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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
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第21話  悪鬼の足音――その3

 グリアズの剣に膨大な力が収束していくのを感覚的に理解した聡一は無意識のうちに諦観の微笑を浮かべながら、大地に崩れ落ちる。


 最後の瞬間までこの世界の緑溢れる美しい景色を見納めようと目を見開いて気張っていたが、それより先に体力の限界の方にフラッグが振られてしまったらしい。


「はぁ……最……後の意地も……通せないなんて……情けない……な……」


 無様に暗転していく視界を呪いながら、聡一は己の意識を放棄しようとする。


「――ッ!? ――ッ!!」

「……?」


 誰かの声が聞こえる?


 ほんの僅かに残された最後の気力が、ヘリウムガスを注入した風船のように空へと飛び上がろうとしたとき、風船に括り付けられた赤い紐が小指に引っかかったのは奇跡というべきか。


 抱きあげられる感触と共に、とても柔らかく心地よい"何か"が顔に押し付けられるのを感じた聡一は、一度閉じてしまった瞼をなんとか再び抉じ開けた。


「――ソーイチッ!!」

「……フィー……ア?」


 ほんの一瞬とはいえ、半ば本気で女神と見紛ってしまった女性のシルエットの正体は、この場から逃げたハズのセフィーアであった。


 ◆◆◆


 話はほんの少しばかり時を遡る


 セフィーアは馬に跨って街道を走るユウ達を見下ろしながら、その端整な唇を血が滲むほど噛んでいた。


 あの場に聡一だけを置いて、本当に自分は逃げるべきだったのか、と。


 自分には人類の脅威となる魔物と正面から対峙するだけの力があるというのに、だ。


 本来なら真っ先にグリアズと戦わねばならない立場にいる自分が、この世界にきてまだ一ヶ月半足らずの、冒険者になってまだ日も浅い彼を一人残しておめおめと逃げている。あの場に残れば何かしら力になれたかもしれないのに。


 しかし、グリアズを再び目にして、2年前の悪夢が脳裏に甦り、泣き出したいくらいの恐怖に駆られたのは覆しようのない事実だった。


 だからこそ……自分は聡一を見捨てて、今ここにいる。


 盗賊達を撃退した護衛の冒険者達と一緒に、一刻でも早くアイツから遠ざかる為に、必死で逃げている。


 無力で、脆弱で、卑怯な自分の性根を自分自身の行動で証明されながら、それでも逃げ延びたいという意思は揺るがない。


 『俺がグリアズの注意を惹きつけるから』――そう微笑んだ聡一の優しさを利用したのだ。


 奈落のような自己嫌悪に陥りながら、セフィーアは自分の性根の汚さを呪った。


 こんな薄汚い自分が、民をより良く導く為に見聞を広めたいなどと、よく軽々しく口にできたものだ。


「私って……どこまで最低な女なの」


 暗い暗い一言が、自己嫌悪に耐えきれずに腹の底から飛び出した。


 だが、セフィーアがグリアズに脅えるのも仕方のないこと。


 グリアズは数多の魔物の中でも、魔力を有する非常に珍しいタイプであり、尚且つ人型という稀有な存在だ。魔物特有の絶大な体力に匹敵する膨大な魔力で展開されたプロテクトとリフレクトは、あらゆる物理攻撃と魔法を跳ね返し、その剣技は一流の剣士に匹敵する腕を持つ。


 ただ、それだけではせいぜいS−かSランクがいいところだろう。


 グリアズがSS-たる所以は、グリアズが魔物の中で唯一、幻獣を殺す能力を持っていることにあった。


 この世の法則に縛られることがない幻獣は、本来、自分からも相手からも触れることができる【物質化】と、自分からは触れることができるが相手からは触れることができない【半物質化】を使い分けることができる。

 つまり、ピノのように人を背に乗せて飛ぶこともできれば、戦闘にて相手からの物理攻撃や魔法攻撃を受けることなく、一方的に殲滅することも可能なのだ。


 その反則じみた能力特性故に、各国は幻操士に同じ人間への幻獣による攻撃を自粛するよう求めている。ただし、あくまでもそれは表向きだけのことであり、実際はその絶大な戦闘力を利用しようと、各国は幻操士を見つければ積極的に自国へ取り込もうとしているのが現状である。


 最も、個人で戦闘に長けた魔道士部隊1個大隊にも匹敵する力を発揮するのが幻操士というものであるからして、戦争が起こった際は特にその力を利用しようと画策するのは当然といえるのかもしれない。


