第22話 新たな旅の仲間
グリアズとの戦闘を終えた翌日の朝。
セフィーアの治癒術が功を奏し、完全に体力を回復させた聡一はセフィーアと共に遅めの朝食兼昼食を食べていた。
何故、朝食と昼食を一緒に済ますのか、その理由は単純だ。聡一が意識を取り戻すと同時に、入れ替わるようにしてセフィーアが寝入ってしまったからである。
目の下に若干のクマを覗かせていることから、付きっきりで聡一の看護をしていたであろうことは想像に難くない。そんな健気な彼女を差し置いて、自分だけ食事を取るなどいう真似は聡一には到底できなかった。
そんなワケで、朝食を食べ損ねた2人はお昼を少し過ぎてしまった今現在において、ようやくお食事タイムと洒落こんでいる最中なのだが……。
「………………」
「………………」
二人とも、無言。
音らしい音といえば、カチャカチャと食器皿がフォークとナイフに打ち鳴らされる音だけである。
断わっておくが、決して2人の仲が気まずいというワケではない。
しかし、会話は弾まない。
どちらかがどちらかに話しかけ、話しかけられた方も必死に話題に食いつこうと努力するが、終いには尻すぼみに言葉が詰まっていき、沈黙が再び空間を支配する。
現在の時刻は2時半と少し。食堂には聡一とセフィーアの2人しかおらず、他の宿泊客も一般のお客も一人もいない状況だ。
確かに、お昼というには少々遅い時間だし、客足が少ない軽食屋ならば客が一人もいないという状況もないことはないだろう。
だが、食堂には僅かな従業員と聡一とセフィーアしかいないにも関わらず、何故か宿屋の外には通りを埋め尽くさんばかりの人、人、人で溢れかえっていた。
まるで蟻のように集りに集った群衆が、窓の外から2人の食事をじっと見ているのである。
当人達からすれば、ちょっとしたホラーであった。せっかくの食事が台無しもいいところである。
そんな中で黙々と食事を進めていた聡一が、静かにナイフとフォークをテーブルに置き、丁寧な仕草で口周りをナプキンで拭いてから、真顔で言った。
「なにこの状況超怖いんですけどやめて」
「私に言われても困る」
そう返しながらストレの紅茶を嗜むセフィーアも、綺麗に整った眉を若干ながら八の字に歪めていることから、現在の状況にうんざりしていることは明白だった。
「どうしてこうなった……」
頭を抱えて俯く聡一を見つめながら、セフィーアも困ったように目を閉じる。
「……十中八九、昨日の一件が民衆に知れ渡ったんだと思う」
「いや、だとしてもこの反応は明らかに可笑しすぐるでしょう?」
「グリアズは仮にも災害クラスの魔物だもの。生き残ってみせただけじゃなく、撃退なんてしたら英雄扱いされても仕方ない。……事実は違うといえども、ね」
「め、面倒臭いでござる……凄く面倒臭いでござる……」
困惑からか多少頭のネジが飛んでいる聡一はさておき、セフィーアは後々もっと面倒な出来事が起こるような気がしてならなかった。
「俺……この食事が終わったら散歩に出掛けるんだ……」
「やめて」
精神的に脱力しながら、なんともいえない味になってしまった食事を片付ける2人。
とてもではないが、今日は仕事を貰いにいく気にはならない。
そんな微妙な空気が充満する空間に乱暴なドアの開閉音が聞こえたあと、「あー! やっと見つけたぁ!!」とやけに威勢のいい声が響き渡ったのは次の瞬間であった。
聡一とセフィーアが何事かと振り向いてみせる前に、声の主が断りもなく2人が利用しているテーブルの空いている席へ腰掛ける。
「久しぶりソーイチ、昨日ぶりだね! お見舞いにきたよ! 元気してるぅ?」
声の主の正体は、昨日一緒に盗賊とグリアズを撃退した冒険者のユウであった。
「うん、元気してなかったよぉ」
