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chapter 2 − recollection − 10月15日

 ――― 10月15日


 後期第一回目のサークル始動

 

「今日はバレーボールをやりまーす」

 ボールを手に言う風間さんの目の前にいるサークルのメンバーは、すでに三分の一くらいしか集まっていなかった。

 夏休みも明けるとどこのサークルもこんな感じで来なくなる人が増えるらしい。サークルに馴染めなかった人、それに必要性を感じなくなった人、掛け持ちをしていて片方を見切る人、人それぞれの理由で一年後にはさらに減って半分も残ればいいって風間さんは言ってた。少なくとも僕はその仲間入りをしようとは思わないけどね。龍ちゃんや風間さんがいるし、杉本も以前とは違うし、純粋に楽しめると思ってた。


 あんなことさえなければ・・・


 大学近くの市営体育館を借りてバレーボールは始められた。

 1本目、サーブは杉本、レシーブ側に僕と龍ちゃんがついた。杉本は運動神経抜群で、繰り出されるそのサーブはドライブが掛かった低く伸びる弾道で

「うっわ〜杉本さんのサーブすっげーなぁー、」

みんな口を揃えて言ってた。と思ったのも束の間、2球目が僕目掛けて飛んできた。

「おわっ!」

 球に弾かれしゃがみ込んでしまいとんでもない方向へレシーブしてしまった。

「ハハハ、大丈夫かー裕矢ー」

 そんな僕の姿を見て笑ってる彼はわざと狙ったにしても以前の悪気を込めたそれとは違ってた。

「全然、オッケーだよ、もういっちょ来い!」

 僕も僕で嬉しくて結構はしゃいでた。

 初めてサークルってものを心から満喫できたんだ。


 なのに・・・


 午後8時、サークルも終わりみんなそれぞれの帰路に着くべく帰り支度をしてた時だった

「裕矢くん裕矢くん、ちょっといい?」

風間さんに呼び止められた。

「今日用事あるかな?」

「えっ、ないけど、」

「よかったぁー、一緒にご飯食べない?」

 鈍い僕には彼女の言葉の意味も読めずに

「いいね」

ただ一緒にご飯を食べて帰ると思い即答すると

「じゃあこの前約束したのこれからなんてどう?」

「えっ?」

予想外の答えが返ってきた。

「もう、忘れてるな〜」

 頬を膨らます彼女

「食事作ってあげるって約束〜」

「・・・あぁ〜」

思い出す僕。

「裕矢くんちで、だめ?」

「とっとんでもない、いいの?」

 逆に聞き返してから事の重大さに気が付いた。

「まっかせなさい」

 胸を張っておどけてみせる彼女の姿が無性にいじらしく思えるのと同時に「彼女が一人で僕の部屋に来る」そのことに対する緊張が波を立てて押し寄せてきた。

「実はもう材料買っちゃってあるんだよねぇ」

 そんな僕の緊張なんておかまいなし、端から彼女はうちに来る気満々だったようだ。

「家戻って取ってくるね」

 そう言い残して嬉しそうに、本当に嬉しそうに僕の前を後にした。


 風間さんがうちに来る

 しかも一人で

 どうしよう

 どうしたらいいんだ

 何をすればいいんだ?


 帰りの電車の中、繰り返し考えた。こんなことは初めてで分からないんだ。今までは必ず龍ちゃんも一緒だったから「とりあえず掃除しよう」そんなありきたりのことしか思い浮かばなかった。

 家に到着

 まだ9時にもなっていなかった。


 何時くらいにくるのかな

 食事が済んだらどうしよう・・・


 とりあえず気持ちを落ち着かせようとテレビを付けてみた。

 

 泊まってくのだろうか・・・

 でもお互いの気持ちも確認してないままだし・・・


 コロコロで床の塵を取っていたその時だった。


 ――― ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴った。

 9時10分「あれ、早いな」不思議に思いつつもドキドキしながらドアを開けた。

「どう・・・・ぞ・・・・」

 目を疑った。

「どうもー」

 言葉を失った。

「久しぶりね」

 そこに立っていたのは杉本の彼女だったんだ。


 なんでこいつがここにいるんだ?