 しかし、そんな最強ともいえる幻獣の弱点が、自分と同じ次元の存在である幻獣とグリアズだ。


 幻獣は同じ次元の住民である幻獣と存在を干渉し合う為、お互いの攻撃が通じてしまうのだという。


 一方でグリアズの方は何故幻獣に干渉することができるのか未だに解明されておらず、本当に魔物というカテゴリーに当て嵌めていいのか、それすら疑問に包まれていた。


 明らかなのは、その圧倒的な防御力と攻撃力は魔物の中でもトップクラスだということ。そして、幻獣を統べる幻操士の天敵だということだけだった。


 ひとえに幻操士と幻獣は文字通り一心同体、一蓮托生といえる関係にある。


 肉体的に繋がっているワケではないので、幻獣がダメージを受けても幻操士の肉体が傷付くことはない。その代わり、自らの精神を具現化した幻獣が傷つけば、その分に精神に傷を負うことになるのだ。

 もし幻獣が敵の攻撃で滅せられるという事態に陥れば、本体である幻操士は良くて意識不明、悪ければ精神崩壊の後に廃人という末路が待っている。


 セフィーアはそれを恐れていた。


 ずっと眠ったまま何年も目を覚まさない者、常に涎を垂らしながら生気のない瞳でずっと虚空を見続ける者、恐怖に脅えて自分以外の全てに牙を剥こうとする者等々……。


 あんな風にはなりたくない。


 その想いがセフィーアにひたすら逃亡の一手を辿らせていた。


 でも――


 目を瞑れば鮮明に脳裏に描かれる。『もし無事に生きて帰れたらさ、馬車で世界を周ってみない?』という願いを承諾したときに見せた、彼のとても嬉しそうな表情が。

 出会った当初から個人的かつ厄介な問題に巻き込んでしまったというのに、詳しいことは何も聞かずに自分の味方になってくれた。


 自分に向けて差し出された温かい掌。


 文字が読めない彼の為に、毎晩隣に座って絵本を読んであげたこと。その度に顔を赤らめている聡一がとても面白かった。彼は気付かれてないと思い込んでるみたいだけど。

 好き嫌いが多い聡一は嫌いな食べ物をよく皿に残していて、それを指摘する度に涙目になりながら口に運んだり。チーズを使った料理を食べていると、必ず物欲しそうに見つめてきて一口ねだってきたりとか。


 それらを思い出したセフィーアは、強張っていた表情を柔らかく綻ばせた。


 出会ってまだ少ししか経ってないけれど、二人一緒に過ごした毎日は籠の鳥でしかなかったセフィーアにとって、今までの人生の中で何よりも充実したひと時だった。


 そして、このまま彼を見捨てて街に逃げてしまえば、二度と会えなくなるのは間違いない。


 それだけは、それだけは――


「絶対に嫌っ!」


 聡一の戦闘力は、軽く見積もってもA+の冒険者に匹敵するだけの力がある。いくらグリアズ相手とはいえ、そう簡単に斃されるとは考えられない。


 今ならまだ間に合う――いいや、必ず間に合わせる!


 聡一を助ける――グリアズと戦う覚悟を胸に刻んだセフィーアはピノをユウの馬に近づけると、その翡翠の瞳に揺るぎない決意を滾らせながら言った。


「私、やっぱりソーイチを援護しにいく。だから、悪いけど街までは貴方達だけで向かって」


 その一言に、馬に跨って逃げる冒険者達は驚愕に目を見張った。グリアズに立ち向かうということは、せっかく拾った命をわざわざドブに捨てるようなものだからだ。


「え……ちょっと! 正気ッ!? せっかくソーイチが時間稼いでくれたのに!」

「……正気じゃないかもしれない。でも、もしこのまま逃げてしまったら、きっと二度と彼に会えなくなる。そうなったら、私、絶対に後悔するから」


 気でも狂ったのかと声を荒げるユウに、セフィーアは真剣な表情で頷いた。


「だから、私はソーイチを助けにいく」


 過去に刻みつけられた恐怖に心を縛られたまま、それに立ち向かおうとしなくなった自分自身と決別する為に。


 そしてなによりも、彼の笑顔がもう一度見たいから。


 その言葉の裏に秘められた絶対的な意志を感じ取り、しばらく無言で俯くユウだったが、覚悟を決めたかのように勢いよく顔を上げると、セフィーアの瞳を真っ直ぐに見据えながらこう言った。