「おぃ~! 元気してなかったのかよっ!」
「いやねぇ、聞いてくださいな奥様。私達、目が覚めたら何故かこの街の皆様から注目浴びちゃってて、精神的にもうゲンナリ~でございますの」
「あらまぁ、それは大変ですわねぇ奥様。その原因は半分あたしのせいなのですけれどぉ」
「いやぁん初耳ですわぁ。なんだか殺意の波動に目覚めちゃいそう、ヲホホホ」
「やだぁんあたしこわぁい。をほほほ」
「何これ、ツッコミ待ち?」
どうやら馬が合うらしく、少々ネジが飛んだ会話を繰り広げる聡一とユウを呆れた表情で見つめるセフィーア。自らは係わろうとしないことから、放置に決めたらしい。
「まぁ冗談はさておき――」
しばらくして気が済んだのか、ユウがようやく真面目に話を切り出した。
「結構迷惑掛けちゃってるみたいで何かごめんね? 昨日の件で護衛対象とギルド側に報酬の増額を要求してたら、いつの間にかこんなことになっちゃってて……」
「別に気にしてないから、そんな顔しなくていいよ」
まるで子犬が飼い主に叱られたような雰囲気で落ち込むユウに、聡一は朗らかに笑いながら言った。
「それよりも昨日はありがとう。ユウがいなかったら、たぶん俺は今こうしてここにはいなかったハズだから。凄く感謝してる」
「……ううん。助けられたのはお互い様だし、これでお相子!」
お互いに嬉しそうに微笑む聡一とユウをどこか面白くない気分で眺めながら、セフィーアはテーブルに頬杖を突きつつ、気だるげに口を開く。
「で、今日は一体何しにきたの? ソーイチのお見舞いだけ?」
「あ、実はね、今日はお願いがあって来たの」
「お願い?」
「うん。ソーイチもセフィーアも冒険者なんでしょ?」
「――? 確かに私達は冒険者だけど、それがどうかしたの?」
唐突な問いかけに一瞬怪訝な表情を見せるも、セフィーアはすぐに気を取り直す。
そして――
「お願い! あたしもソーイチ達の冒険についていきたいの、仲間に入れて!」
ユウが現れてからどこか不機嫌そうだったセフィーアだが、ユウの"お願い"を聞いた途端に目を丸くする。唐突過ぎるお願いに、さすがの不機嫌もどこかへ吹き飛んでしまったようだ。
セフィーアは、先ほどの"もっと面倒な事が起こりそうな予感"とはこのことだったのかと溜め息交じりに納得した。
「…………そうきたか。またどうして私達についてくる気になったワケ?」
「簡潔に言ってほしい? それとも詳しく?」
「簡潔にお願い」
「1.あたしはこれまで一人だったんだけど、一人でいることに飽きた。2.ソーイチの強さを間近で見て、ビビッときた。3.一緒にいると退屈しなさそうだとあたしの直感が告げている。以上!」
「帰って」
「えぇぇっ!?」
まさか断られるとは思ってなかったのか、驚愕!といったテロップを頭の上にありありと浮かべるユウ。それから慌てた様子で腕をわたわたと動かしながら言った。
「なんでっ!? こう見えてもあたし強いから、一緒にいると役に立つよ!? 女同士でしか打ち明けられない悩みとか聞いてあげられるよ!? 多少の厄介事とか気にしないよ!?」
「悩みを打ち明けるような仲でもないでしょ」
「そんなっ!? 酷い! あたしはこんなにも真剣なのに! 昨日のことは遊びだったのね!?」
「ん、遊びだった」
「まさかの肯定!? この反応は予想外!! どうしよう!?」
素なのか演技なのか不明だが、随分とテンションが高いユウを面倒臭そうな目で見やりつつ、セフィーアは内心でどう答えたものかと悩み、聡一に視線を合せて意見を仰いだ。
そんなセフィーアの眼差しに気付いた聡一は、僅かな沈黙のあと、静かに口を開く。
