chapter 2 − recollection − 8月9日
―――8月9日
晴れ。
雲一つない晴天だ。
渋谷109前、午後1時待ち合わせ。
携帯で時間を確認する。あと5分。
15分前に着いていた。
大きく深呼吸を一回、
心臓がばっくばくだ
あらためて実感した。女の子と二人きりで遊びに行くのはこれが初めてだったんだ。
高校時代はもてなかったわけじゃない。自分で言うのもなんだけどかなりもててはいた。杉本事件以前までは幾度となく告白されたりしてたし、他校の生徒からも何度も告白されたことがあったくらいだ。奴の彼女もその内の一人だったし・・・
その時は奴のこととか家の問題やらで恋愛どころじゃなかったし、どうして僕みたいなやつにこんな沢山の女たちが言い寄ってくるのか理解できなかった。
いわゆるモテ期ってやつだったのか??
自分を鏡で見つめる。
これがモテる顔ってやつなのか?
理解不能だ・・・
とにかく高校時代はそれどころじゃなかったってことだ。
でも今は違う。杉本のことは相変わらず気がかりだけど、過去のしがらみから少しずつ開放されつつある。自由はすぐそこだ。そして気になる娘がいる。
ものすごく緊張していたんだ。
いろんなマニュアル本を読んだ。そこには今まで無縁だった世界が広がっていて、その中に引き込まれていく自分が嬉しかった。
目の前を通り過ぎてく人たちは様々なファッションで個性を演出して歩いてる。足早に何かに急かされるように歩いてる。額に汗しながら先を急ぐ。夏休みも手伝ってスクランブル交差点は車を止めそうな勢いの人混みだ。僕もその中の一人・・・
こんなに人がいる
僕は彼らを知らない
これだけ人がいる
誰も僕を知らない
ふと思った。
なんでこんなに多くの人がこの世に存在してるのだろう
それぞれにその存在価値はあるんだろうか
裏返してみれば自分の存在意義すらもその疑問の中に巻き込まれてしまいそうで怖くなった。
人波は流れを止めず誰もが他人として通り過ぎていく。止めることのできない時の流れにも似たその中で、僕だけが取り残されているような錯覚を覚えた。
「裕矢くーん!」
ボーっと立ち尽くしていた僕の後ろから声がした。
「おっまたせー!」
大きな澄んだ瞳にいつもの微笑みをたたえ手を振り駆け寄ってきた。
「お、おひさしぶりです」
風間さん!
おぉ〜無茶苦茶ドキドキする
「なに?かしこまっちゃって」
緊張がバレた。軽く笑われてしまった。
前もって調べておいた観る予定の映画が上映している映画館へと向かおうとした。二人肩を並べて歩いていたその時
「もしかして映画館向かってる?」
彼女が尋ねてきた。
「うんそうだけど、」
「寄る必要ないわよ」
にっこり微笑みバッグに手を入れ
「じゃーん!」
ヒラヒラとちらつかせるそれは映画のチケットだった。
「えっ、どうしたのそれ?」
「さっき買ってきたのさ」
満面の笑みに腕組みをして
「えらい?ねぇえらい?」
胸を張ってくる彼女を感心の眼差しで見つめてしまった。
「うそ、ほんとに?あ、ありがと、」
本来僕の役目だったんじゃないのか?
やられた・・・
常に一歩先を越される
「いくら?払うよ」
お金を払おうと財布を取り出そうとすると、僕の手を押さえて
「いいの!今日は私が誘ったんだから、ねっ」
それを阻止する彼女に感動しながらも
「いや、払うって、」
払おうとする僕
「いいの〜お願いだからしまって」
甘えた声で言う彼女に
「んん〜、」
引き際が分からない僕
こうゆう場合はどうすればいいんだ・・・
「次にお願い、ねっ」
二歩先を越された・・・
彼女には追いつける気がしない
納得を笑みで返し財布をポケットにしまった。
上映までにはまだ時間があった。
「まだ時間あるね」
そう、2時間近く時間があった。映画館に入るにはまだ早すぎる。正直なところどうしようか迷っていたんだ。
「お茶でもしよっか?」
彼女に言われてしまった。
「いいね、」
お昼とゆうこともあってか僕が目を付けておいた店はどこも満席だった。
「空いてないね」
「そうね・・・」
うだるような日差しにうざい人混み、そして焦りで頭の中がパニックになりかけていたその時
「そうだ、あそこなら空いてるかも」
何か思い出した彼女が
「行ってみよ」
僕の手を取りエスコートするように歩き始めた。
「・・・・・」
手を握られてしまった
呆気ないくらいに・・・
手を引かれながら握られている手をただただ見つめてた。体が硬直してた。やわらかい手の感触とぬくもりが伝わってくる。僕はこんなにも緊張してるのに、彼女は何ら気にとめる様子もなく僕を引っ張っていく。
これじゃ立場が逆だ・・・
デパート中へ、二人エスカレーターの左側に寄ったその時、握られてた手が離された。僕の感じた緊張なんか少しも感じてないように見えた。そして4階、婦人服売り場、その窓際にカフェがあった。
「よかった〜空いてるね」
「・・・うん」
窓際に一列並んでいる席に腰を降ろし彼女はコーヒー、僕は紅茶を頼んだ。
「穴場よねー。前来た時もそうだったの」
ブラックのままコーヒーを飲む彼女。
いったい誰とここに来たことがあるんだろう
女友達?
