第13話 幸せの陰に潜む悪夢――その2
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします
「ルーケンスさん!貴方にお客人ですよ~!」
陽も大分高く昇り、もうそろそろお昼の休憩にしようかとルーケンスが思い始めた頃、一人の部下から声がかかった。
その声に従い、進めていた作業を一旦中断して客人という人物の元へ向かうと、そこには服装からして平民と思しき男女の二人組がいた。季節の変わり目で寒いのか、どちらもフードマントを着用している。
「私がルーケンスですが、あなた方はどちら様でしょうか?」
ただ、客人として通された2人の男女のどちらともに面識がないことに、ルーケンスは若干の警戒を乗せつつ疑問を抱く。
生まれてからずっとこの街で育ってきた彼にとって、この街の住民は家族同然。当然、顔見知りの方がずっと多い。
「私達、ハウゼルさんの宿でお世話になっている旅人なのですが、宿賃値切った代わりにおつかい任されちゃったんです。ハイこれ」
しかし、旅人という女性が理由を口にしたことから、ルーケンスの警戒は解ける。
「あぁ、そうでしたか! わざわざすみませ……」
中にはサンドイッチやら唐揚げやらが入っているであろう彼にとってはよく見慣れた大きなバスケットを女性から受け取りつつ、笑顔でお礼を言おうとして、蓋の間に挟まれていたメモに目を通してその笑顔が凍った。
【ルーケンス君へ――どうか、このメモを見ても決して取り乱さず、冷静でいてほしい。単刀直入に言おう。キアラが誘拐された。娘を取り戻す為に、君の力を貸してはくれまいか。このメモを受け取ったら、すぐに宿屋まで来てほしい。犯人たちがどこから監視しているかわからない。店に入るときは、あくまでも平静を装うように――ハウゼル・キンヴァース】
しばし呆然と……とはいっても実際は5秒程だったが、放心していたルーケンスはそこでハッ!と我を取り戻して周囲を見回す。
だが、そこにはバスケットを持ってきた男女二人組の姿は既にない。
事の真相を確かめる為に、ルーケンスは近くを歩いていた部下にバスケットを預けると、急用ができたことを伝え、キアラが営む宿屋に向かった。
彼の耳に、慌てて呼び止める部下の声は届いていない。
性質の悪い冗談であってほしい――冗談のワケがないと直感でわかっていながらも、そう思わずにはいられなかった。
◆◆◆
「誰かに監視とかされてなかった?」
「宿屋出てからも特にそういう気配はなかったし、大丈夫だと思うよ」
「そう。なら、次は指定された酒場の下見ね」
「だね」
ルーケンスに渡す物を渡し、そそくさとその場を離れた聡一とセフィーアは、取引の場に使われると思われる酒場に向かっていた。
今の聡一達の格好は普段着ている冒険用の衣服ではなく、それぞれハウゼルとキアラの地味な私服を拝借し、着用している。
何故かと問われれば、単純に目立つからだ。
特に聡一の全身を包む漆黒色は、周囲の人々を無為に威圧し、それが元で鮮烈な印象を相手に残してしまう恐れがある。
ただでさえ、いつぞやの乱闘騒ぎで噂になってしまった程なのだ。今回のように隠密活動を強いられる状況の中では、目立つ格好は避けなければならない。
セフィーアにしても、所持する旅衣服、私服合わせ、それほど派手ではないにしろ非常に上質且つ高級な代物ばかりである。そんなものを着て外を出歩いてしまっては、結局は目立つことになってしまうだろう。聡一が持つ唯一の私服など論外だ。
そのような理由から二人はハウゼルに許可を貰い、極力目立つことを避ける為、敢えて地味な衣服を着たのである。
髪の毛の色は2人とも特徴がありすぎるので、フードを被って誤魔化しているのは言うまでもない。
「彼、協力してくれると思う?」
「んー……たぶんしてくれるんじゃない?」
「曖昧過ぎ」
「まぁ大丈夫だって。たぶん」
メモ書きを読んだ彼が宿屋に来てくれるかどうか、正直なところはわからない。だが、ハウゼルから聞いたとおりの人なりなら、愛しの彼女の危機に必ず駆けつけてくるハズだ。
聡一はルーケンスが宿屋に来ることをほぼ確信しつつ、さりげなく周囲の視線や気配を確かめながらセフィーアと共に酒場を目指す。
「ところで、人攫い達はどうして酒場なんて人が多いところをわざわざ指定したのかしら? どこかの路地裏とかに誘ったほうがリスクが低くて効率的だと思うのだけど」
「一人で呑むフリしながらハウゼルさんを待てるからじゃない?」
酒場に向かう途中でハタと気づいたのかのように疑問を口から滑らせるセフィーア。
それに対し、聡一は既に解答を出していたようで、すらすらと答えた。