「俺は一応雇われの身だし、そこらへんの判断は雇用主に一存するけど……。個人的な意見としては、仲間が増えればこれから先の旅も楽しくなりそうだなぁ~とは思うよ? まぁ茶化さないで真面目に言わせてもらうと、ユウの冒険者としての腕は確かだから、味方に付いてくれれば凄く頼もしい」
「……そう」
セフィーアはしばしの間、目を閉じて黙考する。ユウはそれを緊張した面持ちで黙って見つめた。
ユウの存在に対するメリットだが、セフィーア自身も盗賊とグリアズの件でユウの実力は目の当たりにしている為、聡一の言葉が単純に彼女の肩を持ったワケではないことは理解できる。
そして、決して口には出さないが、ユウがいればこれからの旅が賑やかになりそうだとは少なからず思っていたりしていた。
女同士でしか言い合えない悩みも勿論ある。それをストレスとして抱えなくてもよくなるというのは、とても魅力的だった。
デメリットもそれなりに多いが、どれもその場その場で適当に誤魔化してしまえばいいことだ。
それらを考慮したうえで、セフィーアは決断を下す。
「お互いに余計な詮索はなし、旅先を指定する権利は私達にある。これに納得できるなら、ついてくるなりなんなり好きにすればいい」
「ホント!? 納得するする! やったぁ♪」
両手を組んで喜びを表現するユウに思わず顔を綻ばせる聡一。そんな彼に若干の苛立ちを覚えながらも、セフィーア自身も薄く笑みを浮かべていることには気付いていなかった。
「あ~……それにしても、パーティに入るのって久々だなぁ。こんなに自分をアピールしたの初めてだよ」
「以前にもどこかに所属してたことが?」
ユウの安堵の混じった呟きにセフィーアは首を傾げる。
「うん、15のときに一週間だけ。そこのパーティはあたし以外男の人しかいなかったんだけど、危うくチョメチョメされかけちゃって。自衛の為に全員適度に痛めつけてから抜けたの」
「………………」
「どこの世界にも屑はいるってことか」
同じ女性同士、他人事とは思えなかったらしいセフィーアは沈痛な面持ちで聞いている。
男の風上にも置けない所業に聡一も苛立ちを覚えているのか、珍しく眉間に皺を寄せた。
押し黙ってしまった2人の様子を見て、ユウは苦笑しながら取り繕う。
「あはは。まぁ変に好待遇なのを怪しまずに信じちゃったあたしがバカだったんだけどねぇ。所謂、自業自得かな。それを反省して今までずっと一人でいたんだけど、その点でいえば貴方達は信用できそうだし」
「んー? わかんないよ? 俺がその男達と同じことをしないなんて保証はどこにも――」
「え? するの?」
「――……ッッ!!!」
「すいません冗談です天地神明に誓ってしませんですハイ」
ちょっと悪ノリしてみた聡一だったが、セフィーアの鬼ともつかない凄まじい剣幕の前に敢え無くフライング土下座した。
それを見たユウは花のような笑顔を湛えながら言った。
「それじゃあ、改めて自己紹介するね。あたしの名前はユウ。ユウ・サンレージア。これからよろしく!」
「私はセフィーア・ベルウィンド。よろしく」
「おのく……っと、こっちの世界でいえばソウイチ・オノクラになるのかな?なんにせよ、よろりん」
皆の笑顔が深まっていく。
今まで2人きりだった旅に、新しい仲間が加わった瞬間だった。
◆◆◆
先程、余計な詮索はなしと宣言したセフィーアだったが、さすがに自分と聡一の関係を何も話さないままというのはさすがに気が引けた為、妥協として自分の正体と聡一の"立ち位置"を説明しておくことにした。
セフィーアの決断に対して聡一は「いいのか?」と視線だけで訴えるが、彼女はそれに対して僅かに頷いてみせることで答えた。
3人で一緒に旅する以上、ベルウィンド私兵団がセフィーアの追跡を諦めない限り、遅かれ早かれセフィーアの正体はバレる。
