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08 優秀な従者。




 そこで、何かを察知する。

 右を振り返れば、ボール遊びをしていた子ども達のボールが私目掛けて飛んできたのだ。反射的に叩き落とそうとしたが、その前に、左横のルーシウスが立ち上がった。私に届く前に、拳を叩き付けて跳ね返す。

 ボーンと、ボールは神殿の柱を超えて飛んでいく。


「気を付けろ」


 一言、ルーシウスは放つ。


「ごめんなさいっ!」


 子ども達は謝って、ボールを探しに行った。


「……」


 デジャヴを感じる。こんなこと、前にもあったな。

 漫画でも見たことのあるシーンだけれど、実際にあった気がする。


「ああ、あの時だ」

「?」

「いや、前にも似たようなことがあってね。ほら、私が従者になること一度断った理由」

「……」


 スッとルーシウスが片膝をついて、視線の高さを合わせた。

 どうやら気になるようだ。


「私に嘘をつき続けた男をまだそばに置いてた時、こんな風にボールが飛んできてさ」


 思い出し笑いをして、頬杖をつく。


「……主に飛んでくる危険を防ぐのは、従者として当たり前だ」


 ルーシウスは、重ねられたと思ったのかそう言う。


「あー違うよ。私もぽけーっとしてたけれど、その時は私自身が受け止めたの」

「えっ」

「私に飛んできたから、反射的に受け止めちゃって、気付かなかったそいつは従者の仕事が出来なくて悔しがってた」

「……」


 ルーシウスの顔が、呆れた表情になる。

 ボールからも守れない従者だったのか、と言いたそう。


「多分、私が男を連れているのが気に食わなかったんだろうね。本当はそいつに向かって飛ばしたつもりだったんだと思う。ボール遊びをしていた連中の中に私のことが好きな男がいたから、今思うとわざとだったんだろうなぁ。私鈍感だから、そういうのあとから気付くんだよねー」

「……」


 ルーシウスの顔が、ますます呆れた表情になる。

 露骨だ。

 そいつのことなのか、鈍感な私のことなのか。


「こう見えて、モテる方だったんだよ」

「それはわかる」

「え?」

「っ。いや、忘れてくれ」


 それはわかるって、どういう意味だ?

