第14話 幸せの陰に潜む悪夢――その3
微グロ注意です。
どの部分を示しているのかは読んでいただければ理解できると思います。
作者としても大分気を使ったつもりですが、それでも気分を悪くされた読者様に関してはお詫びいたします。
ちなみに、今回は久々の一人称視点を盛り込みました。
本当はもっと濃密な描写にしようと思っていたのですが、書いている最中に作者自身が吐き気を催した為、中断しました(汗)
とある山中に存在する天然の洞窟、その中に作られた簡素ながらも広い一室で複数人の男達が思い思いに酒とつまみを啄みながら、鬱屈そうにテーブルを囲んでいた。
「しかし、いくらボスと副長が依頼の話で帝国に飛んでるからって、少し無茶し過ぎだぜ。あいつら」
「だな。もしこれがボスにバレたら、きっと殺されるぜ」
「タクス達もなんでまたこんな大胆なコトを実行する気になったんだか。最近、妙に機嫌が悪かったみたいだが、もしかしてそれに関係してんのか?」
「あぁ、なんでも全身黒ずくめの冒険者風情の輩に相当痛めつけられたみたいでよ。特に喉を潰されたタクスは頭でお湯でも沸かせそうな勢いだったなぁ」
特に興味もなさそうに相槌を打ちながら酒を呷るむさい男共。傍から見て、色々な意味であまり近づきたくない雰囲気を醸し出している。
「まぁ俺達はちゃんと止めた。この騒ぎにも加担してない。それでいいだろ? 成功させる事ができたなら勝手に楽しめばいいし、失敗して事がバレれても、加担した奴らが副長に粛清されればいいだけの話だ」
「ていうか、あいつらの目的って女や金云々っつうよりも、ただの憂さ晴らしなんじゃねぇ?」
「違いねぇや」
「ったくよー……この前の騒ぎでとっ捕まったあいつらがすぐに釈放されたのは、わざわざボスが自警団の連中に掛け合ってくれたおかげだっつーのに……。どうしてこう、恩を仇で返すような真似するかねぇ?」
そこまで話してから、ポツリと一人の男が呟いた。
「まさかあいつらのせいで団解散の危機……なんてことにはならねぇだろうな?」
「……さぁな」
「ボスの"来るもの拒まず主義"もいいが、ちゃんと相手を選ばないと足元掬われかねないって。やっぱ団員の選定は副長に任せるべきじゃねぇ?」
「………………」
◆◆◆
「さて、それらしい人間は……と」
聡一は何気なく酒場の周りをうろつきながら、周囲の人間を観察していった。
目的は酒場を監視している可能性がある誘拐犯の一味を探り当てることにある。
(このあたりに腰を休めながら酒場を監視できるような場所はないし、考えられるとしたらどっかの建物の影かな)
――人間というのは得てして非常にわかりやすい生き物であり、それは住む世界が変わっても恐らく不変といえるだろう。
普段は他人を意識することなどないが、少し眼を凝らして道行く人々に視線を向けてやれば、その人が今何をしようとしているのか、何を考えているのかがその行動から自然と見えてくる。
或いは、無意識のうちに他人にみせてしまっているといったほうが正しいのかもしれない。
なかでも"強烈な目的意識"というのは、自分の意思とは関係なく周囲の環境を巻き込んでしまうことが多々あり、それ故に、何かに集中して意識を他人に向けていなかった人間の視線すら惹きつけてしまうことがある。
そして、このような強烈な目的意識が異質であればあるほど、観察に徹している人間にその様子をありありと露呈してしまうものなのだ。
そのような"異質な雰囲気"を醸し出している人間を、人の気配や視線、その他の流動的な空気の流れを読むことに長けている聡一が見逃すハズもなく――
「あいつか」
さり気なく向けた視線の先には、建物と建物の間に身を顰めるようにして酒場を監視している男がいた。
男の眼は鋭くありながらも濁りきっており、その身を日陰側に置いて随分と経つであろうことを容易に連想させる。
極力人目を惹かないように配慮したのか、目立つ武装……直剣や曲刀などは装備していないようだが、さすがに懐には短剣の数本程度隠し持っているだろう。
(とはいっても、素手だけで十分事足りそうな相手だけど)
