5. 初授業とツン甘王子
第二王子レオン・ウィンスレット――ゲームの中で1番人気のある王道タイプの攻略キャラ。
始めこそ魔法を使えないヒロインに素っ気ない態度をとるものの、次第にヒロインの優しさに触れ、打ち解けていく……というのが大まかなレオンルートであるが。
レオンが人気の理由は何たってそのツン甘な性格にある。好感度が上がってきた中盤の頃の照れ方にめったうちにされた女性ファンは数知れず……
そんな風にによによしていると「講義始めないんですか」という声が聞こえ始めた。
まずいまずい、私は今先生なんだからしっかりしなきゃ。
それにしても壮観だ。一度は見たことがあるようなキャラが一堂に会しているとファンとしては感動でいっぱいになる。
それに、エリスが5列目、レオンが4列目に座っている。席までゲーム通りなのは驚きだけど、先生は果たして私だったかしら。
何にせよ、エリスは今回レオンルートへと突き進んでいるらしい。レヴォルじゃなくてほっとした。
私は軽く挨拶をし、それから私の講義は主に水魔法を教えることを伝えた。私が担当することになっている講義は基礎の魔法が多い。中でも水魔法は基礎ながら、応用にも転用可能な優れた魔法だ。
幸い、前世の私の頭の悪さはあまり影響はされていないようだった。本当によかった。
チラリとエリスとレオンの方を見る。
確か、ゲームのハウトゥーを説明した後、第一のイベントが発生する。今から、私がそのイベントを発生させるのだ。
「はーい、では近くの人とペアになって、挨拶をしてくださいねー」
にこにこっと笑いながらも私はヒロイン、エリスとレオンの様子しか眼中にない。
初授業時のキャラがレオンだった場合、最初の出会いイベントで会っていれば「……この前の」となるのだが、今回は2人が出会うのは初だからまた違う会話のはず。
あ、2人がペアになった。何か話してる。うわぁ、何会話するんだっけ、気になる……
楽しそう……にはあまり見えないものの会話はしているようだ。おそらくレオンがお得意のツンを発揮しているのだろう。
そう覗き込みながら思っていると。
エリスがわっとこっちに笑顔を向けながら走ってきた。
「アクア先生ー! 私が先生のことお話ししたらウィンスレット様が、お話をしたいと……」
「……はい?」
どうしてそうなった、何を話したのエリス。
いやね、レオンは私に危害を与えてくるわけではないけれども! それでも攻略対象と話すのって結構心構えが必要っていうか……
そううだうだと心の中で言い続けていると。
「おい、アンタ、話聞いてんのか」
「ふぇ?」
気持ち悪い声が出てから我に返ると、目の前に腕を組み呆れたように立つレオンの姿があった。
ゲームで見たよりも整った顔立ち。割と体格もよく運動神経もいいことが伺える。
「聞いてるわ。どうしたの。あと……私は一応講師だからね」
「だからアンタに聞こうとしてるんだろ」
口の利き方が悪いわよ、と遠回しに伝えたつもりだったんだけど。
私、一応20歳よ? 第二王子といえども4歳は上よ?
ぐっと堪えて私は「何を?」と尋ねる。
「その、コイツから聞いたんだよ。アンタの水魔法がすごかったって」
ふんっと顔を背けつつ言うレオンは可愛げがある。エリスは「本当にすごいんですからね!」と念を押す。
そんなにすごかったかな、と思い返すが、突発的に出た魔法なんだからなんとも言えない。
「だから、俺にも見せろ。放課後、中庭で。アンタが手を抜かないように一度アンタの魔法を見た証人としてコイツも連れて行く」
「またアクア先生の魔法を見られるなんて嬉しいです」
「ということで決まりだな」
終始不機嫌のままレオンは席へ戻って行く。
あれ、本来ならエリスが「一緒に頑張ろうね!」とか言って攻略対象をドキッとさせるイベントじゃないんですか。なんか面倒そうなことに巻き込まれたな……
というか、なぜ私の話をしたんだエリス……
怒濤の勢いでその授業もその後の授業もやりきり、半ばヘロヘロ状態で私は中庭へと向かう。
中庭へ着くともうレオンが仁王立ちしていて、エリスはふふふとご機嫌そうにその隣に立っている。
うーん、もう攻略しつつあるのかな、とゲームにはない展開に戸惑いながらも私は「待たせてしまってごめんなさいね」と言った。
「じゃあ、さっそくやってくれ」
「そんな雑な感じなのね……」
うーんと唸りながら私は手を軽く握って開いてを繰り返す。
あの時は、エリスを助けたい一心だったからなあ。どこに向かって放てばいいかもわからないし……
せめてターゲットがあれば、とキョロキョロと辺りを見回す。すると。
ぷぅぅん………
耳元で微かに聞こえたモスキート音。そして思わず。
「ぎやぁぁあ!」
虫を払い除けるのと同時に、水魔法発射。
逃げた虫と虚しく宙を舞う水。勢いだけは強かった。
ああ、恥ずかしすぎる。
「ぷっ……あはははは!!」
「アクア先生可愛いー!」
聞こえてきた大笑いに顔を向ける。レオンは腹を抱えて笑い転げ、エリスは可愛い可愛いと連呼しながら笑う。
「ごめん、次はちゃんと……」
「いや、ふっ……いいよ、もう」
「え、待って、初っ端から生徒に嫌われたくないわよ?」
「いや、そういう意味じゃないし」
穴に入りたいくらいの私に、レオンはそう言う。キョトンとする私にレオンは続ける。
「決めた、これから俺に魔法の指導をしてくれないか」
「え? 何にもかっこいいところ見せられてないわよ?」
「十分。それにアンタの水魔法のおかげで芝生も元気になるだろ」
「確かに、あんな遠いところまで水が届いてますよ」
私が水を発射したところは確かに日の光に当てられてキラキラしている。それはもうすごい遠くまで。
そんな理由でいいの、と思ったけどなんだかほんわかした気持ちになって私も思わず吹き出してしまった。
「分かったわ。でもビシバシ行くから覚悟しておいてよね」
レオンはこくんと頷く。私はあっと声を上げると付け加えた。
「それと、私は講師なんだからね。嫌な気分になる口の利き方はしないこと。まあ……だからといってかしこまる必要もないけれど」
「分かった。じゃあ、アクアでいいか」
「え、それもどうなの」
まあ、いいか。アンタよりは全然いいと思う。
それに、講師として頼られるというのは、存外悪いものじゃない。
「私もアクア先生に教えてもらいたいですー!」
エリスにも言われ、「いいわよー」と笑う。
レオン・ウィンスレット――ツン甘だけど可愛げのある生徒ができた。




