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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
22/69

第18話  始まりは目前か

 聡一がこの世界に降り立って早一ヶ月が過ぎた。


 毎日をそれなりに楽しく、騒がしく、時にスリリングに過ごしている聡一は、異世界で過ごす日々の充実さと元の世界にはない風景の新鮮さを気の向くままに堪能し、ともすれば暴虐的な速さで流れる時間の波に身を曝されつつも、サーフボードで波乗りするように"非現実"の向こう側にあった"新しい現実"を享受していた。


 ――ルー・カルズマを出てからそろそろ二週間が経つ。


 その間、大小様々な街や村に足を運び、観光がてらその地域独特の文化や思想に触れた。

 本来ならば、寄り道は大きな街1つか2つ程度で済ませるつもりだったのだが、より多くの異文化に触れたいという聡一の要望により、当初の予定よりも大幅に旅程を変更したのだ。


 途中、旅装に扮したベルウィンド私兵団がセフィーアを連れ戻そうと度々襲撃してきたが、そこは大した問題ではないので割愛する。


 そして今現在、2人は目的地であった聖都リシティア入りを果たし、神聖アークレイム教国が誇る歴史研究の最高機関【教立神歴学術研究室】に所属する学者の家に赴いていた。

 事前に情報屋を介して"優秀ながら話のわかる学者"を調べ上げ、住所を割り出し、当人が帰宅したタイミングを見計らっての直接訪問だ。


 目的は聡一の元の世界へ帰還する為のヒントを少しでも得る為に他ならない。


 エグザリアとの会話で記憶した聖地という単語も、聡一自身半信半疑ながらセフィーアに事前に教え、上手く盛り込むよう頼んである。


 無論のこと、どうして聖地という単語を入れる必要があるのか尋ねられたが、そこは元の世界のRPGという概念とその常識を説明することで難を逃れた。


 セフィーアは「それで少しでも情報収集の成果に繋がるなら――」と快く承諾してくれている。


 そして、そのとある学者であるフォスティン・ペイバーグ37歳独身は、職場から帰宅した直後の夜も遅い時間に突然訪れてきた訪問者に若干戸惑いながらも、応接室にて客人であるセフィーアに紅茶を出していた。


「――い、依頼……ですか?」

「えぇ。とある事に関する情報を調べてほしいのです。報酬は金貨2枚出します」

「き、金貨ですって!? ……お話をお聞かせください」


 上物らしいソファに上品に腰掛けているセフィーアは、まるで人形のような美しい笑みを浮かべて頷いた。彼女の後ろには、従者兼護衛という立場の聡一が立っている。

 フォスティンは、全身黒づくめでありながらフードマフラーによって表情が伺えない聡一に若干怯えた視線を送るが、それ以上に目の前にいる絶世の美女の魅力と"報酬"に胸を高鳴らせた。


 彼の目に欲が映ったのを敏感に見て取ったセフィーアは、内心で薄く笑った。


 交渉を全てセフィーアに一任している聡一は、視線だけを動かして屋内の様子を観察する。


 貴族屋敷とまではいかないものの、聖都内に乱立する平民の住宅郡に比べれば十分大きい。それなりに整っている家屋の内装から、学者の中でもそれなりの地位に就いていることは想像に難くなかった。


