chapter 2 − recollection − 9/2龍二
――― 裕矢が倒れたその時、俺は数人の女子に囲まれいい気分で飲んでいたんだ。
亜美はみんなに酒をついで回り盛り上げ役に従事していた。「がんばってんなー亜美は。俺もそろそろ手伝うとするか」そう思いながら裕矢の方に目をやると、あいつはあいつで杉本さん達とよろしくやってるように見えた。裕矢が飲み干すその姿を取り囲む女の子たちが拍手しながら盛り上げていた。少なくとも俺の目にはそう見えた。「負けてらんねぇな」俺はその場を立ち上がり他のグループにお酌している亜美のもとへ向かったんだ。
「亜美ちゃ〜ん、飲んでますか〜?」
ビール瓶片手に彼女の横に座ると
「あっリュウ、みなさーんリュウのおでましですよー!」
みんなの注目を俺に集めコップを手渡してきた。
「はいリュウちゃんのちょっといいとこ見てみたい、一気!」
「一気!」「一気!」
「げぇ〜来んじゃなかったぜ〜」
いきなりのありがたくない歓迎、そのまましばらくそのグループの中で盛り上がっていた。するとその中の一人の娘が
「リュウちゃんと風間先輩って仲いいですよねぇ、付き合ってるんですか?」
などとほざきやがった。俺と亜美、二人顔を見合わせどちらが早かったか
「じょ、冗談でしょ、」「あぁ〜ん、」
同時に叫んでしまった。「ヤバい!」そう思ったのも束の間、その娘はさらに
「だってぇーお似合いですよー」
とまで付け加えてきやがった。その場にいた他のメンツまでもその娘に乗じて突っ込んでくる始末で、否定すればするほどどつぼにはまり
「はいはい、ご想像におまかせします〜、」
「ちょっとー誤解招くような言い方やめてよー!」
二人で苦笑いしていた矢先のことだった。
「ふざけんなー!」
叫び声が宴会場の中を響き渡った。
「裕矢の声」すぐに分かった。長テーブルを一つ隔てて俺の斜め後ろで飲んでいた彼の方を振り返るとその場に立ち尽くし杉本さんの方を見ているようだった。「なんだ?」と思った次の瞬間、体のバランスを失ったかのように倒れ込んでしまった。まわりにいた女の子たちが抱きかかえるように支えたので大事には至らなかったが、みんながみんな心配して彼の所へ駆けつけていった。俺も亜美も慌ててテーブルを飛び越え彼の元へ駆けつけた。そこでは杉本さんが彼を抱きかかえて
「裕矢大丈夫か!?しっかりしろ!!裕矢!!」
彼の頬を叩きながら叫んでいた。
「どうしたのよ!?」
慌てふためく亜美に
「説明は後だ、手伝ってくれリュウ、片方頼む、」
裕矢の腕を掴み自分の肩に掛けもう片方を俺が支え廊下に連れ出した。
「どうするんですか?」
「どうするのよ、」
俺も亜美もわけも分からず尋ねると
「ロビーにソファーがあったろ、とりあえずそこに寝かせる」
他のメンバーは宴会場に残るよう指示を出しその場を後にした。そしてロビーまで連れて行きソファーに横向きに寝かせると
「裕矢聞こえるか?おい!」
裕矢の頬を強く叩き応答を求めた。
「う、うぅ〜ん・・・」
唸り声を上げる裕矢。
「おい、大丈夫か!?」
「う〜ん、ふぅ〜・・・」
「・・・意識はある、顔色も悪くない、急性アル中じゃないな、リュウ水いいか?」
「は、はい」
言われるがままに水を取りに行こうとすると
「ねぇ!救急車呼ばなくて平気なの!?」
興奮気味に亜美が食って掛かっていた。
戻ってみると裕矢は半分身体を起こし精気の抜け切った表情で一点だけ見つめたまま俺に差し出された水を受け取り
「・・・・」
言葉もないままに飲み干した。
「もう大丈夫」
そう言って杉本さんはまるで子供をあやす親のように裕矢の肩を取り寝かし付けた。
裕矢はそのまま眠ってしまった。
「大丈夫なんですか?」
「あぁ、飲み会じゃよくあることだ。吐いたら詰まらないように横向きに寝かせてやれば大丈夫」
なすがままの裕矢を横向きにしながら
「明日は二日酔い決定だけどな」
落ち着いた笑みで裕矢を見つめていた。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって。お前らは部屋に戻りな。みんな心配してるぜ。あとは俺が見てるからよ」
しつこく何度も尋ねる亜美をなだめながら宴会場に連れていった。彼女は「裕矢の側を離れたくない」と言わんばかりの眼差しを向けたまま渋々その場を後にした。
宴会はその時点で終了、皆それぞれ後片付けをしていた。
各部屋に戻る時、裕矢を心配して全員ロビーに集まった。
「大丈夫ですか裕矢くん?」
「びっくりですよ〜」
「なんだったんすか?」
眠る裕矢を前に同様の質問が飛び交った。
「起きるとかわいそうだからとりあえず部屋に戻ってくれよ、なっ」
杉本さんの言葉に納得したわけではなさそうだったが、皆その場をあとにした。俺と亜美はその場に残りわけを尋ねた。
「ねぇなんでこんなことになったの?」
「シィー」
興奮する亜美をなだめるように俺の横に座らせた。
「ねぇどうして?」
今度は小声で聞き返してくる亜美をどこか冷めた表情でじっと見つめ
「・・・やけに・・・気にすんだな」
逆に聞き返してきた。
「当たり前でしょ!」
また興奮して大声を出す亜美に
「なんでそんな心配するんだ?」
今まで見たこともない真顔で睨みつけてきた。
「な、なんでって、」
予想だにしなかった質問に臆する亜美にさらに
「サークルのためか?それとも女としてか?」
追い討ちをかけた。
「な、なによそれ、」
亜美はごまかすように俯いた。そんな彼女の動揺する姿を見て「フッ」っと鼻で笑い視線を外し
「ちょっとな、ふざけてただけだよ・・・度が過ぎたってやつだ」
寂しげに答えた。
納得のいかない表情を浮かべ俯いたままの亜美、亜美の気持ちは分かっている俺、何を考えているのか分からない杉本さん、そのまま会話がなくなってしまった。それから三人とも黙り込んだまま誰も話そうとはしなった。
俺と亜美はいつの間にか眠ってしまったようだ。寄り添いあったまま目覚めるともう朝だった。俺たちを包むように毛布が掛けられていた。「えっ杉本さんが?」彼を見るともう起きていた。いや、寝なかったのかもしれない。俺と亜美が起きたのを見ると
「じゃああと頼んだぞ」
部屋に戻って行ってしまった。
それから1時間ほどして裕矢は目を覚ましたんだ。