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chapter 2 − recollection − 5/7龍二

 ――― 裕矢はこの頃、五月病にかかっていたようだ。

 目はいつもうつろで

「・・・眠れないんだ・・・」

精気が感じられなくなってた。

 俺は自分なりにクラスの連中ともうちとけて、毎日いかに上手く授業をサボりその日その日の退屈を潰すかを考えて生活していた。

 授業自体はつまらなくとも学校は楽しかったし、なにせ親の仕送りにあまり頼れない身だったから毎日のようにバイトに明け暮れてたんだ。

 学科は同じでも裕矢とはクラスが違った。それでも専攻科目を二人で選んだ関係もあり二日に一度くらいは顔を合わせてた。でも彼がクラスの誰かと一緒にいる姿は一度も見たことがなかった。

 亜美のサークルに入りはしたが、新入生勧誘期間もありその活動が始まるのは5月半ばになるとのことだった。

 そんな裕矢のことが気になり亜美を誘って彼の家を訪ねたんだ。

「裕矢いるかー?」

 音もなくドアが開いた。

「龍ちゃん、どうしたの?」

 気の抜けた目つきの彼に

「今日はな、いいものもってきてやった」

無理やり微笑みかけた。そして俺の後ろに隠れていた

「じゃじゃーん♪」

亜美が飛び出した。

 裕矢は目をパチクリさせて驚いてた。

「か、風間さん、久しぶり、」

「おっひさー!元気してたかーい!?」

 亜美の明るさは天性のものだ。俺も幾度となくその笑顔に救われてきた。

 そんな彼女の態度に少し呆れながらも笑みをこぼして

「どうぞあがってよ」

俺たちを招き入れた。

 彼女にはただ「裕矢の家遊び行くけどお前も来るか?」としか言わなかった。


 何の飾り気もない、生活感のない部屋は必要最低限の生活用品以外は何もなく、趣味と取れるようなアイテムも見当たらない。あるのは雑誌すら並べられていない本棚とテーブル、その上のノート型パソコン、テレビにあとはベッドくらいか。ただでさえ広いのにその広さがいっそう増して見えた。

 テレビがついていた。

 NHK。

「適当に座って」

 部屋の広さに驚いて部屋を見回している彼女とそれを見ていた俺に座布団を渡してきた。

「どーも」

 にっこり微笑む亜美に裕矢は恥ずかしそうに台所へ行き聞いてきた。

「なに飲む?」

「あっ俺はコーヒーね」

「ブラックね」

 いつも彼のうちではこれだった。

「風間さんは?」

「いいの?」

「うん、なんでもいいよ」

 亜美の瞳が輝いた。

「じゃあお酒!」

「・・・・・」

 俺たちに背を向け流し台にコップを用意していた裕矢の手が止まった。そして振り返り言葉を失っている彼。

「ハハハハ、」

「こりゃやられた、」

 顔を見合わせ思わず吹き出してしまった。

 転げ笑う俺に

「ど、どうぞ、何でもいいですよ、何かリクエストは?」

裕矢も腹を抱えていた。亜美も亜美で調子付いて追い討ちをかけた。

「う〜んじゃあねぇ〜、ジントニック!」

「ギャハハハハハ、」

 転げ回って笑ってしまった。でも

「・・・・」

裕矢の目は点になってた。

「じん、とにっく?」

そして不可思議な面持ちで聞き返してきた。

「えっ知らない?ジントニック」

「うん、」

「ほんとに〜?」

「知らないよ」

 今時とゆうか、本当に知らないようだった。

「そっかー・・・」

 唇に人差し指を当てニヤっとしたかと思うと

「じゃあさ、今度飲み行こう!」

突然誘う亜美に裕矢は、呆気にとられ閉じる術を失ったかのように口を半開きの間抜け面で言葉を失ってた。

「別にわざわざ飲み行かなくたって下に買いに行きゃいいじゃん」

 そんなもの下のコンビニで買える。そんな俺を一睨み

「いいのー!」

裕矢を見つめ

「行こうねぇー」

にっこり微笑みかけてた。

 裕矢は裕矢でおどおどしながら俺を見て振ってきた。

「龍ちゃんは飲んだことあるの?」

「ありもありありさー」

 それは亜美が好きなカクテルだったんだ。

 俺が予備校時代、二人まだ付き合ってた頃に何度か飲みに行ったことがあって、決まって彼女はそれを頼んでた。「ジントニック」その名の通りまるで整髪料みたいな匂いが口いっぱいに広がるそれをどうも好きになれなかった。