 それに合わせて、セフィーアも今だけは普段の旅衣装ではなく、スペースバッグに長らく放置していた"それなりに上等な衣服"で身なりを整えている。


「私は身分柄、様々な人とお付き合いさせていただく機会が多いのですが、その中でとある殿方が興味深いコトを仰っていたのです」


 直接身分を明しはしないが、自分がそれ相応の地位にいることを会話で匂わせながら話を進めていくセフィーア。


「興味深いことですか? あっ、どうぞ紅茶召し上がってください」

「お気遣いありがとうございます、遠慮なくいただきますわ」


 ぎこちない笑顔で紅茶を勧めるフォスティンに礼を述べ、カップに口をつける。

 その間、彼の視線がプリーツスカートから覗くセフィーアの太腿に向かって泳いでいるのを聡一は見逃さなかった。勿論、彼女も気付いているだろう。

 舐めるような嫌らしい眼差しじゃないことから、少なくとも最低限の常識は持ち合わせているようだ。


 二口ほど紅茶を啜って喉を潤したセフィーアは音をたてないようにそっとカップを皿に戻すと、軽く咳払いをしてから話を続けた。


「その興味深いコトというのは、このメルキュリオ大陸のどこかに、聖地を経て異世界からきた人間がいるという話なのです」

「異世界からきた人間ですか? 私は聞いたこともありませんが……」


 目の前に異世界から来た張本人がいるとは知らず、首を傾げるフォスティン。しかし、職業柄歴史に詳しいはずの彼でも前例を知らないということは、聡一が一番最初の実例なのかもしれない。


 聡一はそう考え、若干気落ちした。


「他愛もない与太話というのは重々承知なのですが、私、恥ずかしながら一度関心を持ってしまうと徹底的に調べつくさないと気が済まない性質でして」

「はぁ……」


 セフィーアから直に笑みを向けられ、タジタジになりながらも必死にそれを誤魔化そうと話を進めるフォスティン。


 その様子を黙って見つめながら、聡一は胸が疼くような嫌な感触に眉を寄せる。


「た、確かにその話が本当なら学者としても興味深いところですが、何故に神歴学者である私にその話を? ――熱ッ!」


 緊張からか、紅茶を啜ろうとして舌を火傷させる彼に、クスッと天使のような笑みを零したセフィーアは歌を囁くような麗しい声音で言った。


「あら、これは異なことを仰いますのね。異世界の人間が聖地を経てこの世界に来訪する……そのような奇跡を為し得るなど、それこそ"神の御業"――それを調べ、探究してこそ、神歴学者様の職業冥利に尽きるというものではありませんか?」

「は、話はわかりましたが……どうしてそこまで熱心にお調べになろうするのですか?」


 フォスティンの疑問に対して、セフィーアは柔らかな表情から一転させると妖艶な微笑を見せた。

 そして、貴族の乙女らしい、真っ白な薔薇の如き清楚な気品を保ちながらも、世にいる男を全て籠絡してしまいそうな艶めかしい流し目を送りつつ、軽く唇を舐めあげるようにして口を動かす。


「もし本当にそういう人間がいるのだとしたら、それはとてもロマンチックなことだと、私は思うのです。この世界において、存在しないハズの人間が大陸を歩き、その人生において決して出会うハズのない人々と巡り逢う……想像するだけで胸躍る素敵なことですわ。神のお導きという言葉がこれほど絵になる状況は他にないでしょう。私、趣味で書籍の執筆をしておりますので、そういったインスピレーションを得る為にも神秘の模索は非常に有用なのですよ」


(よく言うよ)


 どこまでが本音なのかはわからないが、少なくとも趣味が書籍の執筆というのは嘘だろうと聡一はフードマフラーの中で苦笑する。


「な……なるほど……」


 思わず生唾を飲み込むフォスティンに柔らかく笑いかけるセフィーアは、雰囲気に呑まれている彼を押し込むべく、さらに言葉を続けた。


「異世界から来た人間を探し出せなんて無茶は申しません。貴方には異世界……それから聖地という単語をキーワードに、どんな些細な事柄でも構いませんので、それらに関するありとあらゆる情報を収集し、纏め上げていただきたいのです」

