第06話 冒険者は命を狩る
翌朝、宿で朝食をとった聡一とセフィーアは身だしなみを整えてこの街にある冒険者ギルドへと足を運んでいた。
目的は勿論、聡一を冒険者としてギルドに登録することだ。
セフィーア曰く「ギルドカードさえ貰えれば基本的にどこの国も出入り自由になるから」とのこと。身分を証明できる物が何もない聡一にとって是が非でも手に入れなくてはならない代物だ。
それに冒険者登録を済ませておけば、いざというときに簡単な依頼を受けて小遣いを稼ぐことができる。
断る理由は何もない。
というワケで、相変わらず外出時はフードを深く被るセフィーアの後に続いて、聡一はギルドの中へと足を踏み入れた。
聡一も彼女の真似をしてフードマフラーで素顔を隠しているのは、追われている身故の所謂"用心"というやつなのだが、ハッキリ言ってその容姿自体が物凄く目立っているので、色々な意味であまり効果は期待できなさそうである。
ギィィィと軋んだ音をたてる扉を開けて中へ入った瞬間、複数の視線が二人を射抜いた。特に、冒険者達は聡一に鋭い眼差しを向ける。ヒソヒソと小声で話し合う彼らの瞳には好奇心と警戒の色が浮き出ていた。
(はて? 新参者がそんなに珍しいのかね……?)
受付嬢の元へ向かうセフィーアの後ろをついて行きながら、聡一はさりげなく耳を済ませて冒険者達の会話を盗み聞きする。普通はそんな芸当などできないのだが、身体能力強化の影響は全身の筋力だけではなく視力や聴力にも及んでいた。
それを昨夜の時点で把握していた聡一は、早速未知なる自分の能力を活用してみたのだ。
「みろよ、あの両手剣。国営の武具店にあった最高級のやつだぜ」
「金貨6枚もするアレか? じゃあ、あいつがサンバスの言っていた――」
「いっちょまえにフードで顔を隠してやがる。気にいらねぇ……」
聞こえてきたのは、妬みや嫉みといったあからさまな陰口だった。
やれやれ……と、聡一は肩をすくめながら小さく溜息を吐いた。
ギルド内から浴びせられるピリピリとした視線からある程度の予想はしていたのだが、まさか高級な武器を携えているだけでいらぬ嫉妬を買うとは……。ここまで露骨だと逆に呆れてしまう。
もしフードマフラーを脱いで彼らと目を合わせようものなら、それを切欠にしていらぬ喧嘩を吹っ掛けられてしまうことは明白だった。
朝からげんなりさせられた聡一は、自分の視線を気取られないように気を付けながら、さっさと登録を済ませてしまおうとセフィーアの後ろについて行った。
そして、相変わらず遠慮のない不躾な視線を熱烈に送ってくる冒険者……というよりも野党崩れみたいなむさい男達の殺気をやり過ごしつつ、なんとか無事にカウンターまで辿り着き、それなりに整った顔立ちの受付嬢に冒険者登録の申請を告げる。
「冒険者ギルドへようこそ。ご用件は何でしょうか?」
「後ろに控えてる彼をギルドに登録したいんだけど」
「畏まりました」
受付嬢はこちらがギルドに足を踏み入れた時からそれを悟っていたのか、分かっていたと言わんばかりの素早い動作で目の前に一枚の用紙が置いた。
「こちらがギルド登録申請書になります。こことここにお名前を、ここに拇印をお願いします」
「彼は学がないから文字が書けないの。だから名前は私が代筆したいのだけれど?」
「問題ありません。ただし、拇印はご本人様の手でお願い致します」
「えぇ」
学がないと言われて何ともいえない気分になった聡一などお構いなしに、セフィーアは綺麗な筆遣いで聡一の名前らしい文字を書き込んでいく。
その間に聡一はグローブを外し、朱肉に親指を付けて、書類に判を押した。
「ソーイチ・オノクラ様でよろしいですか?」
「はい」
「確認致しました。では、当ギルドについて説明させていただきます」
受付嬢は申請書を奥から出てきた男性に手渡すと、ギルドのシステムやルール、ランク、依頼の受諾方法などを説明し始めた。
