chapter 2 − recollection − 大学2年 7/11龍二
――― ゆっくりとドアが閉まった。立ち尽くす裕矢の姿がその向こう側へと消えていった。
言葉が出なかった。何も言えなかった。
俺の腕の中眠たそうに目を擦りながら目覚めた亜美の裸体を見て我に返った。現実に引き戻された。
裕矢に見られた・・・
眠気と動揺、はっきりしない思考、必死で手繰り寄せた。今何をすべきか、何ができるか、分からなかった。ただひとつ、「裕矢に見られた」ことに対してそれまで封印されてきた良心が心を締め付け始めた。
見られたんだ、
見られちまったんだ、
どうしよう、
どうしたらいい?
先走る思いの裏、一人歩きを始めるもうひとりの自分がいた。
俺はいったいどうするつもりだったんだ・・・
自分が自分で分からなくなっていった。
亜美を手に入れたあと、
亜美を取り戻したあと、
どうするつもりだったんだ・・・
亜美を
裕矢を
由紀を
欲望と嫉妬に侵され理性を失っていた自分に、以前の俺が語り掛けてきてたんだ。
もうどうしようもないじゃないか、
後悔とゆう名の過ちに、張り裂けそうな胸の苦しみを抱えながらも元の自分には戻れなかった。
もう二度と渡さない、渡すもんか、
「んん〜・・・どうしたの〜?」
寝ぼけ眼の亜美、
「・・・いや、なんでもないよ・・・」
彼女はこの光景を裕矢に見られたことに気付いていなかった。そしてそのまま再び眠りについてしまった。
もうどうしようもないじゃないか
亜美を抱いちまった事実は変わらないんだ
裕矢に見られて言う手間が省けただけだ
愛する者を手にするには犠牲にしなければならないものだったんだ
裕矢は俺を好きだと言って押し倒しキスまでしてきたんだ
俺は亜美を愛してる、だから抱いた
同じことなんだよ
だいたい裕矢が俺を好きなら亜美はどうなる?
誰が亜美を守ってやれる?
俺は亜美が好きだ
由紀とはどうせ別れるつもりだったんだ
亜美は誰にも渡したくない
亜美を幸せにできるのは俺だけだ
ひとり自己矛盾に落ちていった。罪悪感を打ち消すために必死で自分に言い聞かせた。
俺は悪くない
俺は悪くないんだ
自業自得なんだよ裕矢
お前が蒔いた種が華を咲かせたんだ
それがこれだ
お前は俺を手に入れようとした
俺は亜美を手に入れようとした
ただの結果なんだよ
これで亜美はお前の所へは戻らなくなる
もともと愛してなかった女がいなくなるだけだ
清々するだろ
裕矢と由紀、お前らの我侭の代償だ
亜美は俺がいただく
由紀は捨てる
それだけのことだ
廻り廻る狂った思考を正当化しようとした。相手の自我を抑えつけるだけの自我こそただの我侭でしかないことを、その時の俺には分からなかったんだ。
朝日が降りかかる、その眩しさに目を閉じた。部屋に降り注ぐ汚れなき日差しに責め立てられているかのような錯覚に陥った。
裕矢に悩まされ苦しめられ続けてきた亜美の寝顔は、今俺の腕の中こんなにも安らかじゃないか、
必死で言い聞かせた。必死で思い込ませた。そうするしかなかったんだ。