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幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
19/69

第15話  幸せの影に潜む悪夢――その4

 完全な日暮れから既に1時間半が過ぎている。例の連絡係とやらが撤収し、報復行動に出るまであまり時間がない。


 幸いにして、実質的に誘拐に関与しているのは先の4人だけだという話なので、その連絡係さえ潰せばキアラに害が及ぶ可能性は低くなる。だが、アジトに犇めいているのは道徳を平気で踏み潰すような連中の仲間であり、そう楽観的になることもできないのが現状だ。


 ルーケンスに馬の確保を頼み、一旦彼と別れた聡一とセフィーアは宿屋に戻ると冒険用の旅衣服に着替え、相応の装備を整える。


 本当なら着替えてる時間も惜しいところだが、これから誘拐犯達のアジトに乗り込もうというのにキンヴァース夫妻から借りた私服のままでは何かと不利に陥ることは目に見えているので、到仕方ないだろう。


 そして、できる限り手早く準備を済ませた2人は宿屋の外で待機していたルーケンスと合流した。彼の腰には護身用と思われるショートソードが提げられている。


「おまたせしました、ルーケンスさん」

「言われたとおり、馬を2頭確保してきました」


 外で待っていた彼の手には、二頭の馬の手綱が握られていた。


「それじゃ、最後に作戦を確認します」


 1:セフィーアが召喚したピノに聡一を単独で乗せて、連絡係を叩きのめす。

 2:その間にセフィーアとルーケンスは馬を走らせ、アスミル山に向かう。

 3:アスミル山に着いたら、ピノに帰還命令を出し、聡一を連れて自分の元に戻らせる。

 4:聡一がセフィーアの元に到着するまでの間に何とか賊のアジトである天然洞窟を発見する。発見できなければ、合流後に分散して捜索する。

 5:アジト発見後、セフィーアは上空で待機。聡一とルーケンスで突入、キアラを救出する。なるべく不要な戦闘は避けるように配慮しつつ、必要となった場合は即座に殲滅する。

 6:キアラ救出後は速やかにアジトを脱出し、上空で待機しているピノにキアラを乗せて街に向かわせる。

 7:追撃を警戒しつつ馬に乗って脱出。ただし、聡一は馬に乗れないのでセフィーアと二人乗りになる。


「って、いうのが作戦なんだけど、幻獣の遠隔操作なんて本当にできるの?」

「幻操士と幻獣は文字通り一心同体。言うなれば、ピノは私のもう一つの身体。どれだけお互いの距離が離れていても、私が心の中で呼びかければ、ピノは必ず私の元に帰ってくる。途中で滅せられない限りね。ありえないとは思うけど」

「ふーん。ホント、便利やねぇ」

「まぁ私の場合は自立型だからかなり融通が利くけど……っと、無駄話している場合じゃなかった」


 危うく話が脱線しかけたところで本来の目的を思い出したセフィーアは、通りの広い場所に躊躇いなくピノを召喚する。


 突然虚空から現れた蒼い巨鳥に道行く人々が驚愕し、何事かと目を見張る。なかには腰を抜かしてしまった人まで見受けられたが、生憎今はそれに構っていられるほどの余裕はない。

 

 ――少し心苦しいけど、ここは人命尊重ってことで。


 聡一はそう呟きながら一息でピノの背中に飛び乗り、セフィーアに頷きかける。

 彼の準備が完了したことを理解したセフィーアは、ピノに近寄り、そっと頭を撫でた。


(私が貴方を呼び戻すまで、ソーイチの言うことを聞いてあげてね――彼を護ってあげて)


 心を通じてピノに語りかけるセフィーア。ピノも了承したのか、気持ち良さそうに一声鳴いてみせる。


 それに優しげな笑みを見せたセフィーアは、すぐに笑みを消すと、ピノの背に乗る聡一を見上げながら言った。


「それじゃ、ピノの操作権限をソーイチに預ける。上手くやってね」

「りょーかい――飛んでくれ」


 ピノは聡一の言葉に頷くと、一度大きく翼を広げてから、漆黒の空に舞い上がる。


「それでは、私達も行きましょうか。セフィーアさん」

「ええ」


 身軽な動きで馬に跨ったセフィーアとルーケンスは、一部始終を口を開けながらポカンと眺め続ける通行人達を放置しつつ、馬を走らせた。


 ◆◆◆


 夜風を切り裂くように闇夜を飛翔する1人と1羽を欠けた月が柔らかく照らす。

 

 元の世界の月とは違って凛とした青い輝きを見せるこの世界の月と、月明かりに照らされて幻想的な美しさを体現する雲の流れは、言葉にしようがない。


 だが、生憎と今はそれらをのんびりと鑑賞できるほどの時間が残されていなかった。


「うーむ……ほとんど何も見えないな」


 ピノの背から少し身を乗り出すようにして下を覗き込む聡一は、あまりの暗さから地上の景色がほとんど見えないことを苦々しげにボヤいた。


 ただ、全く視界が利かないというワケではなく、目を凝らせば薄っすらと木々の輪郭やら何やらを確認できる程度には見えている。


 この世界に降り立ってから得た謎の身体能力向上の恩恵で視力も飛躍的に向上しているので、注意深く地上を監視していれば人間程度の大きさの物も何とか見つけ出すことができるだろう。


