chapter 2 − recollection − 大学2年 7/25龍二
――― 一週間ぐらい過ぎた頃だろうか。
あれ以来俺は毎日のように亜美と会っていた。
亜美がうちに来なければ、俺から彼女のうちに押しかけたりして、とにかく一日たりとも顔を合わせない日などなかった。そうしないと不安だったんだ。また亜美が裕矢のところに戻っていってしまうような気がして。亜美がうちに来なかった時には、いつも気が違いそうなほどの不安と嫉妬に狂い彼女のうちへ向かっていた。
まさか、あいつのところ行ってんじゃないだろうな、
いてもたってもいられなかった。
体中から湧き上がってくる不安と苛立ちを少しでもごまかすためにアルコールに身を浸していった。
裕矢から亜美を奪い取った勝者のはずなのに、彼女がそばにいればいるほど不安は募る一方だった。なぜなら寄り添う彼女の表情はいつも寂しそうだったんだ。俺を見つめるその瞳に輝きはなく、その奥にはいつもあいつの面影を映し出しているように思えてならなかった。
こんなに、こんなにも想ってるのに亜美は俺を見てはいない・・・
あらゆるものを犠牲にして手に入れた愛おしい存在、だがいざ手にしてみれば彼女は俺を、俺自身を求めてはいなかった。
狂おしさの中に自分の犯した罪の大きさを思い知らされた。自分の欲望のままに行動した結果失ったものがどれほど大切な存在だったのかを痛感した。裏切り傷つけすべてをぶち壊した。もう二度と戻らない調和を崩し去った。4人の友情と愛情の連鎖を壊したんだ。そのすべての犠牲の上に手にした愛など自分のみの独り善がり、勝手な思い込みに過ぎなかったんだ。
二人の仲を壊すことはできても心の中までは思い通りにできなかった。二人一緒にいても亜美は、いつもボーっと一点を見つめたまま心ここにあらずだったし、抱き締めるたびにその瞳に涙を浮かべていたんだ。気が狂いそうだった。こんなにも愛してるのに伝わらぬこの想いに苛立ちを隠し切れなかった。彼女の心からあいつの存在を消し去ってやりたかった。
どうにもならなかった。
想うだけでは動かせぬものがあるのだと気が付かされた。気が付くのが遅過ぎたんだ。その時すでに失ってしまった者たちは、俺を恨みはすれども赦してはくれないだろう。
一週間、その中で俺は天国と地獄を一辺に味わった。
「今まで本当にありがとね」
踏ん切りをつけた亜美の別れの言葉だった。
「リュウには感謝してる」
胸が痛んだ。
「このままじゃいつまでたっても変わらないと思うから、もうここには来ないね」
7月25日
帰り際、部屋を出る亜美の口から二人の関係にピリオドが告げられた。
何も言えなかった。
俺には彼女を愛せても幸せにはできない
昔と同じことを繰り返すだけだ
過ちを繰り返して初めて気付かされる現実の残酷さを思い知った。
「またね、」
手を振る亜美
ダメだ、
なぜかそんな気がした。未練とかそうゆう類の感情じゃない、それは感にも似た感じだった。
「亜美、」
咄嗟に呼び止めてしまった。
「・・・ん?」
振り返り痛々しくも浮かべてくれた彼女の笑みに
「・・・・いや・・・またな、」
何も言えなくなった。
俺の犯した罪は、孤独を与えた。その孤独に蝕まれ行く中、自分だけが幸せになろうとしていたことに気がつかされた。周りが見えなくなっていたことに気が付かなかったんだ。この孤独は当然の報いなのだと痛感した。自らの手で大切な者たちを絶望の淵に追いやり手にしたものはこの孤独だけだった。だがこの孤独を味わってるのは自分だけじゃない、自分に関わった三人みんなが感じているものなのだと考えると罪悪感に押し潰されそうになった。
亜美
裕矢
由紀
本当にすまなかった
ゆるしてくれなんてとても言えない
今さらどうすることもできなかったのだから。
その夜、亜美がいなくなった部屋の中ひとりその孤独に打ち震えていた。罪悪感との葛藤に苦しめられなかなか寝付けなかった。みんなでともに過ごした二度とは味わえぬかけがえのない時が、思い出となり甦り胸を締め付けてきた。
みんな笑ってる
「待ってくれ!」
その瞳から涙が流れてる
「置いてかないでくれ!」
手を振ってる
「ひとりは嫌だ〜」
必死で追い掛ける
「俺が悪かった、」
ハッと目覚めた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ゆるして、ゆるしてくれ・・・」
汗だくになりながら震えてた。
頬を熱いものがつたった。
「・・・たす・・けて・・・」
止まらなかった。
「だれか・・・・たすけて・・くれ・・・」
誰もいない。
いるわけがない。
自業自得
その言葉がそっくりそのまま自分に返ってきた。
午前1時、止まらぬ震えに絶えることのない苦しみから逃れたいがために、再びアルコールに手をつけた。目の前に転がるバーボンの瓶を開けそのまま飲み干した。日々重ねた心労と睡眠不足だけは正直で、深い眠りを拒否し続けてきたこの体から全ての力と思考を奪い取っていった。現実から逃避するかのように強制的な眠りについた。だがそんな僅かな安らぎの時も長くは続かなかった。
―― ピリリリリ、ピリリリリ、
まだ4時にすらなっていない朝早く、携帯の着信音に目覚めさせられた。
「・・・龍ちゃん・・・」
懐かしさすら感じさせるその声は裕矢のものだった。