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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
28/69

第24話  旅の足といえば馬車でしょう

 神聖アークレイム教国の首都である、聖都リシティア。人口およそ10万人が密集する、教国最大にして最多人口を誇る都。


白を基調とした石造りの家屋が多く、いたるところに教会が建てられているのが特徴的だ。水源も豊富であり、各々の家に水道が通ってるらしいという点にも驚かされる。


 街中央にある通称≪神の木≫という天を突くような大木を中心とした、随所に白い花々が咲き誇る大庭園の美しさは筆舌に尽くしがたい。


 白光の都――他国からそう呼ばれている所以が理解できるというものだ。


 そんなリシティアに存在する一軒の木工ギルドに、3人の冒険者が訪れていた。言うまでもなく、聡一、セフィーア、ユウのパーティである。


 木工ギルドでは木材を使ったオーダーメイドの家財道具製作の他に馬車本体の製作販売も一手に引き受けており、木工関連のコミュニティに関して右に出る者はいない。

 ちなみに個人で木材を扱っている職人も極僅かに存在するが、その大半はギルド側から免許皆伝を言い渡された超一流の職人であり、現存する木工職人の大半は木工ギルドに属したうえで、自らの技術を磨いているのが現状である。


 その木工ギルドに3人が何をしに訪れたのかといえば、単純にこれからの旅の足として使う馬車の買い物にきたのだ。


 セフィーアはグリアズ戦の時に聡一と交わした約束を律儀にも果たすつもりなのである。


 実際問題、3人の人間がピノの背に乗って旅を続けるというのは少し無理があるというのが彼女の本音であり、その為、必要に迫られた買い物と言われれば頷かざるをえない状況であるというのも否定はできないのだが。


 とにかく、相応の理由で馬車を求めることになった3人は今現在、木工ギルドの直営店に展示された馬車のサンプルをじっくりと吟味している最中なのであった。


 ちなみに、この世界には馬車の他に人工的に飼育された飛竜種を馬代わりとする竜車なるものが存在するのだが、買うとなると非常に高価なので、一般的には上流貴族専用の乗り物として捉えられている。


「そういや、俺、馬の乗り方なら知ってるけど、御者台からの馬の御し方とか全く知らないんだった。どうしよう」

「んー? 馬乗れるなら御者だって出来るよ。基本的にはどっちもそんなに変わらないし」

「あ、そうなの?」

「そうなの。まぁ不安なら今度教えてあげるケド?」

「ん、よろしく」


 そう言って笑った聡一は視線を馬車のサンプルへ戻すと、キラキラとした瞳で眺め始める。ギルドの店員に促され、実際に御者台や客室などに乗ったときなど、玩具を買い与えられた子供のような表情で感動していた。


 そんな聡一を苦笑しつつ見守りながら、セフィーアは馬車についてユウと具体的な意見を交換し合う。


「定員4名の馬車でも、小中大ってそれぞれ分類されてるのね」

「うん。でも、小型のタイプはやめたほうがいいかなー。定員4名っていっても、実際に4人乗り込むと窮屈になっちゃうから。私たちは3人だから小型でもいいかもしれないけど、このタイプだと道中で旅の道連れが増えたときに困っちゃうかも。買うなら、中型か大型、若しくは欲張って定員6名の小型を買ったほうが無難だと思う」

「やっぱり外装は布じゃなくて木がお薦め?」

「そ。それも出来るなら屋根に荷物を置けるタイプの。その方がいざというときに荷物で客室を圧迫しなくて済むから」

「馬車内で寝ることも視野に入れると、ここは定員6名の小型が無難か……」


 意見が大体纏まったところで、セフィーアは近くの馬車の御者台に座っている聡一に振り向いた。


「ソーイチは何か要望とかある?」

「後でいらない苦労はしたくないので、中途半端に安いものを選ぶくらいなら、多少無理してでも良いものを買ってください。無理した分は俺が頑張って稼ぎます」

「……珍しく建設的なことを。言われなくてもそのつもりだから安心して」

「うい」


 話が纏まり、セフィーアは近くに控えていたギルドの店員を呼び寄せる。セフィーアの注文を聞いた店員は羊皮紙にメモを取りつつ、言った。


「6名小型、屋根に荷物を置ける客室と貨物室の兼用……っと。このタイプになりますと、牽引する馬は軽種で6頭、中間種で4頭、重種は2頭となりますが、如何なさいますか?」