「さて、情報が確かならそろそろ湖が見えてきてもいい頃合なんだけどな……」


 連絡係が待機しているという湖はルー・カルズマの西門から南西の方向に馬で10分程かかるという話であり、障害物の影響を受けないピノの速力ならせいぜい2~3分で辿り着ける距離だ。


 せっかくセフィーアからピノを借り受けたというのに、「辺りが暗くて相手が見つけられません」などというくだらない理由で貴重な時間を浪費するワケにはいかない。


「ん……湖ってあれか?」


 確実を期して視界が十分に利く高度まで降りようかと考え始めたとき、少しずつ輪郭を現してくる濃紺色に染められた歪な円形の空間。


 湖面には漁をする為に用意したと思われる小船が、桟橋に隣接しながら数隻浮かんでいる。


 そして、付近の陸地には焚き火らしき光が揺らめいており、その明かりに照らされて1人の男が小岩に腰掛けているのが確認できた。すぐ近くの木には馬も繋がれていることからして、誘拐犯達が言っていた連絡係に違いない。


 そもそも、日が完全に暮れているにもかかわらずたった1人で街の外にある湖に来ているという時点で怪しさ大爆発である。


「標的発見っと。ピノよろしく」


 こちらの気配を察知されて馬で逃走を図られる前に接近すべく、ピノは速度を上げて降下していく。


 暗闇が幸いして、小岩に座っている男が自分に接近してくる気配に気付く頃には、聡一は既にピノの背から飛び降りていた。


 靴底で土を削りながら豪快に着地する聡一に一瞬慄いた男は、慌てて立ち上がると傍に立て掛けていたショートソードを手に取って抜き放つ。


「だっ誰だテメェはッ!?」

「人に名前を尋ねるときは、まず自分からって誰かに習わなかった? まぁこんな状況で自分から先に名を名乗るってのもそれはそれで可笑しな話だけどさ」


 裾が綻んだ黒いマントを夜風が靡かせる。

 聡一の顔はフードマフラーに覆われて完全に隠されており、ゆらゆらと揺らめきたつ炎がフードの陰を際立たせた。


「っ……!」


 まるで闇夜から刳り貫かれたかのような漆黒の出で立ちの聡一に、男は恐怖する。


 悪鬼の如く、黒衣を靡かせながら一歩一歩ゆっくり近づいてくるその姿は、男の目からすれば死神もしくは地獄から這い出てきた処刑執行人にしか見えなかった。


 漆黒の男が目の前に現れただけでしかないのに、既に追い詰められたような焦燥感に駆られた男はショートソードを構えなおすと、


「うっ……うわあああぁぁぁ!!!」


 奇声のような雄叫びをあげながら聡一に斬りかかった。


 だが、振り下ろされた剣を半歩分身体を捻ることであっさり避けた聡一は、すれ違いざまにさり気なく足を出す。


 聡一の足に躓いた男は斬りかかった勢いを利用され、あえなく地面を転がされた。


「……ぐっ」


 服に土をこびり付かせ、腕や足に多少の擦り傷を負いながらもお構いなしに立ち上がろうとした男は、そこでようやく後ろから自分の首筋に当てられた短剣の存在に気がついた。


「さて、ここまでやっといて今更だけど、あんたが連絡係だよね?」

「連絡係?何のことだかさっぱりわかんねぇな」


 完全に背後を奪われ、中腰姿勢のまま静止を余儀なくされた男は苦し紛れにそんな戯言を口にする。


「ふむ……」


 しかし、実際に誘拐犯達と接触した場面を確認したワケでも、それらしい証拠も持ち合わせているワケでもない聡一には男の言うことを覆す術がない。


 数瞬黙考した聡一は男の首から短剣を降ろすと、懐に収めながら言った。


「まぁ認めないなら認めないでもいいけどさ。ただ、一応言伝だけは伝えさせてよ」

「こ、言伝だと?」

「えっと……コホン――待機ご苦労さん。だが、そこに俺達は現れない。代わりにもうすぐ副長がやってくる手筈になっているから、まぁ仲良くやってくれや。金はお前の分まで俺達が有意義に使ってやるから、安心しな。んじゃ、あばよ――だ、そうです」


 副長という言葉を耳にした瞬間からどんどん血の気が引いていく男の様子を眺めつつ、淡々と台詞を述べる聡一。そして、言伝を述べ終わる頃には、男の顔は青褪めるを通り越して重病人患者のように白くなっていた。


「おいまてコラッ!! 金貨100枚持ってトンズラこきやがったのか!? 俺を置いて!!? あ……あ……あいつらあぁぁぁッ!! 許さねぇっ、ぜってぇ許さねぇぞ!! 必ず探し出して殺してやるッッ!!!」


