chapter 2 − recollection − 7月20日
――― 7月20日
前期試験終了。
入学試験以来、初のテストが本日をもって終了した。
明日からは長ーい長ーい夏休みだ。なにせ大学の夏休みってのは二ヶ月以上もあるのだ。
いったい何をすればいいんだろう
実家にも帰れないし・・・
でも龍ちゃんもお盆以外は帰らないって言ってたし、まぁ風間さんとしばらく会えなくなるのは寂しいけど、杉本とも会わなくて済むしいいか。
とりあえずはバイト詰めになりそうだな。
杉本との一件以来バイトを替えたから杉本も面を食らってるだろう。下のコンビニでのバイトを辞め市街地のコンビニに替えたのだ。そこならまずバレることはない。もともと校内ではめったに顔を合わせないし、サークルの後は龍ちゃんちに遊びに行ってるから、かれこれ一ヶ月奴はうちに来ていない。サークルの時間はみんなの目もあるから特別何かを仕掛けてくるような馬鹿はしてこない。奴の冷たい視線が気になりはするけど無視。とりあえずこれを通そう。
なんだか元の生活に戻ったみたいだ
とっても充実してる
それになんと言ってもサークルが終わって龍ちゃんちに遊びに行く時は決まって風間さんも一緒なんだ。いつも三人でつるむのが定番になってる。今日も学校帰りに三人でマックでつるんでたんだ。
「俺今からバイトだぜ、バイト」
「えぇ〜そうなの?」
「なぁんだバイトじゃ遊び行けないわね」
カラオケに行こうかと話してたとこだった。
「二人で行ってくりゃいいじゃん」
ニヤける龍ちゃん。
「えっ・・・」
「そ、そうね・・・」
動揺する僕。風間さんは?
「・・どうしよっか?」
「私はいいけど」
にっこり微笑む風間さん。
僕はかなり動揺していた。態度にも出てたと思う。
それから龍ちゃんのバイトの時間までそこで時間を潰して店を出た。龍ちゃんは6時からバイトとゆうことでそこで別れた。二人きりになってしまった。学校では二人って場面はよくあった。校内の時は大概学食とかだし、しばらくすれば他の仲間がやってくる、そんな感じだったんだ。
でもここは外
時間もある・・・
「そうだ!」
彼女の大きな瞳がさらに大きくなった。
「リュウの店に飲み行かない?」
前に一緒に飲みに行こうって言ってたこと覚えててくれたのだろうか。
「あっいいねぇ、そうしよう」
龍ちゃんのバイトしてる居酒屋に飲みに行くことになったんだ。その居酒屋は彼の利用してる駅前にあった。ビルの地下一階、外見からは想像つかないほど意外と広い店内、週末だったこともあってかまだ7時を回っていないのにテーブル席は満席だった。
「混んでるね」
二人龍ちゃんの姿を探しつつ案内されたカウンター席に腰掛けた。
「龍ちゃんいないね」
「ね、厨房かな」
とりあえずのビールを頼む僕に対し
「わたしジントニック」
いきなり例のものをオーダーする彼女。
「あれ、龍ちゃんじゃない?」
僕の座ってる席からだと厨房が少しながらうかがえた。
「えっどこどこ?」
彼女の位置からだと壁が邪魔して見えないらしく寄りかかってきた。
「・・・ほ、ほら・・・」
指差す僕、張り裂けそうなほど高鳴る鼓動、僕の鼻の位置に髪が・・・
甘い香り・・・
「あっ、ほんとだ」
ハッと我に返る僕。
「・・・あれ?」
寄り添ったままの彼女が首を傾げた。
ヤバい、ばれた?
「見てよ、リュウったら女の子といい雰囲気よ」
「えっ、」
龍ちゃんはフライパン片手に料理を作りながらバイト仲間の一人の娘と楽しげに見つめ合い笑ってた。
「リュウったら隅に置けないわね」
よかったぁ〜、ばれてなかった・・・
「龍ちゃんもてそうだもんね」
慌てて取り繕う僕に
「そ、もてるのよあいつ・・・」
会話の途切れる彼女。
前から気になっていたことがあった。
風間さんは龍ちゃんの高校時代を知っている。
僕は知らない
龍ちゃんは風間さんの高校時代を知っている。
僕は知らない
知らないんだ、二人の過去を。龍ちゃんがサッカー部の部員で風間さんがそのマネージャーだったことは知ってる。
それだけ?