「美味しいのそれ?」

「美味しいよ」「不味いよ」

 亜美と俺、同時に口走った。

「どっちなの〜?」

 三人見つめ合い笑ってしまった。


 それから亜美と俺の高校時代のことやらサークルの運営やらを語り合ってるうちに夜は更けていった。

「時間大丈夫?」

 22時半、尋ねる裕矢に携帯で時間を確認する亜美。

「全然平気よ」

「親心配しない?」

「えぇ〜、私リュウと同じ高校だったのよ」

「・・あぁ〜そうかー」

 すぐに理解したようだった。

 亜美と俺は駅一つ離れた同じ沿線上で一人暮らしをしていた。

「ま、どうせリュウのチャリに乗せてもらって帰るしね」

「おいおいお〜い、」

 この日は野暮用があったので、裕矢の家に来る前に一度自分の家に帰り自転車で来ていたのだ。亜美とは裕矢の利用してる駅で待ち合わせして、そこから二人乗りで来たのだった。

「なによ」

「2ケツして帰る気かよ!」

「当然でしょ」

「30分以上かかんだぜ、冗談だろ〜」

 結構マジで言う俺に対して

「なに?じゃああんたはか弱き乙女をひとりで帰すと言うの?」

テーブルにひれ伏し泣き真似をして見せる亜美。そんな俺たちのやり取りを見て裕矢は微笑みながら

「なんかさ、龍ちゃんと風間さんてお似合いだよね」

などとほざきやがったんだ。そんな裕矢の台詞に二人ハッと目が合い「あちゃ〜」苦虫を噛み潰したような表情で見つめ合ってしまった。

 一瞬の間の後、亜美は

「な、なに言ってんのよ裕矢くんは〜、冗談やめてよ〜、」

 裕矢の肩をバシバシ叩きながらごまかしてた。

 深夜0時過ぎ、俺たち二人が帰る頃には裕矢も元気になったように見えた。

「龍ちゃん、今日はどうもありがとね、」

 玄関先で裕矢が言った。俺はただ微笑みで返した。

「下降りてるね」

 気を利かせてか亜美は先に玄関を出て行った。

「今俺飲み屋でバイトしてっからよ、今度飲み来いよ。亜美でも誘ってな」

「・・・ジントニックね」

 少し照れくさそうに微笑む裕矢に

「・・・亜美、いいやつだぜ」

横目で意味あり気に言うと、恥ずかしそうに俯きながらも尋ねてきた。

「龍ちゃんと付き合ってるんじゃないの?」

 ドキッとさせられる台詞に一瞬戸惑いながらも

「んなわけないだろ・・・」

まるで自分に言い聞かせるように答えた。

「そんなことよりさ、お前もバイトしろよ。生活変わるぜ」

「・・・そうだね」


 そして裕矢の家を後にした。

 コンビニで立ち読みして待っていた亜美にガラス越しに手を振り合図する。ニッコリ微笑み手を振り返してくる亜美、足早に出てくるその姿に懐かしさを覚えた。

「こうやって一緒に帰るの久しぶりよねー」

 自転車の後部座席に横座りする彼女に

「・・そうだな・・・」

しみじみと答える俺。後ろからしがみついてくる彼女のぬくもりに胸の奥に疼く痛みを感じた。それを必死で押し隠しながら尋ねると

「お前、裕矢のこと本気なのかー?」

しがみつく腕に少し力を込め答えた。

「いい人だよね・・・もっと知りたいなって思うよ」

 痛みが強くなった。

「・・・そっか・・・」

 俺はまだ亜美に未練があったんだろう


 胸の奥が疼いた







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