ならば、予め情報を教えておき、いざというときに柔軟な対応を心掛けてもらったほうがいい。
それを察した聡一は、それ以上何も言うことはないらしく、全ての判断を彼女に委ねた。
セフィーアは自分の正体がクレスティア皇国に属する、それなりに有名な貴族の長女であることを明かし、聡一は記憶を失った旅人という設定にして、一緒に旅するまでに至った経緯を語った。
それらを全て黙って聞いていたユウは、セフィーアの話が終わると同時に聡一へと視線を向ける。
「それじゃあ、ソーちゃんはこの世界に関すること全く覚えてないの?」
「うん、全く覚えてない。旅の道中で少しずつフィーアに教えてもらってはいるケドね」
「ふーん……文字も読めないなんて大変ね。あたしも協力してあげるから、少しずつ慣れていこ?」
「ありがと。そう言って貰えると結構嬉しい」
正確には全く知らないと言うべきなのだが、この世界の知識を持ち得ていないという意味ではどちらも大して変わらないだろう。
聡一は自分を気遣ってくれるユウの気持ちに、素直に感謝した。
ユウの乱入のおかげで、自分達を見つめる大多数の視線を完全に蚊帳の外へ追い出すことができた聡一とセフィーアは、これからの旅程についてユウを交えて話し合うことにした。
そこへ、人々のざわめきと共に宿屋の扉が開け放たれる。
ただの一般客が入ってくるにしては余りにも緊張感が漂うざわめきだった為、セフィーアとユウは何気なく視線を扉へ向けた。
聡一は興味がないらしく、ただ黙って食後のブラックコーヒーに口を付けている。
宿屋に入ってきた人物は一人の男だった。派手な装飾がついた上質の法衣を身に纏っており、それなりに上等な地位にいることが一目で理解できる。
「……一級上等神官」
「だね」
セフィーアとユウが頷き合う。その瞳が厳しさを増していることから、本来はこんなところにいていい存在ではないらしい。
神官の男は真っ直ぐにセフィーア達のテーブルに向って歩いてくる。
そして、コーヒーを嗜む聡一の前でぴたりと止まると、傲岸不遜な態度で言った。
「お前がソウイチ・オノクラだな?」
「人違いです」
「教皇様が貴様に会いたがっている。本日午後8時、聖霊殿にそこの女2人も連れて定刻までに来るがよい。……貴様のような小市民が教皇様にお声をかけていただけること、光栄に思え」
躊躇うことなく人違いだと言ってみせる聡一だったが、神官の男はさして気にも留めず話を続ける。
「せっかくですがお断りしま――」
「ちなみにだが」
面倒なので断ろうと口を開いたとき、それを被せるようにして神官が口を挟んだ。
「これは教皇様直々の勅命である。ありえないとは思うが、もし貴様が聖霊殿に来なければ、それはそれは大変な事態になると心得ておくがよい」
「え、ちょ、俺は行くなんてまだ一言も――」
「では、確かに伝えたからな。午後8時だ、遅れぬように頼むぞ」
一方的に話を終え、足早に去っていく神官の背中を見送りながら、聡一はがっくりと肩を落として項垂れた。
「………………おいぃどうなってんですかこれ脅しとかマジ引くわ~。これってバッくれたらマズイ系?」
「うん」
「それはもう」
どう考えても胡散臭い。
それを理解しているセフィーアとユウは、同情しつつも「諦めなさい」と表情で語る。
そんな彼女達から顔を背けながら、聡一は悩ましげに溜息を零した。
「ていうか、よく咄嗟に人違いです~なんて台詞がでてきたね」
「そういう無駄な頭の回転の速さだけは、さすがの私も敵わないかも」
「ねぇセフィーア? それって俺のこと褒めてるの? 貶してるの?」
「どっちも」
「ちょ」
「ねぇ、今度からソーイチのことソーちゃんって呼びたいなぁ。……ダメ?」
「いきなり話が明後日の方向に飛びましたネ! ――別にいいよ?」
「オイ」