4. 溺愛ティータイム
…………どうしてこうなった。
ゲームで見た薔薇が美しい庭園で、ティーセットが置かれたテーブルを挟んでレヴォルと向かいあっている。
「アクアはそのお菓子が好きなんですね」
「え?」と手に持ったチョコクッキーに視線を落とす。
これはレヴォルが用意したものだ。サクサクしっとりな食感がクセになる。
「さっきからそればっかり食べてるなあって。好きなら送りますよ」
私はレヴォルから目を逸らさずにそのままクッキーをもしゃもしゃと頬張った。
クッキーは……ほしい。
悪い人、という感じはあまりしないけれど、出会ったばかりの女性にしつこく求婚をするなど十分変質者に思える。先程のヒロインへの対応を見てもまだ好意を感じられるほどではないし……
「なぜ私と婚約したいのですか?」
気がついたらそう1番の疑問が口をついて出ていた。
レヴォルは一瞬キョトンとしてから、口角を上げる。
「する気になりました?」
「いいえ、なってませんけど。だって初めて会いますし、私なんて婚約破棄はされ、魔法省は追放されの何もない女ですよ? レヴォル様は侯爵家の当主様でいらっしゃいますし……」
「君は何も分かっていませんね」
レヴォルは私の言葉を遮ると椅子からガタリと音を立てて立ち上がった。そして私の頬にするりと手を伸ばす。
「……そんなに身構えられると悲しくなります」
反射的に身構えていた。でも自業自得といえども、未来で破滅する要因になる人物なのだから警戒して当然……そう思うが、レヴォルが本当に苦しげに眉を下げているのを見て私は思わず、
「友達から、始めませんか」
と声を上げていた。言った後なんだそりゃと恥ずかしさでいっぱいになった。
一体どんな反応をしているのだろうとチラリとレヴォルに目を向けると、彼はその赤いルビーのような目を細めて、微笑んでいた。
「友達、なりましょうか。アクアに少しでも近づけたようで嬉しい」
なんでこうも甘いセリフが言えるの……私は思わず顔を赤くしてしまう。レヴォルはそんな私を見てくすっと笑ってから耳元で囁く。
「これは効くんですね……俺の声が好きなんですか?」
「もう……恥ずかしいのでやめてください……」
「ふふ、可愛い反応ですね。アクアは俺の声が好き……と。いいこと知りました」
吐息まじりの、ゲーム越しに何度も聞いてにやけが止まらなかったイケボを聞き続け、私の耳はもう限界だった。
レヴォルは上機嫌で私の様子を眺めると、やっと耳元から離れてくれた。
「じゃあ、これから “友達” としてよろしくお願いしますね」
「絶対意味分かってないですよね……」
呆れて呟く私にレヴォルはさあ、というように首を傾げる。確信犯だわ、あれ。
「あ、俺の部屋にクッキーを用意しておくのでいつでも来てくださいね」
帰り際、振り返ってそう笑うレヴォルを私はじっと見る。それから手元のクッキーに目線を落とす。
一回くらい、行ってもいいかな…………
次の日。ゲームだとヒロインの初授業、ゲームの進め方を説明してくれるイベントが存在している。
『ラブソルシエール』は様々な分岐点が存在している。キャラごとに設定された条件を満たしていく必要があるのだ。条件は主に授業でのレベルアップ、ビビの好感度だ。つまり、ずっと同じキャラのルートを進んでいくわけではないのだ。
だいたい出会いイベントで出会ったキャラが出てくるのだけど……
そこまで考えて、私は今更ながら気がつく。
出会いイベント、ヒロインを助けたのは私だけど、その直後に現れたのはレヴォルだ……!
え、もしかしてさっそく破滅ルートを突き進んでいるのかな……!?
いやあああ、と悲鳴を上げそうになっていると。
今度は目の前に映った人物に思わず目を凝らした。
淡い金髪に、青の瞳。
あれは、攻略対象、第二王子レオン・ウィンスレット……!
そして彼はふいっと教室へと吸い込まれていく。
――今から私が講義をする教室に。