらしい小さな子供2人に混じって、2人の男女が立っていた。


 男は自らの身体の3分の2を覆う大盾と身の丈を優に超えるランスタイプの長槍を背負っており、全身を白銀の重装鎧で固めていた。背中まで伸ばした濃い茶色の長髪が端正と言って差し支えない顔立ちを引き立てている。がっしりとした体格も相まって、まるで高貴な騎士風情の如き男らしさを感じさせた。


 女の方は紺色のローブを羽織っており、その手には長杖が握られていた。戦術の使い手か、私と同じ治癒の使い手かはわからないが、魔道士で間違いなさそうである。まぁ"杖を握っている"時点で魔道士として二流以下ということは確実なのだが……。被っているフードの隙間からは、まるで零れ出すように優しい緑色の髪が垂れている。目元が少し垂れ気味の優しそうな雰囲気を持つ美女だ。容姿だけは超一流と評して問題ないだろう。


 まるでおとぎ話の中でしかお目に掛かれないような組み合わせの男女2人はユウの声にそれぞれ反応すると、警戒したように表情を硬くする。……いや、警戒したのは女の方だけで、男の表情は変わっていない。


 しかし、私達が近づこうとすると、こちらを警戒している女ではなく、無表情な男の方が口を開いた。


「止まれ。俺達はギルド所属の冒険者だ。この通り、ギルドカードも持ち合わせている。お前達は何者だ? こんなところで何をしている」


 落ち着いた声音でこちらの素性を問い質してくる男はまず自分の正体を明かしたあと、ギルドカードを提示してくる。なるほど、紛れもない本物だった。

 礼儀はなっているし、どことなく気品も感じられる。冒険者に身を窶しているようだが、案外、由緒正しい生まれなのかもしれない。


「私達もギルド所属の冒険者です。リベヌ村で裁縫屋を営んでいるガンドルさんという人物からの依頼で、この樹海に入っていってしまった子供達を捜索していたのですが……」


 私は自分のギルドカードを見せながら、夢中になって薬草を採取している男の子と女の子に視線を向ける。


 そこで私の言いたいことを察したらしい男は、連れの女に目配せした。


 女は頷くと、黙々と採取に勤しんでいる子供達の目の前にしゃがみ込み、子供達に顔を合わせながら言った。


「ねぇ、リベヌ村で裁縫屋を営んでいるガンドルさんって人、もしかして貴方達のお父様?」

「そうだけど? なんでお姉ちゃん、お父さんのこと知ってるの?」

「あそこの冒険者さん達がね、貴方達のお父様に頼まれて貴方達を探しにきたんですって」

「え?」


 そこで初めて私達の存在に気がついたのか、双子の子供達はこちらに顔を向けてくる。


「お父さんに言われたの?」

「そう。ここは今とても危ないから、子供達を連れ戻してきてくれって。貴方達も何度か聞いたはずよ? 魔物の大きな鳴き声」

「うん。でも、樹海の入り口で会ったこのお姉ちゃん達が一緒についてきてくれたから、平気だったよ?」


 ――なるほど。子供達だけでここまで来れた理由はこの2人が原因か。


 余計なことをしてくれたなという意味を込めて軽く睨むと、女は困ったように目を逸らした。


「その、最初は私達も危険だから大人しく家に帰るように注意したのですが、『お母さんの病気を治せる薬草を見つけるまでは絶対に帰らない!』なんて叫んで樹海の中に駆けていってしまったもので……。私達もギルドの仕事で薬草を摘みにきたクチでしたから、どうせ目的が一緒ならば、と……すみません」


 そこで女は反省するかのように頭を下げた。


 まぁここで何だかんだ言っても仕方ない。我関せずの態度で見捨てることもできただろうに、それをしなかった2人には感謝こそすれ、怒りをぶつけるのはお門違いというものだ。


 私は溜め息を一つ吐くと、子供達に視線を合わせた。


「それで、お母さんを治すための薬草は見つかったの?」

「うん! ほら見て、これ! ちゃんと辞書で調べてきたんだよ?」


 そう言って女の子が鞄から取り出したのは、ミレースと呼ばれる薬草だった。主に風邪薬として用いられるポピュラーな素材である。


「そう、良かったわね」


 私は双子の頭をそれぞれ撫でてやる。子供達は照れ臭そうにしながらも嬉しそうに笑った。


「それじゃ任務完了ってことで。甲竜さんのお怒りを買わないうちに、村に帰ろっか。セフィ、ピノ出して~」

「ん」


 ユウに言われるまでもなく、私は心の中でピノに呼び掛ける。しかし――


「――?」


 いくら呼んでも、ピノが応えない。


 ――嘘……。


 冷や汗が一筋、私の背中を伝って流れ落ちていく。


「どうしたの? 早くピノ出してよぅ」


 ユウが隣でぶぅぶぅ唸る中で、私は必死に動揺を抑えながら原因を考えた。


 ピノが私の前に姿を現さないことなど、これまで一度もなかった。というより、こんなことは普通ありえない。


 幻獣とは、すなわち幻操士の心の分身。簡単に説明すれば、幻操士は己の分身を意のままに操っているに過ぎないのだ。

 主人と獣、そんな単純な主従関係の上に成り立っているワケではない。

 己の分身であるが故に、幻獣は獣のように主人の命令が不服だからと怒って暴れることもなければ、引き換えに報酬(エサ)を求めることもなく、何時如何なるときでも主の呼び声に応え、その姿を主の前に現す。


