1. 元悪役令嬢、前世を思い出す
まさか、階段ですっ転んで前世を思い出すとは思わなかった。
私はベッドから体を起こすと鏡を覗き込む。
少しきつい目元、青い瞳。特に手入れしているわけでもないのにぐりんぐりんに巻かれた深い青の長い髪。
今までどうして気がつかなかったんだろう。
私が、前世プレイしまくっていた乙女ゲームの悪役令嬢アクア・ブラックベルだと――
前世の私は暇さえあれば乙女ゲームに明け暮れる女の子だったと思う。
そんな私がすごい勢いでやり込んでいたのが乙女ゲーム『ラブソルシエール』。正直ダサい題名だと手に取った時思ったが、ものすごい綺麗な作画とストーリー、そして魅力的なキャラに私はすっかり夢中になっていた。
内容はまあ、題名の通りだ。
舞台は魔法省。強い魔力を持ったヒロインは、数々の難しい仕事を攻略対象たちとこなしていく。
そんな攻略対象の1人、魔法騎士隊長も務めるジェード・イヴェールの婚約者として登場するのが私、アクア・ブラックベル。
伯爵令嬢であるアクアはヒロインと対等に渡り合えるほどの強い魔力と指導力をもつ完璧令嬢として立ちはだかる。アクアはヒロインに冷たく厳しく当たるのだが、ヒロインはめげずに頑張るのだ。
そしてヒロインが攻略対象と結ばれれば、アクアは魔法省から追放され、バッドエンドなら逆にヒロインの方が魔法省を去ることとなる。
まあ、私は今こうして隣国で過ごしている。つまりは物語はハッピーエンド、ヒロインたちは私を魔法省から追放することに成功したのだ。
正直、婚約者をぶん取るヒロインの方が今は嫌なやつに見えてしまう。私、そんなひどいこと言った記憶ないのだけど。それでも追放なんだから嫌になっちゃう。
婚約者が好きだったわけではないから、特に未練もなくすっぱり忘れて隣国でゆっくり暮らしているわけだし、ゲームはもう終わっているんだから今更心配することなんてないよね。
そんな風に前世を思い出してから数日経った頃。
私はいつも通り家のお庭のお手入れをしていた。
ちなみに、この家は「魔法省から追放されたのだから私は自由に暮らすわ!」と強情を張って家を出た私にせめてと両親から贈られた家だ。
前世ゲームに明け暮れていた分、今世では美しい中世ヨーロッパ風の自然を堪能しようと思う。私がいくら元悪役令嬢といえども、ここはあの憧れた『ラブソルシエール』の世界なのだから。
「ブラックベルさん、郵便ですよ」
不意にかけられた声に花から目を離すと、そこには配達員の中でも貴族級の郵便のみを扱う配達員が立っている。
また両親からかしら、といつものように過保護な両親からのメッセージを想像しながら手紙を受け取る。
そして手紙を開封した私はその思いもよらぬ内容に目を丸くした。
「魔法学園の……講師?」
私が今暮らすこのウィーン王国は『ラブソルシエール』の舞台となる魔法省があるオルタンシア王国よりも魔法が発達していない。そのため魔法の発達を目指して魔法学園を新設したという。
そしてそんな魔法学園に私に講師に来てほしいというのだ。
確かに、私のように高難度の魔力を使いこなす人は珍しいけど……前世勉強皆無な私に講師なんて務まるとは思えない。
しかしながら、ほぼ権力などない私にわざわざ来た手紙。断る事はきっとできない。
「なになに……学園にある寮で私も暮らすのね……学園の名前はウィリアルーンというのね……1ヶ月後から始業……じゃあきっと薔薇が綺麗に咲いているはず……」
そこまで呟いて、私は喋るのを止めた。
なんだか見覚えがある。
ウィリアルーンという校章も、薔薇の咲き誇る庭園も。
なぜだろうと必死に記憶を呼び起こす。
そして、私は悲鳴を上げたのだった。