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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
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第26話  誰かさんはトラブル招来体質?その1

 空は黒に染まっていた。

 見渡す限りに暗黒の虚空が広がり、その無限遠の彼方で輝く星々の灯が、夜の空を儚く彩っている。


 大地を這う人々に様々な感情を想起させるだろうそれ等は、今日も変わらずそこにあった。


 誰かさんによれば、あの小さな星々の瞬きは、当時の輝きから数億年という途方もない時間をかけて、人々の目に焼き付いているのだと言っていた。


 彼の話はあまりにも馬鹿らしく、その時は鼻で笑ってやろうかとも思ったが、彼の星を眺める横顔がとても切なげで……まるで、親と逸れて今にも泣き出しそうな子供のようにも見えて、思わずその手を重ねてしまっていたことを思い出す。


 その時の彼の動揺っぷりは記憶に新しく、思わずクスリと笑みが零れた。


 生い茂る樹木。濃厚な緑の匂い。それに加えて、虫除けと魔物除けの芳香剤が嗅覚をこれでもかと刺激し、麻痺させるこの環境の中でまだ笑えるとは、私の根性もそう捨てたものではないのかもしれない。


「どうかしましたか? セフィーアさん」


 どうやら笑っているところを見られていたらしく、首を傾げられてしまう。


「いいえ。なんでも」


 私がそう答えると、彼女もそれきり何も言わなくなった。寝息を立てている子供達に気を遣ったのだろう。


 彼女の名前はフェルミ・コーレル。訳あって、行動を共にせざるを得なくなった同業者。


 そして、私の膝を枕にして寝ている男の子と、彼女の膝を枕にして寝ている女の子は兄弟であり、双子であるこの子達の無謀な行動によって、私たちは今、ロストフィールドと呼ばれる魔境にいる。

 原因不明の理由によって、魔法が行使できず、幻獣すら召喚できない……呪われた樹海に。


 頭上を覆う闇夜は、まるで無力な女2人と幼い子供2人を幽閉する牢獄の鉄格子のよう。


 雲の隙間から射す僅かな月光と目の前で燃え盛る焚き火の炎だけが、私達に与えられた光だ。


 ……こうして女子供だけで焚き火を囲むことになる半日前、私達はリベヌ村にいた。


 ◆◆◆


「はぁ、やっと着いたか」


 御者台で手綱を握っていたソーイチが辟易とした様子で言った。ずっと座りっぱなしだったせいか、痛そうにお尻を擦っている。本人曰く「俺は繊細なお尻の持ち主なのです!」とのこと。とりあえず一笑しておいた。