 どうして??

 ちょっと待ってくれ

 なんなんだ?

 何がどうなってる?


 思考は錯乱状態、ドアノブを握り締めたまま立ち尽くす僕の横をすり抜け勝手に中へと入ってきた。

「トシ来てる?」

「とっ、とし?」

「利夫よ、杉本利夫、来てないの?」

「・・・来てないよ、なんなのいったい!?」


 何を言ってるんだ?この女は


 思わず怒鳴ってしまった。女は少し驚いたようだったがすぐにほくそ笑み

「ふ〜ん来てないんだ」

靴を脱ぎ

「上がらしてもらうわよ」

勝手に部屋の方へと入っていってしまった。慌てて追いかけ

「なんなんだよ!ちょっと待てったら、」

呼び止めるも部屋に入るなり中を見渡しその場にしゃがみ込んでしまった。

「ベッドやめちゃったんだー」


 誰のせいで・・・


「いったいなんの用だよ!?」


 もうすぐ風間さんが来るんだよ!


 ニヤッと嫌な笑みを浮かべ女が口を開いた。

「トシがねー、ここに来いって。後で自分も行くからってさ。何してんだか知らないけど来てないじゃんね」

 どうして?

「な、なんであいつがうちに来るんだよ、」

「何でって私が知りたいわよ」

 知らないのか?

「なんだよそれ、わけ分かんないんだけど、」

「私だっていきなり呼び出されて頭きてんだから・・・だいたいいっつもそうなのよね・・・」

 愚痴をこぼしながらテレビを見始めた。

「金ないからってこんなとこホテル代わりにするんじゃないわよ」

 そんな愚痴などもう耳には入らなかった。今置かれた現状を把握するのでいっぱいいっぱいだった。


 もう仲直りしたはずだろ?

 なんでまた来るんだ?

 どうして今日なんだよ

 来るなら来るって言ってくれよ

 風間さんが来ちゃうよ

 誤解でもされたらどうするんだよ

 こんなとこ見られたらまずいんだよ 

 どうしたいいんだ

 どうしたら・・・  

 

 ハッと我に返った。女はその場に立ち尽くす僕をいつからか覗き込むようにじっと見つめてた。


 なんなんだこの女は


「今日はまずいんだよ、悪いけど帰ってくれないかな、」

 自分もその横に中腰で座り頼むと

「えぇ〜、せっかく来たのにぃ〜」

「あいつが来たら僕が説明しとくから、ねっ、」

「ふ〜ん、何か不都合なことでもあるみたいね」

さらにニヤニヤしながら顔を近づけてきた。

「彼女来るんでしょ?」

 ずばり指摘され何も言えずに視線を逸らすと、女は床に手を着き立ち上がる素振りを見せ

「・・・もてそうな顔してるもんねー」

そう言った次の瞬間、倒れ込むように伸し掛かってきた。


 えっ!?


 中腰で踏ん張りがきかない、女を抱き締める?抱き締められる?形で倒れ込んでいく。まるでスローモーションのように重力を奪われその場に倒れ込んだ。

「うぁ!」

 頭を床に強打。遠退く意識の中、きつい香水の香りに包まれ頭が眩んだ次の瞬間、唇にヌルッとした感触が伝わってきた。

「!?」

女の唇だった。

「な、な、ななに・・・」

 徐々に焦点が定まってきた。

「いいじゃない・・・楽しもうよ」 

 意識がはっきりしたそこには僕の上、四つんばいに跨る女の顔があった。

「トシならもう来ないよ」

 僕の両腕は女の両手に押さえ付けられてた。

「いつもそうやってすっぽかすんだから」

 再び女の顔が近付いてきた。

「やっ、やめ、」

 女を押し退けようとしたその時だった。


 ――― ガシャ、


 何かが床に落ちる音がした。

 二人慌てて身を起こしその音のした方向、部屋の入り口に目をやった。

 そこには呆然と立ち尽くす杉本の姿があった。

 手にしていたビニール袋を落とし目の前の光景、僕と彼の女が重なり合ってる姿を見て絶句して立ち尽くしていたんだ。永遠とも思える数秒、まるで止まってしまったかのような時の流れを彼の動きが打開した。怒りに肩を震わせたかと思った瞬間、物凄い勢いで飛び出して行ってしまった。

「トシ!!」

 追い掛け出て行く女。


 同じだ・・・

 高校の時と・・・


 脳裏をよぎった。


 また同じじゃないか!