聡一はフードマントを深く被り直すと、自らの気配を消して存在感を希薄にしつつ、他にも仲間がいないか確認する為にその場を後にした。
◆◆◆
「おや、ルーケンスじゃないか。いらっしゃい。もう仕事は済んだのかい?」
「実は所用があって仕事は早めに抜け出してきたんだよ。旧友がこの街を訪ねてきていてね、ここで待ち合わせついでに少し酒を嗜みながら昔話でもって具合さ」
「ははっ、そりゃいいな。で、何を呑む?」
「そうだな、いつものやつを少し抑えめで頼むよ。すぐに酔ってしまったら勿体ないからね」
「あいよ。すぐに持っていくから適当な席に座って待っててくれ」
「あぁ」
酒場アルテンツに赴いた私は主人との会話を予め用意していた嘘で誤魔化すと、奥の席から少し離れた席に腰を下ろした。
完全な日暮れまではまだ少し時間があるが、一番奥の席には既に一人の男が陣取っていた。
筋肉質で厳つい身体つきに、人相の悪い顔……外見だけで人を判断してしまうのも気が引けるが、十中八九、ハウゼルさんを……いや、金貨100枚を待つ誘拐犯の一味と思われる。
それとなく離れた位置には同じく体格のいい男が1人で酒を飲んでいる。注意深く見てみると、時折それとなく目を合わせているのがわかることから、恐らく誘拐犯の一味に違いない。
しかし、陰で控えている仲間は彼一人とは限らない。悟られないように注意しつつ、慎重に店内を観察しなくてはならない。
既に店の中は仕事を終えた男連中で賑わっており、酔っている連中もかなり多く、誰もが自分の世界に浸るか知人友人とのバカ話に花を咲かせている。
この様子なら、他人が多少怪しげな行動をとっていても、誰も気にも留めないだろう。
(素人の考えでは、こういった公にできない類の取引は目立たない場所で行うものだとばかり思っていたが……玄人の考えは違うらしいな)
「はいよ。いつものやつ、おまたせ!」
「ありがとう」
そんなことを思いながら、私は酒で満たされたグラスを口に傾けた。
そのまま周囲の様子を観察しつつ、一人黙々と酒を嗜む。
そして、残りが半分程の量になったところで、セフィーアさんが酒場に入ってきた。
目立つ髪を隠す為に深めにフードマントを被っているが、それでも女性らしい魅力的な凹凸は隠し切れていない。
酒場に女性一人というのは基本的にあまりないので、予想通りに色めき立った男達の視線が彼女へ集中する。
それを霧散させる為に、私達は予め決めていたやり取りを演じた。
「やぁ、フィリア。こっちだよ」
「おまたせ」
隣の席に腰掛けてきた彼女の肩を抱き寄せ、親密な関係であることをアピールする。自分の知り合い=自分の女であるということを周りの男たちに認識させ、下卑た視線を散らさせた。
仮に自分が細みの体系であったなら、セフィーアさんを巡って一悶着起こった可能性もあるが、そこは土木作業や家屋建設で鍛えあげた肉体で周囲を黙らせることに成功する。
ちなみにフィリアというのはセフィーアさんの偽名だ。彼女が偽名を名乗った理由はたくさんあるが、ここは割愛しておく。
しかし、問題はセフィーアさんを周りの男たちの視線から解放することではない。
彼女がこの酒場に現れたということはつまり……。
「もうすぐハウゼルさんがここにやってきます。あとは打ち合わせどおりに」
「わかりました」
周囲に聞かれないように注意しながら、さり気無く耳元で会話を交わし合う。
もうすぐ作戦開始だ。ここで失敗してしまえば、キアラは……。
緊張で震える手を強引に抑えつけながら、残った酒を一息に飲み干す。
無理をしていると一目でわかってしまったのだろう。私を気遣ってくれたセフィーアさんが、そっと私の手の上に自分の手を重ねてきた。
「大丈夫。キアラさんは必ず無事に取り戻してみせる。私達を信じて」
「はい……お手数をお掛けします……」
ひんやりと冷たい手にも関わらず、柔らかな温もりを感じさせてくれる彼女の手が、胸を焼き焦すような焦燥感を削り取っていく。
セフィーアさんと一緒に旅をしているというソーイチさんが少し羨ましくなってしまったのは男として仕方がないことだろうと思うが、私には既にキアラという愛すべき女性がいるので、これ以上深くは考えないことにした。