 幻操士にとっては常識の中の常識。己が本能で理解している事柄である。例外はない。


 そこまで考えを整理したところで、頭の中に引っ掛かりを覚えた。確かそんな例外を引き起こしてしまうという文献を王宮の大図書館で読んだ覚えがある。


 あれは……確か――


「ソーイチ、短剣貸して」

「ん?いいけど」


 ソーイチは胸に備え付けたホルダーから短剣を引き抜くと、器用に指先で回転させ、柄を私に向けてから差し出してきた。


 私は短剣を受け取ると、刃先を左手の人差し指に当ててから軽くなぞる。


 短剣の刃は抵抗なく私の指先の皮膚を裂き、傷口からプツッと血の玉を浮かび上がらせた。


「ちょっいきなりなにしてんのよ!?」

「うるさい」


 驚いたように声をあげるソーイチに短剣を返すと、私は自分の指先に向けて治癒の魔法をかけようとした。


 しかし――


 私は指先の血を軽く舐めとってから、目を丸くしてこちらを見ているユウと魔道士の女に視線を向ける。


「ユウ、それから杖持ってる貴女、魔法使えるわよね? 簡単なのでいいから、今この場で使ってみて」

「えー? なんでいきなり? めんどーだよぅ」

「いいから!」

「――ッ……もう、わかったってば。そんなに怒らなくても……」


 つい声を荒げてしまった私の剣幕に驚いたユウは渋々と人差し指を立てると、そのまま黙り込む。魔道士の女も若干困惑しながら杖を立てた。


 それから数秒後。


「あれ? あれれ? なんで!? どうしてっ!?」

「魔法が……使えない……?」


 2人の反応からするに、思った通りのようだ。


「私の場合は治癒魔法だけじゃなくて、幻獣も呼び出せなくなってる」


 ハッとしたようにお互いの顔を見合わせるユウと魔道士。どうやら私の言いたいことを理解したらしい。


「もしかして……ここって……」


 顔を蒼くしたユウが、恐る恐る口を開く。


 顔を蒼くしたいのは私も同じだった。


「想像通りでしょ。たぶん、ここロストフィールドよ」


 ソーイチと子供達を除く全員に緊張が奔る。


 そこへ、ソーイチが私の耳元に口を寄せて囁いてきた。


「先生、ロストフィールドって何ですか?」

「原因不明の理由で幻操士や魔道士が役立たずになる土地のこと。私とユウの会話は聞いてたでしょ? つまりはそういうことよ」


 ソーイチの耳元に口を寄せて囁き返す。それで納得したらしく、ソーイチは軽く頷いてみせると私から離れた。


「はぁ……ロストフィールドかぁ……だから今まで魔物が棲みつかなかったのね。迂闊だった」


 ユウが空を仰ぎながらせつなげに呟いた。


 ロストフィールドとは、世界の各地で極稀に発見される、魔法の行使や幻獣の召喚が不可能になるばかりか、基本的に魔物が全く寄り付かなくなる土地のことを指す。


 まだメルキュリオ大陸で2カ所しか発見されていないが、その存在は神聖アークレイムが公に認めており、全世界の住民に認知させると共に"忌むべき対の女神"に呪われた土地であると公表して、安易に踏み入らないようにと御触れを出していた。


 そのロストフィールドが見つかっている2カ所とはクレスティア皇国の領土内とエルディエム帝国の領土内であり、ロストフィールドが発見された当初は双方の国とも原因を究明しようと躍起になっていた。

 だが、魔法の行使はおろか幻獣の召喚もできず、魔物すらほとんど寄り付かないという不気味な環境に加えて、教国から忌むべき対の女神の名すら持ち出された今現在は、その調査は完全に放棄されている。


 とまぁ閑話休題。


 つまり何が言いたいのかといえば、ロストフィールド怖い早くおうち帰りたい、ってこと。


「こんな状態で甲竜に襲われたら洒落にならない。早くこの樹海から出るわよ」


 幻獣は呼び出せない、魔法は使えないとあっては分が悪いどころの話ではない。話にならない。こんな呪われた魔境にいられるか。私達は帰らせてもらう!


 薬草を鞄いっぱいに詰め込んでホクホク顔の子供達を促しながら、元来た道を引き返すべく足を動かす。

 そんな中で、ソーイチだけが樹海の奥を見つめたままその場を動こうとしなかった。


「なにしてるの? 置いていくよ?」

「どこかでこうなる気はしていたんだ、うん」

「なに言ってるの?」

「いや、なんていうか、理不尽な人生に対しての愚痴みたいなものかな。まぁ俺のことはいいから、早く行って。ていうか走って」

「はぁ? ワケわかんないこと言ってないで、アンタも早く――って、なに……?」


 少しずつ大地が揺れてきたと思ったら、その揺れは怒涛の勢いで強まっていく。明らかに地震の揺れではない。


 まさか――


「ゴチャゴチャ言ってないで、いいから走れッ!」


 想定していた最悪の事態に頭が真っ白く染まる前に、無情な現実の方が先に追いついてきた。


 あぁもうっ、最悪……!


 切迫した状況の中で、何が何だかわからず震えている男の子を抱きかかえると、私は力の限り怒鳴った。


「ちゃんと私の元に帰ってこなかったら、絶対に許さないからッ!!」


 ソーイチは応えず、背中のツヴァイハンダーを鞘から抜き放つ。


「……もしかして、彼はあの時の――」


 茫然とソーイチを見つめる魔道士の女の呟きが、やけに遠く感じた。


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