 鬼のような形相で咆える男を呆れた目で見やりながら、聡一は軽く溜息を吐いた。


「なんだ、連絡係ってやっぱあんたのことだったんだ」

「あぁッ!? あぁそうだよ! あいつらが言ってた連絡係ってのは俺のことだよ!! クソッ! クソッ!! 早くここから逃げださねぇと今度こそ副長に殺されちまう!! ちきしょう……ちきしょう! 何だって俺がこんな目に……」


 よっぽどその副長とやらが恐ろしいのか、半泣きしながら右往左往する男。

 筋肉質な身体は小刻みに震え、血の気の無さはもはや重病人を通り越して死人の一歩手前状態、馬の手綱を木から外そうと必死になっているがどうやら手が震えているらしく、どうにも上手くいっていない。


 ――うわぁ……。


 彼の仲間を街中で失禁させるほど脅してきた聡一だったが、さすがにこれは少し哀れに思ったので、ここでネタ晴らししてやることにした。


「あぁ~……そのことだけど、安心していいよ?」

「何を安心しろってんだッ!! 他人事だと思ってさっきから――」

「だって、言伝とか嘘だもん」

「…………は?」


 あっけらかんと衝撃の事実を口にする聡一に対し、石化したかのように硬直する男。


「いや、だから言伝とか嘘なんだってば。あんたのお仲間なんて、とっくに全員捕まってるし」

「…………………………」

「ま! そういうワケなので、あんたもお仲間のもとに行ってもらいます」

「てってめ、俺をハメやg――」


 ようやく事態を飲み込み唖然とする男に向けて、ニヤリと陰のある笑みを向ける聡一。


 そして――


「ぐっどないとべいびー♪」


 この言葉を最後に、誘拐犯達の連絡係兼始末役だった男の意識は途切れた。


 ◆◆◆


「…………彼は果たして上手くやってくれるでしょうか?」


 西門を抜けて早10分。


 馬を北東にあるアスミル山に向けて疾駆させながら、ルーケンスはポツリと胸の内の不安を零した。キアラとハウゼルが余程心配なのだろう。

 聡一が失敗すれば、キアラは辱められた挙句どこかへ売られ、宿屋には火が放たれてしまうというのだから、無理もないことかもしれない。


 焦りが募っているらしく、時折苛立たしげに唇を噛むルーケンスを横目で見つめながら、セフィーアは手綱を強く握り締めた。


「大丈夫。賊1人に手こずるほど、ソーイチは弱くない」


 聡一の強さの一端は既に垣間見ている。皇国の中でも特に精強として知られるベルウィンド家の私兵を瞬く間に退けてしまうような腕の持ち主が、たかだか賊の1人相手に遅れを取ることなど、余程のことがない限りありえないハズだ。


 なので、彼の心配は必要ない。それよりも――


「今は人の心配よりも、自分の為すべき事を果たすほうが大切」

「それは理解しているのですが……キアラを目前にしているせいか、どうにも不安が胸にこびり付いてしまって……」


 これから敵のアジトに乗り込むということで緊張しているのか、よく見るとルーケンスの手は震えていた。


 後から合流する聡一を含めた、たった3人でのアジト強襲……情報によれば、潜伏している人数は9人ほどらしく、いずれも誘拐騒ぎには関与していないらしいが、それでもいつ囚われているキアラに対して気の迷いを起こすか知れたものではない。


 そんなルーケンスの気持ちを察し、セフィーアは柔らかな笑みを浮かべた。


「彼を信じてあげて。頼りなさそうに見えるかもしれないけど……ちゃんと、やる時はやる人だから」


 その微笑みはまさしく慈愛の女神のようであり、今の彼女に抱かれれば、どんなに安らかに眠れるだろうとそんな妄想すら育ませる。


「……わかりました」


 ルーケンスはセフィーアの笑顔に確かな安堵感を抱きながら、これから先も彼女と一緒にいられる聡一を改めて羨ましく思うのだった。


 そんな空気の中でも馬は我関せずといった調子で走り続け、やがて大きな山が2人の前に姿を見せ始める。


「あ、アスミル山が見えてきた」

「あの麓のどこかに天然の洞窟があるという話ですが……」


 誘拐犯達から入手した情報では、山道の中の最初の分かれ道がある場所に、草木でカモフラージュしたもう一つの道があるという話だ。


「とりあえずソーイチを呼ばないと」


 その話を思い出しつつ、セフィーアは馬を走らせながら目を瞑る。心のリンクを通じてピノに語りかけ、帰還命令を出す為だ。


「あ……はい、お願いします」


 ルーケンスは今、幻獣を呼び戻して本当に大丈夫なのかと問いそうになったが、先ほどのセフィーアの微笑を思い出し、ぐっと息を呑んで堪えた。

 直接対峙したハズの聡一を信じるのではなく、彼を信じているセフィーアを信じての行動だったのが何とも言い難いところだが。


 とにかく、今は何としてでも愛する女性をこの手で助け出す。その想いだけを胸に誓い、ルーケンスはセフィーアを伴ってアスミル山に向かった。


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