簡単に要約すると、ギルドの『ランク』はG−、G、G+、F−、F、F+、E−と続き、S−、S、S+、SS−、SS、SS+で終わる。モンスターの格は『クラス』と呼称される。
高ランクの者には様々な特典が用意され、B−以上になるとギルド内での食事代が無料、A−以上だと食事に加えてやギルドが勧める宿屋の宿泊費が無料になり、S−以上になるとビップ待遇としてギルド推奨の高級なレストランやホテルが無料で利用でき、さらにレアなマジックアイテムや武器、防具が優先的に支給されるようになる。SS−以上になると郊外の豪邸への永住権やら専用馬車の進呈などなど、破格の待遇が約束される。
ただし、SSランクに認定されるには2年に1度開かれるギルド主催の武芸大会にて優勝を果たし、既存のSSランカーと一騎打ちで勝負しなければならない。そして、勝敗に関係なく現在9人在籍しているSSランカーのうち過半数以上の賛同を得ないといけない。この方法は大会を勝ち抜きさえすれば、挑戦者がたとえG−でも一気にSSランクに上がれる可能性がある。だが、そもそもSSランカーを相手に善戦すること自体が非常に難しい為、ここ5年間は誰もSSランク入りを果たしていないというのが現状だ。
次に、依頼に関しては主に民間人から依頼される雑用、魔物討伐や遺跡調査が基本となる。
ただし、C−の以上のランクを持つ冒険者に限り、"人間"を相手にした依頼を斡旋されることがある。例として、行方不明者の捜索、対象の道中護衛やら盗賊団の殲滅などだ。直接的に他人の人命を扱う仕事なので、これには拒否権が存在する。
個人で依頼を受ける場合は最大でも自分のランクの二段階上――本人のランクがG−だとすればG+までの依頼しか受けられない。
例外として、パートナーがいる場合のみ、そのパートナーのランクより二段階上の依頼を一緒に受けることができる。
そして、冒険者ランクを上げる方法はといえば――
※1:自分のランクと同等以上の依頼を達成すると、その達成に応じて相応のギルドポイントが加算されるので、それを一定数稼ぐ。(自分のランクが高くなると同時に、稼ぐギルドポイント数は増えていく)
※2:魔物が落とす戦利品をギルドで換算し、一定ポイント以上稼ぐ。これは※1との同時加算が可能なだけでなく、依頼を受けずに個人で魔物を倒した場合にも有効である(ただし、自分のランクと同等未満のモンスターが落とした戦利品はポイントとして加算されない)
※3:ギルドが要注意指定に認定した魔物を1匹以上撃退、もしくは討伐する。
――とのこと。
ここまで把握した聡一はいくつかの疑問を抱いた。
「依頼の重複はできる?」
「他の冒険者への依頼が枯渇する恐れがある為、認められていません」
「要注意指定の魔物を狩るとランクが上がるようだけど、それって1匹倒して一段階?」
「いいえ。要注意指定の魔物は最低でもA+以上のランクが付けられる強敵ばかりです。個人で撃退すれば二段階、討伐すれば三段階、2人以上6人以下のパーティで撃退或いは討伐すれば一段階の上方修正となります。ただし、パーティに参加していた冒険者のランクが倒した魔物と同等以上だった場合はランクの上昇はありません。個人で倒した場合も同様です」
「他に何かご質問は?」と尋ねてくる受付嬢に聡一は首を横に振った。
とりあえずはこんなところだろう。
もしかしたら後で他の疑問が湧いて出てくるかもしれないが、今知っておくべきことは全部知ったハズだ。
「では、こちらをお納めください」
そう言って渡されたのは自分の名前とG−という文字が加工されたギルドカード、それと簡素なシルバーリングだった。
「このリングは?」
「それを指に嵌めますと、いつでも好きな時に空間拡張の魔法が施された鞄を呼び出すことができるようになります」
「これのコト」
今まで黙っていたセフィーアが空中へ鞄を出し、一瞬にして消した。
「なるほど」
これまで何度か見てきた出所不明のフィーアの鞄はギルドから支給された物だったのかと聡一は改めて納得する。
