表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻操士英雄譚  作者: ふんわり卵焼き屍人
~旅立ち、出会い~
12/69

第08話  冒険者の休日

更新が遅れて申し訳ありませんでした。

それと、お気に入り登録がいつの間にか250件にまで達していて非常に嬉しいです。

作者としては気まぐれの暇つぶし程度に始めた今回の小説ですが、まさかこれほどまで多くの人に読んで頂けるとは夢にも思っていませんでした。

これからも皆様の暇つぶしに貢献できれば幸いです。

 聡一は朝から街の図書館でセフィーアに文字を教わっていた。


 ギルドに登録してからほぼ毎日依頼を受けてお金を稼いでいた2人だったが、「あまり根を詰め過ぎても良くない」という彼女の計らいで今日は依頼を受けないことになったのだ。


 それに、元の世界に帰る上でも、そのヒントを得る為にはどうしても文献を漁る必要があるし、帰る目処が立とうが立つまいが、ある程度の期間をこの大陸で過ごすことになる以上、共用語を覚えておいて損はない。


 しかし、日本語とも英語とも違う複雑怪奇な文字形態の前に、聡一は早くも匙を投げだしつつあった。


「うー! 頭がパンクする!」

「もう……」


 図書館に設置されたテーブルの上でジタバタともがく聡一を呆れながら眺める。


「そもそも高校時代の英語のテストで普通に赤点取ってた俺に、いきなり異世界の共用語を覚えろっていうのは酷な話だと思いませんか?」

「言ってる意味がよくわからないんだけど……でも、少し無茶が過ぎたっていうのはあるかもね……ソーイチの様子を見る限り」


 出来の悪い生徒に頭を抱えながらも、しかし、セフィーアの脳裏には一つの疑問が首を擡げていた。


 ――そもそも、なぜこの世界の文字を読み書きできない聡一がこの世界の住人と普通に会話することができるのか。


 確かに、学校へ行けなかった貧しい子供や大人が満足に文字を読み書きできないことはある。

 しかし、彼らはこの世界で生まれ育った為、会話だけなら全く問題はない。

 だが、聡一はこの世界で生まれ育ったワケではないにも関わらず、この世界の言葉を普通に話している。彼からすれば、「俺は普通に日本語を話してるつもりなんだけど……」とのことで、どうやらこの世界とは違う言語で話しているつもりらしかった。この世界には国別による言語の差異がないので、その部分ではまだ救われるが――


(今考えても仕方ないか……)


 いくら考えたところで答えが出ない問いにいつまでも浸っているワケにはいかない。セフィーアは軽く頭を振って余計な思考を追い出すと、必要最低限として、聡一に自分の名前と冒険者ギルド、宿屋という単語を教えた。


(そういえば……私はどうやって言葉を覚えていったんだっけ……)


 今の聡一は基礎的な語学力も何もない、ただ"喋れる"だけの幼児と同じだ。その頃の自分はどうしてもらったか……。


(そうか……絵本……)


 幼い頃、今は亡き母の膝の上で読んでもらった絵本の数々。あれで言葉を覚えていったような気がする。


(今夜にでも試してみようか)


 いつの間にかテーブルの上で耳から煙を上げて突っ伏している聡一を見やり、ふとそんなことを考え付いた。


「聡一は屍状態だし、これ以上無理に言葉教えても右から左ね」


 ピクリとも身じろぎしない聡一を少し放置し、セフィーアは席を立つ。一応、彼の耳元で「少し本を見てくる」と言い残しておく。


 それから少しの間幼児向けの本棚を物色し、今の聡一に丁度いいと思われる絵本を3冊ほどチョイスすると、それらを図書館の係員に提出し、身分証代わりのギルドカードを見せて借り受けた。


