1話 転移!
気づくと俺は何もない真っ暗な空間の中で、1人、棒立ちしていた。
いや、足下にも何もないので棒立ちすらしていない。
宙に浮いている。
どこだよここ。
「うわーお、やっと目、覚ましたのねーん? 澤村蒼翔くーん?」
ふざけた男性の声が脳内に響いた。
ささやかれるより気持ち悪い感触だ。
「誰だ、お前?」
「私に名前はないよーん。まあ強いて言うなら『ゲームマスター』かなーん」
ゲームマスター?
まあ普通の人間ではないことは予想していたが、『ゲームマスター』か。
こいつは何をしたいんだろう。
「『ゲームマスター』ってなんのゲームのだ?」
「それはさっき君がやろうとしてたゲームだよーん」
さっきやろうとしてたゲーム?
……あ、そうか。
俺はここに来る前のことを思い出した。
俺は高校2年生であり、明日は期末試験の最終日だった。
それにもかかわらず、何が吹っ切れたのかは分からないが、新しいゲームを買ってきてしまった。
そう、それでそのゲームにログインしようとしたのだ。
そこまでは覚えているということは、ログインした後ここに来たのだろう。
これってVRMMOみたいなゲームだったのか。
知らなかった。
「思い出したようだねーん? そう、私は『トキメキ! 王子様とk「それ以上は言わなくて良い!!!」
あぶねー、そうだ、そうだった。
俺は人生初の乙女ゲーをやりたすぎて、期末試験中なのに我慢できなかったんだ。
いや、ここには誰もいないんだから最後まで言わせても良かったんだが……
ちょっと恥ずかしいだろ。
『トキメキ! 王子様と結婚しちゃおーん!?』なんていうタイトルは。
っつーか語尾こいつと一緒じゃん!!
「あ、じゃあお前は『トキおけ』のゲームマスターなのか」
「『トキおけ』ーん? あー、恥ずかしいから略したのねーん?」
「うるさい!! ……それで? なんで俺はこんなとこにいるんだ? 早くゲームがやりたいんだが」
「ごめんねーん。でも君にはゲームをさせられないねーん?」
「は? どうしてだよ! こちとら金払ってんだよ!!」
何ふざけたことを言っているんだ。
ちゃんと新品のを3000円で買ったんだ。
高校生には手痛い出費だぞ?
「だからごめんってーん。でもこのゲーム内の悪役が活躍しすぎててねーん、ゲームバランスがおかしくなっちゃったんだよーん」
「お前のミスじゃねーか。じゃあメンテナンス中ってことだな?」
「いや、君にメンテナンスをしてもらおうと思ってねーん」
「いや職務放棄じゃねーか!!」
「君には王子としてゲームの世界に入ってもらうよーん。ミッションはただ1つーん。『悪役令嬢を追放して、正規ヒロインと結婚すること』だよーん。それじゃあ、良い旅をーん!」
「ちょ、ちょいまて!!」
「あ、まずは自分の部屋で説明書を読んでねーん」
「おい! 待てコラ!!」
そう言ったが遅かった。
安っぽい機械音と共に、段々と体がなくなっていく。
突然に、爆速で視界が前へ前へと進んでいく。
まるでトンネルのように眩しく光る出口へと、視界は進んでいった。