「注意点ですが、ギルドカードは一度発行されると一ヶ月間は再発行できません。もし紛失された場合、再発行されるまでの期間はギルドの仕事を受けることができなくなります。ですので、なるべく紛失なさらぬよう心掛けてください。そしてリングについてですが、こちらは大変貴重な品となっており、再度の供給には白銀貨30枚の料金を頂きます。紛失された場合、中身の保障は致しかねますのでご理解ください」
その貴重なリングを初回限定とはいえ無償でくれるとなると、冒険者ギルドとはなかなかに儲かっているのかもしれない。と、聡一は出そうになる欠伸を堪えながらどーでもいいことを思った。
「当ギルドは基本的に冒険者と依頼主双方の自由な意思を尊重し、その内容に関しては一切干渉しません。また依頼遂行に伴い、当事者間で何らかの問題が発生した場合にも、我々は一切の責任を負いかねますのでご了承ください。ただし、当ギルド所属の冒険者が著しく人道に反する行為を犯した場合に限り、我々の粛清対象となりますのでご注意を」
「問題が起こっても自分らでなんとかしろ、問題を"起こしたら"容赦しない。そういうことですか」
受付嬢の顔が少し硬くなった。
「その通りです」
なかなか無責任だと感じつつ、さすがにそれは口には出さなかった。余計なことを口走っていらぬトラブルを招きたくはない。
既にセフィーアから「無意味に波風を立てるな!」と非難の眼差しを受けていることだし。
「説明は以上になります。早速何か依頼を受けますか?」
聡一はセフィーアを見やり、彼女は頷いて答えた。
「いえ、今日はこの辺で――」
「待てコラ」
「ぶッ!? え、なんで??」
ズビシッ!と頭部にチョップを受けた聡一は、何故自分がツッコミを受けたのか理解できないと顔を顰める。
「なんで帰ろうとしてるの。そこは普通、軽い依頼を受けて腕試しするところでしょう? 今のアイコンタクトはいったい何だったの?」
「面倒だし、依頼受けなくてもいいよね? という熱い想いを視線に込めてみ――」
「早く受けろ」
「えー……メンドくさ二人向けでランクG+指定の依頼をお願いします今スグに」
「畏まりました。少々お待ちください」
突然態度を翻す聡一の様子にも動揺することなく、受付嬢は一度頭を下げると、後ろにあった複数の戸棚を物色し始めた。
それから10秒もかからずに複数枚の依頼書を持ってくる。
「G+で二人以上推奨の依頼はこちらとなっております」
受付嬢はカウンターに置いた3枚の依頼書を順に読み上げていく。
それぞれの内容を把握した聡一は鼻で軽く息を吐き、カウンターに肘を着いた。
「薬草採取に迷子のペットの捜索、魔物の討伐依頼ね。どれもメンド――」
「どれを選ぶべきなのか、勿論おわかりね?」
「……はい」
容赦なく釘を刺してくるセフィーアに、聡一は引き攣った笑みを浮かべながら辛うじて頷き返した。
◆◆◆
「というワケで、ガーモっていう魔物を5匹以上討伐することになりましたとさ」
「誰に言ってるの?」
「神様の視点を持つ人に」
「…………一度病院にいこ? 大丈夫、ちゃんと傍にいてあげるから」
「ちょっ!? ただの冗談ですよ? いやホントだってば! なんでそんな可哀想な人を見る目するのさ!?」
そんな微笑ましい?やり取りをしつつ、聡一は山道の中継地点に居座っている"集団"をセフィーアの幻獣ピノの背から見下ろしていた。勿論、空を飛んでいるので危険はない。
「んで、あれがガーモ?」
聡一が指差した先にいたのは、身幅が非常に分厚い曲刀ファルシオンを手に持った直立歩行の赤いトカゲだった。鎧などは装備しておらず、腰にベルトを巻いている。テカテカと光る鱗が気持ち悪い。
「あれはヴィアードっていう獣人型の魔物。知能はそんなに高くないけど野蛮で好戦的、常に6匹1ユニットで行動する集団戦に秀でた厄介な種族なの。ガーモはあいつらより小柄で、灰色の毛皮に覆われた猿に似た魔物よ」