 全てが過ちへと進んでる、全てが取り返しのつかない方向へと流されてしまったのを感じた。頭の混乱はどうすることもできなかった。ただただ震えが止まらなかった。震える体を引き摺るように彼の落とした袋の中身を覗いてみた。中には割れて中身の飛び散ったウイスキーとビンの破片とつまみが入っていた。


 いったいなんで?

 どうしてこんな物持って?


 すぐには理解できなかった。一つ一つ整理していった。「冷静に考えろ」そう自分に言い聞かせ記憶を紡いでいった。全ての辻褄が合ってきた。


 そうか・・・


 おそらく杉本は僕と仲直りをしたことを証明しにきたんだろう。今までホテル代わりに使ってきたこの部屋で、これからは友として一緒に飲み明かすつもりだったに違いない。袋の中身がそれを物語ってた。


 でもなんで?


 部屋に勝手に入っていく女を追いかけた時、慌てて鍵を掛け忘れたんだ。彼がチャイムを鳴らさなかった理由は定かじゃない。でも先にチャイムを押さなかったのは、彼の中に「信じたい」と思う気持ちと裏腹に「本当に信じていいのか?」と疑心暗鬼になってる自分がいた証拠だ。そしてそれを消せなかったんだろう。ゆえに試したんだ。偶然にも鍵は開いていた。ドアを開けると彼女の靴がある。僕と彼女の声が聞こえてくる。「今度こそお前らを信じたい」その思いは見事に裏切られたんだ。あの女がぶち壊したんだ。やっとの思いで漕ぎつけた和解の場を、身勝手な欲望で踏み躙ったんだ。


 どうしてくれるんだ

 せっかくの苦労も水の泡じゃないか

 また振り出しに戻っちゃうのか?

 そんなの嫌だ

 どうすればいいんだ

 どうすれば・・・


「ちくしょう・・・」

 その場に膝を落とし

「・・・ちくしょう・・・」

握り拳を叩き付けた。

「ちくしょー!!」

大声で喚き散らしありったけの力で叩きつけ続けた。


「ゆう・・・や・・・くん?」


 僕を呼ぶ聞きなれた声。ドアの前には恐る恐る部屋を覗き込む風間さんの姿があった。

「ちょっ、どうしたの!?」

 彼女の目に映るのは正気を失った僕の姿、尋常ならぬその姿を見て慌てて駆け寄ってくる彼女、その手にもビニール袋が握られていた。

「う、うぅ〜・・・」

 彼女の姿を見てなぜか突然涙が溢れてきた。袋を放り出し目の前にしゃがみ込み

「ねぇどうしたの?大丈夫?」

うな垂れる僕を心配そうに覗き込んできた。

「キャッ、ち、血出てるじゃない!」

 流血する僕の拳を見て

「ちょっと待っててね」

慌てて立ち上がり辺りを見回した。

「救急箱、救急箱どこ?」

 彼女も興奮してた。裏返った声で叫びながらあたふたしてる彼女に救急箱の置いてある棚を指差した。その指は流れ出した血に染まっていた。急に痛みを感じ始めた。

 救急箱を手に駆け寄り消毒液を取り出し

「手出して、」

傷口に垂す彼女

「痛ててて、」

「当り前でしょ、こんなになってるんだから、まったく何やってるのよ、」

口を尖らせ文句を言いながらも一生懸命手当てをしてくれた。

「そういえばさっきスギちゃんに会ったわよ」

 えっ?

