婚約破棄?──出来るとお思いで?貴方は私の玩具でしかないのに。
「リリア・ステート公爵令嬢!貴様との婚約を破棄する!!」
豪華に絢爛な城内…その、メインホールーー王立学園卒業記念のパーティーで金髪&碧眼の美形声が朗々たる力強さでもって告げた───。
「──はい?婚約破棄?…しませんよ。馬鹿ですか…ああ、馬鹿でしたね、失礼。」
…対する令嬢は銀髪+鮮血色の瞳、長身痩躯の肉付きも悪くない美少女。整った顔立ちは帝国の血を汲む面立ち、象牙色の肌色なんかは完全に隣の大国──アグリア帝国の国民に多く見られる色だ。
180㎝のリリアと168㎝の王太子…この国、ハーマット王国の王太子「エリック・フォン・ハーマット」は堂々と宣言した──いや、誰も反応しないね?王太子…。
「!?何故だ!?どうして誰も…」
無反応なんだ、と呟こうとして──自身が結界の中に居る事にやっと気付いたのだ…。
ニコッ。
口は笑みの形、だが、その鮮血色の瞳は──憐憫を通り越して…いっそ、愉快そのものの冷めた眼差しだ。
「王太子殿下に置かれましてはそのままで私の話を聞いて下さいな」
拒否など許さない、とその冷たい瞳は言葉より如実に物語っていた。
「正直王太子殿下が私を愛していないのはどうでも良いことなのですよ。まあ、私も道ならぬ恋にこの身と心を燃え上げておりますので。」
「──ッッ!!?(し、しゃべれない…っ!何故だ!?)」
言葉を発そうとも、はくはくと空気が空しく出入りするだけの音──いや、声にならない「音」はこの結界に施された副次品の一つ。術者の許可なき発言は如何なる者も口にする事は出来ない。
「…幸いにして、我が公爵家は母様がアグリア帝国の皇女様であり、この国の公爵──つまり、お父様ですわね──はハーマット王国の2代前の王弟が臣戚降下為されて興した家。──ようございましたわね?王太子殿下は私に触れずとも良い──私が真に愛する殿方と結ばれようとも──王太子殿下殿は傀儡として存在出来ますわ。うふふ…序でにあの男爵令嬢──失礼。…ヘンリエッタ・パスカ男爵令嬢は……ふふっ、本人のご希望通りに低級娼館、『紫陽花の館』に娼婦として身を費つしましたわ。」
「~~っ!?ーーッッ!!(嘘だ!?何故だ!何故…ッ!?俺の真に愛するリエッタが…ッ!娼婦…そんなのーー嫌だッ!!彼女に触れてよいのは俺だけだ──なのに、なんでだ…)」
顔に嘆きと戸惑いと諦唸…それから、男爵令嬢への恋慕と僅かな嫉妬…それから執着……かしらね?これは。
表情に全て出ているのは──この王太子殿下の標準装備、かしらねぇ…まあ、どうでも良いことですけれど。
…さてさて。王太子殿下に置かれましては──今後の話をしなくては、ね。
時間は有限──さあ、お覚悟遊ばせ?