自分達の預かり知らぬところで特徴を説明されたヴィアード達は、旅人の休憩所として利用されるスペースの一角を陣取り、無我夢中で"何か"を食べている。
「あー……なんかソレっぽいの食ってるなぁ……あいつら」
ヴィアード達の周りにはガーモと思しき亡骸がいくつも転がっていた。恐らく、自分達の縄張りに侵入したヴィアードを追い返そうとしたのだろうが、逆に返り討ちに遭って食糧にされてしまったというところか。
「確か依頼内容って――山道に出没するガーモに行商人が度々襲われている。我々も手を尽くしたが、どうにも埒が明かない。このままでは物価の高騰が予想され、街の予算もうんたらかんたらなので退治してくれ(AC風味)……みたいな感じだったよね?」
「ん」
短く頷いたセフィーアはさすがにこの展開は予想外だったのか、少し面倒臭そうな顔をしている。
「だから今日のところは大人しく帰ろうっていえ何も言ってませんよ? アハハのハあぢぇッ!!」
「……ふん」
無言で、聡一の頬を挟むように両手で痛烈なビンタを繰り出してきたセフィーアは、不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
少しふざけ過ぎたかと内心で冷や汗を掻く聡一は、こほんと軽く咳払いをしてから話を戻す。
「なんかあの人型トカゲ達が既にガーモ退治しちゃったみたいだし、この場合って依頼遂行不可能ってことになるのかな?」
「さぁ? どうなのかしらね」
しかし、返ってくるセフィーアの言葉はどこか冷たい。
「もしかして怒ってる?」
「怒ってない」
とは言うものの、その態度から完全に不機嫌にさせてしまったと後悔する聡一。どう彼女の機嫌を取るべきかあうあうと情けなく悩む。
そんな彼の姿をみて、もう少しこのままにしておこうと一人ほくそ笑むセフィーア。彼女は聡一より常に一枚上手のようだ。
それはともかく、セフィーアはピノをヴィアード達の上空で旋回させながら、このまま大人しく帰路に着くべきか、或いは討伐すべきか迷っていた。
彼女も冒険者に成り立ての初心者である為、こういう事例に遭った場合の対処法を心得ていない。
「ところで、あいつらって強いの?」
話題を逸らそうとしたのか、唐突に質問してくる聡一。まぁいつまでもイジメていては可哀想だと思ったセフィーアは、素直に問いに応じた。
「単体でE、集団でD。状況によってはBランクの冒険者でも苦戦する相手ね」
「ぬー……間違ってもG−が相手にできるような魔物じゃない……か」
顎に手を当てながら考えるそぶりを見せる聡一。自分が彼女に"弄られていた"とは露知らず、内心で「機嫌直してくれてよかった~」などとホッとしているのは内緒でもなんでもない。
「でもなぁ……冒険者稼業初仕事でいきなり出鼻挫かれるっていうのも癪過ぎるでしょう?」
つまらない憂いもなくなり、聡一はようやく真剣に仕事に意識を向ける。
幸い、ヴィアード達は少し遅めの朝食に夢中になっている。今なら大した苦労もなく斃せる自信があった。
「まぁあいつら放置したらもっと被害が拡大するだろうし、ここはいっちょやりますか」
「狩るの?」
「狩る。フィーア、あいつら目掛けて突っ込むようにピノを降下させてくれない?」
「ん、わかった」
セフィーアはピノを一度大きく旋回させて距離をとると、ヴィアード達に向けて直進させつつ降下させた。
降下に伴う速度の上昇により、ぐんぐんとヴィアード達の姿が近づいてくるに従って、耳元で唸る風切り音に負けないくらい聡一の鼓動も高鳴っていく。
ギュッと、服の上から胸を押さえつける。
これから自分は、あのトカゲ達と命を奪い合う。そう考えると、緊張から身体が震えた。武者震いだと豪語したいが、若干の恐怖心もあることは認めなくてはならない。
この世界では既に一度やり合った経験があるが、その時の相手は人間で、相手を殺す気などなければ、相手も剣こそ抜いたもののこちらを殺すといった気概は見受けられなかった。
