第10話 魔道士の素質――その2
お気に入り登録数670件だと……?バカな……ありえない!いったい何が起こっt(ry
余談だが、実は魔道士の素質検査というのは、しかるべき場所――各国の首都にしかない魔道士ギルドまで足を運び、様々な手続きを終えてようやく受けられるという非常に面倒極まりない行為だったりする。
彼の今の状況は、ある意味で超VIP待遇といっても差支えないほど恵まれているのだ。
「次はソーイチが天然魔力に対してどれだけの耐性を持ってるか調べるワケだけど、方法はさっきと同じ」
「つまり、魔力を掌から流すってこと?」
「そう。でも、今度のは身体に循環させるんじゃなくて、溜め込ませるの」
「へぇ。そんなこともできるんだ。魔法って応用が利くんだなぁ」
自分がどれだけ幸運な環境にいるか知りもしない聡一は、予想外に幅広い活用ができる魔法の奥深さに感嘆した。
「直接相手の身体に触れてなくちゃいけないけどね。ちなみに、こんな式も何も入れてない"感覚"だけの作業を魔法とは言わないわ」
そう答える彼女の物言いは淡々としていて、それが誇張などではなく、紛れもない事実であることを確信させる。
「んで、その触れる部位で一番効率いいのが手ってこと?」
「うん。手っていうのは"触れる"ことに関して一番優れてるパーツだから」
「んーむ……奥深い」
普段何気なく、それこそ無意識に扱っている手だが、今までの自分の常識とは決して相容れない環境の中でその未知の一面を知るというのはとても不思議な気分だ。
手で物に触れるというのが如何に重要なことか、改めて認識させられる。
しかし、ここでセフィーアはさらに言葉を重ねた。
「でも、相手に触れるっていう面で……例えば今さっきやったような魔力の受け渡しに関して、一番効率いいのは別の方法よ」
「別の方法って?」
その別の方法とやらに、何やら怪しげな雰囲気を感じた聡一だったが、一度擽られた好奇心を抑えるのは至難の業だ。
思わず尋ねずにはいられなかった。
そんな彼の態度に満足したのか、セフィーアは女の余裕ともとれるような妙に艶めかしい微笑を浮かべた。
「唇と唇の接触――つまり、キス」
「ぶっ」
セフィーアの口から蠱惑的な音色で発せられた一言に、動揺から思わず吹いてしまった聡一。
「ま……マジすか……」
「マジ」
古からの愛情表現がまさかこんなところで取り立たされるとは……と驚きを隠せない聡一は「それって同性相手でも一番効率がいいのは変わらないのかな?」と思考を巡らせ、脳裏に最悪のヴィジョンを描いてしまう前に考えることをやめた。
早速、話題を変えることにする。
「ていうかさ、相手に直接魔力を流したり抜き取ったりするのって見方を変えれば個体魔力がなくなった魔道士に自分の魔力を分け与えたり、逆に自分の個体魔力が少なくなった時は相手から分けてもらうこともできるって意味だよね」
「そ。まぁ実際そんな荒業は個体魔力の総量に秀でた"魔道士じゃない人間"がいないとできないけど」
セフィーアはといえば、魔法についての説明中に居眠りされた分の反撃をようやく果たせたと内心でいたく満足していた為、敢えて聡一を追撃することはなかった。
「そうなの?」
「よほど特殊な状況じゃない限りは。魔道士はその性質上、誰しも自分の個体魔力には固執するし」
考えてみればそれも頷ける話だ。
魔法が使えない魔道士はただの人。場所が戦場であれ、冒険先の遺跡であれ、魔力が無くなってしまえばただの足手纏いにしかならない。
魔道士の命とも呼べるような自身の個体魔力を好き好んで手放す輩など、そうそういないだろう。
「あー……確かに。よく考えてみれば、魔道士が魔法を使う以外で自分の魔力手放すなんて普通はないか……」
「そういうコト。さて、そろそろ始めましょうか」
聡一が納得したところで、セフィーアは空いている左手から天然魔力の抽出に取り掛かった。
掌が淡い緑色の光に包まれ、魔力が集中する。
それを理解した聡一は黙って様子を見守った。
「今度のは個体魔力じゃなくて天然魔力だから気をしっかり持つこと。最初はほんの少しだけだけど、徐々に流す量を増やしていくから、気分が悪くなったらすぐに言ってね?魔力を抜き取るから」
「わかった」
個体魔力だけでみれば、聡一は大陸中の魔道士が思わず嫉妬するような才能を持っていることが判明したが、これだけで彼が魔道士になれると決まったワケではない。