「わかった。なら私もいく」

「え?」


 ピノを上昇反転させようとしたセフィーアは、ユウの思いがけない一言に思わず硬直する。


「私が言えた義理じゃないけど、せっかく助かる命をみすみす手放す気?」

「私は命を手放す気なんてさらさらないよ? 必ずソーイチを助け出して、あわよくばグリアズも倒す。状況がヤバかったらなんとか逃げ延びてみせるくらいの覚悟はあるもの」

「でも、会ったばかりの彼に貴方がそこまでする必要は――」


 どこか戸惑うように言うセフィーアの言葉を遮るように、ユウは朗らかに笑った。


「ソーイチには命を助けられたっていう借りがあるし、何よりグリアズ云々の前に彼が助けてくれなかったら、あたし達は今頃ここにいなかったんだよ? そう考えれば納得いくでしょ。それに恩人を見捨てて自分だけ逃げるっていうのも、やっぱ寝覚めが悪いしね」

「……お人好し」

「貴方程じゃないもんね~」


 ユウはおどけた態度で器用に馬からピノの背に飛び移ると、セフィーアの腰に抱きついて体勢を安定させながら言った。


「早くソーイチを助けにいきましょ!」

「ん」


 ユウの力強い笑みに頷き返したセフィーアは、ピノを一気に大空へ上昇させると、華麗なスプリットSを決めて反転する。


 二人の戦乙女は、戸惑う冒険者達を置いて聡一のもとに急いだ。


 ◆◆◆


 全速力で彼の元に戻った二人が見た光景は、大きく抉られた大地に粉々に粉砕された木々。そして、地面に倒れ伏したまま動かない聡一の姿と、今まさにトドメを刺そうとしている悪鬼の姿だった。