男友達?
昔の彼氏?
それとも・・・
嫌な想像が頭をよぎった。
「ねぇ、聞いてる?裕矢くんってば、」
「えっ、聞いてるよ聞いてる、」
映画の始まる10分前までそこで時間を潰していた。
それから映画を観て近くの店で夕食となった。
薄暗い店内、否応なしにもムードが盛り上がる感じがした。
「美味しかったね」
「うん」
僕が彼女を見つめ彼女も僕を見つめる。
彼女は僕をどう思っているんだろうか
「ねぇ、ちゃんとご飯食べてる?」
突然の質問だった。
「えっ、まぁ」
「ほんとぉ?やせたみたいだけど。頬こけてきたよ」
確かに自分で料理を作るのは苦手だ。最近じゃ作るのも片付けるのも面倒でバイト先の趣味期限切れの弁当を勝手に持ち帰って食べることが多かった。体重が減ったのかどうかなんて体重計を持ってないから分からなかった。
頬をさすりながら
「そうかなー」
答えると、心配そうな面持ちで尋ねてきた。
「やせた!ちゃんと食べてるの?」
「食べてる・・・とは言えないかな、」
「だめよちゃんと食べないと。体壊すよ」
「龍ちゃんみたいに料理作るの得意じゃないしな〜」
その答えに彼女の表情がパッと明るくなった。
「私得意よ、料理作るの」
身を乗り出し自分自身を指差し言う彼女
「リュウより上手いわよ」
その言葉の意味を一瞬理解できなかった。
えっ?作ってくれるの?僕に?
「じゃ、じゃあ今度ご馳走してよ、」
微笑む僕の笑顔は不自然だったろうか。
「喜んで!」
満面の笑みが向けられてきた。
「今度作りに行ってあげるね」
えぇ〜、作りに来る?
作ってくれるだけじゃなくて?
なんか凄いこと言ってないか?
「ほ、ほんとに?」
「うん!」
ほんとらしい
彼女は
僕を
どう思ってるんだ??
誘ってくるのはいつも彼女の方から。またも彼女の方から誘われてしまった。望み薄だったはずの僕の想いは意外なことに軽く覆されてるんじゃないだろうか。なんにせよそのことを彼女に問いただすのは時間の問題だろう。
「ここは出させて」
レジの前、会計は僕の役目。
「いいの?」
チケットのお礼も込めてね。
「もちろん」
「お言葉に甘えさせていただきます」
ちょこんと頭を下げる彼女が先に店を出た。
財布におつりをしまい尻ポケットにしまいつつ店を出ると
「ごちそうさまでした」
彼女が腕にしがみ付いてきた。
おぉ〜××の感触が・・・
そんなことよりなにより彼女の女らしさを認識させられた。サークルじゃその長として気丈な振る舞いを見せる彼女だけど、やっぱり女の子なんだ。
かわいい
素直にそう思った。
駅に向かうほんの数分の間、どちらからともなく握った手に先程のそれとは違う思いが込められているのを感じた。彼女は黙ったままだった。僕も何も語り掛けなかった。
改札口の前、彼女はただ僕を見つめてきた。それぞれ反対方向へと帰らなければならなかった。
「・・・実家には帰らないの?」
僕が実家に帰ればまたすぐに会える。
「・・・うん・・・」
どうして?そう聞きたそうだった。
「家族が心配するよ」
だといいね。心の中で呟き黙って俯いた。
「・・・電話するよ」
「・・・うん」
ずっと手を握っていた。名残惜しかった。複雑な心境だった。
彼女は勘が鋭い
人への気遣いを常に考えてる
人の秘密を無理に聞くようなことはしない
だからこそ隠している自分が情けなかった。
杉本にバラされるくらいなら自分の口から伝えたい
彼女が本当に僕のことを思ってくれているのなら、彼女から伝えられる前に僕から真実を伝えたい
今日一日でいろいろなことがあった。
その中で一つ分かったことがある。
僕は彼女が好きだ