「――らしいけど、どうする?」


 セフィーアは振り向いて聡一とユウに意見を仰ぐ。


「さすがに馬6頭は数多すぎ感が否めませんですハイ」

「世話のことも考えると、数は少ない方がいいかなぁ」


 伺うまでもなかったらしい。2人の意見にはセフィーアも大いに同感だったので、ここは数が少なくて済む方向で話を進めることにした。


「重種2頭で」

「畏まりました。お値段はしめて銀貨40枚になります」

「あれ? 思ってたより大分安いな」

「ソーイチはいくらくらいすると思ってたの?」

「馬だけで金貨10枚くらいは余裕で取られると思ってた」

「なにそれ。王室御用達の名馬を買うワケじゃないんだし、そんなにするワケないでしょ」

「ふーん……そんなもんなのか」


 聡一に馬の知識などほとんどない。せいぜいが競馬で上位を獲得する名馬は1億円以上の値段がするという程度の極々浅いものでしかないのだ。


「銀貨40枚、確かに頂戴致しました。馬車の引き渡しは2週間後になります。お望みなら馬を自分で選ぶことができますが、如何なさいますか?」


 どうする?と視線だけ投げかけてくるセフィーアに対し、聡一は頷いてみせた。


「そうさせてもらう。馬舎はどこに?」

「このメモに書かれた場所にございます。いってらっしゃいませ」


 ◆◆◆


「んじゃ、好きな馬を2頭選んでくんな!」


 馬舎を管理する壮年のオヤジに促され、聡一達は柵に囲まれた敷地の中で悠々自適に草を食んでいる馬達の選別を始めた。


「うわぁ……でけぇ……」


 以前、ルー・カルズマの街で一度だけ馬に騎乗したことがある聡一だったが、その馬よりも体格が一回りも大きい重種の馬は間近で見ると圧巻だった。


 ただ、見た目に反して気性は大人しいらしく、これまで重種の馬に触れる機会がなかったセフィーアは、恐る恐る青毛の馬の鼻を撫でては嬉しそうに微笑んだ。馬の方もセフィーアを気に入ったのか、自分の顔をセフィ-アに擦り寄せている。


「一匹はこの子にする」


 セフィーアは迷いのない口調でそう断言すると、再び馬とのコミュニケーションに没頭する。

 その様子を隣で苦笑しながら眺めるユウは、自ら馬を選ぶつもりはないらしく「あと一匹はソーちゃんが選んじゃって」と言い残すと、セフィーアと共に選んだ馬の鼻を撫で始めた。