天然魔力に対する順応力がどれだけ優れているのか。否、天然魔力を"堪える"ことができるかどうかで全てが決まるのだ。
個体魔力の総量が並外れていても、魔法の要となる天然魔力を身体が受け付けないようでは、ただの宝の持ち腐れでしかない。
聡一は優れた剣士でもあるから、魔道士というよりも魔剣士として大成できるかどうかの瀬戸際である。
もし、これで天然魔力に対して想像を絶する順応性を示したとすれば、それこそ冒険者ランクSSにすら匹敵するだろう。相応に魔法を使いこなせればの話だが。
そこへ――
「ソーイチさん、コーヒーどうぞ~♪」
唐突にキアラが飲み物を持って現れた。
「あれっ?俺達は頼んでないですよ?」
「うふっ。これは私からのサービスです」
「やややっこれはどうもありがとうございます」
そうにこやかに話すキアラの表情は明らかに上機嫌であり、聡一は恐縮しながらも礼を述べた。
「セフィーアさんには紅茶です♪」
「わざわざすみません、ありがたくいただきます」
「いえいえ。長くこの宿をご利用くださっているお二人への、ささやかな感謝の気持ちですから」
お盆を胸に抱えて、何やら鼻歌交じりにキッチンへと戻っていくキアラを見送りながら、お互いに顔を見合わせる二人。
「キアラさん、随分と機嫌が良いみたいだね」
「そうね。何かいいコトでもあったのかしら」
さすがに二週間以上この宿に留まっているだけあって、既に聡一とセフィーアの好みは把握したらしく、聡一のコーヒーには砂糖とミルクが無く(聡一が利用しない為)、セフィーアの紅茶には砂糖だけ(セフィーアがミルクを利用しない為)が備えてあった。
「せっかくだし、ちょっと小休止でも入れましょうか」
「天然魔力は大丈夫なの?」
「ちゃんとコーティングを施したから、しばらく体内に循環させていても問題はないわ」
「そっか。便利やねぇ」
二人はどちらともなく苦笑してから、キッチンから微かに漏れてくるキアラの鼻歌をバックミュージックに目の前に置かれたそれぞれの飲み物へと口をつけた。
聡一は鼻腔を擽る香ばしい匂いを楽しみつつ、ゆっくりとコーヒーを啜る。猫舌なので、ひとしきり息を吹きかけて冷ますことは忘れない。
セフィーアはそんな彼の子供っぽい仕草を面白そうに眺めながら、口の中に広がる紅茶の上品な苦みを味わった。
――それからしばらくゆったりとした穏やかな時間を過ごしたところで、聡一はこう切り出した。
「ところでさ」
「なに?」
「もし魔法を使いまくったせいで個体魔力を空っぽにしちゃったらどうなるの?」
RPG or ラノベ的な知識しか持ち得ない聡一の頭では、魔力=MPが無くなっても魔法が使えなくなるといった程度の概念しか浮かばないのだが、しかし、現実に魔法を知ろうとしている以上、空想の世界の常識で自己完結させてしまうワケにはいかない。
なまじ無知なだけに、もしもそのような状況に陥った場合、その身がどうなってしまうのか知りたかった。
聡一の至極真面目な顔をみて、セフィーアも茶化すことなく答える。
「魔法として行使できる分の魔力を全消費するだけなら、軽い倦怠感だけで済む。だけど、肉体の形成……簡潔にいえば"使っちゃいけない"分の個体魔力にまで手を付けてしまうと、軽くて一時的な視力の喪失、聴覚の失調、バランス感覚が麻痺する。酷い時には肉体の細胞が壊死したり、内臓の活動が停滞して、最悪の場合死ぬ」
やはりというべきか、ゲーム内での常識で済むような単純な内容ではなかったことに、聡一は肩を落とした。
それと同時に、興味本位でこの世界の魔法を齧るような真似をして、本当にいいのかどうか不安にもなってくる。
「いい? 簡単に言うと、私達魔道士が扱っているのは自分の命と天然の毒よ。魔法を使いすぎて個体魔力を必要以上に失えば、体細胞と内臓の活動が維持できなくなって死ぬし、天然魔力を必要以上に吸収すれば身体が蝕まれて同じく死ぬ。そのリスクを背負う代わりに、私達は普通の人には為し得ない"力"を行使することができるの」
「やっぱり、ノーリスクハイリターンってワケにはいきませんよねー」
聡一が今更ながら悩んでいることを察したセフィーアは、優しく言葉を紡いだ。
「――やめる?」
その問いに、聡一は……。
「……いいや」
珍しく、野性的ともいえる強気な笑みを浮かべた。