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chapter 2 − recollection − 10/5龍二

 ――― 見てしまった。

 見たくない光景を。

 そして知ってしまった。

 知りたくない事実を・・・


 その日、俺は二時限目の心理学の授業を終えて一食へ向かっていた。「裕矢に連絡とってみるか」そう思いもしたが「どうせ一食にいるだろ、亜美も一緒じゃなかったからそこで合流になるな」そう踏んで直接向かうことにしたんだ。

 心理学で使っている2号棟の講堂から一食に向かうには全ての食堂の前を通過することになる。新校舎側を通り六食から五食へ、四食は新校舎建設の際、取り壊されてしまった関係で存在していない。三食と二食は窓際席がなく外からは見えない造りになっている。そして旧校舎側に離れて一食があるんだ。

 一食へと向かいキャンパスを歩いてた。そして六食の「ブルーミン」の前でその光景を目の当たりにしたんだ。


 亜美、裕矢・・・


 二人楽しそうに

 先に(・・)

 昼食を採っていたんだ


 二人、俺には気付かなかった。咄嗟に携帯を手にした。着信はなかった。もちろんメールも・・・


 場所は六食

 そこに二人きり

 連絡はない


 それは二人が俺を避け二人で昼食を採る選択をした最初の場面だったんだ。

 ショックだった。

 いつかこんな日が来ることは分かっていた。

 分かっていたつもりだった。


 でもこの胸の痛みはなんなんだ?


 富士急の帰り道、由紀に亜美との関係を突っ込まれてから今まで度々自問自答を繰り返してはいた。バイト先、由紀と顔を合わせるたび、由紀が泊まりに来るたび、由紀を抱くたび、眠りに落ちる前、朝目覚めた時、そしてそこにスヤスヤ眠る由紀の寝顔がある時、


 こんなにも未練がましかったなんて・・・


胸の痛みをごまかすために幾度となく由紀と身体を重ねたんだ。そう、バイトが重ならなくても毎晩のように由紀を呼び出した。一人になると始まる自問自答に負けそうになる。だから呼び出しては抱いたんだ。


 もしかしたらこれから一食に向かうのかもしれない


 一縷(いちる)の望みを胸に携帯の履歴から「亜美」を呼び出し発信した。テーブルの上に置かれていた携帯を手にした亜美は、俺からの着信を確認した途端動きが固まった。俺が見ていることなど全く気付いていない二人、首を傾げる裕矢にその着信を見せそのまま留守電に変わるのを待っていた。そして切れるのを確認すると鞄にしまってしまったんだ。


 あぁ〜・・・・


 言いようのない疎外感

 いやそんな生ぬるいもんじゃない

 亜美と別れた時に味わったあれだよ

 

 すぐ近くにあるベンチに腰を下ろした。

 何もする気が起きなかった。

 そのベンチからは二人の様子がうかがえた。「楽しそうに何を話してるんだろう・・・」時折見せる亜美の恥ずかしげな「女の」表情、それが裕矢に向けられている現実、それを隠れて見ている俺、心底情けなかった。


 ・・・助けて・・・くれ・・・・


 自然と携帯を手にしてた。

「・・・あ、俺・・・今日も来いよ」

 由紀を呼び出してた。


 その日はバイトの日だった。

 午後の三限目の授業はとても出る気になれなかった。サボりそのまま早めにバイト先へ向かった。由紀は非番だったため家へ直接向かうように言っておいた。

 由紀には「富士急の帰りの一件」以来、「愛の証」を証明するために合鍵を渡してあった。呼び出されれば断ることの決してない由紀は、俺がバイトから帰って来るまでの間に掃除や洗濯をしてくれていた。「嫉妬深い面があるのは俺を好きなゆえ」そう思ってあの日の件は心に封印していたんだ。


 まさかその封印がこんなにも呆気なく解かれることになってしまうとは予想だにしなかった。


 胸の重石を抱え何もする気力が起きず赴くままにバイト先に向かった。早めに着いてしまい誰もいない休憩室、椅子にもたれかかり一人うなだれていた時だった。

「おうリュウ、早いな」

 社員の高橋さんが一服しにやってきた。

「・・・ちーっす」

 高橋さんは仕込みがあるためいつも昼には出社していた。

 37歳、2人の子持ちで口癖は「家庭が一番!」とにかく面倒見が良くみんなの兄貴的な存在の人だ。

 高橋さんは隣に腰を下ろしタバコに火をつけると

「かわいくね、これ」

携帯の待ち受けにしている子供の写真を見せてきた。

「・・・似てないっすね」

 一姫二太郎の兄妹構成、二人ともゴツイ高橋さんには似てなくてとても可愛らしかった。

「それは褒めてんのか?」

「もちろん、お子さんを」

「このやろ!」

 ヘッドロックをかましてきた。

「ギブギブ!!」

 高橋さんの突っ込みはいつもハードだが、歳の差を感じさせないフランクな雰囲気がとても心地よかった。彼と話をしている間は嫌なことは忘れられたんだ。まさかその時は、その癒しの場が一瞬にして崩壊するなんて思ってもみなかった。彼の口から崩壊の言葉を聞かされるなんて思いもよらなかったんだ。