 その際、セフィーアが持ってきた本を見て係員が、


「お子様に読んであげるんですか?」


 と優しい笑みを浮かべながら訪ねてきた。きっと子供好きなのだろう。


 セフィーアは苦笑しながら、


「えぇ。手間がかかる子なんです」


 と若干の本音を交えつつ上手く誤魔化し、軽く会釈してその場を離れた。


 大の男に読んでやる、とは口が裂けても言えない。


 そして、本を鞄に仕舞うと、再び聡一がいるテーブルへと引き返し、未だに机に突っ伏したまま微動だにしない"手間がかかる子"の頭に手刀を喰らわせた。


「oops!」


 飛び起きながら奇妙な悲鳴をあげる聡一に怪訝な表情をしつつ、セフィーアはつまらなそうに言った。


「帰るよ」

「うぃー」


 帰るという単語に目を輝かせる聡一。その姿は、学校の授業終了時に鳴り響く鐘を聞きつけた幼い生徒そのものだった……本人は気怠げな態度で誤魔化しているつもりらしいが。


「ホントにもう……ソーイチは元の世界に帰る気あるの?」

「んー? 勿論あるよー。たぶん」

「どっちだよ」


 無駄に大きい図書館の廊下を並んで歩きながら、聡一は気の抜けた生返事を口にする。

 セフィーアが彼の立場だったら、元の世界に戻る為に死に物狂いになるだろう。しかし、聡一に焦りの色は全くみられない。


 ならば、彼の態度は余裕の表れ……達観か、それとも、ただの諦観か。


 砂漠で会ったときもマイペースが過ぎると思ったが、どちらにしろ聡一の自分に対する楽観的な性格は筋金入りらしい。

 本当はこの図書館にもう少し居座り、異世界やら召喚という単語を載せている文献でも調べてみようとも思っていたのだが、本人がこの様子では……。元の世界に帰る為の努力をすると意気込んでいた聡一の魂は、とっくに天に召されてしまったようだ。


(いくらなんでも楽観的過ぎ……)


 この男は本当に元の世界に帰る気があるのだろうか?セフィーアがそう疑いたくなってしまうのも無理ないことだろう。


「まぁ、文字が読み書きできなくてもなんとかなるって。フィーアがいるし。それに帰る方法を調べるだけなら専門職の人にお金支払って頼むって手もあるじゃん?」


 おや?とセフィーアは思った。聡一は、一応なりとも帰る為の方法に近づく手立てを考えてはいるようだ。


「ふーん……なかなかいい案なんじゃない?」


 さすがに「帰る方法を探してくれ」と単刀直入に言っては頭の構造を怪しまれるだけに終わるだろうが、口八丁で重要な部分を誤魔化しつつ手掛かりになりそうな情報を調べてもらうというのはアリかもしれない。

 この世界に対して全くの無知である聡一やとある分野を除いて一般常識程度の知識しか持ち合わせていないセフィーアが我武者羅になって探すよりも、相応の知識に秀でた学者などに依頼して調べてもらったほうがよっぽど効率がいいのは間違いないのだから。


「ソーイチは変なところで機転が利くのね。まぁいいケド」

「うみゅうみゅ」

「その言葉遣い、気持ち悪いからヤメテ」

「……はい」


 しょんぼりと項垂れる聡一を流し目で見やりながら、肺から絞り出されるように出てきた溜息に「なんだか最近溜息ばかり吐いてるような気がする……」とセフィーアは小さく独りごちてから図書館を後にしたのだった。


 ◆◆◆


 ――図書館を出てから15分ほど経ち、時刻はお昼の少し前。


 今日は雲一つない晴天で、このまま宿に帰ってはいささか勿体無く感じるほどに清々しい。

 それはセフィーアも同じ気持ちだったらしく、ふと目を合わせた聡一とセフィーアはどちらから提案するでもなく「せっかくいい天気なんだから――」というコトで、2人はルー・カルズマ唯一の憩いの場である中央公園のベンチでのんびりと日向ぼっこに転じていた。


 周りには年若いカップルや老夫婦が2人と同じようにベンチで寛ぎ、なかには芝生にレジャーシートのような布を敷いて昼寝に興じている者もすらいるのだから驚きだ。

 中央の噴水の周りでは、複数の子供達が楽しそうに駆け回っている。その微笑ましい姿を見て、何気なく様子を見守っている周囲の人たちもどことなく笑顔を浮かべていた。

 この街が如何に平和か、その一端を垣間見ることができるような長閑な雰囲気だ。街を統治している長はなかなかの善政を敷いているらしい。


 元の世界では、それこそちゃんとした自然公園にでもいかなければ見られなかった光景に、聡一は連日の依頼で荒みかけていた心がすっきりと洗い流されていくような、心地よい気分に浸った。