「わ、わかりました。お引受けします」


 セフィーアに圧され、フォスティンは疑問を挟む間もなく依頼を承諾する。

 話の中で一言も出てこなかった"聖地"という単語をさり気無く含ませているあたり、さすがとしか言いようがない。


「ありがとう。期限は今から一ヶ月間――時期が来ましたら、またこちらからお伺いします。集めた情報の成果によっては、報酬の上乗せをお約束致しますわ」


 最早、骨抜きにされたといっていいフォスティンは、力強く胸を叩いてみせた。


「お任せください、必ずや貴方様のご期待に添えてみせましょう。他にも御用向きがあった時の為に研究室の紹介状をお渡ししますので、しばしお待ちください」


 そう言うと、彼は一度応接室を離れ、自室から【教立神歴学術研究室】に出入り可能になる紹介状を持ってきた。


 セフィーアはそれを聡一に手渡すと、ソファから腰を上げ、そのまま玄関に赴く。

 そして、扉から出る前に、


「では、よろしくお願いしますね。良い成果を期待しています」


 と笑みを残して、聡一と共にフォスティン邸を後にした。


 フォスティンは恍惚とした表情を顔面に貼り付けながら、夜の街道に消えていくその後姿を見送った。


 ◆◆◆


「ん~っ……!」


 フォスティンの視線が及ばない範囲まで歩いたところで、セフィーアは両腕を頭上に伸ばしながら息を抜いた。

 聡一もフードマフラーを首に掛け直し、素顔を露わにする。

 以前、聖都に来る前に立ち寄った街で、フードマフラーで顔を隠したままセフィーアの少し後ろを歩いていたら、自警団員に暴漢と勘違いされたのだ。

 その時はセフィーアが聡一のフードマフラーを剥ぎ取り、腕を抱き寄せてみせたことで事無きを得たが、自警団員の強張った表情と警戒心剥きだしの台詞は苦い教訓として聡一の胸中に微かな傷を伴いつつ、深く刻まれている。

 ただ、フードで顔を隠している人間は決して多いとはいえないが、いるにはいるので、職質された原因は美女の後ろにくっついていたせいかもしれない。


 ここは聖都有数の住宅街であり、もう夜も遅いということから、通りを歩いてる人はほとんどいない。

 ただ、ルー・カルズマにもあったように、魔法の式を埋め込まれた街灯が街中には点在するので、それ程暗くはない。

 資金的にあまり余裕がない村ではこうはいかなかったが、少なくとも街ではわざわざ松明を掲げて歩く必要がないので色々と好都合だ。


 魔法によって光と火の性質を併せ持った街灯に照らされながら、2人は宿屋に向けて歩を進める。


「いやはや、御見事でございました」


 聡一のどこか苦笑めいた称賛に、セフィーアは何の感情も示さない無表情のまま呟いた。


「貴族の娘に求められるのは話術と魅力。懇意の相手と話を合わせ、その後色々と"満足させる"ことだもの。その為には猫だって被るし、所謂"女の武器"だってフルに活用する」

「………………」


 達観もしくは諦観を思わせるセフィーアの淡々とした口調がチクリと胸を刺す。それを意識して、聡一はほとんど見分けがつかない程度に顔を顰めた。


「さて、これから一ヶ月間どうする?」

「どう……しようか。ここに留まってひたすら結果を待つのもいいけど、一か所にじっと閉じ籠ってるっていうのも、なんか勿体ないし……」

「まぁ結論を急ぐ必要もないか。これからどうするかは宿屋でゆっくり話し合うとして、とりあえず明日は小銭稼ぎに行きましょ。ルー・カルズマ出てからほとんどギルドの仕事受けてないし」

「だね」


 手早く明日の予定をたて、休息を取る為に宿屋への歩調を若干早める。


『あれ? もしや君は――』


 そこへ、どこかで聞いた記憶がある柔らかな声音が聡一を捉えた。


「うぬ?」


 声がした方向に顔を向けると、十字路の曲がり角から茶色のローブを纏った青年が姿を現した。


「思った通り! 恰好が随分と変わっていたので人違いかとも思いましたが、やはり貴方でしたね!」

「えと……どちら様ですか?」

「あぁ、ローブを羽織ったままじゃわかりませんよね」


 親しげに話しかけてくる茶色のローブを羽織った青年に聡一は首を傾げ、疑問を口にする。

 そこで初めて青年は自分がローブに付属したフードを被っていたことを思い出したらしく、それをいそいそと脱いで素顔を晒した。


「あ! いつぞやの神官さん」

「ご無沙汰しております」


 聡一に声をかけた青年は、彼の幻操士の試練を担当した高位神官であった。純白の法衣を茶色の質素なローブで隠し、試練を受けた日に持ち歩いていた白金の杖も今はない。傍から見ればただの地味な青年としか思わないだろう。


