8. レアルートとギャップ担当
「いやあ、追試合格してよかったわー!」
「アクア先生はお絵描きに夢中だったけどね」
「やっと俺の指導の時間が戻ってくるな」
「アクア先生は俺とキモカワイラスト描くんだよなー!」
……うん。なんか各々自由なこと言ってるけど、とりあえずこれどういう状況。
私が先頭を歩いて、隣にはヒロインのエリスがいて、後ろには本来あまり関わらないはずの攻略キャラのレオンとテラ。
生徒たちに好かれているのは嬉しいんだけど……ゲームは全然正しく進行していない。
いや、いつも私がイベント中に割り込むのがいけないのよね、ごめんよレオン、テラ。
通常ルートのみなさまに頑張ってもらわなくちゃ。こんなに顔整ってるんだし、みんなエリスと仲良いしなんとかなるでしょう。
そう思いながら廊下を歩いていると、レヴォルの後ろ姿が見え、私は声をかける。
「レヴォル様」
「ああ、アクア。どうしたの」
レヴォルは振り返るとふわっと笑った。相変わらず美形な顔。
「エリスが追試合格したんですよ……ってお話中にごめんなさい」
レヴォルの背で見えなかったがどうやら小柄で少年らしい生徒と話をしていたようだった。白髪に灰色の瞳が綺麗。
「彼に生徒会長を任せようと思っていたんです。成績も非常に優秀で」
「ノーマン・ブランシュと申します。アクア先生の講義はいつも楽しく聴かせていただいています」
ノーマンはそう丁寧に頭を下げた。溢れ出る優等生オーラに私は納得していると、ノーマンはエリスの方を見る。
「それに……君は噂の特例入学の子だね。話してみたいと思っていたんだよ」
微笑んだノーマンにエリスも頬を少し赤らめる。今までレオン、テラと見てきたけど1番好感触かも。
「……先生方、また後でお話しましょう。君は僕とこちらに来てくれるかな」
エリスは困ったように私を見たが、私は「行ってきたら?」とエリスの背をからかうように押した。
エリスとノーマンが歩いていく姿を眺めながら私は目を瞑って、うーんと唸る。
「どうかしたんですか?」
レヴォルに尋ねられ、私は首を傾げたままレヴォルに返答する。
「さっきのノーマンって初めて会った気がしなくて」
「まあ、見たことはあるでしょう。彼もエリスと同じくらい君の講義に出ているみたいですし」
「……私の講義に」
私の講義は水魔法に関する内容が多いが……エリスはほぼ毎日のペースで私の講義に出席している。
このままでは授業回数をカンストしてしまいそう。
ん……? カンスト……?
そこまで考え、一つ思い当たった。
「レオン、テラまた後でね。レヴォル様もまたお話ししましょう!」
そう私は手を振って駆け出した。
「あー、おいどこ行くんだよ!」
「アクア先生、ほんと自由で面白いなー」
ぷりぷりするレオンと笑いを堪えるテラを見てレヴォルは呆れまじりにため息をついた。
「全く……これだから君は」
レヴォルはそう呟いてから青い髪を揺らして走る令嬢を追いかけて行った。
2人が入っていった談話室の扉にべったりと張り付いて隙間から様子を伺う。
ノーマン・ブランシュ――3人目の攻略キャラ。
あんな美形が攻略キャラじゃないわけがないよね。
少年のような可愛らしい見た目の割にキレ者、ゲス顔が似合うと『ラブソルシエール』のギャップ担当と呼ばれていた。
通常、ノーマンはヒロインを心よく思っておらず冷たく接する。だから最初から優しげで優等生オーラを放つ彼に気が付けなかった。
そしておそらくこれは唯一最初からヒロインに友好的なノーマンルート。何回もプレイした私でも1、2回しか行けなかったレアルート。
その条件は第2イベントまでに水魔法の授業回数をカンストさせること――
「盗み聞きするほどノーマンくんに入れ込んでるんですか?」
「ひぇあ!」
咄嗟に口を塞ぎなんとか叫び声は漏れずに済んだ。「急にびっくりさせないでください」と言いながらすぐさま覗き込む。部屋の中ではノーマンがエリスに紅茶を出しているらしかった。
「入れ込んではないですけれど……生徒会にメンバーが増えるかもしれませんよ」
私は不思議そうなレヴォルに耳を扉につけるよう促す。
部屋からはノーマンとエリスが話す声が聞こえる。
「……僕も水魔法は1番の得意な魔法なのだけれど。でも魔力のない君が水魔法に関してはトップレベルの成績を修めていることには驚いたよ。これも……あの興味深い講師のおかげなのかな」
「アクア先生は優しくて綺麗で、魔法も凄くて! ビビをもふもふしているときなんて天使ですよ、天使!」
なんで2人で私の褒めちぎり大会やってるの……
あれ、これこんなイベントだったかな。これはエリスが才能を認められてノーマンから生徒会に勧誘されるイベントのはずなのに……講師について語り合うシーンなんてあったかな。
だんだん恥ずかしさでいっぱいになっているとレヴォルがぼそりと呟いた。
「……君は人を魅了する才能でもあるんですか」
「そんなの、ない……と思いますよ」
「まあ、1番魅了されているのは俺なんですけどね」
レヴォルは私を愛おしそうな目で見つめ、それから髪に手を伸ばした。私の青い髪を弄ぶ白く男性らしい手指が色っぽくて私は思わず目を伏せる。
「アクアが楽しそうに過ごしているのを見てほっとしているんです。でも愛らしい君に俺は自分を制するので、精一杯なんですよ」
レヴォルはそう小さな声で言う。
なんだろう、なんだかこの感じ前にも……
「あの、前にどこかで……」
そう言いかけた途端、部屋の扉がバンッと開いた。
ノーマンとエリスは少し不思議そうに私とレヴォルを見る。
講師が生徒の前ではしたない! と言い訳を考えていると、ノーマンが口を開いた。
「アクア先生、レヴォル先生と一緒に生徒会の顧問をお願いできませんか」
「……せ、生徒会の顧問?」