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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
21/69

第17話  幸せの陰に潜む悪夢――終幕

「ソーイチ、怪我してる」

「え? あ、そういやそうだった」


 傭兵団のアジトを後にし、馬を繋いである山道脇の木の前にきて、セフィーアは聡一の頬に手を当てながら静かに言った。

 頬の怪我などすっかり忘れていた聡一だったが、ひんやりした彼女の手が頬の傷を思い出させる。


「でもまぁもともと掠り傷だし、血も止まってるみたいだから問題ないでしょ」


 特に痛みもないので、頬の傷など気にもせずに馬に近寄ろうとする聡一。


 盗賊にもモンスターにも襲われることなく、大人しく御者の帰りを待っていた馬は2人の姿を見つけて嬉しそうに鳴いてみせた。


「………………」


 セフィーアは押し黙り、考え込んだ。確かに彼の傷は"浅い"とはいえ、そうすぐに血が止まるような軽さでもないのだが……。


(考えても無駄……か)


 いくら黙考したところで答えは出ないと踏んだ彼女は、聡一のフードマフラーを引っ掴んで無理矢理留まらせると有無を言わさずに治癒魔法を行使する。

 そして、聡一が何か言う前に一瞬で傷痕を消すと、ハンカチを取り出し、軽く先端を舌で湿らせてから血の跡を拭き取った。


「ん、お終い」

「ども」


 聡一は跳ねる鼓動に敢えて気付かないフリをして、自身の緊張を誤魔化す。ただ、頬が微妙に火照ってしまうのはどうしようもない。


「これでよし。さ、帰りましょ」

「オーライ」


 セフィーアは手早くハンカチを仕舞うと、木に繋いでいた手綱を解いてから馬の背に飛び乗る。

 聡一もそれに倣い、セフィーアの後ろへ飛び乗った。

 

「腰に掴まって。……変なところ触らないでよ?」

「余程荒く走らせない限りは大丈夫だと思うけど」

「あ、いいこと思いついた」

「うぇ?」

「せっかくだし、帰り道使って馬の乗り方の練習ね」

「ま、まじすか!?」

「マジ」


 そこから馬を走らせること約20分程が経ち、ようやく聡一達が宿屋《水面の小石亭》の前に辿り着くと、そこにはずっと彼らの帰りを待ち続けていたらしいルーケンスとキアラの姿があった。

 季節柄、夜になると一気に冷え込む外でずっと寄り添いあいながら立ち尽くしていたらしい。


「お帰りなさい!」

「お2人とも無事だったんですね!」


 馬に乗った聡一とセフィーアの姿を見つけ、心底嬉しそうに顔を綻ばせる2人の男女。


 その笑顔をみて、ようやくこのくだらない騒ぎも終わったのだと実感する。


 聡一は宿屋の前に馬を停めると、軽い身のこなしで鞍から降り、地面に足をつける。

 その顔には妙に清々しそうな笑顔を張り付けており、俗に言うご満悦といった様子が手に取るように理解できた。

 続いてセフィーアも馬から降りる。しかし、しっかりと地面に立ってみせる彼とは違い、地に両足をつけたところで立ち眩みを起こしたらしく、力無くよろけた。

 そんな彼女の身体を受け止めながら、清々しい笑顔から一転、気まずそうな顔をみせる聡一。


「セフィーアさん!?」

「だ、大丈夫ですかっ! もしかして、奴らに何かされたのですか!?」

「……ん、そういうワケじゃないから大丈夫。ていうか、原因は私の目の前にいるバカのせいなんだけど」


 ――と、自らの身体を支えてくれている人物を上目使いで睨むセフィーア。


「ねぇ? 今さっき乗り方教えたばかりなのに、いきなり木々が多いところを全速力で走り抜けるとか何なの? わざと柵を飛び越えさせるとか何なの? あなたバカなの? ねぇ? それともバカの上をいく大バカなの? ねぇ? 答えて?」

