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09 花咲きタバコ。




 食事のあとに連れていかれた喫煙所的なのだろうか、天井が煙突のように穴が開いている建物。真ん中には、囲炉裏があるからそのためだろうか。

 クッションが敷かれているので、それに座る。

 予想は裏切られて、サビアの手にはパイプではなく、キセルによく似たものが持たれていた。いや、間違いなくキセルだ。

 実は電子キセルがきかっけで、電子タバコに手を出した。そうだよ、中二病だよ。悪いか。


「それ、キセルだよね?」

「そうだよ。珍しいものかい?」


 サビアに確認したら、キセルだった。

 食い入るように見ていたら、笑われる。

 そして、サビアは吸い口に唇を当てて、ふーっと口から煙を出した。

 その煙が、花びらに変わって降り落ちる。赤い薔薇の花だ。香りもそう、華やかな薔薇のもの。床に触れると、煙になって空気に溶けて消えた。


「何それ!?」

「何ってタバコ」


 頬杖をついて、私の反応を眺めるダンが笑っている。


「花が咲くタバコが、この世界の普通なの?」

「花が咲くか。どっちかっていうと花が散るタバコだけれどな」

「タバコを発明した者が、目でも楽しめるように幻影の魔法を加えてから、普通のタバコはこんなものだよ。クチナの世界のタバコはどう違うんだい?」

「いや、普通に煙が上るだけだよ……」


 味を楽しみ、香りを楽しみ、目でも楽しむ。

 なんて贅沢なタバコなんだろうか。

 花咲きタバコと名付けよう。


「私も吸いたい、いい?」

「どうぞ」


 クロムが用意してくれて、人生初のキセルを吸わせてもらう。

 華やかな甘い味がする煙を吐けば、薔薇の花びらが散る。

 これは感動ものだ。

 もう一度吸って、今度は鼻から出すと、また上った煙は降り注いできた。


「楽しい!」


 ルーシウスを振り返って、無邪気に笑いかける。

 それから、また吸って味を楽しむ。


「これ、害とかないの?」

「「害?」」

「あー……なんでもない」


 煙を吸うのだから、少なからず害はあるだろうけれど、不老不死な二人には関係ない話だ。

 楽しいので、気にせずに吸っては吐いた。

 ダンもキセルを用意して、吸って吐く。すると薄紫色の花びらが降る。桜の花びらに似ていた。それは、何味だろう。


「楽しんでいるところ悪いけれど、本題に入ってもいいかい?」

「あ、そうだね。うっかり」


 話をする間に吸わないように、クロムに一度キセルを預けて、この場を設けた本題を取り出す。


「昨日は関係あるとは思いもしなかったから、言わなかったのだけれど……昨日と今日、それから初めてこの世界に来た日に夢を見たの。三つとも全く同じ夢。精霊樹のように真っ白な容姿の男の人が、私に助けを求める夢」

「……三回、その夢を見た、と?」

「そう。三回とも、助けてって言ってた」


 サビアとダンは沈黙のあと、顔を合わせた。


「……なぁ、クチナ。その男って、髪が長かったか?」

「ダン……知ってるの? 襟足が長い髪型だったよ。あ、でも顔ははっきり見えないんだよね。精霊樹を連想する容姿なんだとは思うんだけれど……」


 私の答えを聞いて、またサビアとダンは顔を合わせる。

 

「え? 何? 心当たりがあるの?」

「……子どもに聞かせる、おとぎ話の一種さ」


 サビアは、また花咲きタバコを吹かす。

 薔薇の花びらが、ちらり、ちらりと落ちてくる。


「おとぎ話って?」

「精霊樹のように真っ白な長い髪をした男が、訪ねてきたら、持て成せって話さ。逆に追い返したり、酷い目に遭わせると、その場所は緑が育たない不毛の砂漠と化す。男の正体は、精霊樹の化身だったからだ」