そこへ、それなりに膨らんだ鞄を持ってハウゼルさんが入店してきた。それと同時に目を付けていた男2人の顔が少し強張るのも確認する。どうやら誘拐犯の一味はあの2人で間違いないらしい。
それを目視したセフィーアさんは最後に小さく頷いてみせると、少し慌てたように見せかけながら言った。
「あっ私忘れ物してきちゃった! ちょっと取ってくるね」
「おっちょこちょいだな君は。道中は暗いから気を付けて」
そして、入れ替わるようにしてハウゼルさんが指定された一番奥の席に座り、セフィーアさんが酒場から姿を消した。
周囲の幾分残念そうな溜息を耳にしながら、私は何食わぬ顔を装って酒を再度注文する。
そして、新しいグラスが来るまでの間に、耳を尖らせてハウゼルさんが座る席の会話を盗み聞きする。
「遅かったな。もう来ないかと思ってたぜ」
「正確な時間を指定しなかったのはお前らだろう。こっちはわざわざ……」
「あぁいいさいいさ。そんなくだらねぇことをウダウダと論議する気はねぇよ。さて、約束の物はちゃんと持ってきたんだろうな?」
「あぁ、これだ……お、おい! こんなところで確認する気か!?」
「あぁ?」
「万が一にも事が露見すれば、不利になるのはお前らだぞ! そうなったら私の娘は……せめて酒場の裏で確認してくれ!」
「まぁそれもそうだな。しかたねぇ、裏で確認してやるからついてこい。言っておくが、妙な真似はするなよ? もしそんなことをすれば――」
「言われずともそれくらい理解している」
「はっ、殊勝な心掛けだ。んじゃ行くぞぉ」
男はハウゼルさんに飲み代を払わせると、店から出て行った。そして、奴の仲間であろう男も後を追うようにして姿を消す。
ハウゼルさんは上手く敵を誘導することに成功したようだ。
そして、タイミング良く新しい酒を持ってきた主人にその分の酒も合わせたお代を払い、私も席を立った。
「あれ、もう帰るのかい? さっき出て行ったお連れの美人な彼女もまだ帰ってきてないようだが」
仕事をしながらもしっかりセフィーアさんの姿を目に焼き付けていたらしい主人が余計な質問を向けてくる。
普段なら全く問題ないが、今この状況では些細な問答が鬱陶しく感じられてしまう。
しかしながら、主人に罪はない。
私は苛立ちを極力表に出さないように、努めて平静を装って答えた。
「ちょっと体調が優れないみたいでね。大丈夫、彼女は道すがら会えるハズだし、問題ないさ」
「そうか、最近めっきり寒くなってきたし、身体には気を付けなよ」
「あぁ、そうするよ。それじゃ」
「毎度あり~」
最後に愛想笑いを残して店を出た私は、一旦立ち止まって呼吸を整えると、出来る限り足音を出さないように細心の注意を払いつつ酒場の裏に足を踏み入れた。
そのまま店の壁沿いをゆっくりと進み、突き当たりに出たところでゆっくりと顔を覗かせる。
そこにはハウゼルさんと誘拐犯の男2人がおり、一人は銭勘定、もう一人は周囲の警戒をしているといった様子が窺えた。
ただ、周囲を見張っている男は警戒とは名ばかりで、完全に息を抜いているように見える。
既に日は沈み、建物の影ということで酒場の裏は非常に暗く、人に見つかる可能性はほぼないことから、気を抜いてしまうのも当然といえば当然かもしれないが。
ここまで奴らの思い通りだったので、ハウゼルさんが何かしらの手で反抗してくるといった可能性も既に頭の中から拭い去ってしまっているのだろう。
ならば、私達はその油断に付け込ませてもらうだけだ。
「おい!」
「「――ッ!!?」」
2人の誘拐犯が同時に顔をこちらに向ける。その瞬間――
「えいっ!!」
酒場の屋根で待機していたセフィーアさんが飛び降りてくると同時にフライパンを振り下ろした。
こぱーんッ!と景気のいい音が夜空に響き、周囲を警戒していた男が悲鳴すら漏らさずに昏倒する。
「なん……――ッッ!?」
突然の事態に動揺する男の頭に、ハウゼルさんが自らの服の下に隠していた布袋を強引に被せる。
そして、ハウゼルさんが男から身体を離した瞬間を狙い、奴の顔面目掛けて力一杯拳を見舞った。
「あがぁ!?」