「……調子に乗ってすみませんでした」


 聡一の腕の中で、青筋と氷の笑みを浮かべて彼を罵倒するセフィーアと、謝罪を口にしながら項垂れる聡一。そんな仲のいい2人に苦笑いを送りながらルーケンスは言った。


「馬は私が返しにいきますので、こちらに」

「あ、よろしくお願いします」


 手綱を取って馬を返しにいくルーケンスを見送ると、いつまでも寒い外にいる意味もないので、聡一とセフィーアは宿屋に入ろうとする。


 すると、そんな彼らの背に向けてキアラは唐突に頭を下げた。


「今日は私の為に色々とご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」


 振り返って一瞬驚きの表情を見せた2人だったが、キアラの想いを察し、真顔になる。


「困ったときはお互い様。それに、言うべき言葉はそれじゃないでしょう?」


 半分泣きそうな表情の彼女に、セフィーアは優しく語りかけた。その横では聡一も同じように優しい笑みでキアラを見つめている。


「助けにきてくれて、ありがとうございました」


 精一杯の笑顔で涙を誤魔化しながら、キアラは万感の想いを込めて言った。


 ◆◆◆


「うぅ~……満腹だぁ……げっぷ」


 聡一はベッドへ仰向けに倒れ込みながら、胃のあたりを擦った。


 聡一達が風呂から上がった直後、ハウゼルとキアラが気合を入れて作った夕食を全て完食した為だ。


 はっきり言ってその量は2人分どころか6人分に相当しそうな程だったのだが、せっかくの好意を無下にするワケにもいかず、無理をした次第である。

 食後、セフィーアがしきりにお腹の膨らみを気にしていたが、それも無理ないことだろう。


 ちなみに、聡一が4人分の夕食を食べる代わりに、デザート類は全てセフィーアが担当した。甘い物は別腹だと巷ではよく言われるが、甘い物好きなセフィーアでさえ顔を青くしていたところを見ると、その真偽は疑わざるをえない。


「それにしてもこんなに食ったのは久々だなぁ……むにゃ」


 時間帯、満腹度、疲労感、全ての状態が絶妙に絡み合った結果、なんとなく描写的にデジャヴを感じながらも、聡一の意識が落ちるのに数分も掛からなかった。


 ――遠いどこかに置き去りにしてしまった、見慣れた一室が視界を埋める。


「む、きたか。久々だな」


 今、聡一が立っている場所は元の世界に存在したアパートの自室だ。愛用の折り畳みベッドの上では、白いワンピースを着用した女の子が白金色の長髪を指先で弄っている。

 

 ワンピースで胡坐という際どい寛ぎ方だが、当の本人は気にする様子も見せない。


「あー……どちら様?」

「おいっ! お前がこの世界から飛ばされた初日の夜に、一度夢で会っただろうが!」

「――? むー……あっはいはい、思い出した思い出した」

「本当に思い出したんだろうな? まったく、女の顔を忘れるとはなんて男だ」


 溜息を吐きながら若干俯く少女。しかし、すぐに気を取り直したらしく、あぐらから足を組み替えて聡一を見据えた。


「まぁいいさ。ところで、少しはこの世界に馴染めてきたか?」

「んー……まぁそれなりには」

「そうか、それは重畳だ。お前にはやってもらいたいことがあるからな。早くこの世界に慣れてほしい」

「やってもらいたいこと?」


 聡一は少女の隣に腰掛けながら、目を細める。


「そうだ。今教えても信じてもらえないだろうからまだ説明は保留しておく」

「そうかい」

「興味なさそうな顔だな」

「そりゃあね。君の話を信じるなら、つまり俺は君の手駒としてこの世界に呼ばれたってことだろう?人権なんて完全無視、随分と勝手な話だ。面白くないに決まってる」


 若干の不機嫌さを言葉に乗せて、自分のベッドに寝転がる聡一。

 少女は聡一の意思を理解し、少しだけ俯いた。


「……誰も伊達や酔狂でお前を呼び寄せたワケではない。私とて自分の世界の問題は自分の世界の住人を使って解決したかったさ。だが、それが叶わぬから私は最後の手段として異世界の門を通じ、お前の世界の神に頼み込んで人間を一人譲ってもらったんだ」


 表情は特に変わらないが、言葉の端々から苦虫を噛み潰したような悔しさが滲み出ている。

 聡一は気まずさから押し黙るが、ふと気付いた。


「ちょっと待って……"俺の世界の神"だって?」

「あぁ。お前の世界は面白いな?実に様々な神が色々な思想や文化の元に混在している。私はあそこまで神々を窮屈に押し込めた世界を他に知らぬよ」


 ――いや、そんなくだらないことはどうでもいい


「俺の異世界入りを許可したバカはどこのどいつ? 俺が死んだら一度殴りにいくからぜひ教えてほしい」

「黙秘権を行使する」

「ちょ、せこっ!」


 喚く聡一に、少女はカラカラと笑いながら言った。


「まぁまぁ落ち着け。お前、これから聖都に向かうんだろう? 元の世界に帰る為の情報を得る為に」

「そのつもりだけど?」

「ならば、代わりと言ってはなんだが一つヒントを教えてやる。捜索のキーワードに"聖地"という言葉を入れてみろ」

「夢での会話を鵜呑みにするワケないだろ?そんなことしたら本格的に頭を疑われる」


 「やれやれ」と疲れたように息を吐く聡一を見つめながら、少女は彼に添うようにして身体をベッドに預けた。


「別に何とでも誤魔化せるだろう? 俺の世界では異世界=聖地はテンプレなんだ~とか、その他諸々の方法で。あの女はお前のことを信用してるみたいだし、そこらへんは特に問題ない。それにキーワードを増やしたところで、結局は【見つかったor見つからなかった】の二択しかないんだからな。調べるだけ調べてみても、得はあれど損はないと思うぞ?」