「精霊樹の化身が歩き回っているという説がある。まぁ、人には親切にしないと、何が起きてしまうかわからないよっていうお話だよ」


 精霊樹の化身。

 それが歩き回っているなんて、おおごとじゃないのか。

 しかし、おとぎ話のような次元みたい。

 二人は断定しなかった。


「俺は、クチナが精霊樹の化身として召喚されたと思うね」

「えっ、私?」

「そう。クチナの容姿の方が、よっぽど精霊樹の化身だぜ」


 私を指差す指をクルクルと回して、ダンははっきり言う。

 精霊樹の化身とは、冗談抜きでやめてほしい。


「私が夢に見る男の人が、その化身だっていう可能性は?」

「ありえるけれど、もしそうだとしたら」

「ああ、この大地に危機が訪れているってことになるな」


 ピリッとした空気を感じ取った。


「……万が一……その男の人が生き絶えたりしたら?」

「植物の芽すら生えない、砂漠と化すだろうね」


 カンッとキセルのタバコ葉の灰を囲炉裏に出したサビアは、新しいタバコの素を入れる。それだけで、火はつけない。どんな仕組みかはわからないが、自動で燃えるみたいだ。

 私は囲炉裏の中の灰を見つめる。

 こんな風に砂漠になってしまうのだろうか。ウノスの里も、ナーリベンサの里も、あの背の高い森達が消え去ってしまうのかもしれない。


「それを考えたら、ダンのようにクチナが精霊樹の化身として召喚されたという方が都合がいいけれど」


 サビアまでも、私が精霊樹の化身説を推す。


「私の夢に出てくる男の人が、精霊樹として!」


 話を進めさせてもらう。


「何故異世界の人間である私を召喚したのか」

「それは精霊樹に直接聞かないと」

「直接聞いたよ!」

「聞いたのかよ!」


 ダンは笑い転げた。

 クロムから準備してもらったキセルをもらって、私は深く吸って花びらを吐く。


「返答はなし!」

「あーっ、やっぱりどこかで囚われの身になってるのかねー」


 起き上がって、ダンはあぐらを揺らしながら言った。


「例えそうだとしたら、どうするの?」

「もちろん救出するために動く。エルフの三つの里が総出で探し出す」

「俺だって動くぜ。国の危機、それ以上だ」


 エルフの三つの里も動くし、ダンベラーの国の勢力も動く。

 しかし問題は。


「でも確たる証明が欲しい」


 夢で見たから、三つの里と国を動かせるほど、私は信憑性が高くない。

 これが占い師のナリリちゃんなら、一言で動くのだろう。


「そうだな……男の人の所在を掴んでくれ」

「だな。そういうことだ、クチナ」


 ポンとダンに肩を叩かれた。

 私はまた深くキセルを吸って、大量の花びらを吐く。


「簡単じゃ……」


 ないと言おうとして、はたっと気付いた。

 私は寝ている時も小説を練ることがある。様々な夢を見て、それをネタに書くことも少なくない。夢をよく見ることが眠りの浅さを示すなら、私は眠りが浅いタイプなのだろう。そんな私は、夢を思い通りに出来ることもある。考えるストーリー通りに進めるよう、コントロールしたことが多い。