私とて、普段から何かと血の気の多い連中を率いている身だ。喧嘩の心得くらいは持ち合わせている。
頭を袋で覆われたまま壁に激突する男。そこへ追い打ちとばかりにセフィーアさんが再度フライパンを振るった。
「そぉれっ!」
こぱーんッ!と再び夜空にいい音が奏でられ、強かに顔面を強打された誘拐犯の男はズルズルと地面に伸びていった――が、布袋を被せられている為に上手く呼吸ができないのか、すぐに苦しみもがき始める。
私はまず男の服を物色し、短剣などの危険物を全て没収してから、頭から布袋を取り除いて外の空気を吸わせてやった。
「ぶっは! ハァ……ハァ……て、てめぇらよくも……」
「ごたくはいい。キアラの場所を教えるんだ」
盛大に鼻血を垂らしながらも尚こちらを睨みつけてくる男。その面構えに苛立ちを覚えながらも、激昂してしまいそうな自分を抑えつつ言葉を発する。
ここで怒鳴ってしまえば、酒場の主人や表を歩く人々に事が露見してしまう恐れがあるからだ。
もし自警団や教団兵に彼らを連れていかれてしまえば、私達がキアラの居場所を聞き出すことはできなくなる。
そのせいで助けが遅れ、彼女の身に何かあれば、それこそ取り返しがつかなくなってしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
「はっ……誰が教えるかよ。俺はいくら殴られようが絶対に口は割らねぇぜ」
「貴様……!」
「んでもって、一定時間内に俺達がアジトに帰還しなきゃ、お前ら愛しのキアラちゃんは仲間が散々玩具にして遊んだあと、人買いに売られることになってる」
そこまで言って、男は勝ち誇ったような汚い笑みを浮かべた。
「残念だったなぁ! えーと……フィアンセ?君よぉ!」
「――くっ……! このゲスがぁッ!!」
血まみれの口で嫌らしく笑う男の意識を永遠に閉ざすべく、没収した短剣を振りかざす。
その様子を見ていたセフィーアさんとハウゼルさんが顔色を変えるが、自分でも抑えられない程の激情に駆られてしまったが最後、私の腕は止まらない。
「――ひッ!?」
私のこの行動は予想外だったのか、情けなく悲鳴を漏らす男の顔面に短剣を突き立てようと腕を振り下ろし――
「はい、そこまで」
すんでところで手首を掴まれて制止させられる。
ハッとして上を見上げてみると、いつの間に後ろに回り込んでいたのか、ソーイチさんが飄然と佇んでいた。
腕を掴まれた時点で私は平静を取り戻していたのだが、些細な興味を惹かれ、試しに腕に力を入れてみた。
「ぐっ……!」
しかし、いくらもがこうとも私の腕はピクリとも動かない。
仕事柄、力には自信があったのだが、彼の尋常ではない腕力は微動すら許さなかった。
「気は済んだ?」
「はい……すみませんでした」
私が謝罪を口にすると、込められていた掌の力が弱められ、腕が解放された。それと同時に握っていた短剣をするりと抜き取られる。
まるで短剣自体が意志を持って私の手から逃げだしたのかと思うくらいに違和感なく没収されたので、底知れない彼の実力に半ば唖然としてしまったが、それは今は置いておこう。
「ソーイチ、遅い」
「ごめん、ちょっと情報収集に手間取っちゃって」
セフィーアさんが安堵しながらも口を尖らせる。それに対し、ソーイチさんは申し訳なさそうに謝罪した。
「でも、そのおかげあってキアラさんの居場所はわかったかもしれない」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。でも、やっぱデマは掴まされたくないからね。少し確認させてよ」
「わ……わかりました」
思わぬ朗報に身を乗り出してしまったが、ソーイチさんはまだ確信を持っていないらしい。
彼の邪魔をしてはならないと、急いで自分が座り込んでいた場所を明け渡した。
そして、私と入れ替わるようにソーイチさんが男の前にしゃがみ込み、語りかける。
「キアラさんを監禁してる場所ってあんたらのアジトだよね?」
「……さて、どうだかな……ってお前はあの時の――!?」
「――? どこかで会ったっけ?」
そして、男がソーイチさんと目を合わせた瞬間、態度が急変する。