元の世界にいた時だって、命を奪う存在といったら邪魔な小虫、蚊、G幼生体と成体くらいで、間違っても人並みの大きさを持つ生き物を殺した覚えなどない。
でも、この世界では人外との命のやり取りが極当り前で。
それらから身を守る為にこの防具を着込んでいて。
それらを屠る為にこの両手剣を買ってもらって。
――たかがデカいトカゲ6匹程度に怯えていては、元の世界に帰るなんざ夢のまた夢。
ピノに乗って近づいてくる聡一とセフィーアの存在に気付いたヴィアード達が齧り付いていたガーモの肉を放りだし、慌てて武器を抜き放って臨戦態勢をとるが……遅い。
狙いは進路上に展開しているヴィアード2匹。聡一はピノから飛び降りると、ブーツで地面を削りながらツヴァイハンダーを抜き放ち、鞘を放り投げた。
セフィーアはピノの背に乗ったままツヴァイハンダーの鞘を受け止めると、そのまま上空へ飛翔する。
聡一は慣性の法則で生まれた圧倒的な速度をなるべく殺さないように気を配りつつ、絶妙な身体バランスで姿勢を制御しながら腰を無理矢理捻る形で全身を回転させる。
想像以上の速さで間合いを詰められ、慌てて左右を挟むように武器を振りかぶってくるヴィアード達の間をすり抜けながら、遠心力を上乗せした右回転の斬撃を見舞った。
幅広の刃が左側にいたヴィアードの首に吸い込まれていき、肉と骨を断つほんの微かな感触が掌に伝わってくる。
豆腐を切ったような手応え……とまではいわないが、到底首を斬ったとは思えないような抵抗の無さだった。
一流の職人が手掛けた自慢の両手剣は、使い手の実力を貶めることなく、忠実に役割をこなしてくれたらしい。
――まるで壊れた人形のように、呆けた表情を顔面に張り付けたまま、重力に従ってヴィアードの首がポロッと地面に落ちる。
「――ッ!!」
その光景を視界の端で捉え、喉元に酸っぱい液体が込み上げてくるが、今は悠長に吐き気を催している場合ではない。
隙を見せれば、こちらの首が失われる。
聡一は"死にたくない"という恐怖で自らを追い込むと、1匹目の首を刎ねた勢いのまま両手剣を滑らせ、右後ろから振り下ろされたファルシオンを弾いた。
――鼓膜を直に叩くような、甲高い金属の衝突音が木霊する。
血で錆びついた刃の軌道を逸らしたところで、相手の右手に握られている柄の頭を蹴りあげる。
まるで掌から逃げだすようにファルシオンが上空へ弾け飛んだ。
自らの生命線である武器を手放してしまうという予想だにしなかった展開に思考が追いつかないのか……宙を舞う剣の軌跡をただ目で追うしかできないヴィアードがみせる、愚かなまでの隙。
それを見逃さなかった聡一は、ツヴァイハンダーを握っていない左手で、無防備な首に掌底を叩き込んだ。
――ボギッ
と鈍い音が相手の首から発せられた。
根元からはち切れんばかりにヴィアードの頭部が明後日の方向へ曲がる。
「え?」
思わず息を呑む。
決して全力で打ったワケではない。
喉を叩き、呼吸困難に陥らせ、動きを止めようとしただけだった。
だが、聡一の腕力は相手の首を軽々とへし折ってしまった。
命のやり取りによる緊張から力加減を誤ったのか、それとも、自分の力を把握し切れていなかったのか……。
重い思考に意識を束縛される前に、聡一は脚に力を入れて真っ直ぐに駆け抜ける。
土埃を撒き散らしながら迅雷の如き速さで3匹目のヴィアードに肉薄した聡一は、その醜い顔面に盛大な飛び膝蹴りを見舞った。
右足の膝小僧に受けた鈍い衝撃を無視し、さらに靴底で顔面を砕くように踏みつけて追撃と跳躍を同時にこなす。背中から地面に叩きつけられるヴィアードを踏み台にしながら空中で前転すると、後ろで身構えていた4匹目を頭から両断した。
左右に分けれて崩れ落ちるヴィアードから剣を引き抜くと同時に左側面から投げつけられた短剣を人差し指と中指で挟んで止め、激昂しながら駆け寄ってくる5匹目のヴィアードの右脚にお返しとばかりに投げ返す。
関節の僅かな骨の隙間を縫うように放たれた、絶技ともいえる投擲。
