表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/87

chapter 1 − past −

 今日はやけに暑いな

 心臓が張り裂けそうだ

 嫌な予感がする

 ざわめきが止まらない


 7時過ぎ。

 朝の清々しさなんて微塵も感じられない。うだるような日差しが朝日とは思えないほどの熱気を浴びせかけてくる。ペダルを漕ぐ脚が重くなる。流れ落ちる汗が目に染みる。


 まさかな、そんなはずないよな、

 まさかな・・・


 焼けつく朝日を背に受け俺は裕矢(ゆうや)の家へ向かっていた。30分に渡る全力疾走に酸欠状態の思考回路が求めるものはただひとつ・・・


 馬鹿な、馬鹿なことは考えるな!

 裕矢、今行くからな!





 今朝一本の電話が俺を起こした。

 考え事をしていて寝付けなかった俺は、バーボンのビンを手に取りそのままストレートで飲み干しやっとのことで意識を飛ばした矢先の着信だった。

 ―― ピリリリリ、ピリリリリ、

「・・・んっん〜・・・」

 音のする方へ手を伸ばしアルコールの抜け切れぬおぼつかぬ手つきで携帯を探した。置時計に目をやるとまだ4時にすらなっていなかった。

 ―― ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ、

 一向に鳴り止む気配のない着信音、「まさか!」思い当たる節とともに願いにも似た感情が意識と肉体を直結した。飛び起き畳の上に無造作に転がる携帯に飛びついた。そして画面に映る名前を見たその瞬間手が止まった。「裕矢・・・」胸の奥につかえるえも言われぬ感情に躊躇しつつもボタンを押した。

「・・・・・・」

 言葉が出てこない

 何を話せばいいんだ

「・・・(りゅう)ちゃん・・・」

 懐かしさすら覚えさせる裕矢の声

「ゆ、裕矢・・・」

 彼とは数日前に気まずいまま別れて以来連絡が途絶えたままだったんだ。

「どうした?こんな時間に」

 ついて出た言葉がこんなこと。自分でも何を言っているのか、彼に何を伝えたいのか咄嗟には整理がつかなかった。

「ごめんね、迷惑・・・だった・・・よね・・・」

 かすれた声に、今にも切ってしまいそうな弱々しさに

「い、いいんだって、それよりどうしたん・・・うっ」

慌てて呼び止めたためか、急に頭に上った血がアルコールの力と相まって「痛つつ・・・」言葉にならない唸り声を上げてしまった。

「大丈夫?どうしたの?・・・龍ちゃん?」

 電話の向こう側で心配する彼に意味なく頷きながら応えた。

「・・・だ、大丈夫、それより裕矢こそどうしたんだよ、」

「ごめんね、こんな・・朝早くに・・・でも時間がないから・・・許してね・・・」

 早朝、予期せぬ相手からの電話、アルコール、その全てが絡み合い鈍る思考を戻せないままに

「あぁ、そんなこと気にすんなよ、それよりどうしたんだよ、」

彼の発する言葉の意味を理解することなしに聞き返してしまった。

 するとしばらくの黙ったままで

「ハァ・・・ハァ・・・」

その吐息だけが聞こえてきた。

「裕矢、おい聞こえてるか?裕矢?」

 どこか力のない苦しげな様子が気になり聞き返した。

「ハァ・・・龍ちゃん・・・あの・・・あのね・・・」

 声は途切れ途切れに聞こえてきた。

「この・・・間のこと・・・は・・・・忘れて・・・うっ、ゴホッ!」

 するとむせ返り会話が途切れ苦しそうに咳き込む声が聞こえてきた。

「大丈夫か!?裕矢??」

 いつもとどこか違う彼の話し方、

「う、うん、だ、だい、じょうぶ・・・大丈夫・・・ちょっと・・風邪・・ひいちゃった・・・んだ」

「そ、そうか」


 かなり悪そうだな


 そう思いながらも話を続けようとすると先に彼の方から口を開いてきた。

「あの・・・あのね・・・龍ちゃんなら・・・全て・・・全てを・・・許せそうな気が・・・するよ・・・」

 予想だにしなかった彼の言葉に押し寄せる心の痛みが襲う。

 何も言えずにいる俺に彼はさらに付け加えた。

「ごめんね、」

 ハッとさせられた。


 その言葉を背負うべきは俺だ!