「てめぇっ、覚えてないのかよ! 二週間くらい前に俺達の事をボコボコにしやがったじゃねぇか!!」
「んー……? あぁ~! 幼い少年に大人げなく暴力を振るおうとしてたあのゴミ共か。はいはい、思い出した思い出した…………で?」
「で? じゃねぇ! テメェのおかげで俺達は副長に説教食らうわ、仲間うちからは蔑まされるわで散々な目にあったんだぞ!!」
「ふーん……その副長とやらに説教食らってもまだ懲りずにこういう事をするんだな、あんたらは……。まぁ今はそんなことどうでもいいさ。そのアジトってアスミル山の麓にある天然洞窟の中だって聞いたんだけど、本当?」
自業自得でしかない男の怒声を軽く受け流しながら質問を再開するソーイチさん。
それを見て、ここで喚いても無駄だと悟ったのか、男はすんなりと大人しくなった。
「ちっ……直接行って確かめてくればいいじゃねぇか」
「ふむ。できれば余計な時間は取りたくないからこうして直接聞いてるんだけど?」
「俺の知ったこっちゃねぇな」
「なかなか強情だねぇ。あんた、今の自分の立場わかってる?」
「あぁ? だからなんだよ? ……クソったれ、さっきから鼻血が止まりやしねぇ!」
治まることを知らない鼻血を腕で拭いながら、ソーイチさんに向けてガンを飛ばし続ける男。
後ろで「ちょっと強くやり過ぎたかな……」なんて呟きが聞こえた気がしないでもないが、とりあえず聞こえなかったことにしよう。
とりあえず景気づけにもう一発殴ってやろうと腰を浮かしかけたとき、ソーイチさんがセフィーアさんに顔を向けて言った。
「フィーア。悪いけど、俺がいいって言うまであっち向いててくれる? んで、強く耳塞いでね」
「――? ん……わかった」
彼が何をするつもりなのかわからないらしいセフィーアさんは頭に疑問符を浮かべながらも言われたとおりにこちらに背を向け、耳を押さえた。
それを確認したソーイチさんが、どこからともなく鞄を取り出し、その中から一つの紙袋を取り出す。
それを見たハウゼルさんも何かに気付いたのか、慌てて顔を背ける。
あの紙袋の中身はいったい……?
「さて、強情な貴方にここで問題で~す」
突然、場にそぐわない明るい声を出すソーイチさん。そして、子供のような無邪気な笑顔を見せる。
――その時、私の背中にかつてない悪寒が奔った。
「……あ? 何言ってやが――」
「これなぁんだ?」
男の言葉を無視し、ソーイチさんは紙袋の封を開けてそのまま逆さにする。
「――うっ!?」
中から出てきたのは……。
「ひっ!? ひいぃぃぃッ!!」
「あ、ごめん、さすがに"コレ"は見ればわかるかな。ん~……そうだ! ちょっと問題を変えて、"コレ"は誰のものでしょう?」
まるでナゾナゾを出題したあとの得意げな子供のような笑顔で、左手に持った短剣を弄ぶソーイチさんの姿は、傍から見ても狂気を思わせる。
そして、生まれたばかりの小鹿のように足を震わせる男の目の前で、地面に転がった2つの球体のうちの1つに短剣を突き立てると、そのまま男の顔面へと近づけた。
「あひっ!? ひいいいぃぃぃ!!!!」
後ろには壁しかないというのに、それでも必死に距離を取ろうと靴底で地面を擦る男。
先程までの威勢はどこへやら、あまりの醜さに見ていて哀れに思うが、同情はしない。
「俺って自他共に認める面倒臭がりでさ、あまりにもダルいとちょっと強引に物事を進めちゃうクセがあるんだよねー。で、何が言いたいのかというと~」
そこでソーイチさんは笑顔を消し、冷たい彫刻のような無表情を作ると、握っていた短剣を刺さっている"モノ"ごと乱暴に壁に突き立てる。
「――ッッッ!!!」
刃は男の右耳を掠る程度のところで固定され、より深く抉られて半分に裂けてしまった"モノ"がポトリと男の股間の上に落ちた。
「今から俺が聞くことに、正直に答えろ。答えないのは論外だ。もし、一瞬でも躊躇したり何か考えるような素振りを見せれば、その度にお前の片目を抉る。目が無くなれば耳を切り落とす。耳が無くなれば、鼻を削ぎ落とす。それでも答えなければ、刃をお前の口に突っ込んで左右に斬り裂いたあと、舌を引き千切る」