「王太子殿下…貴方は簡単に甘言に惑わされる、一方の話しか聞かない、挙げ句権力を振り翳す──ねぇ、もう“人形”でも構わないでしょ?」
「──ッッ!!?(何の話だ!!?リリアは何を言っている…っ!それに…先ほどから声が一つも出てこない……こいつが何かしたのか!?)」
…理解力が足りない王太子殿下の内心など手に取るに解るリリアだが──いい加減この問答も不快感が時間経過と共に増えていくようで…とてもとても不快だ。
王太子殿下のIQを仮に50とした時、リリアのIQは──340。
人間、知能指数が100も違えば会話など成り立つ筈がない。
そして──IQ340は十分に天才の部類に入る。
現にリリア・ステートが6年通った王立学園では6年連続学年首位、学園首位を共に取り続け、学園も初等部1年から一気に6年、それからまた直ぐに中等部一年から高等部3年まで一気に飛び級したほどに…その頭脳指数は高い。
彼女の友人もまたリリアほどではないにしろ、飛び級を認められるぐらいには賢く聡明で美しかった。──だからこそ。本来とっくに卒業までの単位を取っているにも関わらず学園に残っていたのは…殊更に友人達との学園生活を謳歌したいから、だった。
「──洗脳!!」
「──ッッ!!?(なっ!?)」
薄膜の結界が晴れる──そこにはリリアの思うがままに従う下僕と化した王太子殿下の姿があった…。
「…リリア、お手を。」
「ええ」
にこやかに手を取りエスコートする金髪&碧眼の王太子。
王太子の普段を知っている者らが揃って怪訝な視線を向けるメインホールの中、何処吹く風とダンスを2曲続けて踊る二人に周囲は驚愕と強烈な違和感にざわざわとしていた。
……。
…まあ、無理もない。
男爵令嬢と王太子の「身分違いの恋」の珍事を知っていれば──尚のこと。
加えてこの場には長年同じ学舎で学び、共に暮らしていた同級生ばかり…途中編入した庶子出身の「男爵令嬢」と王太子の学園内のあれやこれやを見聞きしているのだ──如何にあの二人が盲目であろうとも。
流れる噂や、醜態は学園を飛び越えて王都内全域、果ては──辺境の街にまでその醜聞は轟いている。
「…私を許してくれないか?」
「…許されるとも?」
「いいや。──だから、私はこれから貴女だけを見詰め愛すると…創造神に誓おう。」
決意の眼差しを向ける、王太子殿下──いや、“人形”。
「……。二度はありませんわ。王太子殿下…いえ、エリック」
「ああ、肝に命じよう」
厳かな雰囲気の中、交わされる言葉は…リリアの思惑通りだ。
周囲からは和やかに歓談しているように見えるだろう──真実王太子殿下は自我を封じられているのだが。
…その事に誰も──気付かないのは…殊更にリリアの魔法適性が闇属性に特化しているからだろう。
この世界の魔法はイメージと魔力量に左右される。
加えてリリア・ステートは全属性の魔法使い。
その魔力量は30万。
総魔力量=寿命とも言われるこの世界では…人もエルフも獣人もドワーフも魔族も…寿命の面では──魔族〉エルフ〉ドワーフ〉獣人〉人間の順に長い。
魔族は魔力溜まりの中から自然偶発的に誕生する…そして、エルフは肉体を持たない精霊が契約した人間の死後その躯を素に朱肉を果たして出来た種族だ。
ドワーフは…形なき火精霊が獣人の契約者の死後躯を糧に朱肉を果たした者の系譜だ。
エルフは精霊魔法を扱い、弓や狩りが得意な種族。
ドワーフは鍛冶やものつくりが得意な種族。…まあ、素となった獣人の特性か…力持ちが多い。
総じてどちらも酒に滅法強い種族でもある。
和やかに恙無く終わった卒業記念パーティー。
王太子殿下のエスコートで王都の公爵邸まで見送られる。
「ありがとう、ここでいいわ。──訓練所での剣術の鍛錬、怠らぬように」
「は、了解です──我が主」
「よろしい」
恭しく跪いた王太子に冷たく一瞥し、馬車に戻るように顎をしゃくる。
無言で馬車へと戻る王太子殿下、御者に合図を出して王城へと引き返して行った王家の紋章を着けた豪華絢爛な漆喰に金糸の一角獣の紋章──王家の紋章だ──を着けた馬車の一行は段々と小さくなっていった…。
「さあ、お父様に報告しなくては、ね」
……。
「──と言う訳ですわ、お父様。」
「うむ、委細承知した──本当にあのうつけ、我が娘を糾弾しようなどと…人形の分際で大それた事を…!」
忌々しく吐き捨てる金髪&翠玉の玲俐な思慮深さを写す瞳は…あの王太子と対を為すような翠玉色だ。