狙い過たず、右脚の間接に短剣を深々と突き立てられたヴィアードは絶叫を上げながら転んで悶絶する。
聡一は無言のまま、のた打ち回るその背中を無情にも刺し貫いた。
『ギァァァ……』
力無く悲鳴を上げた後、ぐったりと動かなくなるヴィアードを冷たい眼差しで見つめる。
それで色々と吹っ切れたらしい聡一は凄まじい腕力を駆使し、地面に擦らせるようにしながら遺骸を宙に持ち上げ、勢いを加速させつつハンマーのようにして自分の真後ろへと打ち下ろした。
聡一の後ろからファルシオンを振り下ろそうとしていた6匹目のヴィアードは、剣に突き刺さったままの仲間の骸に無残にも叩き潰される。
鳥肌が総立ちするような生々しい音が木霊し、顔面にどす黒い血飛沫を浴びながらも聡一の動きは止まらない。
身体を貫かれ絶命したヴィアードの屍を刃にくっ付けたまま、力任せに左斜め上方へと振り抜いた。人間の矮小な体躯からは想像もつかないような膂力で振るわれた剣は、哀れな屍を山道脇の岩盤上部へ叩きつける。どれほどの力が炸裂したのか、その遺骸は岩にめり込んで張りついたまま落ちてこなかった。
最後に、顔面に蹴りを受けて未だ足下で昏倒しているヴィアードの喉に剣を突き立てて、トドメを刺した。
「ふぅ」
ビクッビクッと身体を痙攣させながら息絶えるヴィアードがついに動かなくなり、辺りに死の静寂が訪れる。
岩盤に叩きつけたヴィアードから少し焦げくさい臭いが漂ってくるが、最早気にする必要もない。
聡一は激しく鼓動する胸を落ち着かせるように押えると、死体から剣を引き抜き、思い切り振るって刃にこびり付いた血糊を吹き飛ばした。
上空でキャッチした両手剣の鞘を胸に抱きながら一連の戦いを見守っていたセフィーアは、一方的な殺戮が終焉を迎えると同時にゆっくりとピノを地上に降下させる。
そして、静かな口調で言った。
「お疲れ様、ソーイチ」
セフィーアはその華奢な手に握られた薄緑色のハンカチで、聡一の顔に付着した返り血を拭う。
「ありがと」
少し照れながらも、抵抗することなくされるがままに彼女に顔を吹かれつつ、自分は鞄から取り出した布で剣を拭った。
それから、差し出された鞘を受け取って剣を納め、ヴィアードの亡骸から討伐した証拠の品となる物を頂戴した……震える手を必死に動かして。
それに気付かないほど、セフィーアは鈍感ではない。
軽い口調でおどけてみせながらも震える右腕を必死に押さえつける聡一の肩にそっと手を置こうとして――唐突にその手を払われた。
「――ッ!」
「ソーイチ!?」
彼女の手を振り払った当の本人は安堵した為か急激に猛威を奮ってきた吐き気に圧し負かされ、逃げるように山道の端まで駆けると、苦しそうに胃の中の物をぶちまける。
セフィーアは慌てて聡一の元まで駆け寄ると、優しく背を摩ってやった。
「ゴ、ゴメ……うぐっ」
「………………」
セフィーアは何も言わない。ただ、その瞳に過去の自分を映しながら、聡一が落ち着くまでその背を摩り続ける。
――その後、しばらくしてなんとか落ち着いたらしい聡一は、どこかぐったりとしながら自嘲気味に呟いた。
「君を護るとか言っておきながら、当の護衛役がこれじゃ救いようがないね……」
力無く項垂れながら、顔を隠すようにして自分の繊細さ加減に幻滅する聡一。
彼の気持ちが痛いほど理解できるセフィーアは、ただ一言……優しく微笑みながらこう言った。
「――帰ろ?」
補足:冒険者のランクを示すパターンとして、アルファベットが前に来る場合(例:Gランク)、その人物はG-,G,G+の何れかに分類されるという意味で使われます。
逆にランクGといったように、アルファベットが後ろに付いた場合は、G-,G.G+といった格付けの中でその人物は中間であるGであることを表します。
すなわち、アルファベットが前に付くのはそのカテゴリー全体を意味し、アルファベットが後ろに付くのは個人の詳しいランクを示す、ということです。
モンスターの場合はランクではなくクラスですが、考え方は上記と全く一緒です。