12. 愛され先生
「みんな聞いて。魔法文化祭を行うことになったよ」
騒がしい生徒会室でレヴォルは何の前触れもなくそう言った。部屋にいたエリス、レオン、テラ、ノーマン、アスール、アンバーは各々思いの丈を口にするが、私は1人心臓が飛び上がる勢いでいた。
魔法文化祭――それは『ラブソルシエール』での重要イベント。エリスが誰と文化祭を回るかで私の未来が決まるようなもの。
エリスがもしもレヴォルを選んでしまえば――ちょっとどうするか本気で考えないといけなくなる。別にいじめているわけではないし、黒魔法を使う気もさらさらないけれど。
それでも、結末がヒロインによって消されてしまうと知っている以上警戒せざるをえないのは確か。
いつくるかと身構えていたけれど、とうとう物語も半分を超えてしまったのね……
少し残念な気もするが、来るとわかれば私はそれに向かって準備しなければならない。
文化祭に燃えるみんなとは別方向に私は1人めらめらと燃え上がっていた。
……とまあ、そんなこんなで魔法文化祭の準備は始まった。
講師は基本見守っているだけでいいものの、私とレヴォルは生徒会顧問であるためぼーっとしているわけにもいかない。
しかしながら、みんな気がつけば生徒会に溜まっているため必然的に準備もしてくれる。正直とっても助かる。
「アクア先生、これに確認のサインをくださいませんか」
「あら、アンバー。生徒会頑張ってくれているわね!」
「ふふ、アクア先生と一緒にいられる時間が増えて嬉しい限りですわ」
アンバーは私に書類を渡すと微笑んだ。
あれからアンバーはよく私に懐いてくれていると思う。生徒会にも入ってくれて、イベントの運営をアンバーに丸投げ……じゃなかった、全て任せられるくらい頼りにしている。
「アンバー、私と一緒に会場の飾りつけについて考えよう! ね、アクア先生も一緒に!」
そう私とアンバーに声をかけてきたのはニコニコ笑顔のエリス。あれからエリスとアンバーも仲良くしている。私はそれを我が子の成長のように見守って涙ぐむ日々を送っている。
私もアンバーも頷いて会場のデザインについて考える。
「会場のお手伝いなら僕に任せて」
そうひょこっと顔を出したのはアスール。貿易関連、市場商品に長けた大財閥の御曹司の彼が飾り付けを調達してくれることになっている。
アスールもあれから徐々にみんなと馴染めるようになってきた。ビビと戯れる姿は相変わらず可愛らしい。
そんな風にまた感慨深く思っているとアスールが食い気味に尋ねてきた。
「アクア先生はどういうデザインが好みなんですか? 僕、なんでも用意しますよ!」
「うーん、みんなの好きなデザインでいいわよ。文化祭は生徒が楽しむものでしょう?」
そうは言うものの、エリスもアンバーも興味津々という目で見てくるため不可抗力で「水色とか、パステルっぽい色が好きよ……」と呟いた。
「よし、じゃあ壁のデザインはそんな感じの色にしよう!」
「僕発注してきますね」
ええ……私の一存でいいんですか……?
みんな私を慕ってくれるのは嬉しいけれど、なんか私ばっかりみたいで申し訳ないわ。
そうしてデザインはあっという間に決まり……水色の綺麗な壁紙や白い風船や装飾品がわあっと届けられた。
「みんな頑張ってて偉いわー」
「いや、アクアはちょっとだらけすぎなんじゃないか」
「そ、そんなことないわよ」
休憩がてら優雅に紅茶を飲んでいたら、レオンにそう揶揄われてしまった。レオンとはあれから魔法の指導を続けている。第二王子だから、というのもあるのだろうか、すごく熱心でそれに飲み込みも早い。
「みんなアクアだから頑張ってるってのもあるんじゃないか?」
「え、私?」
そう首を傾げるとレオンは軽く頷く。
確かにみんなすごい懐いてくれているし、私はゲームの中のアクアと比べたらだいぶとっつきやすい性格なのではと思う。
「なんかさ、アンタって、どうも大人に思えないっていうかさ。実は同い年なんじゃないかってよく勘違いする」
そりゃあ、前世はこのくらいの年で死んでるからね。アクアそのものは絶対に賢いはずなのに、前世を思い出すだけでこうも変わってしまうのかと私も思うけれども。
「……まあ、私まだ20歳だからね。みんなと4つぐらいしか離れてないわよ」
「確かに」
そう言えば、レオンは「ちょっと仕事してくる」とえらくあっさりと会話を切り上げた。もっと揶揄われると思ったけど。
「…………4つ上、か」
「なんか言った?」
「……いいや。そういえばテラがさっき探してたぞ」
「ええ、すぐ行かなくちゃ!」
私は椅子から立ち上がるとレオンに手を振って部屋を後にする。なんだか終始呆れられてたような気がするけれど、まあいいか。
「あ、アクア先生ー! やっと来た!」
「待たせちゃってごめんなさいね、テラ」
テラは私といつもカオスラクガキ大会を繰り広げている教室で、黒板とにらめっこしていた。その黒板にはいつもみたいに絶妙に気持ち悪いキャラばかり描かれている。
「あのさ、俺イベントの企画担当なんだけど、どうにかして先生の絵を使いたいなあと思って」