整った顔立ちにほどよく鍛え抜かれた四肢は服の上からも窺い知れる。
「あなた、私をお忘れ?」
「…ッ、お、おおぅ…!レティシア…忘れてなど居らんぞ。我が愛しの妻よ!」
「──どうだか」
ふい、と視線を反らした銀髪+鮮血色の瞳の美女が不機嫌そうに拗ねたような態度を取る。
「…リリア、王太子殿下(人形)は城に返したのでしょ?暫くはアレを我が家に招くのよね?(人形で遊んでも構わないのよね?!ねぇ!リリア♪)」
「はい、お母様。(洗脳の術式その都度更新しますから…なかなかに愉快な事になっておりますわよ?)」
「まあ…!(では、あんなこんなことも…っ!?)」
「ええ。(可能ですわ、お母様。)」
リリア・ステートの母──レティシア・アグリア・ステートは予てより王太子殿下の外見だけは気に入っていたのだ…中身はどうでもいい──とも言う。
その外見に“着せ替え”──ゴスロリでヒラヒラの萌え萌えの女装をさせたかった…、と。
その為に組まれた縁談──勿論、“表向きは”公爵家の後ろ盾を欲しがった王家が公爵家に打診、鉱山の譲渡と言う譲歩の下王家(陛下)と公爵家(お父様)との間に結ばれた密約だ。
…断じてあの王太子殿下が言ったような“心底惚れたリリアが強引に取り付けた”ものではない。嫉妬など、ない。ないったらない。
それに──リリアは…
「結婚式まで日も近い…リリア。──本当に、いいんだな?」
ジッと見詰められただけで頬が紅潮してくる…うだつように熱い頬を…潤んだ瞳の先の愛しい男性の──エドガー・ハーマット公爵その人の尊顔を熱っぽく見詰めてしまう…。
緊張と熱で喉はカラカラだ。
「は、い…。お父様が…嫌、で…なければ…ッ!」
…緊張でなんだか身体まで震えてきたリリアは…はくはくと息継ぎをしながらも、懸命に告げる。
「…嫌なものか、リリア…お前を愛しているよ。──王太子殿下殿は継承権を剥奪の上、我が家への婿入りが決まっている。…初夜を一番楽しみにしているのはお前だけではない…私が最も楽しみにしているんだぞ?」
「~~ッッ!!!お、お父様…っ!」
ねっとりと絡み付く視線、見詰め合う男女の甘い雰囲気は…父と娘が醸し出すものではない──。
「…あなた、リリアまで…。はぁ、仕方ない親子ですこと。」
リリアとエドガーは血の繋がった親子だ。それは妻でありまたリリアの母であるレティシアがよく知っている──だが、特に忌避感はないのは…彼女の親友が実の兄と結婚した経緯があるから…だろうか。
兎も角、少なくともリリアが産まれたばかりはそんな素振りなど一切なく、娘としてリリアを慈しみ、又レティシアを妻として愛してくれた男性…。
転機となったのは──リリアと王太子殿下の婚約が整った6歳の頃、だろうか。
少しずつ成長していく実の娘に…「女」を見出だした父親と、父親に対しては明らかに親以上の感情を持ち始めた──リリア。
幼い恋心は…父を求めるものではなかった。
問い詰めたレティシアにリリアは頬を染めて『…どうしようもなく好きになってしまったの。…お母様を裏切る事になっても──私はこの恋心を捨てないわ。ごめんなさい、お母様』と真っ直ぐに見詰めてきたリリアの決意の瞳が未だ瞼の裏に焼き付いて離れない。
…二人の間に特別何かがあったとかは聞かない、が。
確かに存在したのは──恋の炎。
かつてレティシアも政略結婚であったエドガーとの間に垣間見た感情──。
レティシアが拒否すれば恐らく二人とも自重する…だが、レティシアはそうはしなかった。
妻として、母として…父と娘の恋を──その恋心の先を止めるなど──しようとは思わない、だが。
「…私とも子作りしてもらいますからね、エドガー?」
「──ブッ!!?」
「…なっ、お母様…ッ!?」
飲んだ紅茶を噴き出すエドガーと、真っ赤な顔で狼狽えるリリア。
「カマトトぶるんじゃありません!…仮にもリリアの父親でしょうに、あなたは。」
「…ごほっ、ごほごほっ。~~ッッ!!」
「高齢出産は…「気にしませんわ!」ア、ハイ…。」
…エドガーとレティシアの間にはこの時点で3人の子宝に恵まれている。
公爵家嫡男に長男のリカルド、長女のリリア、次男のアインスだ。
上から24歳、18歳、16歳…長女であり、今のところ唯一の娘であるリリアを父母のどちらも溺愛し、かわいいがっている。当然両家の実家──祖父母も。
賢く麗しい孫を溺愛するのは自然の摂理だろう?