「ここまで来ちゃえばアンレンデまであと一息ってところだけど、予定通り、今日はここで宿取っちゃおうか」


 客室で剣を磨いていたユウは手早く手入れ道具を片づけると、聡一が道の脇に馬車を停めるタイミングを見計らって客室から降りていった。

 そのまま近くの通行人の元へ屈託のない笑顔で近づいていき、世間話でもするかのように宿屋への道順を訪ねている。

 私達と違って、行動の端々から旅慣れている雰囲気を感じ取れる。どこかの誰かさんとは違って、頼りになる人間だ。


「へぐしッ!!」


 唐突にソーイチがくしゃみを発したが、特に気にしないことにした。


 そこへ、宿屋の場所を聞き終えたらしいユウが戻ってきた。身軽な動作でひょいっと御者台に飛び乗り、さも当然のようにソーイチの隣に腰掛ける。……むぅ。


「宿屋は道沿いに進んでいけば普通にあるみたい」

「うい~」


 相変わらず奇妙でやる気のない言葉を返しながら、聡一は停めていた馬車を再び動かした。


 ――そこへ。


「あ、あの! 待ってください! お願いしますッ!!」

「なんとぉーッ!?」


 ソーイチの叫び声が聞こえたと思った瞬間、馬の嘶きと共に馬車が急停車する。

 突然のことに対応できなかった私はころんと客室を転がされたあと、何事かと御者台へ顔を覗かせた。


「冒険者の方々とお見受けします!お願いです、どうか助けてくださいッ!! お願いします!!」


 目の前では壮年の男性が頭を地面に擦りつけるようにして土下座していた。恐らく、この人が馬車の進路に無理矢理割り込んできたのだろう。

 周囲の人間は何事かと遠巻きにこちらを注視している。

 聡一の様子を窺ってみると、「うわぁ……村着いていきなりこれですか。勘弁してよマジで」といった心情がありありと顔に浮かんでいた。実にわかりやすい性格だ。


 でも、私は知っている。彼が何だかんだ言いつつ、困った人間を放ってはおけない性格であることを。


 だから、次にソーイチが発する言葉は――


「あー……えっと……とりあえず今晩の宿を確保したいので、貴方も馬車に乗ってください。話は道すがら聴きますから」

「――ッ!! あ、ありがとうございます!! ありがとうございますッ!!」


 ほら、思ったとおり。


 私は客室の出入り口に張ってあった扉代わりの布を捲ると、壮年の男性に手招きしてみせる。ちなみにこの布、耐水性と耐火性に優れた一級品だったりするのはここだけの話。

 慌てて馬車に駆け込む男性に手を貸して客室に乗せると、私は布を降ろして御者台に振り返った。


「ん、出して」

「オーライ」


 聡一の声と共にゆっくり走りだす馬車。とりあえず息を切らしている男性を座らせ、落ち着かせる為にお茶を差し出した。


 お茶を受け取った男性は私に頭を下げると、ゆっくりとお茶を口に含む。


「それで、いったいどんな輩に追われてるの?」


 御者台から客室に移ってきたユウが、静かな声で言った。これから話すうえで、興奮されないように配慮したのだろう。


 しかし、ユウの質問に男性は素っ頓狂な顔をしてみせた。


「は? 追われているとは?」

「え? だって、必死な顔して助けてくれって言ってたじゃん」

「あぁ……誤解させてしまいましたか。私は別に誰かに追われているのではなく――」


 どうやら自分の言動で私達を誤解させていると悟ったらしい男性は、これまでの経緯を語ってくれた。


 要約すると、この男性――ガンドルさんはこのリベヌ村で裁縫屋を営んでいる。

 そんな彼の子供達が、風邪を引いたお母さんの為に薬草を取ってこようとこの村から徒歩で1時間ほどの距離にあるリベヌ樹海へと向かっていったらしいのだ。

 どうしてそんなに詳しく把握しているのかといえば、置手紙が残されていたのだという。事実、村中どこを探しても子供達は見つからなかったそうだ。


「その樹海には魔物が生息しておらず、その影響かは知りませんが道中も安全で、村に貯蓄してあった薬草類が無くなると、私達は決まって樹海まで取りに行っていました」

「なら大丈夫なんじゃ……って言いたいところだけど、そうじゃないから慌ててるワケだよねぇ」


 渋い顔をするユウに同意するように、ガンドルさんは深刻な表情で溜息を吐いた。


「そのとおりです。ここ一ヶ月くらい前から、あの樹海に大型の魔物が棲みついてしまい、迂闊に近寄れなくなってしまったのです」

「その魔物って?」

「……甲竜の番です」

「うっわ、よりによって甲竜? しかも番って最悪の組み合わせじゃん」


 ユウが唸るようにして頭を抱えた。


「なるほど、だからあんなに必死に」


 納得できた。これは洒落になってない。


「……えっと……その、甲竜ってなに?」


 重苦しい空気に包まれる馬車内で、ソーイチだけが話の流れを掴めずに困惑していた。まぁ魔物の知識がないから仕方ないのだけれども。


 そんなソーイチにユウが簡単に説明する。


「甲竜グレアフィーンド。ギルドからランクAに指定されてる竜種のモンスター。翼がないから飛べない。地中を潜って移動する。ゴツゴツしてて黒くて硬くて大きい! 以上」

「……えっと……うん、わかった」


 いくらなんでも、さすがに簡略し過ぎだと思う。何か卑猥な部分があったような気もするし……ソーイチもわかったようなわからないような微妙な顔してるし。

 

