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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
29/69

第25話  穏やか時々殺意と剣な旅路

 ――かっぽ、かっぽ、かっぽ、かっぽ。


 単調ながらリズムは一定。それでいて妙に心地いい蹄の音が子守唄のように鼓膜へ流れてくる。

 馬の蹄が地面を蹴りつける音を聞いていると、車輪が地面を削る音……鼓膜を大いに刺激するような荒々しい音も何故か気にならなくなるから不思議だ。


 不規則に揺れる馬車に身を揺られながら、聡一は手綱を握り直した。


「くわぁぁぁぁ……っぷふぅ~」


 欠伸を堪えながら、肺に溜まった空気を絞り出すように吐き出した。元の世界では滅多に味わえない新鮮な緑の香りが堪らない。


「んー……それにしても、ちゃんとしたクッション買っとくんだったなぁ……ケツいてぇ」


 尻の下に外套を折り畳んでクッション代わりにしているとはいえ、綿を詰め込んでいないただの布では、やはり限界がある。

 

 次に立ち寄る村で、いの一番に御者台用のクッションを購入しようと心に誓った聡一は、自分の右肩と左肩をそれぞれ占領している人物達を見つめた。


「2人とも実に気持ちよさそうですこと。俺も寝たい」


 聡一に頭を預けて気持ち良さそうに寝ているセフィーアとユウは実に隙だらけであり、無防備だった。

 今なら、2人に気づかれずにほっぺにちゅーくらい余裕でできるだろう。まぁそんなことはしないが。

 聡一は「セフィーアとユウのほっぺって柔らかそうだなぁ」などとくだらないことを考えながら、2人を起こさないように気遣いつつ、ゆっくりと馬車を走らせる。


 視界一面を埋め尽くす草原の優しい色。

 木々の枝葉や草原の草花をそっと撫でるそよ風。

 緑の海原を切り裂くように踏み均された一本道。

 