 だから、可能と言えば可能なのだ。


「……やってみるけれど、期待はしないで。ナリリーちゃんにもお願いしていい?」

「おう。でもこっちの方が期待しない方がいいぜ? また、おっ先真っ白なビジョンしか映らないと思う」


 おっ先真っ白か。

 精霊樹に関することは、真っ白にしか映らないから、ナリリーちゃんの予知能力は期待が薄い。


「他の里の長に報告しておこう。一先ず、クチナが精霊樹の化身と思われる男が囚われの身になっている夢を見るとね」


 サビアの決定に、私は頷いて見せた。


「精霊樹の加護を受けた副作用か何かだといいのだけれど……」


 そう言って、サビアは煙を吹いて、薔薇の花びらを散らせる。

 美少年に薔薇。似合うなぁ。

 落ちていく赤い薔薇が、煙になって消えていくのを見つめながら呟く。


「まぁその程度の副作用ならいいけれども……」

「精霊樹の加護と言えば、力の方は何かわかったのかい?」


 サビアは、にこっと笑いかけてきた。


「あ、一つわかったことがあって。記憶の方が鮮明にはっきりしていて、一度見た動きが真似出来るみたい」

「それってこれも真似出来るってこと?」


 ダンは笑みを浮かべたまま、手を振って、私を叩こうとする。

 それがあまりにも素早かったが、反射的に手が上がって、阻止出来た。

 ジン、と痛みを感じてしまった私は、またもやほぼ無意識に反撃に出てしまう。

 ダンの頬に、素早く平手打ちをしたのだ。

 パァン、と爽快な音が響いた。

 きょとんとした表情をするダンは、気安く話すことを許可してくれたが、これでも国王である。護衛隊がこの場にいたら、間違いなく私の首をはねていたんじゃないだろうか。

 ちらっと視線を走らせただけでも、ルーシウスとあのクロムまでも目を見開いている。


「今のはダンが悪い。女性にいきなり手を出すのは、やり返されて当然だ」


 呑気な声を発するのは、サビア。

 サビアが味方になってくれたぁ!


「いや、俺、寸止めするつもりだったんだけど……ぷっ! あはは! いやぁ、本当にクチナは面白いなぁ」


 はたかれた頬を拭うような仕草をして、ダンはニヤニヤする。

 怒るどころか、ますます気に入ったご様子。

 何それ、乙女ゲームなら、ルートに入ってるじゃないか。

 親分肌なヴァンパイアの王様なんて、攻略する気ないよ!

 逆に攻略したそうに、獲物を捉えた視線を送ってくる。

 ぞわーっと悪寒が背中を走った。

 そんな視線を遮るように、サビアは手を伸ばす。


「見た動きを真似出来る、か。護衛相手に試してみよう」

「えー俺が試したい」

「だめだ」


 サビアが腰を上げるので、私はもう一息吸ってから、キセルをクロムに渡した。ふーっと吐くと足元に花びらが降り注ぐ。


「なんで、建物の中で吸うの?」

「囲炉裏があった方が、灰の処理が楽だろう?」

「それに座って吸うもんだろ、タバコは」


 歩きタバコなんて、概念がない世界なのだろうか。

 確かにキセルって時点で、座って吸うことが定着しているのだろう。

 世界に優しいタバコだ。……多分。


「じゃあ、タバコは何歳から吸っていいの?」

「大人の楽しみだからな、基本は成人してからだ」

「そっか」


 無論、少年の姿のサビアは成人しているはず。

 まぁ法律は緩いのだろうと思った。

 花咲きタバコなんて、女の子に人気そう。

 サビアが話を通して、護衛の人と対決をすることになった。

 その間、私は準備運動をする。昨日のアクションの影響は今のところないけれど、準備運動は大事だ。

 手渡されたのは、細身の剣。


「わー軽いー……って、ちょっと待って! 私、剣持つの初めてなんだけど!?」

「一度見た動きは出来るんだろ? なら大丈夫だろうよ。俺の動きを真似て、攻撃してみろ」


 無茶振りをされる。

 剣より銃撃戦の方が映画で観た気がするから、持つなら銃がいいな、なんて。銃があるのか。そもそもちゃんと扱えるかも、疑わしい。

 ダンはドンと右足で地面を踏み鳴らし「ーー“剣、召喚”ーー」と唱えた。

 影が伸びて、歪な円を作ったかと思えば、剣がヌッとそこから現れる。

 黒光りする剣だ。魔王にぴったり。

 それを手にしたダンは、ビュッ宙を切った。それから、突く。

 目にした私は完璧に真似て、相手を突いた。


「へぇ! 面白い!」


 ダンが面白がって、色んな動きを教えてくれる。

 吸収していく私自身が、少々怖かった。


「あはは! じゃあさ、魔法はどうなんだ?」

「魔法教えてくれるのっ!? てか、私使えるかな?」

「いや、タバコもあれ魔力ないと花びらでないから、魔力はあるはずだぜ」


 な、なんだって!? 私は無意識に魔法を使っていたのか!

 私自身が末恐ろしい……!