――そのトドメともいえる彼のその台詞で男の自尊心やら何やらは完全に崩壊したらしく、そこから先はとんとん拍子だった。
男は恐怖のあまり口と喉が動かなくなったのか上手く声を出せずにいたが、ソーイチさんの質問に対して、そのまま千切れるんじゃないかというくらいに首を振ることで答えた。
結局、ソーイチさんが事前に聞き出していた情報に偽りはなかったらしく、キアラの居場所も突き止めることに成功。
纏めると、犯行に及んだのは実質的に4人であり、金を受け取る役、その護衛役、酒場周辺の監視役……そして、街の外で待機しているという、連絡係兼ハウゼルさんを始末する役という構成だったらしい。
話によれば、完全な日暮れから2時間経つ間に仲間と合流できなければ、その連絡係は待機場所から撤収し、キアラを売り払ったあと報復として宿に火を放つという計画なのだそうだ。
その連絡係は西の門を出た先にある、それなりに大きな湖の桟橋で待機しているという。
ちなみに、事前に彼に情報を教えた誘拐犯の仲間といえば、酒場から少し離れた向かい側の建物の裏で相応に痛めつけたあと、縄で縛って転がしてあるとか。
ソーイチさんの尋問から解放されると同時に男は盛大に失禁し、ハウゼルさんすら同情の眼差しで奴を見ていたが、それはどうでもいい話だろう。
そして、当のソーイチさんはといえば……。
「フィーア、終わったよん」
「ん? あぁ、終わったのね――って、どうして後ろから目を隠すの?」
「いいからいいから。行きませう」
「前が見えないんですけど?」
「俺がちゃんと誘導してあげるから大丈夫だよ」
「――?」
といった具合に、私の後ろにある凄惨な光景を彼女に見せないよう配慮しつつ、その場を後にしている。
そんな彼らの様子に苦笑しつつ、私はハウゼルさんに話しかけた。
「しかし、ここだけの話ですが……」
「なにかね?」
「いくら相手が誘拐犯とはいえ、両目を抉るのは正直やり過ぎのような気がします。人の良さそうな顔をしているだけに、ギャップが大きいというかなんというか……今後はあまり彼には近づきたくないですね」
「ははは。まぁルーケンス君はあの時いなかったからな。そう思っても仕方ないか」
私が彼に抱いた感想にハウゼルさんは軽く笑ってみせると、一呼吸置いてから真実を語り始めた。
「実はね、彼は誰の両目も抉ったりなんかしちゃいないんだよ」
「え? しかし、現にそこに――」
「ほら、この紙袋をよく見たまえ」
そう言いながら、ハウゼルさんはその場に放置されていた紙袋を拾い上げてこちらに寄越した。
言われたとおりに紙袋を調べてみると、そこにはインクで押されたらしい判があり――
「ん? これはリックさんとこのマーク? ってことは……」
「そう。そこに転がってるモノは、私が彼に頼まれて精肉店から買ってきた豚の目玉……脅しの為の材料だ。尋問に対し、誘拐犯達が口を割らなかったときの備えさ」
と、いうことは……。
「つまりは背筋が凍るようなあの仕草も、血の気が引くような脅し文句も、全部演技だったってことか……」
「彼が過去にどういう暮らしをしていたのかは知らんが、大した役者だよ」
そこまで聞いた私は自分の思慮の浅さに恥ずかしくなった。彼のことをよく知ろうともしないで、勝手に侮蔑と恐怖の念を抱いたことを心の中で謝る。
よくよく考えてみれば、人の目玉を平気で抉るような残酷な人間が人助けなど請け負うハズもないだろうに。
すみません、ソーイチさん……。
「さて、私は自警団を呼んでくるとしよう。そこに転がってる2人と少し離れたところで転がされているという賊を引き渡さないといかんし、ついでに事情を話さんとな」
「わかりました。街中で危険はもうないと思いますが、それでも一応気を付けて。私達は先に宿に引き返し、準備を整え次第そのまま出発します」
「わかった、そっちも気を付けてな。できることなら私も同行したかったが……老人は若者を信じて大人しく待つとするよ。……キアラをよろしく頼む」
「はい。任せてください」
どこか自嘲的に笑うハウゼルさんに頭を下げてから、私は彼らの後を追い掛けた。