chapter 2 − recollection − 大学2年 7月6日
――― 7月6日
恐かった
僕のせいで全てのバランスが崩れていくのを見るのが
恐くてたまらなかったんだ
今日もまた学校に行くことができなかった。
龍ちゃんと顔を合わせるのが恐い。今さらどんな顔して会えるってゆうんだ。
それでも一つ分かっていることは、このまま家にこもってることイコールあの日の行為を肯定することになるのだと。
もう冗談でしたでは済まされない。
全てのバランスが崩れていく。崩れていくバランスが手に取るように分かる。
今日亜美が学校に顔を見せない僕を心配して家にやってきた。
あの事件以来、彼女には以前のような明るさはない。いつも虚ろな、寂しげな瞳で見つめてくる。必死で救いを求めてるようなそんな表情で見つめてくる。
こんな僕と一緒にいて嬉しいかい?
僕のしてやれる精一杯の寄り添う時の中で君は幸せなのかい?
だって僕を心配してくれるのは、自分の不安を掻き消したいがための裏返しだろ。今にもちぎれてしまいそうな二人の絆を繋ぎ止めて置きたいがための偽善なんだろ?
僕は君の心を満たす「愛情」とゆう名の満足を与えてあげる術を完全に失ってしまった。自ら投げたさじが自分を狂わせてしまったんだ。
こんな現実が正しいなんてとても思えない
狂ってしまった時の流れに身を委ねる彼女が僕に尋ねる。
「ねぇ本当のこと教えて、嘘はいやなの、」
どのくらい泣き腫らしたんだろう
「いずれ分かることなら今教えて、お願い、」
腫れ上がったまぶたに、虚ろな眼差しで切々と訴え掛けてきた。
「・・・他に好きな人ができたって本当なの?」
だ、誰がそんなこと!
龍ちゃんか?
「だ、誰に聞いたの?」
「・・・やっぱり本当なのね〜・・・」
涙が溢れ頬を伝った。
慌てて発した台詞は今さら否定できないほどありふれたミスを犯していた。龍ちゃんがあの日のことをバラしたのかと思い焦り咄嗟に聞き返してしまったんだ。
「そ、そんなの嘘に決まってるじゃない、だって僕がどこでそんな他の人と知り合うってのさ、ねっ、信じてよ、ねっ、」
彼女のまっすぐな瞳が僕を刺す。
胸に突き刺さり痛めつける。
「・・・ほんとに?」
「本当だって、」
またひとつ嘘をついた
信じがたいほどの罪悪感に向かい僕は頷いた。そうする他になかった。自分の犯した過ちを正すには、どうしても亜美の存在が必要なんだ。
どんなことがあっても亜美と別れちゃいけない
亜美を「愛」さなくちゃいけない
自分の欲望のままに行動してしまった僕は今、自分の否定した奴らと同じ立場になってしまっている。僕はそいつらを非難し罵倒した。欲望のままに龍ちゃんを手に入れようなんてもってのほかだ。奴らと同類になっちゃ駄目なんだ。亜美とともに生きていかなきゃいけないんだ。そうしなければ僕は自分の全てを否定しかねない。
「ねぇ、いったい誰がそんなこと言ったの?」
恐る恐る尋ねた。
「・・・あのね、」
彼女はゆっくり口を開いた。
「電話が掛かってきたの、昨日」
誰だ?龍ちゃんなのか?
「「裕矢くんには好きな人がいるから気をつけて」って・・・」
裕矢くん・・・
由紀さんだ!
「それで僕が誰のこと好きだって言うの?・・・由紀さんは」
「えっ、別に誰とは言ってなかったけど、なんで由紀さんだって分かったの?」
救われた〜
まだバラされてない。
「なんでってほら、彼女前から龍ちゃんと亜美のこと疑ってたじゃない、昔二人が付き合ってたんじゃないかってさ、僕にも「亜美さんには好きな人がいるから気をつけて」って言ってきたんだよ、」
また嘘をついた
「そ、そんな、あるわけないじゃないねー、」
なんか慌てて否定してた。不自然だったような気がする。
まさか本当に付き合ってたのか?
変な嫉妬を覚えた。
亜美に?
それとも龍ちゃんに?
それにしても厄介なのは由紀さんだ。いつバラすか分かったもんじゃない。こんなこと亜美に吹き込んでくるなんて、やっぱり怒りは僕に向けられてるってことだ。でもどうしてバラさなかったんだろう。もしかして龍ちゃんに対しても疑いの目が向けられてるってことか?
龍ちゃんは今どうしてるんだろう。どう思ってるんだろう。もう前のような関係には戻れないんだよね。哀しいよ、悲しくてたまらないよ、胸が張り裂けそうだよ。切なくて切なくて、言葉にさえならない。実ることのないこの恋は、心の中枯れていくのを待つしかないんだろうか。
僕は杉本の彼女が僕にしたことを罪だと判断した。あんなことはまともな人間のすることじゃないと罵った。それじゃ僕が龍ちゃんにしたことはなんだ、あれは罪じゃないのか?まともな人間のすることなのか?だから僕のこの想いも罪として償わなければならないんだ。
「亜美・・・あい・・してるよ・・・」
病的に虚ろな眼差し、そこに微かな笑みを添え見つめてくる彼女、そのくすんだ唇に僕のけがれた肉の塊を重ね合わせる。
「私も・・・裕矢だけなの・・・私・・には・・・」
震える身体を抱き締める。彼女の温もりに溶け込む。少しだけ救われる思いに疑問を投げ掛ける。
それはなに?
彼女を抱き締め感じる安堵感、それはきっと孤独からの解放を意味してるんだろう。今の僕は限りなく孤独だ。家族、友人、恋人、その全てが空回りしてる。その中に求めることのできる救いは誰かとともに生きること。たとえそこから苦しみが生まれようともそこからしか救いが感じられない。
彼女を抱き締め自分が一人じゃないことを身体で感じ安堵する。
亜美じゃなきゃだめなのか?
それは分からない。
人は一人じゃ生きられない。生きていくための手段なんだよ。他に頼れる人もいないし、彼女は僕を愛している。そんな彼女に向かい合い感じる罪悪感と安堵感との対立の中で自分が生きていることを感じ取ろうとしてるんだ。「愛してる」その言葉は、僕が罪の意識と安堵の場を感じ取るがための手段、本当に好きな人に対して使うわけじゃない「愛」は、対局する二つの感情によって得られる「生」を感じ取るがための常套的な手段の一つにしかすぎないんだ。
生まれて初めて使った「愛」とゆう言葉が、自分の「生」を自分で否定してしまうことを防ぐための盾にすぎなかったなんて・・・
亜美を抱き締め痛感した。
今彼女を失ったら僕はひとりだ・・・
龍ちゃんの信頼を失った今、僕には亜美しかいないんだ。たとえ一緒にいて辛くとも、そこに愛が存在しなくとも、彼女を失った僕には何も残らないんだ。生きることすら感じられないひとり孤独だけの世界しか待ってはいないだろう。
耐えられない
耐えれないんだよ