 ……まぁ、全部、精霊樹の加護のおかげだろうけれど。


「魔法使ったことがないのかい?」


 サビアに質問された。


「うん。私の世界では、魔法こそおとぎ話だった。エルフや獣人、ヴァンパイアですらそうだよ」

「えっ。ならクチナの世界には何がいるんだよ?」

「んー人間と動物。あ、大蛇のボスみたいに、モンスター級に大きいものはいないよ?」

「へーえ。なんかつまんなそうな世界だな」

「うん、ダンが来たらつまらないと感じると思うよ」


 ダンと話をして私は苦笑を零して、空を見上げる。

 科学が進歩している点が誇れるものだろうけれど、どうかな。

 私はこの世界が好きだ。風景も自然も。魔法だって。

 ……モンスターはおっかないけれども。


「クチナはおとぎ話の世界に来たみたいで、楽しいのかな? それでは、何から覚えてもらおうかな」


 サビアが魔法学習について話を戻すと、頬杖をついた。

 そこで、ダンの護衛隊が到着する。

 護衛隊からのお叱りを、ダンは軽く受け流した。

 ほら、やっぱり心配していたんじゃないか。


「それで、こんなところで何をやっていらっしゃるんですか? ダン様」


 ややつり目の赤髪の男性が、腕を組んで問う。


「おー、クチナが色んな動きを完璧に真似出来るから、魔法はどうかって話していたところだ。そうだ、エンの炎魔法を真似出来るか、やってみてくれよ」


 赤髪の男性の名前は、エンというのか。

 人間。いや人間に見えて、人外って可能性もある。


「動きを真似出来る? 一種の才能ですか……? でも魔法は勝手が違うでしょう」


 エンさんは、少し信じられなそうに私を見た。


「魔法はやっぱり見様見真似では出来ない代物ですか?」


 私は身体ごと傾けて、首を傾げる。


「いや、簡単だぞ」

「いえ、難しいです」


 ダンとエンで、意見がわかれた。


「魔法は言葉。言葉は魔法。言葉を唱えることで、魔法は発動する。魔力の使い方さえ把握していれば、簡単簡単」

「その魔力の使い方がわからなければ、一生使えない難しいものです。ダン様は天才なので、難しさがわからないのですよ」


 細目で緑色の髪の男性が、ダンのあとに発言する。


「え、ちょっと怖いですね……魔法の方の才能なかったら、ヘコむ……」

「絶対出来るって。エン。見せてやれ」

「御意」


 前向きなダンが命令を下す。

 エンはすんなりと魔法を見せてくれた。


「ーー“炎よ、燃え上がれ”ーー」


 エンが伸ばした右手に、灯る炎。

 真っ赤な炎が、彼の背くらい燃え上がる。


「えー? そんな初歩的な魔法ぉ?」

「初歩的で何が悪いんですか」


 ブーインングをするダンに、エンは呆れ顔になる。


「出来るよな? クチナ」

「そのプレッシャーかけるのやめてくれないかな。魔法初心者なんだからね?」

「何事も挑戦あるのみ!」


 呆れつつも、私は右の掌を空に向けた。


「ーー“炎よ、燃え上がれ”ーー!」


 そう唱えてみたが、シンと静まり返る。

 出ないぞ!? こんな注目されている中で、出ないとはなんたること!

 ああ、でもただ唱えるとは違うだろう。

 魔力を燃え上がらせるイメージでやってみようか。

 そう考えてみれば、ボッと熱さを感じる。赤い炎が燃え上がったものだから、私は動揺してしまう。

 熱ぃいい!! 炎だから当然か!?

 あ、でも耐えられる。


「ま、まさか……一瞬で習得しただと!?」


 エンは驚愕した。


「だから言ったじゃねーか。簡単すぎるってさ」


 ダンは特に驚いていない。


「ちょっと待って! る、ルーシウス、どう消すの?」

「魔力を込めることをやめればいい」

「なるほど!?」


 わかるようでわからない!

 後ろに控えていたルーシウスに助けを求めれば、上げた腕を掴まれて、消すまで待たれた。なんとか炎を消すことに成功する。


「ほっ」

「ちょっと待つのはあなたの方だ! 次はこれだ! これをやって見てくれ!」

「え!?」


 エンが次々と炎系の魔法を見せるものだから、私は真似てみた。

 その様子をゲラゲラと笑って、ダンは眺める。

 私は、魔法を習得した。



 

20190329

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