 後を任された聡一は良い馬を選ぶコツをオヤジに尋ねようとするが、当のオヤジは馬と戯れる美女に釘付けになっており、とてもまともな会話ができるとは思えない。


 軽く溜息を吐きながら、何気なく柵の周囲を見渡してみる聡一。その視線の先、柵の中心から一際離れた位置で寂しく草を食んでいる白馬を見つけた。


 雪のような白毛に包まれたその馬は、近寄ってくる聡一の姿を視認すると、怯えたように後退してしまった。


 群れから離れ、孤独に草を食み、そして今は怯えた眼差しで見つめてくるその馬に、聡一は激しく心を揺さぶられた。


「お前、一人ぼっちなのか?」


 思わず、掠れた声が口から洩れ出る。


 言いようのない感情の波が、怒涛の勢いで押し寄せてくる。

 どうして人間に対して恐怖を抱いているのかはわからないが、過去に酷い扱いを受けていたのであろうことは容易に想像がつく。


 途端に、目頭が熱くなった。


「おいで。怖くないから」


 優しく、優しく、声をかける。


 今にも泣き出しそうな聡一に何を見たのか……白馬は怯えた眼差しを潜め、ゆっくりと近づいてくる。

 そして、手を伸ばせば触れられるほど近くまできてから、聡一はそっと馬の鼻を撫でた。白馬は一瞬身を竦めたが、逃げることはせず、大人しくしている。


「温かいな、お前」


 グローブ越しに伝わってくる白馬の体温に目を細めながら、聡一はしばらく無言で撫で続けた。

 そこへ、桃源郷から我に返ったらしい馬舎のオヤジが慌てた様子で駆け寄ってくる。


「兄ちゃん! そいつを手懐けたのかい!?」


 オヤジの大きな声に白馬が身体を震わせる。

 聡一は怯える馬の首を優しく抱きしめて落ち着かせた。


「だったら、なんです?」


 無遠慮な大声で馬を怯えさせたオヤジを軽く睨みながら、聡一は話の先を促す。聡一の睨みの意味を察し、オヤジは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「いや、すまねぇ、怯えさせるつもりじゃなかったんだが……。あんた、どうやってそいつを手懐けたんだ?」

「別に、特別なことは何も」

「ふむ」


 聡一の言葉に、顎に手を当てて思案するオヤジ。何を思ったのか、聡一を頭からつま先まで無遠慮に観察し始めるが、やがて詮索は無用だと悟ったらしく、目線だけで謝ってきた。


「そいつは重種の中でもピカイチの体格とパワーを持っててな。馬力はそんじょそこらの馬の比じゃねぇんだが、それを理由に前の飼い主から相当過酷な重労働を強いられてたらしくてよ。ここに売り払われてからは人に全く懐かなくなったんだ。買い手がついたところで、梃子でもその場から動こうとしねぇのよ」

「………………」

「俺もなんとか人に懐かせようと努力したんだが、結局報われなくてな。そいつ、来週の頭までに買い手がつかなかったら食肉加工される予定だったんだ。だが、どうやら兄ちゃんのおかげでそうならずに済みそうだぜ」