「はぁ〜・・・ハハハハ」

 ヘッドロックを解除され息を切らす俺、意味なく笑みがこぼれ次の突っ込みを期待していた。が攻撃はなく、タバコを深々と吸い込んだかと思うとため息混じりに吐き出し尋ねてきた。

「・・・お前、神里と付き合ってるのか?」

「えっ?」

 急な、しかも予想外の質問に何と答えていいのか分からなかった。言葉が見つからずにいると、その沈黙で全てを察したのか

「・・・そっか・・・」

一転、真剣な面持ちで話を切り出してきた。

「あれはやめとけ」

「はっ?」

 あまりに意外な展開にわけが分からなかった。

「・・・可愛いけどな・・・あいつはヤバい」

 タバコを灰皿に押し付け

「・・・病んでる」

確信の一言を放った。

「・・・なんすか・・・それ」

 聞きたくなかった。

「恋愛に不器用って言や聞こえがいいか」


 やめてくれ


「のめり込んじまうんだろうな」


 聞きたくない 


「嫉妬深かさが半端ないらしい」


 あぁ〜・・・


「前に働いてた社員がな、あいつ絡みで辞めたんだよ」


 ・・・・・・


 高橋さんの話によると、一年前に働いていた社員の一人が由紀と付き合っていて恋愛のいざこざで辞めてしまったとのことだった。「恋愛にトラブルはつきもの」そう思って高橋さんも他の従業員のみんなも退職に関してこれといって気に止めていなかったのだが、その辞めてしまった社員と仲の良かった従業員が辞めた理由を聞いていて、その内容を知って愕然としたとゆうのだ。「帰りが遅ければ他の女との関係を疑う」「携帯の履歴チェック、メールチェックは当り前」「勝手にアルバムをあさって女と二人で写ってる写真を引っ張り出してはヒステリックに」「仕事上りを待ち伏せしての行動チェック」・・・・等々

 

 ウソ・・・だろ・・・


 信じたくなかった。だがすでに亜美との過去に対してその「嫉妬の一部」を垣間見たばかりだった。

「証拠はねぇよ。全部元彼の証言の又聞きだからな」

 そしてその証言を元彼から聞かされていた店員ももう辞めてここにはいないとのことだった。

「ただな、別れ話を切り出した時に刃傷沙汰になりかけたとまで聞いてる」


 マジかよ・・・


「この話を知ってるのは今は俺だけだ」

 恋愛のトラブルで社員が辞めたことは、その時働いていて今も残っている従業員は皆知っているらしいのだが、「別れた彼女と同じ職場で働くのは気まずいから自ら身を引いたんだろう」程度にしか思っていないらしい。

「元彼は辞めた直後に引っ越してる。それもあいつに移転先を知られたくなったからだろうな」

 離職の手続き等は全て仲の良かった店員を通して行ってきたとゆうのだ。

「普通そこまでしないよな。でもそれで分かるだろ、あいつが元彼にしてきたことがどれほどのものだったのかってな」


 何も言えなかった。

 言えるわけなかった。

 高橋さんの話は全て又聞きで、高橋さん自身も確証を取れないから誰にも言えなかったとのことだった。ただ自分が由紀と付き合ってると知り心配して助言してくれたのだ。


「深入りしない方がいいと思うぞ」

 帰り際、高橋さんの放った言葉にただ頷くしかなかった。


 バイトを終えさらに重さを増した脚を無理やり自宅へと向けた。 


 言いようのない疎外感

 知ってしまった知りたくない事実


 グルグル回って絡み合いわけが分からなくなった。頭の中がスパーク状態、「部屋に戻りたくない」足取りが止まってしまったその時だった。


「リュウ!」


 後ろから声を掛けられた。

 手を振り駆けよってくるのは由紀だった。

「!」

 

 仕事上りを待ち伏せしての行動チェック

 

 脳裏をよぎった。

「どうしたの?」

 言葉の一つも掛けられずにいる俺を不思議そうに首を傾げる彼女に

「いや、なんでもないよ、お前こそ・・・どうしたん?」

恐る恐る尋ねた。

「ビールがね、切れてたから買いにきたの」

 缶ビールの入ったコンビニの袋を差し出す彼女

「リュウ飲むでしょ?」

 その屈託のない笑みに「本当に彼女が・・・本当に?」高橋さんの話がウソであってほしいと願わずにはいられなかった。


 いま由紀を失ったら俺はひとりだ・・・


 それだけは耐えられなかったんだ。






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