 機械的な文明にしか縁がなかった聡一から見たこの風景は、気を抜けば夢と現の境界線がわからなくなるくらいに幻想的に映った。


 ただ、こういう自然に触れていると、時折、自分がこの世界の人間ではない事実を忘れそうになる。そして、それを意識するといつも胸の奥にチクリと鈍い痛みが奔るのだ。

 言葉にならない感情が胸を締めつける。

 痛みを伴う心の細波に顔を顰めながら、聡一は前を見据えた。


 ――俺の行く末は、この一本道のように不明瞭だ。


 本当に自分は元の世界へ帰れるのか?無事に帰れたとして、それまでのような普通の生活に戻れるのだろうか?いや、そもそも――


 未来への道筋がどこに、どのようにして続いているのか、まるで把握できない。


「……んぅ」

「――ッ!」


 聡一の思考が薄暗いメビウスリングへ足を踏み入れかけたとき、それを防ぐようにしてセフィーアが小さく身じろいだ。実際はただの偶然なのだが。


「ま、今は深く考えても仕方ないか」


 そっと指先を彼女の頬に触れさせる。いい夢でも見ているのか、セフィーアの表情が嬉しそうに和らいだ。

 それはまるで天使のような寝顔で、見ているだけで硬くなっていた心が解きほぐされていくような気がした。


 ――そうさ。たとえ不明瞭な一本道でも、結局は前に進んでいくしかないんだ。


 ネガティブになってもいいことはなにもない。どうせならポジティブに構えよう。


 気持ちを切り替えるように一度深呼吸すると、再び草原へと視線を向けた。


 ここはルー・カルズマよりも大分南側である為、まだあちらよりも気温は低くない。しかし、それでも多少の肌寒さは感じる。


 聡一は自分を含めた3人の膝に掛けられている毛布を丁寧に掛け直すと、再び手綱を握った。


 今はもう少しこの肩の重みを堪能していたい。


「――なんて願いはさすがに贅沢過ぎたかな?」


 自嘲的に笑いながら、後方から猛烈な勢いで迫ってくる気配に意識を向ける。


 聡一の強化された視力でギリギリ捉えられる程度に距離は離れているが、相手方の誤魔化しようのない殺気は明らかにこの馬車へ向けられていた。

 のんびりとした馬車の速度では、5分も経たずに追いつかれて包囲される。


 戦闘者らしい研ぎ澄まされた殺気は、たかが盗賊程度に出せるような代物ではない。十中八九、セフィーアを連れ戻そうとする私兵団の連中だろう。


「面倒だけど、迎え撃つか」


 感慨の余韻を振り払うようにそう言うと、聡一はセフィーアとユウを起こす。


「んん……私、寝ちゃってた?」

「ふわぁぁぁ……おはよ~」


 眠たげに瞼を擦る2人に申し訳なく思いながらも、聡一は御者台から立ち上がると、手綱をユウに預けて客車の方に移動した。


「どうしたの?」


 聡一の唐突な行動に首を傾げるセフィーアだったが、ユウはすぐに自分達に迫ってくる気配に感づいたらしい。


「あー……この感じは追手?」

「そーゆーコト」

「――ッ!」


 息を呑むセフィーアに微笑みかけながら、聡一は立て掛けていたツヴァイハンダーを手に取る。


 このツヴァイハンダーはグリアズとの戦闘でボロボロになってしまったので、リシティアにある鍛冶屋に修理してもらったのだが、職人の腕がそれほど良くなく、返ってきた愛剣は以前に比べて少々斬れ味が落ちてしまっていた。

 とはいえ、本来この類の長剣は相手を斬ることが目的ではないし、そもそも名匠が鍛えた剣を一般の鍛冶屋に修理に出すというのが間違いなので、性能が落ちるだろうことは聡一も覚悟していた――それでも、そこらへんに転がっている剣に比べれば十分一線で通用する代物なのだが。

 

「俺が相手してくるから、馬車はこのまま先行ってて」

「ちゃんと追いつける?」

「相手の馬貰うつもりだから大丈夫だよ」

「はいは~い」


 ユウとの短いやり取りを終え、聡一は客車の扉を開け放つ。


「ソーイチ」

「うん?」

「……気をつけて」


 聡一の実力を把握しているセフィーアだったが、やはり送り出す際の不安というのはどうしても拭えないものなのだろう。


「あいよ」


 そう笑いながら、聡一は馬車を飛び降りていった。


 聡一の背を見送ったセフィーアは、膝を抱えて蹲りながら溜息を零す。

 セフィーアも闘えればいいのだが、相手はあくまで彼女の家の私兵団である。剥奪が決まってるとはいえ、それでも現状、次期頭首である彼女が自らの手で部下を傷つけるなど決してあってはならないことであり、それは聡一も十分理解していた。


「お父様もなんてしつこい人なの……」


 結局は人任せにするしかない己の不甲斐なさを悔しく思いながらも、これで私兵団の追撃が終わることを願ってやまないセフィーアだった。


 ◆◆◆


 通称としてベルウィンド私兵団と呼ばれるかの私設軍隊には、大きく分けて4つの部隊が存在する。


 一つ、ベルウィンド家が統治する領地にそれぞれ滞在し、巡回警備、犯罪取り締まりを担当。有事の際には領民を護る盾となる警護部隊、グラン・フェイバー。


 一つ、有事の際には真っ先に最前線に立ち、敵を殲滅する制圧部隊、インフェルナス・ブレード。


 一つ、主であるベルウィンド家の人間の御身警護を担当する精鋭揃いの近衛部隊、ナイツ・オブ・カリス。


 一つ、裏仕事を含め、あらゆる任務をこなす。単純な戦闘技能では近衛部隊すら凌駕する万能の特務部隊、ナイトメア・ソード。


 天輪十二貴族の中でも私兵部隊を4つも持っているのはベルウィンド家のみであり、その力の強大さを表しているといえる。


 その中で警護部隊であるグラン・フェイバー本隊所属の第七小隊の面々は、部隊長の命令を受けて行方不明である次期頭首の捜索任務を遂行していた。

 しかし、仮にも捜索対象は次期頭首のセフィーアである。本来ならば警護部隊ではなく、特務部隊のナイトメア・ソードが担当して然るべき、非常に重大な任務だ。

 第七小隊は警護部隊内でも一、二の実力を有する武闘派の小隊とはいえ、やはりその戦闘能力はナイツ・オブ・カリスやナイトメア・ソードに比べてやや劣ることは否めない。


 そんな彼らも当然の如く、何故、自分達にこの任務が下されたのか疑問を抱いていた。だが、所詮は下っ端である彼らが疑問を口にしたところで意味はなく、満足のいく答えが得られるワケもない。