「ところで、この街に滞在してもう2週間になるけど次はどこにいくの?」


 出店で買ったパシェーラという元の世界でいうナンドッグのようなものをもきゅもきゅと頬張りながら、聡一は何気なく訪ねた。

 それなりに美味しいのか、幸せそうに頬を緩めるその姿は子供のような愛嬌があった。


「まだ決めてないから何ともいえない」


 それに対し、セフィーアは若干悩むような素振りを見せながら、ストレの実の果汁を使用した紅茶(元の世界でいうレモンティー)をちょびちょびと飲む。


 相変わらずコップを両手で押さえる姿に、思わず笑みが零れた。


「ん? どうかした?」

「いや、なんでも」


 それに気付いたセフィーアが不思議そうに首を傾げるが、聡一は軽く首を横に振るとパシェーラをがぶりと景気よく頬張って誤魔化した。「紅茶を飲む姿がまるで小動物みたいで可愛かった」などと言ったら、なんだか怒られてしまうような気がしたからだ。


「あ、ソーイチ、ちょっとこっち向いて」

「なに?」


 唐突に呼ばれた聡一はセフィーアに振り向く。

 すると、セフィーアは聡一の口の端に付いたパシェーラのソースを指で拭い取り、ぺろりと自分の口へと運んだ。


「ソース付いてた」

「――ッ!?」


 彼女の何気ない行為にドキッと胸を高鳴らせてしまう。

 恋人同士だというのならわかるが、そうではない自分達にはまだ早すぎるステップだと聡一は思った。

 だが、セフィーアはそれなりに異性の扱いに慣れているらしく、時折、ごく自然にこういった大胆な行動を見せることがある。


 それがなんとなく悔しい。


「あ、あぁ……センキューベリーマッチョ」

「せんきゅーべりーまっちょ?」

「俺の国の言葉でありがとうございますって意味だよ」

「へぇ」


 興味深そうに頷くセフィーアにそこはかとない罪悪感を抱きつつ、それには知らんフリをした。

 本当は祖国の言葉でもなければ、語尾に小さいヨが付いてるか付いてないかで、純粋な感謝の意味合いからとてつもなく筋肉臭いものになってしまうのだが、今更訂正などできない。


「なんだかこういうのって新鮮でいいなぁ」


 いたたまれない気持ちを誤魔化す為というワケではないが、聡一は先ほどから思っていたコトを敢えて言葉にして口に出してみた。


 前にも言ったが、ここの土地の気候は元の世界に比べて少しだけ肌寒い。そのおかげかポカポカと大地を照りつける太陽の温かさが実に身に沁みる。それがまたとても気持ちいい。


 元の世界では、こうやって公園のベンチに座り、のんびりと過ごしたことなどほとんどなかった。せいせいが春のお花見のとき、騒ぎ疲れて少し休憩した際に少し……といった程度だ。

 そもそも意味もなく外へ出歩くという行為自体そんな好きではなかったし、のんびりするなら自室のベッドにでも転がってボケッと天井を見上げていればそれで十分というのが持論だったりする。


「ん、私もこういう風に外の公園でのんびりするのってとても新鮮な気分。昔はこういう機会なんてなかったから」

「へぇ。そういや、フィーアって冒険者になる前は普段何してたの?」

「……えっと、礼儀作法を覚えたり、ダンスの練習したり、政治や統治者になる為の勉強をしたりとか」


 そう俯きながらボソボソと話す彼女の横顔は、どことなく寂しそうだった。きっと、日々それらに追われながら窮屈な毎日を過ごしていたのかもしれない。

 ただの興味本位な質問だったので、別に無理に答えてもらわなくてもよかったのだが。


(まぁそれだけ信頼されてきているのかもしれないな)


 聡一はとりあえずポジティブに捉えることにした。


「なるほどねぇ。貴族だってのは気付いてたけど、なかなかメンドそうな――ってちょっと待って?政治や統治者になる為の勉強って……」


 そこでセフィーアの言葉の中に混じっていた違和感に気付いた。


 統治者というのはまだわかる。貴族には土地を任されている者もいるだろうし、領地を上手く統治する為にはそれ相応の心構えやら知識が必要になることは想像に難くない。


 しかし、何故政治の勉強までする必要が?