 見えるわけもないのに大きく首を横に振りながら言った。

「な、なに言ってるんだ、謝るのは俺の方だよ」

 抱えた罪悪感が重くのし掛かってきた。

 言葉に詰まりつつも先を急ぐように言葉を発した。

「俺たちまた戻れるよな?」

 彼も即座に返してきた。

「うん、うん」

 安堵にも似た感情?いや、贖罪か。自分がそうであるように彼の喜びも手に取るように伝わってきた。


 ゆる・・された・・・


「誰が・・・誰が悪いわけじゃないってゆうのは・・・分かってた・・・でも一つだけ、ひとつだけ許せなかったことがあったんだ」

 徐々に興奮した口調に変わって行く

「でも、そうするしかなかったんだ」

涙声になっていくのが感じ取れた。

「うん分かった、分かったから、なっ」

「それだけは、それだけは・・・分かってほしいんだ」

 いたたまれない気持ちに支配される俺、彼の言葉の意味を理解することもなしに

「お前は悪くない、悪くないんだ、謝らなきゃならないのは俺の方なんだから、」

思いつく限りの謝罪の台詞を並べた。

「ごめんな、本当にごめんな」

「もういいんだ、もう・・・・・いいんだよ、うっ、ゴホッゴホッ」

 そしてまた咳き込み止らなくなる彼に

「本当に大丈夫なのか?今からそっち行こうか?」

二日酔いの頭痛を抱えつつも言うと

「ううん、大丈夫・・・大丈夫だから・・・・なんか眠くなってきちゃったな・・・」

か細い声でため息混じりに答えた。

「そうだな、もう寝たほうがいいよ。身体に障るといけないからな」

 今までと変わらぬ会話、そこに感じた安堵と贖罪、つい先ほどまで見えなくなっていた明日を見出せた気分に浸りたかった。

「それに明日から夏休みじゃないか、もう寝な」

 裕矢も同じ気持ちだろうと思ったんだ。

「・・・じゃあ・・・おやすみ・・・」

「あぁ、おやすみ」

 電話の向こう側からは、まだ咳き込んでいる声が聞こえてきた。

 「本当に大丈夫かよ」気にしながらも電話を切った。「なにか様子おかしかったよな」そう思いながらも布団についた。まだ抜け切らぬアルコールに半ば強制的な眠りへと誘われていった。


 リュウちゃんごめんね

  リュウちゃん忘れてね


 ひどく悲しい笑みをまとった裕矢の顔が浮かんだ。


 誰が悪いわけじゃないってゆうのは分かってた


 そして消えた。「裕矢?裕矢!?どうしたんだよ!!」叫びながら飛び起きた。

「ハァハァハァ、」

 見渡す目の前の光景は16インチのテレビと背丈の低い古びた本棚。そこに乱雑に並べられたCD。そしてまだ昇ったばかりの朝日が、立て付けの悪い窓から差し込んでいるいつもの部屋の中だった。

「・・・夢・・か・・・」

 時計に目をやるとまだ6時半にもなっていなかった。3時間も取れていない睡眠に、冴え切らない頭を抱えつつも裕矢からの電話の内容が気になって仕方がなかった。意味不明な会話の内容をアルコールの抜けた冷静な思考の中探った。