 ならば、次期頭首を捜索する任務を賜ったことを光栄に思い、その貢献に粉骨砕身するべきだと考えた彼らは、軍人らしく任務に忠実であることを選んだ。


 そして、彼らの地道な努力が報われ、とうとう対象の捕捉に成功する。


 栄えあるベルウィンド私兵団の一員として、敬愛する次期頭首を丁重に保護する――その熱き使命感を胸に秘め、颯爽と騎馬を駆る第七小隊の面々。


 そんな彼らの前に漆黒の剣士が立ち塞がる。


 第七小隊は騎馬を止め、無粋な輩を睥睨した。


「全身漆黒の出で立ちに長大な両手剣……貴様は報告にあったセフィーア様の――総員、抜剣せよッ!」


 隊員たちは小隊長の命令で一斉に剣を抜き放つ。

 見た目や装備こそ一介の冒険者のような風情だが、その一糸乱れぬ動きには、明らかに専門の訓練を受けた軍人特有の洗練さが見受けられた。


「貴様を斬るッ!! 我らが姫様をかどわかした罪、その命を以て償え!」


 問答無用で騎馬を突撃させる第七小隊長と、それに続く小隊員。

 勇ましい雄叫びが草原に木霊する。


 ――そのあと何が起こったのか、彼らはよく覚えていない。


 ◆◆◆


「ソーイチ!」

「おかえり、ソーちゃん。お疲れ様」


 近づいてくる馬の蹄の音に、客室から顔を覗かせたセフィーアが声をあげる。ユウは既に気配を掴んでいたらしく、落ち着いた声音で労ってくれた。


「ただいま」


 私兵団の小隊長が駆っていた馬から降りた聡一は、その尻を叩いて馬を本来の主の元へと送り返す。


「出すよ~?」

「ほーい」


 聡一が客車に乗ったことを確認したユウは、馬車をゆっくりと発進させた。


「御者はしばらく私が勤めてあげるから、ソーちゃんは休んでていいよん」

「わかった。ありがと」


 お言葉に甘えて休ませてもらうことにした聡一はツヴァイハンダーを壁に立て掛けると、深々と腰を下ろした。


 ピノの背に乗ってるときとは違い、好きな体勢で腰を落ち着けられるというのは本当にありがたい。こんなことを言ったらセフィーアが拗ねてしまいそうなので口には出さないが。


「お疲れ様」

「さんく~。ところで、目的の街……えーと……」

「ギルド自治区、アンレンデ」

「そうそう。そのアンレンデまであとどれくらいで着くの?」


 事前に温めておいてくれたお茶をセフィーアから受け取りながら、聡一は馬車で向かっている目的地の名前を口にした。


「アンレンデはアークレイムとミネベアの国境沿いだから、今日のところはこのまま夕方頃に着く予定のリベヌ村に一泊して、そのあと馬車で半日ってとこかな? ……ふあぁぁ」

「なるほど。あともうちょいってとこか」


 欠伸を噛み殺しながら淡々と説明するユウの背中を見つめつつ、聡一はカップに口をつける。


「2つの国の領土を跨いで存在する自治区……ねぇ。……あちっ!」


 冒険者ギルド自治区、アンレンデ。冒険者ギルドの総本山であり、いかなる理由であろうとも他国の干渉を受け付けない冒険者たちの国。


 自治区にアークレイムとミネベア双方の土地が取り入れられている理由は、片方の国が何かしらのイチャモンをつけてギルドを接収し、自国の戦力にすることを阻止する目的と、ギルド自治区が力を強めすぎないよう双方から圧力を掛けるという目的の2つがある。


 どうしてそのアンレンデに聡一達が出向くことになったのかといえば、2日前の宿屋での食事中に発した、ユウの何気ない一言が切っ掛けだった。


 ――そういえば、今の時期ってアンレンデでちょっとしたお祭りがあるけど、暇なら行ってみる?


 どうせこのままリシティアにいても、フォスティンに依頼した情報が得られるまでの期日は2週間以上も先であり、その間は特にすることもない。


 それならばと、暇潰しついでに観光目的でアンレンデに行ってみないかというユウの提案にセフィーアが興味を示し、結果、買ったばかりの馬車を用いて足を運んでみるという流れになったのである。


 ユウは祭りの内容を「着いてからのお楽しみ!」と言って教えてくれなかったので、聡一は詳しいことは何も知らない。セフィーアは既に知っているようだったが。


 まだ見ぬ祭りに思いを馳せつつ、聡一はリベヌ村に着くまでの間、静かに道中の風景を眺めて過ごすことにした。


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