「ん……ソーイチももう無関係ってワケじゃないし、そろそろ教えておいたほうがいいか……」

「――?」


 ぶつぶつと小さく独りごちるセフィーアに疑問符を浮かべる聡一。

 どことなく迷っているような雰囲気があったのだが、セフィーアは俯けていた顔を上げると、意を決したように口を開いた。


「私はクレスティア皇国、天輪十二貴族の第一位――アインスの名を持つ家系の長女なの。私の名前も、本当はセフィーアではなくセフィーリア。セフィーリア・ミラ・アインス・ベルウィンド」

「天輪十二貴族……」


 真剣な瞳で語られたセフィーアの正体に、聡一は思わず生唾を飲みこんだ。

 なんか肩書きからして凄そうなイメージが伝わってくる。


 ――しかし


「ゴメン、なにそれ?」


 この世界に来て間もない聡一が他国の貴族の名称を知っているハズがない。

 貴族という言葉が出てきたのとセフィーアの威圧するような瞳から、それなりに上位に位置する貴族だというのは雰囲気的に理解できたらしいのだが。


「……そういえばソーイチってこの世界のことほとんど知らないんだっけ……私としたことが失念してた」


 申し訳なさそうに首を傾げる聡一に、セフィーアは凄んでみせた自分がバカみたいだという呆れを含めた苦笑を漏らした。


「天輪十二貴族っていうのは大皇の位である0を中心とした1~11の位を持つ皇族の集団のことで、いわば国を仕切ってる重鎮ってところ。アインスっていうのはベルウィンド家の直系にのみ許されたミドルネームのことで、数字の1っていう意味を持ってるの」


 そこまで聞いた聡一はふむふむと顎に手を当てながら納得した様子をみせた。わざわざ顎に手を当てるという似合わない動作がどこかバカっぽさを演出しているが、それは言わぬが花というものだろう。

 もし指摘したら傷ついて泣いちゃうかもしれないし……と、セフィーアは己の辛辣な感想を胸の内に鍵を掛けて仕舞い込んだ。


「いわば構成員が身内だけの元老院みたいなものかな? てか、皇族で構成された集団なのに天輪十二"貴族"ってなんかおかしくない?」

「大皇の位は世襲制だから。一応、各家の長男長女には"もしも"の際の皇位継承権が与えられてるけど、基本的には大皇なれない皇族が"皇族"って名乗っても余計な混乱を招くだけでしょ?」

「そういうもんなのかねぇ」

「そういうものなの」


 聡一は手元に残っていたパシェーラを一気に口に放り込むと、もきゅもきゅと租借しながら言った。


「ほれひひても」

「口に物を入れて喋らない」


 ――もきゅもきゅもきゅもきゅごくん。


「それにしても長男長女に皇位継承権が~って言ってたケド、それって大皇は男女関係なくなれるってこと?」

「初代クレスティア大皇が女性だったらしくて、その人が男女の区別なく直系の第一児に大皇の位を継がせるように決めたとかなんとか」

「へぇ、なかなか興味深い話だ。………うん? てことは、フィーアはアインスの長女だから、皇位継承権あるのか……?」

「ん、勿論」


 さも当然といわんばかりに胸を張るセフィーアだが、聡一の顔色が徐々に青くなっていることには気が付いていない。


「ちょちょちょっと……それって……もしかして、今こうして俺が君の隣で寛いでたりする行為とかその他諸々って、実は滅茶苦茶マズいのでは!?」

「………………」


 一方は一国の政治を取り仕切る、俗に言う王属の血筋に連なる大貴族のお嬢様。

 一方は異世界から来た、自称"ちょっと"武術に心得がある一般人。


 それが一緒のベンチに座って暢気に日向ぼっこなど冗談にしても笑えなさすぎる。冗談ではなく現実にそうしてるのが何ともいえないところだが。


「これってバレたら大問題っていうか既に私兵にバレてるから俺は歴史に名を残す大罪人っていうかもしかしたら謂れのない罪で断頭台に立たされる日も近いかもしれないっていうか」


 普通に冷静に客観的に考えて、フォローのしようもなくお先真っ暗である。

 いくらマイペースな聡一でも、自分の置かれている環境が我が身を跡形もなく吹き飛ばしかねないダイナマイトにも似た問題を孕んでいたとなると、さすがに楽観的にはなれなかった。