「ソーイチ!?」

「私が奴を牽制するから、ピノを地面ギリギリまで降ろして!」

「わかった!」


 一瞬で聡一が置かれている状況を悟ったユウは、セフィーアに地面すれすれを滑空するよう伝える。頷いたセフィーアは言われたとおりにピノを降下させた。


「させるかぁぁぁ!!」


 そして、グリアズが聡一に向けて剣を振り下ろそうとしたまさにその時、ピノから飛び降りたユウが自前の脚力と慣性の法則を利用した豪快な飛び蹴りを見舞う。


 グリアズの剣から迸る膨大な魔力が大地を抉りながら聡一の脇をすり抜け、その後ろにあった木々を粉砕した。


 弾丸のように吹き飛んで行くグリアズを余所に、空中で上手く身を捻ったユウは危なげない動作で地面に着地すると、腰の左に纏めて帯びていた2本の剣を素早く引き抜く。


 薄っすらと周囲の景色を透けさせるその刃は2本とも若干の紫色を帯びており、材質は明らかに金属以外の代物であることがわかる。


 ユウは右手にロングソード、左手にレイピアを構えながら、何やら意識を集中させる。

 すると、ロングソードの刃に冷気が纏わりつき、レイピアの刃はスパークを帯び始めた。


「さぁ、選手交代よ。かかってきなさい!」


 ゆっくりと起き上がってみせる悪鬼に、ユウは止め処なく溢れる恐怖心をなんとか押し殺しながら果敢に吠えた。


 一方で、吹き飛んで行くグリアズを少し離れたところから横目で確認したセフィーアは、焦りから何度も転びそうになりながらも聡一の元に駆け寄った。


「ソーイチ!! ソーイチッ!!!」

「………………」


 ボロボロの血だらけで力無く横たわる聡一を優しく抱き上げながら、何度も聡一の名を呼ぶセフィーア。


 呼吸が不規則且つ浅い。折れた肋骨が肺に刺さっているのがすぐに分かった。吐いている血の量も尋常ではなく、他の臓器の損壊も恐らく致死レベルに達しているだろう。


 涙が込み上げてくる。

 自分が逃げ出さずにちゃんと傍にいれば、きっと聡一はこんなに傷つかずに済んだハズだ。

 そう思うと、悔やんでも悔やみ切れない。


「待ってて! 今すぐ……今すぐ治してあげるから……! だからしっかりして! ソーイチッ!」


 掌に必死に魔力を集中させながら、セフィーアは聡一の名を呼び続ける。今の自分には涙を流すことはおろか、拭うことすら許されない。


 そんな中で、聡一の瞼が再び開いたのは、まさしく奇跡としか言いようがなかった。


「ソーイチ!」

「……フィー……ア? ……なん……で…………泣い…………て……」

「――! 泣いてないもん。……グスッ」

「で……も……」

「いいから喋らないで。傷に障る」


 そう告げるセフィーアはあくまで無表情。しかし、聡一の声を聞いて、堰を切ったように溢れだす涙だけが、彼女の心情を吐露していた。


 宝石のような一粒の涙滴が、聡一の頬へと流れ落ちる。


 ――温かい


「……ありがとう」

「ん」


 弱々しくも嬉しそうに微笑んでみせる聡一に対し、セフィーアも優しく微笑んでみせた。


 ◆◆◆


 冷や汗が止まらない。


 額と背中を伝う気持ちの悪い汗が、ユウの平常心を乱す。


(直接相対するだけでこれかぁ……結構キツイかも)


 出会い頭に見舞った飛び蹴りから既に体勢を立て直しているにも関わらず、立ち竦んだまま一向に動きを見せないグリアズ。


 眩暈を起こしそうなほどの強烈な殺気に、胃液が逆流しそうになるほどの凶気。素顔を完全に隠す黒い兜。何を考えているか読めないだけに、恐怖と緊張も計り知れない。


 いっそのこと、こちらから斬り込んでやろうかとも考えるが、足が竦んで言うことを聞かなかった。


(もう! あたしともあろう女が戦場で足を竦ませるなんて……なんたる恥!!)


 自身の弱さを思い知らされたユウはより一層の奮起を胸に誓った――このピンチを無事に脱することができればの話だが。


 一方は動かず、もう一方は動けず、そのまま互いに睨み合うこと30秒強。永遠にも感じられた膠着状態が唐突に終わりを告げる。


 グリアズが剣を納めたのだ。


「――え!?」


 驚愕に口をポカンと開けるユウの目の前で、何処からか発生した濃霧に包まれつつグリアズは姿を消す。


「ちょっまっ」


 一人で虚しく声を張り上げたユウは、濃霧が収まり、周囲に自分達以外の気配がないことを悟ると、ぺたんと気が抜けたように地面にへたり込んだ。


 どうやらグリアズはこの場から去ったらしい。理由はわからないが、今あるこの状況が言葉では言い表せない程の幸運の上に成り立っているのだということは、なんとか頭の隅で理解することができた。


「もしかして、た、助かった?」


 声に出してようやく実感できる安堵の念。ユウは、それはもう深~く溜息を吐き「こんなに疲れたのはいつ以来だっけ……」と小さく呟きながら、草原に倒れ伏した。


 仰向けになりながら空を拝み、ふとセフィーア達の方へと視線を向ける。


 視界に、慌てたようにキョロキョロと周囲を見回しているセフィーアの姿が映る。聡一は彼女に抱えられたままピクリとも動かない。治療は既に終わっているらしいが、どうやらそのまま意識を失ったようだ。


 猛烈な気怠るさを持前の気合いで捩じ伏せながら、ユウはゆっくりと起き上がると、セフィーア達の元へと近づいていく。


 ユウの無事な姿を視認したセフィーアはいつもの冷静さを取り戻し、落ち付いた声音で尋ねた。


「アイツは?」

「さあ。近くに気配は感じないから、どっかに行っちゃったんじゃない?」

「そう……」


 安堵したように息を吐いたセフィーアは胸に抱いていた聡一をそっと降ろすと、その頭を自身の膝に乗せる。それから、一度だけ、優しく彼の頬を撫でた。


 その慈愛に満ちた雰囲気から、彼女がどれだけ聡一を大切に想っているかが容易に理解できる。恐らく本人は自覚していないだろうが。

 ユウは、そんな人と巡り合えたセフィーアを少しだけ羨ましく思った。


「ソーイチの様子は?」

「ん。全部治したから、もう大丈夫。意識は……たぶん明日の朝あたりには戻ると思う」

「そっか……。よかったね、彼、死ななくて」

「……うん」


 ――その後しばらくして、グリアズ出現の報を得て出撃してきた教団騎士2個中隊とユウの連れを含めた冒険者の一団に保護された3人は、英雄のような扱いで手厚く保護されることになる。


≪マジメなあとがき≫


ユウの武器のイメージですが、モンハンのギルドナイトセーバーな感じです。


ソーイチのツヴァイハンダーのイメージも↑と同じくモンハンにでてくるエクエスエッジのような感じです。分厚く厳つい刀身ではなく、すらりとしたスタンダードな刀身になります。


モンハンって武器の種類色々あって、なかなか参考になりますね。

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