自分が言える立場じゃないってのはよく分かってる。僕にだって人に言えない・・・言いたくない過去がある。
嫉妬なんだろうか・・・
「どうしたの?」
俯き黙り込んでいた彼女に問いかけた。
「ううん」
サッと顔を上げいつもの笑顔で見つめてくる彼女。
彼女と彼には僕の知らない過去がある。それがどんなものであったのかは聞かない。二人は付き合ってなかったと言ってた。それを信じたい。二人を信じたい。
オーダーしたドリンクがやってきた。彼女の頼んだジントニックは透明でサイダーみたいだった。
「かんぱーい」
「乾杯」
グラスを交わし
「美味し〜」
ニッコニコの彼女は本当に美味しそうにそれを飲んでいた。
「美味しいの?それ」
ふと疑問に思い尋ねると
「美味しいよ、はい」
そのグラスを差し出してきた。
「・・・・・」
淡いピンク色のグロスの痕がついたグラス。右手で差し出す彼女に左手で受け取る僕。彼女が口つけたそのポイントは受け取った時にちょうど僕の飲む箇所と重なってしまう。
ずらすべきか
そのまま行くべきか・・・
「・・・んん〜・・・美味しい?」
そのままいってしまいました
「えぇ美味しくなーい?」
「う〜ん、なんか整髪料みたいな匂いが口いっぱいに・・・」
そんなことよりなにより彼女と間接キスをしてしまったことに胸がドキドキだったのが本音だ。
「リュウと同じこと言うのね」
微笑みかけてくる彼女の台詞に我に返った。
二人で飲みに行ったことがあるのだろうか・・・
胸の奥が熱くなるのを感じた。
「料理は美味しいね」
御通しを口にごまかすように言った。
「うん美味しいね。リュウ豪語してたもんね「俺が作ってるんだから絶対に美味い」ってさ」
「龍ちゃんらしいよねその台詞って」
僕には自信がなかった。
「龍ちゃんって自分に自信持って生きてるもんね」
幼い頃から家のしきたりに従って生きてきた。親の言うまま、言いなりとなって育った。いつの頃からだったろう、まるで自分が自分でないような、そんな錯覚を覚え始めたんだ。言いたいことも口に出せず、やりたいこともできない・・・
いや違う!
やりたいことすら分からなくなっていたんだ。
自分はいったい何なんだ??
「それに比べて僕は・・・」
存在価値すら疑った。だから自分が消えないように、本当の自分を見つけるために親の敷いたレールからわざと脱線したんだ。そして杉本の事件がそれに拍車をかけた。浪人確定、医学部受験拒否、父親との決裂。正直成績なんて戻そうと思えばいくらでも戻せた。それでもそうしなかった。家の呪縛から逃れるために。
そしてこの大学に入学、龍ちゃんとの奇跡の再会、風間さんとの出会いがあった。彼は昔とちっとも変わってなかった。自信に溢れたその姿は輝いている。彼女も同じだ。
うらやましいよ
二人のようになりたかった
いや、なりたい
少しでも近付きたい
「あいつにない優しさが魅力」
首を傾げ微笑み見つめ言う彼女。
こんな僕に・・・ありがとう
風間さんには何もかも見透かされてるような気がする。
それから2時間くらいして店を出た。
終始彼女のリードで盛り上げてもらった感じだ。
結局龍ちゃんは僕らが来ていたことに気付かなかった。
店を出ると辺りはすっかり暗くなっていて、街も週末の賑わいを見せていた。
「今日は楽しかったね」
大きく背伸びをして夜空を仰ぐ彼女
「また一緒に遊ぼうね」
屈託のない笑みで問いかけてきた。頷く僕。
一緒に遊ぶ
二人で?
それとも三人で?
彼女の目に僕はどう映ってるんだろうか
友達か
それ以上か
それ以下か
龍ちゃんと同じか
それ以下か・・・
「次は映画なんてどう?二人でさ」
ネオンの明かりが大きな瞳に照らされキラキラ輝いて見えた。
夜空のような暗闇に覆われていた僕の心は、彼女の眩いばかりの笑顔に照らされ光に包まれた気がした。
龍ちゃん以上だ!
ありがとう風間さん
少しだけ自信がついた。そんな一日だった。