 首を傾げるけれど、失言だったみたいで、顔を背けられた。

 そんなルーシウスの頭を撫でる。


「比べたらルーシウスに失礼だけれど、やっぱり従者としてはそいつより優秀だなって思ったんだ。ありがとう」

「……」


 髪型が崩れないように、ポンポンと軽く手を弾ませた。

 するとボンッと、また狼の獣人姿に変身する。


「なんで今変身?」

「……深い意味はないんだ」


 そう言って顔を背けた。だが、もふもふの尻尾が左右に揺れている。

 え、もしかして喜んでいるのか。もっとわしゃわしゃしてもいいかな。


「あークロム。鏡ありがとー……ってなんでナイフ持っているのかなぁ!?」


 ギョッとしてしまう。鏡を差し出した相手、クロムが右手に持っていたのは銀色に光るナイフだ。


「いえ、ボールを切り裂こうとして……出遅れました」


 ボール相手におっかない。

 クロムは表情を変えることなく、ナイフをスリットの中に忍ばせた。

 そんな身体のラインがはっきりわかるようなドレスを着ているのに、危ないものを装備していたのか。この里のエルフ、怖いな。


「鏡を戻してきます」


 鏡を受け取ると深く頭を下げて、クロムは戻しに行った。


「さーて……ん?」


 私は立ち上がって背伸びをすると、目に入る。

 男性のエルフが二人、戦っていた。喧嘩という感じではなく、決闘みたいな感じ。一対一の正々堂々とした戦い。槍と剣を交じり合わせて、踊っているようにも見えた。


「……ルーシウス。ちょっと試したいことがあるんだけどさ」

「試したいこととは?」

「私と手合わせしてくる?」

「……ご命令であれば」


 怪我をさせたくない。なんて理由で断られなくてよかった。

 私はスキップするように階段を上がって、踊り場にルーシウスと立つ。

 着替えたのは失敗だった。ドレスでは身動き出来ない。

 まぁ、試しにパンチをしてみよう。


「パンチするから、いなしたり受け止めたりしてねー」


 そう軽く伝えてから、構えた。

 距離を縮めようとした時だ。

 ビュッと風を切るように、ルーシウスの懐に入った。

 そのまま、右ストレートでパンチを向ける。

 ルーシウスは、それに反応していなした。


「……!?」


 私は当惑する。


「どうかしたのか?」


 ルーシウスが尋ねてくれるが、それに答えられずに手を開いたり閉じたりした。


「……ちょっと待って……」


 おかしい。今身体が、ほぼ無意識に動いた。

 腕を組んで顎を摘むポーズをして考え込む。


「もう一回……」


 そう言ってから、私はその場でターンをして、左から手の甲を叩き付ける。

 この動きもまた素早くて、強烈だった。

 ルーシウスは、受け止めてくれる。


「……待ってね、っもう一回。試す」

「……」


 ルーシウスが無言で頷く。

 そんなルーシウスから数歩下がって、思い切って行動に移した。

 頭に浮かんだ動きを、そのまま実行したのだ。

 ぺたん、と両手を踊り場につけて、側転するように回転し、蹴りを決めた。

 ルーシウスは、両手で受け止めて防いだ。


「っ! やっぱり! 私、強くなってる!」

「……強い、と思う」

「そうじゃなくて、この世界に来る前より強いの!」


 大蛇のボスを倒したから、十分強いのだろうけれど、今確信した。


「多分、精霊樹の加護のおかげかな。なんか無意識的に動かせるの、身体!」


 私は頭を押さえた。


「記憶にある動きを、真似出来てる!」


 今のは、とあるアクション映画の真似だったのだ。

 小説を書きながら、映画を適当に流すことはしょっちゅうあった。

 あんなアクションシーンやこんなアクションシーンが過ぎる。記憶が、クリアになっていた。


「じゃあ……あなたは、一度見た動きを真似出来るのか?」

「そうみたい!」


 まじか! 派手なアクション映画を観ていたことが、経験値となって強くなってしまっている! これなんていうチート!?