「なんか睨みつけられちゃった」

 あぁ〜・・・

「私だって分かんなかったのかなぁ〜」

 いや分かってるよ

「そのまま走って行っちゃったけど」


 ごめん、ごめん風間さん、


 そう言いたかった。でも言葉にならなかった。

 左手で流れ出る涙を拭った。

 彼女は何も聞かずに手当てをしてくれた。

 黙って差し出す右手に完全に痛みが戻った時、彼女の手のぬくもりを感じた。

「はい、これでよし」

 手を離し僕を見つめてきた。

「・・・何も・・・聞かないの?」

 優しく微笑む彼女

「誰にだって言いたくないことぐらいあるんじゃない」

そしてウイスキーの流れ出す袋を見つめ

「・・・スギちゃんと何かあったんでしょ?」

再び僕を見つめてきた。思わず視線を逸らしてしまった。

「前からちょっと変だったもんね」


 彼女は分かってるんだ


 少し落ち着いてきた頭の中で願った。


 いや分かってくれるだろう

 分かってもらいたい・・・


「・・・あのね、」

 そして今まで起きた全てのことを話した。

 全てだ。

 

 高校時代のこと

 家庭のこと

 ついさっきの杉本とのこと


 全てを打ち明けた。

 彼女は黙って何度も頷きながら聞いてくれてた。

 話しながら昔の嫌な記憶が蘇ってきた。だんだん興奮してきて自分で何を言ってるのか分からなくなってた。

「二度もだよ、高校の時もさっきも二回とも彼氏のいる女に迫られたんだ、」

 そう言っていたと思う。もうその時には彼女のことなど見えてなかった。

「しかも両方とも杉本の彼女だ!信じられない、なんで付き合ってる人がいるのに、なんで僕なんかのこと・・・どうして・・・どうして、」

 支離滅裂なことを口走ってたと思う。

「・・・信じられない、もう女なんて信じられないよ!」

 怪我を負った拳を再び床に叩き付け叫んだ。頭に血が上りわけが分からなかった。俯いた肩を震わせた。再び溢れ出てきた涙が床に零れ落ちた。その時だった。

「・・・信じて」

 小さく呟くような声聞こえたかと思うと

「・・・私を信じてよ」

彼女はうな垂れる僕の前にその身を乗り出してきた。驚いて我に返った。見上げると彼女も涙目になっていた。

「私も信じられない?」

 いつも微笑みかけてくれたその大きな瞳から涙が零れ落ちてきた。

「・・・私も女よ」

 いつも笑い声しか聞いたことなかったのに

「私を信じてよ、お願い、全てを否定しないで・・・」

その声は泣き声だった。

「私は裕矢くんが好きだから」

 

 えっ今なんて?


 そう思った次の瞬間、彼女はその場にひざまずき僕を覆うように抱きついてきた。一瞬何が起きたのか理解できなかった。

「・・・ねぇ、私も信じられない?」

 彼女の涙の粒が髪に落ちてくるのを感じた。

 強く首を横に振った。

「ほ、ほんと?」

 抱き締めていたその腕をほどき僕をじっと見つめてきた。僕は強く頷いた。

「・・・よかったぁ〜、」

 全身の力が抜け切ったようにその場にへたり込む彼女、その涙を拭いながらいつもの微笑みを僕にたたえながらも涙が零れ落ちた。その涙は悲しみのそれから喜びへと変わったことを意味していた。微笑みたい、けど涙が止まらない、そんな彼女の姿を見て急に愛おしくなった。自然と僕から抱き寄せていた。彼女も僕以上の強さで抱きついてきた。自分で自分の大胆な行動に驚きつつも、彼女を抱き締めながら今まで感じたことのない安堵感を覚えた。

「・・・好きよ」

 腕の中、彼女が言った。

「・・・僕もだ」

 ゆっくりと互い抱き締め合う腕をほどいた。

 彼女の手を握り締めた。

 見つめ合った。

 瞳を閉じる彼女。

 その唇に僕の唇を重ねた。

 僕と彼女の気持ちが一つに重なった。


 そのまま二人添い寝をしていろいろなことを話した。

 中学時代、高校時代

 杉本のこと

 これからのこと

 食事もとらずに、いつの間にか眠ってしまった。

 

 いろいろなことがありすぎた

 つかれたよ


 

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