3. ヒロインと出会いイベント
「俺と婚約しませんか」
「…………はい?」
予想の斜め上を行く言葉に私は間の抜けた声を出して固まった。それでも返事を待つレヴォルに私は言う。
「……その、それはお断りさせていただきたく……」
「なぜですか? 君は婚約していないはずでは」
なんでそんなこと知ってるの……と疑問を抱きつつ、私は「そうですが」と渋って見せる。
私、あなたに全然興味ありませんよーー。ヒロインとの仲を裂こうとなんて思ってないですよーー。
心の中で必死にそうアピールしながら断り続けていると、レヴォルは「じっくり俺のこと好きにさせてあげますね」などと恐ろしいほどの美しい笑みを浮かべて、全く懲りない様子で去っていった。
「さっそく破滅しそう……」
私はあてがわれた講師寮の一室ではは、と乾いた笑みを浮かべていた。
ゲーム中、アクアとレヴォルが話しているシーンはあまりない。隠しルートでもレヴォルはアクアに興味なんてなさそうだったし、アクアの一方的な片思いという感じだった。
だとしたらさっきの求婚は何?
まさかあれでアクアはレヴォルに恋するはずだったのかな。でもレヴォルは隠しルートでヒロインに「俺が初めて恋したのは君なんです」とか言ってヒロインしか眼中になさそうだったし、かといって遊び人というわけでもないだろう。
「考えても仕方ないか……」
アクアは大きくため息をつく。もしかしたらシナリオ通りというわけではないのかも。何にせよ、気を付けないといけないことに変わりはないけれど……
とにかく、明日からゲームはスタートする。ヒロインたちの動向をチェックしなくちゃ。
ゲームのスタート画面みたいにうららかないい天気。
入学式を終えて、私はあくびを噛み殺しながら中庭の方へと歩いて来ていた。
ゲームはヒロインが羽の生えた白猫ビビに懐かれるところからスタートする。確か、怪我をしたビビを手当てしてあげたことがきっかけだった。ビビはもちろん、魔法動物に懐かれることは珍しい。そのためヒロインは保護や研究も兼ねて魔法学園に特例で入学するのだ。
確か、ヒロインは大きすぎる学園で迷ってしまい、入学式には来ないのよね。
だとしたら、この辺りで会えるはず……
「あなたみたいな魔法も使えない方が、この学園にいたら学園の品質が下がってしまうのではなくって?」
聞き覚えのある嫌みったらしい声に私は咄嗟に木の幹に張り付いて様子を伺う。
案の定、シナリオ通りというべきか、ブロンドの髪の少女を令嬢たちが囲んでいる。肩ほどのブロンドの髪、透き通る水色の瞳、肩に乗る羽の生えた白猫。
間違いない。彼女は『ラブソルシエール』続編ヒロイン、エリス・ブライア。
私はぐぐっと目を凝らしてエリスにつっかかる令嬢たちの顔を見る。本物の悪役(私)には及ばないパッとしない目つき。おそらくゲームにおけるモブ令嬢。
ではやはりこれは……出会いイベント、なのね。
広い学園内で迷い、辺りを見回すヒロインに噂を聞きつけいじめる令嬢たち。そこへ「何をしているんだ」と駆けつけるイケメン――
出会いイベントで出会えるキャラはランダムとなっている。私もなかなか全キャラと出会えなくて何度もやり直したものだ。ここで出会ったキャラのルートに向かう可能性が高くなるため私にとっては死活問題なのである。
さあ、誰がくるの……!?
しかし、こうして息を呑んで見ている間もエリスは罵詈雑言を浴びせられているわけで。
さすがに良心が痛むと思ったその時。
モブ令嬢その1が手を振り上げたのが見えた。
ビンタ!? それとも魔法を使うつもり!?
いてもたってもいられず飛び出し、水魔法を発射する。ばしゃあっと滝のような音とともに私はエリスの前に躍り出た。
「ちょっと何するのよ!」
「あなたたちこそ入学式で、しかも講師の前で一方的にいじめをするなんていい度胸ですね」
悪役顔で睨みつけるのはとても効果があったようで、ぐしょぐしょに濡れたモブ令嬢たちは青ざめてペコペコと謝りながら走り去っていった。
「次やったら退学よー」と面白がって言いながら私は振り返る。
目の前にものすごい整った顔。ゲーム越しに感情移入していた憧れのヒロインが私を見つめている。はわわと感動でいっぱいになっていると。
「あの、ありがとうございました! すごくかっこよかったです!」
「そんな風に言われると照れちゃうわね。無事でよかったわ、エリス」
にこにこと言うとエリスは「名前もう覚えてくださってるんですね!」と感心する。「まあね、私は先生だから!」と見栄を張ると、エリスはますます笑顔になっていく。
「先生、お名前を伺っても……?」
「アクア・ブラックベルよ」
「これから私頑張ります! よろしくお願いします、アクア先生!」
エリスは弾けるような笑顔でそう言う。ビビもにゃにゃーと嬉しそうに鳴く。
美少女ともふもふの猫最高すぎるわ……!
尊さに手を合わせそうになっていると。
「ああ、こんなところにいたんですね。会いたかったんですよ」
「げっ」
「げってなんですか、げって。傷つきますよ?」
にこにこと笑いながら私の元に近づいてくるレヴォルに私はじりじりと距離をとる。
「……お二人は、そのような関係なのですか? 婚約者、とか?」
探るようにエリスが言う。まって、さっそく修羅場とかやめて。
「ええ、そうです」
「いや、違うでしょう」
にこやかに流れるように嘘をつくレヴォルに思わずツッコミを入れる。しかしながら、不意をつかれ私はぐいっと抱き寄せられてしまう。
「その猫のことも気になるけど……君は明日から授業なのだろう? 寮に戻ったらどうかな」
「そうですね……では、また明日」
エリスはぺこりと頭を下げるとぱたぱたと歩いていく。そんな姿をすがるように私は見る。
この人と2人にしないでーー。
「アクアはお茶でもしましょう。俺と2人きりで」
「は、はいぃ」
2人で、と甘い声で強調され、私はたまらずうなずいてしまう。まあ、ガッチリと腰に回される手から逃れることはできなかったと思うけれど。