「ソーイチ! ソーイチッ!」

「ハッ!?」


 虚ろな目でどこかへトリップする聡一を慌てて現実に引き戻すセフィーア。その瞳には"やっぱり言わなければよかった"という後悔がありありと浮かんでいた。


「あー……ゴメン、ちょっと取り乱した」

「………………」


 それを一目で見て取った聡一は、情けなく取り乱した自分の未熟さに舌打ちすると同時に、お先真っ暗なんて一瞬でも考えてしまった自分が酷く滑稽に思えた。


 お先真っ暗なんて、この世界に飛ばされた時点でいくらでも言えたことだ。そもそも、もしセフィーアがあの日あの時間に砂漠を横断していなかったら、とっくに自分はこの世とオサラバしているハズだった――こうして彼女と一緒にベンチに座って他愛もない会話に花を咲かせることだってなかったのだ。


 何よりも、不安そうな……それこそ、捨てられることを恐れる子犬のような瞳をしている彼女を放っておけるような輩など、断じて男ではない。

 後悔しても遅いなら、開き直ってやるだけだ――まぁ後悔なんて最初からしていないのだが。


「そんな不安そうな顔しなくても、今更護衛役を辞退なんてしないから大丈夫だよ」


 なでなでと、セフィーアの頭を優しく撫でてやる。知り合ったばかりでこれは少々図々しかったかもしれない。だが、何故だかこうしてやるのが一番いい選択だと思った。


「それに、俺はまだ君に何も返せてないし」

「……ん」


 少し擽ったそうだったが、それでもされるがままに大人しくしているセフィーアは気持ち良さそうに目を細める。

 こうしていると、自分の隣に座っている彼女が一国のお姫様だなんてとても思えなかった。


 しかし、一つだけどうしても解せないコトがある。


「ところで一つだけ聞かせてほしいんだけど」

「ん?」

「なんで護衛とか連れずに一人で旅してたの?」

「それは……」

「それは?」


 言いよどむセフィーアに容赦なく回答を迫る。


「私には自国の領地に住む民をより良く導く責務があるから、世界を回って参考にしようと思ったの……でも、護衛の私兵を連れてるとさすがに目立つし……」

「でもそれって建前だろう?」

「うっ……」

「本音は?」


 思い切り視線を逸らされながら言われても、それが彼女の本音であると思えるワケがない。

 聡一はセフィーアを真正面から見つめるようにして、少し顔を近づけた。


「言いたくない?」

「……うぅぅぅ」


 涙目になりながらも、器用に上目遣いで睨んでくるという非常に珍しいカットを脳内HDに二度ほど保存しつつ、聡一はそれを真正面から見返して対峙した。


 あまり他人を詮索することなどしたくはないが、これを聞けない限りどうにも落ち着けそうになかった。


 聡一の眼差しに負けたのか、セフィーアは渋々といった感じに口を開く。


「お父様が私に結婚しろって……それが嫌で……私の意見なんて全く聞いてくれないし……」

「なるほどね。ようは家出ってことか」


 恥ずかしそうに告白するセフィーアを見やり、聡一はホッと一息吐いた。

 まぁ9割方は確信していたのだが、やはり疚しい事情があって親元から逃げ出したワケじゃなかったらしい。

 胸のうちのしこりが取れたような気分だ。


「うん、安心した」

「……なんで?」

「何か悪い事をして親から逃げてきたんじゃないかって一瞬勘ぐっちゃったけど、思った以上にくだらない理由でよかった」

「くだらないって……。私にとっては今後の人生を左右する問題なんだけど?」


 ぷぅっと頬を膨らませて拗ねた素振りを見せるセフィーアの姿に思わず笑ってしまう。


「あはは、ゴメンゴメン。ちょっと言葉が悪かった。でも、これで何の気兼ねもなくセフィーアと一緒にいることができるよ」

「――ッ!!」

「ん? どうしたの? 顔赤いけど」

「……時々、ソーイチは大物なんじゃないかって錯覚するときがあるわ」

「何言ってるのさ。良くも悪くも俺はしがない一般人ですよ」


 そうカラカラと笑う聡一に憮然とした表情を向けつつ、セフィーアは軽く溜息を吐いた。


「んじゃ、もうそろそろお昼時だし、昼飯食べにいこっか」

「今さっきまでパシェーラ食べてたくせに、まだ食べるの?」

「今日の俺は燃費が悪いみたいなのです」

「あっそ」


 パシェーラを包んでいた紙くずをゴミ箱に投げ捨て、「ん~ッ!」と少し気怠るそうに立ち上がる聡一。


 その後に続いてセフィーアも立ち上がり、近くの軽食屋に歩を向けるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