…こほん。私とレティシアは共に34歳。予てより幼馴染みであった私とレティはそれはそれはおしどり夫婦として知られた存在。
帝国と王国を繋げる為の婚姻──ではあったが。王立学園への留学と我が家へのホームステイで絆と交流を繋げた。
34歳で…いや、予てよりレティからのアプローチはあったな…そう言えば。
「私とリリアどちらも愛すると言うなら──きちんと折半してくださいませ。あなた」
「分かっている──どちらも大切で大事な女性だよ」
……。
数日後──結婚式後、初夜。
「お、お父様…っ」
「愛している──」
「あ、」
…………。
………。
…。
重なった「想い」と「想い」に──無機質な元王太子の護衛。
部屋の端でぼうっと突っ立っているだけの…人形。
洗脳魔法を施され自我を封じられた傀儡…今日はメイド服に黒髪ロングヘアーの女装──…、公爵夫人の着せ替え人形としての勤めを無事に勤めているようだ。
「大切にする…リリア」
「はいっ、お父様…っ!♡」
事後のまったりモードも二人仲睦まじく過ごしてーー。
再び重なる吐息に絡まる熱が──。
「王太子は第二王子が繰り上げで決まったぞ、リリア。」
「あら、そうなったの?お父様の読み通りですわね」
「この程度読みでもなんでもない…ただの予定調和だ。陛下もようやっと決心してくれたからな。…エリックの馬鹿はこのままでよい、との陛下のお言葉だ…女装姿のまま、王都中歩かせたのも効果があったようだ──もう誰も変わり果てた元王太子殿下にすり寄る者もいない。」
「まあ…!それは──ざまあ、ですわね♡」
コロコロと嗤う。結界で閉じ込めたあの日、やらかしそうな王太子殿下の身柄を結界に閉じ込めたあの日から。
リリアはずっと──元王太子殿下を排除したかった…のだから。
もう、洗脳を解いたとしても──元婚約者&元王太子殿下のその後の人生に於いて──日の目の下の“ごくありふれた幸福”等ありはしない。
…それは結婚式の日から──或いは卒業記念パーティーの前から流布された噂や、事実を事実のままに市井に流された情報──女装だとか、女装だとか、女装なんかの…不名誉な事実。
『私は女装が趣味なのです…ええ、公爵夫人──義母上にはいつもよくしていただいておりますよ。』
『女装したまま王都の街中を歩いた事も御座いますね。』
『ふふ、意外と楽しいものですよ?』
『妻との関係?…まあ、そこそこに仲は良いですよ。──具体的に?……。さあ?……。はい、まあ…貴族ですので。それぞれ付き合いがありますからね…』
エドガーとリリアの仲が深まるに連れ──エリックとリリアの関係は冷めきってしまっている。
卒業記念パーティーから3年──3歳の長女エルザ、2歳の長男マルク、1歳の次女アリスを抱いて公爵邸の温室を歩く親子。
「あまり遠くは行かないように、ね」
「はーい」
「わかったー」
「あぅ~~」
「リリア、こっちに来なさい」
「はい、お父様っ!♡」
「ん、んん…っ」
子供達をそれとなく見てくれる侍女も護衛も乳母もいる…加えてここは公爵邸の敷地内だ。
「何か」があることなど──億が一もありはしない。
領地の領主館でもあるこの邸…もう、王都邸は社交のシーズンにしか使ってはいない。
親子がいちゃつくその場所に…呆れたような拗ねたような公爵夫人の溜め息と、無表情無言の女装男──エリックの姿が少し離れた位置から佇んでいた…。




