chapter 2 − recollection − 11月4日
――― 4日
「何日かかるか分からないけど電話するから、」
始発に乗り込む僕、ガラス越しにいつまでも手を振り続ける亜美さん。やがて視界から彼女が消えた。
一大決心のもとに出てきたこの道を、もう二度と戻るまいと心に誓った帰路を辿ることとなった。
神様、母を助けてください!!
祈り続けた。
頬を涙がつたった。
拭いもせずに降り立った。
涙で歪んだ景色を直視した。
母さんが死ぬわけないじゃないか!
涙を拭い足早にホームをそして改札を抜けた。タクシーを探すため辺りを見渡すこの目に見覚えのある顔が目に留まった。
「おう裕矢」
龍ちゃんだった。
「りゅ龍ちゃん、ど、どうして、」
「いいから早く、急いでんだろ」
彼は全てを知ってるようだった。
駅前ロータリー、そこにはいつもタクシーが停まってるはずなのに運悪く出払っていた。
「ちっ、」
舌打ちする彼は違法駐輪の自転車を物色し始めた。
「よし!」
そのうちの一台を引っ張り出しフロントフレームの鍵を力任せに蹴飛ばした。
「よし乗れ!」
「えっいいの?」
「いいから早く、ちょっと借りるだけだ、乗れ!」
龍ちゃんの運転で2ケツ、そして物凄い勢いで漕ぎ出した。
「いろいろ大変だと思うけどよ、がんばれよ」
彼は亜美さんからこのことを聞いたんだろう。彼の沿線からなら僕より早く着く。そのことを見越してわざわざ駆け付けてくれたんだろう。
「俺もしばらく実家にいるからよ、戻る時は連絡くれよ」
うちの実家の前で別れ際に言った。
「ありがと、本当に、本当にいつもありがとね、」
感謝の気持ちを表現しきれない。そんな僕に軽く手を振っていってしまった。
彼のさりげない優しさと思いやりは人の心を動かす力がある。決してひけらかすことなく、押し付けがましくない。それでいて人一倍気を遣ってる。事実彼に幾度となく救われてきた。「本当にいい友達だ」心からそう思える。
だがそんな思いに浸る余裕などない。目の前の現実は変わりはしなかった。
病院であり実家であり母が運ばれた病院に入るとそこには拓也が立っていた。
「拓也!」
「・・・遅いよ・・・・」
「えっ」
「・・・たった今・・・」
何も言えなかった
母さんの顔は死んでいるのが嘘みたいに綺麗だったんだ
傷一つないその顔は今にも起き出しそうだったから
死んでるなんて思えなかったから
自動車での単独事故だった。
打ち所が悪かった。たったそれだけで・・・
哀しみより実感が沸かなかった。
信じられなかった。
あっとゆう間に時が流れた。
通夜が終わり葬儀が終わった。
家に戻ると仏壇があった。
母が微笑みかけてた
急に涙が溢れて止まらなくなった。
「どうだそっちの生活は」
だが父の言葉に現実に引き戻された。
「上手くやってるのか?」
仏壇の前、いや「母」の前、タバコに火をつけた。
「・・・それなりにね、」
父には自分が医者である自覚なんてないんだ。ドクターとゆう名のビジネスマン、商売人なんだ。だからこそこの病院はここまで大きくなったんだ。「患者は大切な客だからな」そんな父の口癖が大嫌いだった。
それからしばらく大学生活のことについて聞かれた。その間、終始落ち着いた表情で時折笑みを交えて聞いていた。「営業スマイル」そんなのはバレバレだ。
「どうだ戻る気はないか」
すると突然話題が切り替わった。
赦すってのか?
動揺を悟られないよう冷静を装い無言のまま何も言わなかった。
「お前の将来を思ってのことだ」
僕の将来?
「所詮そんな大学を出たところで三流サラリーマンが末だ。戻ってきてもう一度やり直せ。そうすれば今までのことは水に流してやる」
父さんの行く末の間違いだろ
「なに言ってるんだよ、拓也はどうするのさ、」
僕か拓也が継がないと自分の行く末が心配なだけじゃないか
「拓也一人ではどうにもならんのだ。お前だって分かっているだろ」
そうなんだ、あまりにも大きくなりすぎたこの病院は、今父の威厳の基に成り立ってるんだ。拡張を繰り返し大病院へと急成長した今、一人の力で支えていくことができないんだ。父は腕は確かなものを持ってる。その名声の名の基、方々から有能な若手の医者を引き抜き育てここまでにしたんだ。当然僕なんかより年配の人たちばかりが働いてる。父が引退した後、その跡継ぎは僕のはずだった。それをサポートするのが拓也の役割、それが父のプランだった。すでに派閥ができているこの病院で父が引退前にできることは、僕たち二人の足固めだろう。上層部を血縁で固められるのを嫌う者たちへの地位を示す、それがこれからの父の使命であり老後の自分の生活の安泰を考えてのことなんだ。
病院
自分
そのための道具
ずっと感じてきた違和感がこれなんだ。僕も拓也も「道具」でしかないんだ。母にすらそうだった。
「帰る気はないよ」
その答えを聞いた途端に父の表情が変わった。「言いたいことの予想はつく」案の定睨みつけてきた。
「僕は父さんの道具じゃない」
何も言わずに睨みつけたまま聞いていた。
「僕は僕なんだ」
タバコを取り出し火をつけた。
「一人でもやっていける」
吐き出した煙の行く先は僕・・・
そして吐き出された台詞は「やっぱり」予想通り。
「いずれお前にも分かる。若さゆえの過ちは歳を取らないと分からないものだなのだ。だがなそれに気付いた時にはもう遅い。今ならまだ間に合うんだ」
「それでも、もしそうだったとしても僕は僕の道を生きたいんだよ!」
睨み合ったまましばしの間、そしてその場を立ち去ろうとする僕に向かって
「金は出さんぞ」
現実を突き付けてきた。
「いいのか?」
そうなんだ、僕は母さんに学費を出してもらっていたんだった。でももう後には引けない。
「・・・ああ・・」
完全なる父との決別だった。それは一人で生きていかなければならないとゆうことを意味していることも分かってた。心のどこかにあった甘えは完全に消し去らなければならなくなった。それでもまた自分を見失うわけにはいかないんだ。
その場ですぐに龍ちゃんに電話をした。父が背後で見ている目の前で
「あっ、いま平気?・・・うん大丈夫・・・」
僕から絶縁を突きつけた。
「明日帰るからさ」
その言葉を鼻であしらう父、何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
父とはもう二度と会うことはないかもしれない