16. 胸騒ぎ
「やめ……レヴォ、ル様……」
「やめない」
次々と落とされる甘くて深い口づけ。
レヴォルの胸板は厚くて私が押してもびくともしないし、そうしたら手首を固定されてしまい、何も抵抗できなくなってしまった。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
ジェードと話していたのがいけないのかな……ゲーム内にはこんなイベントなかったな……
そうぼんやりと考えていると、首筋をレヴォルの指が伝っていることに気がついた。私は思わず身をよじらせ顔を背ける。
「拒絶しないで。俺だけを見て」
レヴォルは泣きそうな顔でそう言うと私の頬に優しく触れまたキスを落とす。
「どう、して……?」
なぜこんな風に、と肩で息をしながら尋ねるとレヴォルは一瞬手首を拘束する力を緩めた。
「ジェードとなんて話さないでください。それに……俺にはアクアしかいないんです、だから……」
そう告げるレヴォルは嘘をついているようには見えなかった。
レヴォルのことは嫌いじゃない。ただ、ゲームではアクアには何も興味を示さなかった挙句、私をヒロインと一緒に消してしまうのに、と異なるストーリーすぎてもう整理がつかない。
「……っ!?」
首筋にチクリと痛みが走って私は小さく悲鳴を上げる。
レヴォルの表情が一瞬満足気に見えた。
「だから……既成事実を作ります。そうすれば、アクアは俺のモノでしょう?」
「既成……事実?」
そこまで言いかけて、聞いたことがあるワードに私は記憶を呼び起こす。他の乙女ゲームでも使われていたこの言葉に私は思わず沸騰した様に熱くなる。
「そ、それは嫌です! ちょっと、心の準備が……と、とにかく失礼します!」
私は思いっきりそう叫ぶと、固定されている手を思いっきり引っこ抜く。そして机から転がり落ちるように出口のドアまでかけていく。
そうだった、ドア開かない……!
ドアノブをガチャガチャ捻っていると、顔すれすれに手が伸びてきた。
「……ここから出たいなら俺と約束してください」
……ずるい。耳元で囁かれたのは命令にも悲痛なお願いにも聞こえるような声で。私の耳が弱いって知ってやってるんだ。
「もうジェードとは話さないでください。それから……マーガレットさんにもなるべく近づかないで」
どうして、と言いかけたが今ここで反論したりすると本当に私の身が危ないと悟り、私はドアに顔を向けたまま何度も頷く。
レヴォルの顔は見えなかったけれど、鍵を開ける音がして私は教室を飛び出した。
あれがヤンデレレヴォル……ヒロインに言っているのを見るのは楽しかったけれど、実際やられると結構気迫があるというか、嫌なくらいドキドキする。
「アクア様!」
高い声に私は言われたばかりなのに、と顔を歪ませてから振り返る。
「あの、レヴォル様がどこにいらしてるかご存知ですか?」
「レヴォル様……?」
「はい。先ほどまで、一緒にいたんですが……」
レヴォルならさっき襲われかけました、とは言えず私はとりあえずしらばっくれることにした。
それにしても、一緒にいたの? 私には散々近づくなとか言っていたのに……
もやっとした気分になって、マーガレットをじとりと見る。
可愛らしいヒロイン。続編の攻略対象だってメロメロになったっておかしくないわよね。もしかしたらエリスがさっぱり恋愛に興味無さそうだからゲームの補正的な感じで現れたのかも。
「……アクア様はレヴォル様と婚約されているのですか?」
婚約、という言葉に考え事を打ち切ったものの、少し反応が遅れてしまう。すると、マーガレットはじわじわと涙を滲ませた。
「またそう、怖い目を向けるのですね……!」
泣き出さんばかりに潤ませた瞳。
そんなに怖いかな、私の目……
私はとにかく泣き止んでもらわねば、と声をかける。
「ごめんなさい、決してそんなつもりはなくて……」
「分かりました、私がレヴォル様とお話しするのが気に食わないのでしょう!? ジェード様のときのように……!」
半ギレ気味に叫ばれ、さすがに困惑してしまう。
確かにきついこと言ったかもしれないけど、ジェードが好きだからとかそういう理由で言っていたわけじゃないのに……
ヒロインの頭は恋愛脳でできているのね、と半ば呆れ気味にため息をついていると。
「アクア先生に言いがかりをつけるのはやめてください!」
後ろから聞こえた馴染みのある声に振り返るとエリスが仁王立ちで立っていた。後ろにはレオンたちも立っている。
「あなたたちも普段厳しくされて嫌でしょう? 私が話を聞いてあげる」
「そんな必要はない。先生は生徒に厳しく教えるのが仕事だからな」
最初にそう言い放ったのはレオン。マーガレットは納得できない、といったように顔を歪める。
「アクア先生は優しい。こんな僕のことも大切にしてくれる」
「ユーモアもあるしね!」
「魔法もレベルが高い」
アスール、テラ、ノーマンと次々に言い、私はじーんと感動してしまう。
前作ヒロイン、続編ヒロインに挟まれ悪役も勢揃いという異様な光景には変わりないけれど。
「あなたの方こそ、常識がなっていないのではなくて? 婚約者のある殿方を奪うなんて」
そう扇子を広げて睨みつけるように言ったのはアンバー。さすが今作悪役令嬢、という感じだ。
でも言っていることは正論だと思う。仲良くなかったとはいえ、普通はあり得ないことだ。
「レヴォル先生と2人でいたとおっしゃっていましたが……アクア先生に近づかないよう言われていただけでしょう」
「え?」
エリスが発した言葉に私は思わずまぬけな声を出してしまった。エリスをはてなマークを浮かべたような顔で見つめるとエリスは説明をしてくれた。
「アクア先生がジェードさんと出て行ったきりなかなか戻らないのでみんなで探したんですよ。そうしたらレヴォル先生と話すマーガレットさんが見えたので」
そんなことを言っていたのね……と驚きを隠せないでいると、マーガレットは肩を震わせながら呟いた。
「そう、分かったわ……また思い出しちゃったのね」
「ちょっと、どういう意味……」
完全に尋ね切る前に、マーガレットは立ち去ってしまった。私はなんとなく嫌な雰囲気を感じ取りながらもみんなに向かってお礼を言う。
「みんな、ありがとう……」
「ううん。アクア先生が一方的に言われるのおかしいでしょ! と思ったら思わず言っちゃってました」
えへへと笑うエリスに私もはにかむ。みんなそれぞれ「危なっかしいやつだな」とか言っている。
「こら、ビビ! もう威嚇しなくてもいいのよ」
エリスはマーガレットが立ち去った方向に向かって珍しくシャーシャー鳴いているビビに注意する。それでもビビは鳴き止む気配はない。
ビビが威嚇する声を聞きながら、私は少し胸騒ぎを覚えていた。
数日後、その胸騒ぎはただの胸騒ぎではなくなった。
生徒会室に血相を変えて飛び込んできたエリスが叫ぶ。
「ビビが、いないんです…………!」