 こうなってはあんな動きやこんな動きを試したくなる。

 しかし、私は今ドレス姿だ。


「あー……さっきの蹴り、スカートの中が見えたりした?」

「!?」


 ギョッとした狼の顔を、左右に振ってルーシウスは否定した。

 それならいい。


「あーでもいきなり身体を動かすのは、まずかったかな……」


 ちょっと筋に違和感を覚える。私は屈伸運動をした。


「よし、ちょっと散歩がでら走ろう!」


 本当は走ることが苦手なのだけれど、今の全力疾走を確認したいくらいだ。

 クロムが戻ってきてから、私は神殿の周りをクルクルと回った。

 そのうち、子ども達がなんの遊びかと加わってきたので、追いかけっこに変わる。疲れるまで、走った。

 神秘的な陽射しが射し込む、神殿跡地で妖精の子ども達と鬼ごっこ。

 やっぱり、夢を見ているようだった。

 乱れた息を整えるために、また階段に腰掛けて呼吸をしていれば、ぞろぞろと白い鎧を着たエルフ達が目の前に整列する。その中に、サビアがいた。

 私の護衛を務めるエルフ達の紹介。

 それから、私が寝泊まりする建物まで案内された。

 レンガで出来た可愛い建物の中には、大きなベッドと机がある。

 それだけで十分だけれど、サビアが「何か必要なものがあるなら、言ってくれ」と言う。


「あ、私が持ってきた箱は?」

「それなら外に置いてあるよ」

「ならいいです、充分」


 私は大量の紙とインクの入った箱を運び入れてもらった。

 あとは食事に呼びに来るそうだ。

 出掛ける時は、必ず伝えるように言われる。護衛もついていくそうだ。

 これにも、慣れなければいけないな。


「ありがとうございます。サビア様」

「いいんだ。……そんなに紙を持ってきて、何を書くんだい?」

「あー……物書きだったので、何か書こうと思い、ダンのところからたくさんもらっちゃいました」

「物書きか。僕もそのうち読ませてほしいな」

「はい、他人に見せられるものが出来上がったら」


 机にひと束の紙を乗せ、インクと羽ペンを用意した。

 にこりと笑みを交わしたあと、サビアは長居することなく私の仮住まいから出て行く。

 私は机について、早速書き始めることにした。

 まずは羽根ペンで書くことに慣れなければ。

 試し書きの紙を何度も引っ掻いてしまって、一時間近く練習をしてから、漸く異世界転移の初日についての日記を書く。

 文字は日本語と世界共通語とやらが書けることがわかった。

 精霊樹の葉っぱ一枚の効果は、すごい。

 ちょっと待てよ? 記憶がクリアになっているってことは、大昔に書いた小説の内容も思い出せるのでは?