 もともと人の顔や名前を記憶することを苦手とする聡一だったが、出会った場所とその時起こった出来事が衝撃的過ぎた為、すぐに思い出すことができた。


「ルー・カルズマから遙々ここまで出張ですか?」

「というよりも、ここからルー・カルズマへ出張していたという方がニュアンス的には正しいでしょうかね~」


 包み込むような微笑を浮かべる神官。その雰囲気はルー・カルズマで出会った時と何ら変わりなかった。

 ただし、あの時とは違い、神官の背後には従者らしき者が控えていた。背の高さからして男と思われる。

 神官と同じく茶色のローブを目深に被り、なるべく目立たないように自らの気配を消している時点で"どういった類"の従者か見当はつくのだが……ただ、その存在感の薄さは尋常ではなかった。ふと目を逸らせば、それだけで彼が"そこにいる"という事実を忘れてしまいそうになるほどだ。

 裏の仕事を受け持つに相応しい、悪い意味で影がない人種――まぁ"影がない"という言葉自体に良い意味などないのだが。


 まさか神官の従者がいきなり強襲してくるとも思えなかったが、聡一は悟られない程度に軽く警戒を向ける。


 それはともかく、何故、たかだか神官一人にこの手の従者が付くのか。神官一人につき護衛を一人付ける程に、神官という職に付く人間は貴重な存在なのだろうか?


 聡一は訝しげに眉を顰めるも、所詮自分には関係ないことだと割り切り、気にしないことにした。


「それにしても、その風貌から察するに冒険者になったのですね。よく似合っておりますよ」

「あははは……恐縮です」

「――ッ!」


 照れたように頬を掻く聡一は、セフィーアが自分の横で驚愕を押し殺していることに気付いていない。

 しかし、鈍い聡一と違って、しっかりと彼女の驚愕に気付いている神官は片目を瞑り人差し指を口に当てた。


「……? 何してるんです?」

「いいえ~。彼女があまりにも熱い眼差しを送ってくるものでつい」

「えっ!?」

「あぁ……なるほど。神官さんは容姿端麗で魅力的ですからねぇ」


 お茶らけた風に誤魔化す神官に、慌てるセフィーア、そして愛想良く笑っている……ように見えてどこか態度が硬くなった聡一。

 三者三様の表情を見せながら、微妙に空気の流れが悪くなったのは恐らく気のせいではないだろう。

 フードの奥から「誤魔化すならもっとマシな形で誤魔化せ」といった雰囲気を前面に押し出して睨むセフィーアの視線を敏感に感じ取った神官は、焦ったように取り繕った。


「いやぁ冗談ですよ~。ところでソーイチさん、その後幻獣を呼び出すことはできましたか?」

「いいえ? てか、そもそも俺は試練に失敗したし、呼び出すなんて無理に決まってるじゃないですか」


 言っている意味がよくわからないと聡一は首を傾げる。


「まぁ基本的にはそうなのですが、何事にも異例は付き物ですからね~。まぁ少し個人的に気になっただけです。他意はありませんのでご安心を」

「はぁ……そうですか」


 ほわほわと笑いながら気にするなと告げる神官に、聡一は戸惑いながらも曖昧に頷いた。


「では、私は急ぎますのでこれにて失礼しますね。貴方達の旅路に女神アストレアのご加護がありますように。冒険者だからといってあまり無理してはいけませんよ?」

「恐れ入ります。神官さんもお気をつけて」

「………………」


 にこやかに去っていく神官と、その後ろを影のようにぴったりと張り付きながら追従する従者。

 強化された聡一の聴覚でやっと聞こえる程度の足音がその技術の高さを示している。


 聡一は「できるなら闘いは避けたい手合いだなぁ……」と従者に対しての評価を下した。


 そして、ある程度距離が離れたあと、セフィーアに振り返って笑いかけた。


「あの神官さんって神職者らしくないっていうか、何か変わった人だよね」

「……そうね」

「あれ? フィーアはあの人苦手?」

「別にそういうワケじゃないけど……」


 煮え切らない態度のセフィーアに首を傾げる聡一だったが、あまり興味はなかったのでそれ以上追及はしなかった。


「いこっか」

「ん」


 聡一とセフィーアは遠ざかっていく神官の背を見送り、それから少し遅れて宿へと歩き出した。


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