 ホッと胸を撫で下ろすオヤジ。だが、聡一はそれを否定する。


「いや、まだ決まったワケじゃありません。こいつの意思を聞いていない」

「あん?そいつはどういう――」


 聡一は首を傾げるオヤジを無視し、白馬に目線を合わせると、静かな声で言った。


「俺達と一緒にくるかい?」


 馬が人の言葉を理解できるとは思えない。だが、白馬は大空に向けて鳴いてみせると、嬉しそうに自分の鼻を聡一の頬に擦り寄せた。


 ――人間と馬。言葉は通じなくとも、その声音から伝わってくる"想い"はお互いに読み取れるのかもしれない。


「……こいつを選んでくれてあんがとよ、兄ちゃん」


 全てを見届けたオヤジは、目を閉じてそう言った。


 ◆◆◆


 夜。宿で夕食と風呂を済ませ、聡一が自室でツヴァイハンダーの手入れをしていたときだった。

 ――コンコン。


「どうぞ~」


 軽めのノックと共に姿を現したセフィーアに、聡一は手元の時計を見やる。


「あぁ、もうそんな時間か」

「ん」


 セフィーアは軽く頷いてベッドに腰掛ける。聡一も手元の剣を備え付けのテーブルの上に置くと、セフィーアの隣へ腰掛けた。


 身を寄せ合うように密着する二人は、これから夜のお勉強会を開くのだ。


 お互い、外へ出る時のような旅着ではなく、部屋の中で着る為の質素な普段着に身を包んでいる。


 そして――


「今日はこれ」


 と言って、セフィーアは胸に抱えていた本を膝元へ置く。


 幼児向けの、文章よりも絵を重視した絵本であり、この世界の文字が読めない聡一に少しでも学んでもらおうとセフィーアが図書館から借り受けてきたものだった。


 勉強方法はいたって簡単。セフィーアがゆっくりと文章を読み聞かせ、聡一はセフィーアが指し示す文字を目で追っていくという単純な作業である。

 聡一がこの世界にきた二日目の昼頃、図書館へ寄ったときにセフィーアが思いついた方法で、その日の夜から毎晩こうして少しずつ文字を教えているのだ。


 本の左ページがセフィーアの右腿に、本の右ページが聡一の左腿の上に置かれるようにして表紙が開かれる。

 聡一は毎回身体を寄せる度にドギマギしているのだが、セフィーアは異性と身体を密着させることに慣れているらしく、照れるといった素振りをみせない。

 そして、そんな初心な反応をみせる聡一の姿を密かに楽しんでいたりするセフィーアは、澄んだ声音で本を読み始めるのだった。


 内容は、とある森で散歩していた青年が、野生の獣に襲われている幼い精霊を庇ったせいで大怪我をしてしまうという文頭から始まる。


 青年に助けられた精霊は大慌てで泉の畔に住まう双子の女神の元へと赴き、事情を説明する。


 状況を把握した双子の女神は急いで青年の元へ向かうと、意識を失っている青年を自分達の家に保護し、怪我の手当てをするという流れだ。


 やがて意識が目覚めた青年は助けてもらった恩返しをしたいということで、しばらく女神の姉妹が住まう泉の畔で厄介になることに。


 真面目で心優しい青年と一緒に暮らしているうちに双子の女神はそれぞれ青年に恋心を抱くが、約半年程の月日が流れて、青年は自分の住処に帰る旨を伝える。


 姉の女神はそれを快く承諾したが、妹の女神は青年と別れたくないが為に、森の中に魔物を生み出して青年を泉の畔から出さないように計らってしまった。


 途方に暮れて悲しむ青年の為に、姉の女神は妹が寝ている隙を見計らって自らの力を解放し、魔物達の活動を止めて青年を森の中から解放する。


 翌日、青年がいないことに気付いた妹の女神は怒り狂い、青年を見つけ出そうと世界中に魔物を生み出してしまう。


 生み出された魔物を消滅させるべく姉の女神は妹の魂を一時的に封印しようとするが、生来の力の差を前に苦戦し、追い詰められ、逆に自分の魂を砕かれてしまった。


 行き場を失った姉の魔力が世界中に霧散した頃になって、ようやく自分がしてしまったことの罪深さに気付いた妹は、砕けた姉の魂を5つの宝玉に封じると魂無き姉の身体を抱いて泉の底に深く深く沈んでいった。


「おしまい……どうしたの?」

「ハッ!?」


 絵本を閉じたセフィーアは、放心したようにボケッとしている聡一に対して不思議そうに首を傾げる。

 咄嗟に我に返った聡一は「すみません。絵本の文章ではなく、本を読んで聞かせてくれるあなたの横顔に見惚れてしまいました」などとはいえず、素知らぬ顔で誤魔化した。


「いやはや、いつの時代も女の嫉妬は恐ろしいものだと改めて理解した次第でぶぎゃっ!?」

「童話をちゃかすなバカ」

「すいません」


 絵本の装丁の角で頭を叩かれ、涙目になりながら蹲る聡一を冷めた横眼で見やりながら、セフィーアはベッドから立ち上がった。


「それじゃ私は寝るから。おやすみなさい」

「うぅ……おやすみ……」


 扉が閉まる音を聞きながら、聡一は頭をさすりさすり。

 そして、苦笑しながら立ち上がった。


「さて、剣のお手入れの続きをば」


 ◆◆◆


「あれ? セフィーア?」

「ん?」


 聡一の部屋を出た途端に自分の名前を呼ばれたセフィーアは、声がした方向へと振り返る。

 そこには、頭にタオルを被せながら簡素な衣服で出歩いているユウの姿があった。

 どうやら風呂をあがったばかりらしく、頬を桃色に染めている。ほこほこと立ち昇る湯気を幻視しそうな出で立ちだ。


「こんな時間にソーちゃんの部屋から出てくるなんて……ハッ!? まさか事後?」

「絵本を抱えながらとか、シュール過ぎて言葉も出ないんだけど」

「だよね~。で、実際何してたの?」

「ソーイチに絵本を読んであげてただけ」

「絵本? なんでまたソーちゃんにそんな子供染みた真似を?」

「言ったでしょ? 彼は記憶喪失だって。彼が忘れた記憶には文字も含まれてるの」

「あぁ~……そういうことね。それはまた不便な……」


 正確には文字を"知らない"のだが。まぁ、あまり大差はないだろう。


「ユウも文字の読み書きはできるでしょ? 暇があればソーイチに教えてあげて」

「は~い」

「それじゃ、私は寝る。おやすみ」

「おやすみ~」


 ――そして、夜は更けていく。


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