7. 追試とやんちゃ男爵子息
「やっぱりエリスは追試だったかあ……」
私は廊下に張り出された試験成績の順位を確認して改めてゲームの強制力に驚かされていた。あんなに勉強をしていたエリスが赤点を取るなんて正直ありえないんだけど……
「一位は……アンバー・グランツ、ね」
ぼそりと呟いて、私は再びゲームはシナリオ通りに進んでいることを思い知らされる。
アンバー・グランツ――今作の通常ルートでの悪役令嬢。
公爵家の一人娘として礼儀作法、気品、魔力の高さを誇るプライドエベレストな令嬢としてヒロインの前に現れる。どうやら『ラブソルシエール』の悪役はいじめなどをするようなタイプではないらしい。
ヒロインの前に現れるのはだいぶストーリーが進んでからだったように思うが、私としては彼女にも悪役になんてなって欲しくないから早く見つけ出したいところ。
それより、まずは第2イベントの様子をチェックしなきゃ。ヒロインが追試決定した今、まさにイベントが進行中だろう。
私は教室を順に覗きながらエリスがいる部屋を探すことにした。
「ここは、そうやって解くんだよ」
「なるほど! 解けた!」
教室に入ろうとドアの取手に手をかけたところ、そう声が聞こえてきた。
そこは偶然にも私が次講義を行う教室。
どの道入らなければいけないし、様子も分かりにくいということで私は思い切ってドアを開けることにした。
「アクア先生ー」
ドアを開けるとすぐエリスが「追試になっちゃいましたー」と泣きついてきた。「残念だったわね」と慰めながらチラリと奥に目をやる。
そこにはレヴォルでもレオンでもない別の青年が座っていた。
栗色の癖がかった髪。エメラルドみたいな瞳。
彼は、テラ・スコット――2人目の攻略キャラである。
男爵家の長男だが、平民同様に育っているため明るくやんちゃでヒロインとも仲がいい。
その純真無垢な性格に惹かれた女性ファンも多い。
しかし今度はテラルートに進むなんて……もしかして逆ハーになってしまうんじゃ……
そう不安に思っていると。
「アクア先生、でしたよね!」
テラがにっこにこの笑顔を私に向ける。
「俺、テラ・スコットっていいます。エリスちゃんから話聞いて先生の講義受けたいなーって!」
「え、すごい嬉しい!」
いつもわーって喋って世間話して、魔法ちょこっと見せてという感じで講義をしていただけだけど、そんな風に褒められると嬉しくなってしまう。あっという間にさっきまでの不安も消え去って私はテラに笑顔を向ける。
すると、エリスが私の腕をちょいちょいとつつく。
「今、テラに勉強を教えてもらっていたのですが……先生にも教えて貰いたいなあって」
ヒロイン特有の潤んだ上目遣いでそう言われたらもう断れない。攻略キャラが落ちてしまうのも納得だ。
「ええ、私でよかったら。一緒に合格目指して頑張りましょ! そうだわ、テラも手伝って頂戴」
「いいっすよー。俺も赤点ギリギリだったんで。一緒に頑張ろーな!」
「うわあ、嬉しい! 心強いです」
私とテラにエリスはそう微笑んだ。
そして同時にテラの次の追試回避という新たな問題が発覚したのだった。
「今日は追試……エリス、大丈夫かしら」
「俺と先生があんなにつきっきりになって教えたんだから大丈夫だと思いますよ」
私は談話室でため息を大きくつく。追試はその場で合否が分かるためテラとその感動を分かち合おうとエリスを待っているのだ。
まあ、まさかエリスが火、水、雷、風、土からなる5大魔法も知らないとは思わなかった。一体、何を勉強していたのか謎だ。
私はチラリと向かいに座ってあくびをするテラを見る。
「テラがいてくれて助かったわ」
「俺? 何かしましたっけ」
「ええ。エリスがゆっくり理解できたのはテラがゆっくり分かりやすく教えてくれたからだと思うわ」
テラは赤点ギリギリと言いつつも、そこはやはり乙女ゲーの力なのか理解力が高く、大抵のことをすぐ理解していた。加えて説明がとても上手だった。
「やればできるんですよ」
にしし、と得意げに笑ってテラは「ちょっとバカにしてたでしょ」と頬を膨らませた。
「じゃあ、俺もあれ、ほしいなー」
「……あれ?」
テラは「これですよ、これ」とポケットに手を突っ込むと四つ折りになった紙を取り出した。それは、私の講義で出る課題プリント。しかもエリスのやつ。
「課題がほしいなんて変わってるわね」
「違います! これっすよ」
テラは紙の端っこを指差す。そこには私が描いたキモカワイラスト。花の中央に顔があるが真ん中によった何とも言えない顔をしているカオスな絵である。
「エリスちゃんがお気に入りだって見せてくれて。なんか癖になりそうなイラストというか」
勉強で疲れているだろうし、くすっと笑ってくれればと私の講義を受けている生徒に書いているものだ。それにしてもこんな絵がお気に入りだとは。
「俺も書いてみようかなー」
テラはペンとメモ帳を取り出すと躊躇なく書いていく。
そして……思った以上にカオスな絵が出来上がった。
「かなりの再現度ね」
「でしょ、俺もびっくりしてる」
「まって、本家を見せてあげるわ」
私はテラからペンを受け取るとサラサラとキモカワキャラを描いていく。
「ぶっふ……ムリ、腹が死ぬ」
「……もっと描いてあげる」
テラがお腹を抱えて笑うので私は面白がってメモをそのカオスなキャラで埋め尽くしていく。
「アクア先生ー、テラー、合格したよ! ……え?」
ドアをガラッと開けてエリスは首を傾げた。
エリスの目にはひーひー、と息をしているテラと笑い転げる私という異様な光景が映っている。
「あれ、2人とも私の合格報告を待ってたんだよね……?」
エリスは不思議そうにそう呟く。
その後、談話室での笑い転げる生徒たちと講師の姿はちょっとした噂になったらしい。