 まぁ今ので大体のイメージは掴めたと思うけど。


 とりあえず、この先の説明は私が引き継ぐことにした。


「で、どうして番がマズイのかというと、この時期に夫婦で新しく巣を構えたということは、雌が産卵の準備に入ってるから。甲竜は大人しい竜種だけど、産卵期は別。自らのテリトリーを侵す者は容赦なく排除してくる。もし卵を盗んだり、傷つけようものなら――」

「……ものなら?」

「侵入者の匂いを嗅ぎ取って、地の果てまで追い詰めて、報復する」

「うん、そりゃヤバイ」


 聡一は真顔で頷いてみせる。どうやら状況を飲み込んでくれたらしい。よかった。


「とは言っても、できれば甲竜と事を構えたくはないんだけどね。……覚悟しなくちゃいけないかなぁ」

「――?」


 珍しく辛そうな顔を見せるユウに首を傾げる聡一。


「甲竜は家族愛の象徴とされる竜なの。それに加えて、とても頭が良くて義理堅い。過去に傷ついた甲竜の子供を助けた人間がいて、その人が住む村が魔物の大群に襲われた際、子供を助けてくれた恩義に報いるために、身を張って村を護ったという伝承も残ってる」

「……」

「主食も植物系だから実害はほとんどない。寧ろ、強大な魔物が棲みついたことによって雑魚は方々に逃げ出すから、村周辺は今までより安全性が高まったと言ってもいい」


 ……産卵期の甲竜の巣に近づかなければの話だけれども。


「まぁそれでも消臭剤持参で巣を狙う連中はいるんだけどね。甲竜の卵って珍味で有名でさ、美味しい! 栄養抜群! 万病に効く! って三拍子揃ってるから、売れば高い値が付くの。そのせいで一攫千金を狙う輩が後を絶たないってワケ」


 ユウが苦笑しながら言った。その笑みが自嘲的にも見えることから、もしかしたら何回か狙ったことがあるのかもしれない。


 そんなことはどうでもいいか。脱線した話を戻さないと。


「とにかく。そんな樹海に子供達が入ったりなんかしたら、あとは想像がつくでしょ?」


 正直なところ、想像したくないのが本音だけれども。


「お願いします! 相応の報酬はお支払いしますから!! どうか子供達を助けてください!」


 最初に出会ったときのように、頭を擦りつけながら土下座するガンドルさん。哀れすぎて見るに耐えない。

 しかし、これほど必死に懇願してくるガンドルさんを見ても、ユウは渋い顔をしたままだった。


「でも、甲竜って結構強いんだよ? 好戦的じゃないといってもクラスはAだし。一匹だけならまだしも、番との戦闘を想定するなら、少なくともランクB+以上の冒険者を4人は雇いたいよ」


 冒険者ランクでは、Dで十分に一人前といえる。Bともなれば熟練の領域だ。甲竜との戦いに備えるなら、確かにそれだけの戦力が必要になることは理解できる。

 でも、B+の冒険者を4人も雇うとなると、村民の年収程度では到底賄いきれない。


 どうすればいいかな……。


 良い考えが浮かばず、何か案を言おうとしても口が開かない。


 沈黙が続き、場に沈鬱な空気が漂い始めたとき、馬車が止まった。


 それと同時に、手綱を握っていたソーイチが私達に振り返る。


「宿に着いたよ。さっさと部屋とって、作戦会議だ」

「え? 作戦会議って……私達だけで――?」

「今の状況がどうであれ、子供達を見捨てることはできない。異論は認めませんのであしからず」


 戸惑うユウにソーイチはきっぱりと言い放つ。


 ガンドルさんは涙を堪えるようにして、ただ頭を下げた。


 揺るぎない意志を秘めた瞳をみて、私は自分の頬が自然と綻んでいくのを自覚した。


 うん。こういう気分は悪くない。ほんとに、悪くない。


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