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chapter 2 − recollection − 4月6日

 ――― 4月6日


 僕にとってこの大学に入る意味なんて実はなかったんだ。

 僕は親の言いなりになって生きてきた。


 それはまるで「死」の中の「生」みたいなもの。


 自分の意思なんてなかったし持てなかったんだ。

 父は理想を押し付け従わせようとばかりしてきた。

 親に敷かれたレール、その道を進むだけの人生。僕もそれに従い期待に応えようと努力してきた。そのことに何ら不満はなかったんだ。だってそれが悪い方向に向かってるなんてことはなかったし、家業を継がなくちゃならないってゆう使命があったから。


 学校に着くまでのほんの5分の電車の中でいつもと違う景色が流れている現実に満足感を覚えた。


 今までとは違うんだ

 もう誰にも縛られないんだ

 誰にも知られてない自分がここにいる

 僕は自由なんだ


 4年間の自由を手に入れた。誰にも文句を言われない自由。全てが、何もかもが嫌いだった自分が変わって行きそう、そんな予感がする。


 流れゆく風景が好きだ。

 詰め込まれたようにひしめき合う住宅街

 狭い路地

 先を急ぐ車たち

 人波の中、押し込まれる車内


 すべてが僕を変えてくれそうだ。


 龍ちゃん、彼は僕の中学時代を知っている。でも高校のことは知らない。

 長い並木道を通り抜けるとそこには古さびた大きな校門が待ち構えてる。「ようこそ」そう語りかけてるみたいだ。何度も塗り替えられた校舎、その前にコンクリートで固められた無機質なキャンパス、そこに並べられた木製のベンチ、腐りかけた掲示板、目の前に広がるすべてが新鮮だった。

「おう、早いな」

 掲示板の前、龍ちゃんとはち合わせた。パンツに軽く手を突っ込み少し猫背のその姿、昔のイメージそのままだ。「変わってないな」思わずはにかんでしまった。

 僕らは二人肩を並べ掲示板に指示してあった教室へと向かった。昨日の思い出話の続きをしながら。

 長い廊下を抜け2階の202号室と書かれた講堂に入った。

「おわーひっろいなー」

 龍ちゃんはその講堂の広さにびっくりしていた。僕はと言えば入学試験の時に同じタイプの講堂を使っていたから驚きはしなかったが、

「一番前行こうぜ!」

龍ちゃんのその行動にびっくりだった。

 扇の形をした講堂は階段状に教壇へと下っていて、これでもかと言わんばかりの大きな黒板に、壁には左右にいくつものスピーカーがぶら下がっていてまるでコンサートホールみたいだった。そんな大きな講堂でみんな後ろから座りたがるのに一人どんどん前へと行ってしまった。あっけに取られ立ち尽くしていた僕に

「どうしたん?早く来いよ」

最前列から手を振ってきた。

 二人並んで腰をかけた。

「龍ちゃん変わってないね」

「なんだそりゃ」

 笑みが隠せなかった。

「ううん、別に、」

 昔とちっと変わってない龍ちゃんの姿に、何の悩みもなかったあの頃に戻れたような気がした。

 前の列には僕ら二人だけ。みんな後ろの席から座っていって僕らを不思議そうに見てた。

「経済学部経済学科A組からD組までの教室です。間違ってませんねー?」

 そして説明会が始まった。

 いろいろな資料が配られかなりの重さになった。「大学って結構大変なのか?」ふと後ろを振り返るとがら空きだった講堂もいつの間にかいっぱいになっていた。


 みんな僕を知らない

 僕もみんな知らない

 僕の緊張、みんなも同じなんだろう


「そういえばさ、お前医学部じゃなくていいのか?」

「えっ・・・」

 彼は僕の高校時代を知らない。

「だってお前んち病院だったろ?それ継ぐってはりきってたじゃん」

 知らない過去があるんだ。

「弟が、弟がね継ぐんだ・・・」


 僕は高校時代の大半をひとりで過ごしたんだよ。

 それは誰が悪いってわけじゃない、僕の責任なんだ。僕がはっきりしなかったから、だからあんなことに巻き込まれて・・・。

 ガタ落ちした成績を戻せず今に至ったんだ。事情を知ろうともしない父は浪人とゆう形を強要してきた。でも医学部受験を拒み黙ってここを受験したんだ。僕のことを跡取りとしてしか見てくれていない父は激怒、勘当されたんだ。

 母さんの仕送りで何とか今の生活がある。

 母さんは僕の唯一の理解者だ。

 本当に感謝してる。

 でも父さんは僕を道具としてしか見てはいない。

 二人は喧嘩ばかりしていた。些細なことで罵り合っては、父は決まって「お前が原因だ!」と言っていた。

 自分が嫌いになっていった。「僕がいなくなれば・・・」そう思った。「全てが上手く行くんじゃないか?」だから家を出るために、追い出されるがためにわざとこの大学の文系を選んだんだ。


 今僕は自由を手に入れた

 誰にも邪魔されることのない自由を


「お前どこに住んでるん?まさか実家からは通えないよな?」

 龍ちゃんと僕の借りてる学生マンションは別々の沿線で、大学を真ん中に挟んだ駅のすぐそば、つまり大学を挟んで二つの私鉄が走っていてその片方の沿線上に僕、もう一方に龍ちゃんの借りてる学生寮があるらしい。

「なんだよ遠いなぁ。ここ来るまでの時間は一緒でもお前んち行くにゃその倍じゃん」

 そう、大学を中心にちょうど対角線上に位置してるってことだ。龍ちゃんちも電車で一駅分乗って降りれば自転車で5分ほどの所に寮があり僕もそうだった。ただ上り側と下り側で対角線上に位置してるので直接どちらかに会いに行くには自転車でゆうに30分以上は覚悟しきゃならないってことだ。

「遠いねー」

「遠いなー。でもまぁ落ち着いたら遊び行くからよ」

「うん、僕も龍ちゃんの住んでるとこ見たいな」

 一番前でお構いなしに喋ってた。職員さんが睨んでた。そんなことお構いなしに喋り続けた。

 もう以前の僕は卒業したんだ

 これからの生活に乾杯だ

 

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