「あんな絶妙な気持ち悪さを描けるのは先生だけだって!」と褒めてるのかいまいち分からない言葉をかけるテラに私は渋るように黒板を眺める。
こんなおかしな絵イベントでどう使うの……
そう思いつつも、目の前にラクガキがあるとどうしてもうずうずしてしまい……私はチョークを握りしめていた。
「じゃーん、文化祭限定のそうね、名前は祭りの神マホマホよ」
「祭りの神……なんだって?」
黒板に書かれているのは魔女のような帽子を被せたキモカワなタコみたいなキャラ。文化祭といえば祭り、祭りといえばたこ焼き……というような寸法で生み出されたのだけど。
そう説明をすると、テラは食い入るようにそれを眺め……やがて肩を震わせて笑い出した。
「うん、やっぱりこれをみんなに見せたい……そうだ、配ればいいのか」
「え、配るの?」
「そう。生徒会主催のイベントに参加してくれた人にはもれなくみんなに」
生徒会が、ものすごい人気を誇ってること知ってるのかしら。そりゃあ、こんな美形集団が生徒会やってたらみんなうっとりしちゃうのわかるけど。
つまり、学園中の生徒たちに私のこの即席タコが行き渡るということで。
でも「マグカップとかどう?」とかわくわくしているテラに「やめて」なんて言えるわけもなく。
結局、開き直った私はマホマホのパートナーまで制作したのだった。
「アクア先生、ようやく会えました」
「あら、ノーマン。どうしたの?」
「当日の進行の確認をしたいなと思いまして」
教室から出ると小走りでこちらへ駆け寄ってくるノーマンの姿が見えた。ノーマンはすっかり生徒会長としてしっかりやってくれている。エリスを邪険に扱う様子もないし、本当にゲームと違うのだなあと思う。
そう考えながらノーマンの話に相槌を打っていると。
「……アクア先生は少し危機感がなさすぎではありませんか」
「ん? そうかしら」
不意に尋ねられ、私は首を大きく傾げた。
危機感は、持って過ごしているつもりだけど。だって私悪役だもの。
「アクア先生の講義はとっても人気ですし、アクア先生が様々な人と仲がいいことは分かっていますけど……」
「人気なのね、私の講義。ノーマンもよく来てくれているものね」
そうかそうか、私ちゃんと先生できてるのね。
そう安心してへにゃりと笑うと、なぜかノーマンは顔を手で覆った。
「そういうところですよ……」
何がだろう。呆れられているのか、分からないけれど、ノーマンは手をどけてはくれない。
「とにかく……不用意にみんなに笑いかけるのはあまり良くないですよ。特に……レヴォル先生には気をつけてくださいね」
「う、うん。気をつけるわ!」
そうね、ノーマンの言う通りね。レヴォルには気をつけないと。自業自得とはいえ破滅してしまうわ。
私がそう大きく頷くとノーマンは満足げに去っていった。
「みんな楽しそうですね」
パッと振り返るとちょうど今やってきたばかり、というようなレヴォルが微笑んでいた。
気をつけて、と言われたばかりだけど……私は少し身構えながら頷いた。ノーマンに言われたから、というのもあるけれど、純粋にあんなこともあったし、少し恥ずかしい。
「今日も俺のアクアが可愛い」
こんな感じで、間違いなくぐいぐいさは増している。ゲームで見たヤンデレさも少しずつ加わっている気がする。そろそろ私の身がもたなくなりそう。
「文化祭は……俺たちは顧問ですし、見回りですね」
「あ、ああ、そうなんですね」
「2人きり、というわけにはいかなそうですね。残念です」
そうか、じゃあもしかしてエリスがレヴォルと回ることはない……ということ? でももしそうなら、私は破滅回避ということになる。
そう、ほくそ笑んでいると。
「そういえば、休憩時間にエリスが俺と一緒に回りたい、と言ってきたんですが……」
「えっ」
「……ダメでした?」
まってまって、それは本当にやばい。私破滅しちゃう。
「うあ、あの、それは……やめてほしい……です」
取り乱して、口をついて出たのは情けない声。
すると、レヴォルは少し目を丸くしてから悪くて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……アクアと、もちろんみんなとって言っていましたよ?」
「へ……? みんなで……?」
力が抜けた感じがして胸を撫で下ろした。
みんなで、という選択肢にも驚きだけれど、ひとまず破滅は免れた……?
「みんなで回るのも素敵ですが……抜け出しませんか、2人で」
「抜け出す?」
「そう。前の、“ 秘密の花園” で」
耳元でそう囁かれ、またぞわぞわするのを感じながらも、私は頷いてしまっていた。
ダメだわ、最近レヴォルのペースに乗せられすぎてしまっているわ。気をつけなくちゃ……
「じゃあ、文化祭まで後少し準備頑張りましょうね」
レヴォルは楽しそうにそう言うと私の手を取って生徒会室へと歩いていく。
レヴォルは破滅要因なのに。
私は、この手を振り解けなくなっている。本当は、近づいてすらいけない人なのに……