 でも、そうするしかなかったんだ


 混乱に頭を抱えながら「いったいどうゆう意味だ?」記憶を手繰り寄せては繋げた。「あいつはあいつなりに解決できたってゆうのか?」心に閊えた疑問が消せなかった。「あの様子からしてもかなり体調が悪いのは確かだ、行ってみるか」目の前に放られたままのよれよれのTシャツを被り腕も通しきらぬままにジーンズに脚を通した。携帯を掴み取り履歴から裕矢の番号を呼び出し掛けた。

「・・・・・・」

 繋がらない。

 寝癖もそのままに財布をポケットに突っ込み玄関を飛び出すと「ちくしょう・・・」鍵をかけ忘れた。目の前に停めてある自転車のスタンドを蹴り上げ思い切りペダルに力を込めた瞬間、思いもよらぬ反力に突き返されつんのめり転げ落ちそうになった。鍵が掛かったままだった。「・・っきしょー!!ついてねぇな」嫌な予感が走り去る。「まさかな、そんなはずないよな」一人歩きする思考が止められない。「そんなことあるはずねぇだろ、いいか、落ち着け・・・」キーホルダーから鍵を外しガチャガチャ力任せに差込み押し込んだその時、「痛っつ!」指先から赤いものが溢れ出てきた。「んだってんだよ〜」金具の出っ張りに引っ掛け指を切ってしまった。

 本当に何もかもが空回りして見えた。くわえた指の出血は止まらず嫌な味が口の中を巡る。苛立ちと嫌な予感が比例して心を揺さぶる。興奮した身体は熱気を帯びいつもに増して暑さを感じさせた。


 その日は暑かった。


 必死で、死に物狂いでペダルを漕ぎ続けた。再度携帯を掛けてみたが繋がらない。

 増していく暑さに鈍る思考の中、不安だけは広がる一方で苛立ちすらも溶かしていく。「暑いな・・・暑い・・・なんなんだよ!」ひたすら漕ぎ続けること25分、いつもより10分は短縮できたろうか。


 7時40分、いつものコンビニに到着、この上が裕矢の住む学生マンションだ。

 自転車を乗り捨てコンビニ横の階段を駆け上がる。

 2階223号、その玄関の前立ち止まり

「ハァハァハァハァ、」

チャイムを押した。

 ―― ピンポーン

 返事はない。

 ―― ピンポーン

 返事はない。


 まだ寝てるのか?

 いやあいつは寝起きはよかったはずだ

 まさか出掛けた?


 ―― ピンポン、ピンポーン

 立て続けに何度も押すも返事はない。


 いないのか?

 いや、それはない

 あの様子からして出掛けられないだろ

 まさか倒れてるんじゃ・・・


「裕矢開けるぞ!」

 手渡されていた合鍵を差し込み

 ―― ガチャ

ドアを開け放つ。

「裕矢?裕矢!?いないのか?」

 玄関からの呼び掛けにもかかわらず応答がない。靴はきちんと並べられて置かれてる。

 ―― シャー・・・

 遠くから微かに聞こえてくるその音


 何だ・・・


 ―― ガチャン

 ドアが閉まる。

「・・・・・・」

 靴を脱ぎ捨て中へと入る。

 細長い廊下を進みその先にある和室へ。

 裕矢の姿はない。

 真ん中にはテーブルが、その上には一冊の本が置かれている。

「ゆ・・うや・・・」

 襖を隔てた向こう側には洋室、いつもそこに布団を敷いて裕矢は寝ている。


 ―― シャー・・・


「・・・・・」

 寝ていた跡はなく整えられた布団が敷かれたまま。


 ―― シャー・・・


 シャワーか?

「なんだ、シャワー浴びてたのか、」

 キッチンと向かい合っているバスルームへ

「裕矢、いるんだろ?」

 返事はない。

 シャワーの音が鳴り響いているだけ。

 ドアノブに手を掛ける。

 嫌な予感が甦る。

「開けるぞ、いいな!」


 ―― ガチャ


 ドアが開く。


 ―― シャー・・・ 


「・・・・・・」


 な・・んだ・・・


「ゆ・・・・う・・や・・・・」

 




 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