 いや待て。思い出したところで、需要がない。頭パンクしてしまうから思い出すことはやめた。

 ちょっと気が散ったが、そのまま一日目と二日目について書き留める。

 まだ二日である。私はそのことに、信じられなさを感じた。

 異世界転移だけでも、信じられないのだけれども。

 走ったことも手伝って、書き疲れた私は、夕食後にすぐに眠った。

 大きなベッドは、羽毛らしくふかふかしている。

 身体を沈めるだけで気持ち良かった。おまけに着ているのは、ネグジュエリー並みに可愛いワンピースだ。気分は浮かれて、そのまま眠った。




 白。白い。真っ白だ。

 精霊樹のような白さ。

 でも、見えてきたのは、人だ。

 襟足の長い髪型は、真っ白。

 肌は、色が僅かに認識出来るくらいの色白。

 顔がはっきり見えない。

 でも、男の人のように思えた。

 白い衣服は、中国の民族衣装に似ている。

 白銀の数珠が、彼を縛り付けている。


「助けて」


 彼が口を開いた瞬間に、声が脳の中で響いたようだった。




 目を開くと、小鳥のさえずりが耳に届く。


「……こりゃあ……偶然じゃないよなぁ」


 私はそうポツリと零す。


「何がでしょうか?」

「うひゃあ! クロム!?」

「驚かせて申し訳ありません。独り言でしたか」


 驚いて奇声を上げて飛び起きれば、クロムは頭を深々と下げてお辞儀をした。


「おはようございます、クチナ様」

「あ、おはよう……いつからいたのかな?」

「先程から、お目覚めをお待ちしておりました」

「起こしてくれてもよかったのに」


 忠犬の如く待ってくれていたのだろうか。

 犬で思い出して、ハッとする。


「まさか、ルーシウスも外で待ってる?」

「はい、私が来るよりも先に外で待っています」

「忠犬かよ!」


 思った通り、ルーシウスはもう起きていて、健気に待っているようだ。

 気にせず熟睡していた私は、急いで支度をすることにした。


「着替える! あと、サビア様と朝食とれるかな? 話したいことがあるって伝えてほしいのだけれど」

「ちょうどサビア様からお呼びがかかっております」

「うん、次からは起こそうね!」


 長様がお呼びなら、起こさなければいけないだろう。

 表情を変えないクロムは「かしこまりました」と会釈をした。


「今日はズボンも用意しました」


 昨日走っているところを見ていたからなのか、気を遣ってくれたみたい。

 前開きのドレスとズボンを合わせた格好にしてもらった。


「おはよう、ルーシウス」

「おはよう、クチナ」

「待たせてごめんね」

「……」


 建物を出れば、護衛達とルーシウスが立っている。ルーシウスに真っ先に挨拶をして謝ったら、じろりとルーシウスはクロムを見た。

 そうクロムから聞いたよ、君の忠犬ハチ公っぷり。


「今から食事に行きますね」


 にこやかに報告すると、護衛が全員ついてきた。

 クロムのあとに続き、ルーシウスを並んで歩き、後ろに護衛を引き連れて、食事の場所に向かう。

 すると、そこには驚きの人物がいた。


「よう! クチナ!」

「ダン!」


 サビアの横の席にどっかり座っているのは、ダンベラー国の国王。

 紫の長い髪を束ねた顔立ちの整った青年。ダンだ。


「お、おう。な、なんでいるのっ?」


 戸惑いつつ挨拶を返す。そして疑問をぶつける。


「なんでって、クチナに会いたくなった、じゃあだめか?」


 ダンは上目遣いをしてきた。整った顔立ちをしているから、悔しいが、様になっている。


「いや……別にいいけども。国王がほいほい留守にしてもいいの?」

「固いこと言わないでくれよー二人してー」

「僕もそれを言っていたところだよ。さぁ、朝食をいただこう」


 サビアが呼び出したのは、ダンが来ていたからみたいだ。

 私は席について、いただきますと手を合わせた。ルーシウスも横の席につく。


「いやぁー本当はさ、ルーシウスが心配でよ。素直になれず従者になることを言えなくて、帰るに帰れずにいるじゃないかと思ってさー」


 ダンが白状をする。

 元部下の心配か。流石は上に立つ人だ。

 微笑ましい。一方で私はそれが出来るのかと疑問を抱く。


「ウノスの里の途中で落ち込んでいないかって捜しちまったよ。そしたら、レイデシオがナーリベンサの里に居るって言うから、夜中飛んできた」


 ケラケラと笑いつつ、ダンはパンにかじりついた。


「え? 飛んで……?」


 空飛ぶ動物に乗ってきたのか。この人。


「……また、護衛隊を置いて一人飛んできたのか?」


 ルーシウスの言葉に、口に運ぼうとしたサラダを落としてしまう。


「一人、飛んできたの!? 魔法で!?」

「いや、翼を広げて」


 そう言えば、ダンの服装は背中に穴が開いているものだった。デザインだとばかり思っていたが、実用性のあるものだったのか。

 もぐもぐとパンを咀嚼しているダンの背中を覗こうと、身を乗り出した。


「見るか? ほい」


 バサッと急に現れたのは、間違いなく蝙蝠の翼だ。

 流石は、ヴァンパイアである。

 深い紫色の翼は、すぐに背中の服の穴に引っ込んだ。


「だーいじょうぶ、誰も俺のこと心配してねーよ」

「そう言う問題じゃないよ、ダン」

「そうだよ、ダン。国王なんだから、自覚を持って行動しようよ」

「ええーやめてくれよー」


 サビアと私で叱るように言えば、ダンはテーブルに突っ伏した。

 サビアはそれほど怒っていなくて、ただ笑う。


「そうだ、サビア様」

「サビアでよくね?」

「そうだね、サビアでいいよ」


 なっ。サビアまでも、呼び捨て希望だったのか。

 まぁ見た目的にも様付けじゃない方がしっくりくるのでいいか。


「じゃあ、サビア。精霊樹に関することだけれど、話してもいいかな?」


 ダンをちらりと見て、話す許可を待つ。

 ダンは信用しているから、きっと大丈夫だろうけれど、念のため。


「精霊樹に関して、かい。それなら食事のあと、一服しながら聞かせてくれ」


 ダンのことは気にしてないようで、すんなりと話すことが決まった。

 一服と言われて、私はタバコを連想する。

 実はずっと吸いたかったのだ。

 とはいえ、ニコチンを欲していたわけではない。

 口寂しさとダイエット効果を期待して、電子タバコを始めたのだ。

 甘いフレーバーを楽しみつつ、小説を書いていたから、昨日は何度も羽根ペンの羽根をくわえそうになった。

 ニコチンの入っていないタバコなら、私もいただこう。

 まぁ無理な話だろうけれど。

 パイプを吹かすエルフの少年を頭に浮かべつつ、私は食事を進めた。



 

20190328

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