「それに酒場なら赤の他人のフリをさせつつ仲間を待機させておくこともできるし、酔ってる連中も多いから多少変な行動しても、店主にさえ注意しとけば怪しまれることもまずない。素行が悪い素面と見回りの自警団がうろついてる路地裏なんかよりも、よっぽど物事を進めやすいんじゃないかな」
「ん……確かに」
聡一の回答で納得したらしいセフィーアは、横を歩く聡一に視線を向けながらふと言った。
「ソーイチって普段はぼんやりしてるくせに、妙なところで頭の回転が速くなるのね」
「むっ失敬な……! あれですよ、あれ。こういうときの為に普段は脳内のブドウ糖を温存してるんですよ」
「ブドウ糖?」
「脳の働きを良くする栄養素。詳しくはググあーるかっこあーるわい」
「前半はわかったけど、後半は何を言ってるのかわからない」
「気にしない、気にしない。あっ、あれじゃない? 指定された酒場って」
くだらない会話を嗜みつつ、聡一が指をさした先には一軒の酒場があった。
外装は新しくも無く、古くも無く、大きくも無く、小さくも無く……よくあるイメージどおりの店だ。
さすがに昼間から店を開けているワケもなく、扉は閉ざされ、CLOSED(聡一の脳内イメージ)と書かれた札が掲げられている。
「じゃ、ちょっと様子みてくる」
そう言い残し、さりげなく店へ近づいていく聡一を見送りながら、セフィーアは近くにあった軽食を扱っている出店へ向かった。無論、怪しまれない為のカムフラージュである。
少しして、酒場の周りをぐるっと確かめてきた聡一と合流し、セフィーアは購入したサンドイッチを手渡しながら共に来た道を引き返して行く。
「どうだった?」
セフィーアは小さくサンドイッチを齧りつつ、静かに尋ねる。
「今のところ監視してる人間の気配はなし。裏は、使えそうかな。相手を上手く誘き出すことができれば、だけど」
聡一も受け取ったサンドイッチを頬張りつつ、静かに返す。
「酒場なんて騒がしいところでお金を渡すんだもの。誘い出す方法なんていくらでもあるでしょ」
「いえす。問題はハウゼルさんの演技力かな」
「そうね」
着々とキアラ救出の為の構想と作戦を練りつつ、聡一とセフィーアは宿屋へと引き返していった。
――それと時を同じくして、仕事場を抜け出してきたルーケンスがハウゼルの元に顔を見せる。
「ルーケンス君……来てくれたか」
扉が開き、ルーケンスの顔を見るや否や、強張りっ放しだった表情を幾分か和らげるハウゼル。その様子を目の当たりにし、ルーケンスさんは渡された手紙の内容が紛れもない事実
であることを再認識した。
「ご無沙汰しています。手紙の件なのですが、僕は何をすればいいのでしょうか?」
ルーケンスは"ただキアラの顔を見にきただけ"といった雰囲気を醸し出す為に道中で買ったお酒をカウンターに置くと、挨拶もそこそこに本題を切り出す。
「いったい何があったのか」と聞かないあたり、それなりには物事を冷静に捉えることができているらしい。
「今はまだ聞かされていない」
「聞かされていない……?それはどういう意味ですか?」
彼の口調からして、自分の他にも協力者がいることを悟ったルーケンスは説明を求める。
ハウゼルは若干疲れたように溜息を一つ吐くと、カウンターに置かれた土産の酒を手に取り、蓋を開けながら答えた。
「実はこの宿に泊っていただいてる冒険者さん達に協力を依頼したんだ。君を呼べとは彼らのお達しでね。十中八九、何かしら役目を言い渡されるだろう」
「もしかして……その冒険者とは私にバスケットを届けてくれた……?」
「察しがいいな、その通りだ。二、三週間程前からここに泊ってくれているお客でね。風の噂で聞いたんだが、相当に腕は立つらしいとのことだ。……実際のところはわからんがね」
最後の方の台詞は呟くようにして付け足しながら、ハウゼルはカウンターの奥からグラスを二つ持ちだしてくる。
不健康なことに真昼間から酒を嗜もうとしているようだが、この状況では酒に逃げたくなるのも無理からぬことだろう。
ルーケンスは自分に向けて差し出されたグラスを受け取ると、内心で嘆息した。
「その彼らは今どこに?」
小気味よい音をたてながらグラスに琥珀色の液体が注がれていくのを複雑な面持ちで眺めつつ、疑問を口にする。
ハウゼルは自分のグラスも酒で満たすと、それを舌を湿らせる程度に口に含み、呑みこんでから言った。
「今は取引に使われる酒場の視察に行っている。もうしばらくすれば帰ってくるハズだ。それまで適当にくつろいでいてくれ」
「くつろげだなんて、なかなか酷な事を仰る……」
「はは……だが、いつまでも立ちっ放しというワケにもいかんだろう」
「……そうですね」
――聡一達が帰ってきたのは、それから30分後の話である。