「……何かいまいち釈然としないけど、とりあえず試すだけ試してみるよ」


 どこか釈然としない面持ちながらも、聡一は少女の言葉に頷いてみせる。


「んで、一つ聞きたいんだけど――」

「なんだ?」

「君の名前は?」


 聡一が発した言葉に少女の表情が一瞬だけ強張った。


「名前? 私の正体じゃなくていいのか? 今なら教えてやるかもしれないぞ」

「別に、君が何者かなんて俺には興味ないことさ。でも、俺達はこれからも付き合っていくんだろう? なら、せめて名前は教えてほしい」


 その台詞を吟味するように黙考する少女は、しばらくしてから意を決したように口を開いた。


「私の名前はエグザリアだ」

「――へぇ、いい名前じゃん」


 聡一は微笑む。それに対し、少女は嬉しそうな……それでいてどこか複雑そうな、曖昧な笑みを浮かべた。


「そう言ってもらえたのは何千年振りかな……私としては嬉しいが、あまり外で口に出すなよ? 下手をすれば、お前はそのまま"人類の敵"と認識されてしまう」

「何故?」

「いずれ嫌でもわかるさ」

「そっか」


 自嘲的な声音で言うエグザリアに、聡一はそれ以上深くは追求しなかった。


「それじゃ、もうお休み。今日はそれなりに疲れているだろう?」


 とか言いつつ、エグザリアは聡一がかつて愛用していたベッドの毛布に潜り込む。休みたいのは案外エグザリアの方なのかもしれないが、聡一は敢えて指摘はしなかった。余計な波風をたてる必要はない。


「んー……そうでもないけど、まぁ言うとおりにしておくよ」

「ふふっいい子だ」

「あいあい。じゃ、おやすみ」

「うむ。またな」


 シンプルなやり取りを最後に、聡一の意識は闇に溶けていく。


 ◆◆◆


 翌日、街を出ていく聡一とセフィーアを見送る為、ハウゼルとキアラ、ルーケンスが南門に顔を出していた。


 ちなみに【水面の小石亭】の方は、娘の誘拐騒ぎで寝込んでしまっていたハウゼルさんの奥さんが番をしているので問題はないようだ。


「私の本音としては、この街に留まっていてほしいものだが……」

「お気持ちは嬉しいのですが、それはできかねます。この街にも随分と長く留まってしまいましたし、もう行かないと。これでも一応、旅の途中ですから」

「……寂しくなりますね」

「ほんの1日限りでしたが、貴方達との出会いは、これまで生きてきたなかで一番濃密でした。色々な意味でね」


 俯くキアラの肩を抱きながら、寂しげな雰囲気を誤魔化す為に朗らかに笑ってみせるルーケンス。そこへハウゼルが腕に抱えていた2つの紙袋をセフィーアへ渡した。


「これは?」

「保存食と医薬品だよ。あって困るものでもないだろう? 娘の命を救ってもらったというのに、こんなものしか用意できなくて心苦しい限りだが。なんなら、今からでも集めた金貨を持っていってもらっても――」


 紙袋と一緒に渡すつもりでいたのか、誘拐犯達へ渡す予定だった金貨の布袋を掲げてみせるハウゼル。

 それをそっと手で制しながら、セフィーアは言った。


「お金が欲しくて協力したワケではありませんから。でも、そのお気持ちだけ受け取っておきます。ありがとう」

「そうか……わかった」


 ――朝日特有の柔らかな日差しが、彼女の笑顔を優しく照らす


 セフィーアとハウゼルの会話が済んだのを見計らい、聡一は言った。


「それでは、お世話になりました」

「一ヶ月後には新しい宿屋も建ちますし、また"必ず"いらしてくださいね? その時は、腕によりをかけて御馳走を振る舞っちゃいますから! お部屋のベッドメイキングも完璧です! あっ勿論無料ですよ!」

「……ありがとうございます」


 聡一はキアラの厚意にただ透明な笑みを浮かべた。


 セフィーアがピノを召喚し、聡一はその背に飛び乗る。手を振ってくれているキアラ達に振り返り「お二人とも末永くお幸せに」と言い残すと、あとはもう振り返らなかった。


 聡一の言葉にパッと頬を染めるキアラとルーケンスに軽く手を振り返したセフィーアは、ピノに「飛んで」と声を掛ける。


 主の命令を了承したピノは大きく翼を広げると、力強く羽ばたいて遥か天空へと飛翔していった。


 すぐに2人の姿は胡麻粒程度になり、そして、大空の色へ溶け込んで見えなくなった。


「行ってしまったね」

「行ってしまいましたね……」


 ハウゼルとルーケンスの言葉で、一気に場が物言えぬ寂寥感に包まれる。


 そんな中で、キアラはそっと笑いながら聡一達が消えて行った空を眺め続けた。


「また会えますよね? ……きっと」


 半ば確信にも似た自信を持って、彼女は呟いた。


「思えば、随分長く滞在したね」

「そうね。それは私も予想外。思った以上にいい街だったから……ついのんびりし過ぎた」

「また来れるといいなぁ」

「来れるわよ……その意志があるなら、きっと」

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