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06 精霊樹に問う。




 何故、こうなったのだろうか。

 大きな樹齢が見えるテーブルを囲い、エルフ達が口論していた。

 私はクッション付きのダークブラウンの椅子に深く座り、それを眺めるしか出来ない。

 ルーシウスは私の後ろに立って、黙り込んでいた。


「“精霊樹の加護を受けし者”は我々ウノスの里が守ると言っているではありませんか!」


 バンッと樹齢を数えていたテーブルに、セレナさんの手が叩き落される。


「いいや! “精霊樹の加護を受けし者”は、我々ティービューの里が保護する!」


 そう言い切ったのは、精霊樹を守るエルフの里の一つであるらしいティービューの者。エルフというか、ダークエルフだ。

 褐色の肌と白銀の髪が特徴らしいダークエルフは、これまた美男美女揃い。中でも代表で今発言したダークエルフの男は、見目麗しい。キリッとした形の眉。鋭いまなこは、アメジスト色。長身でスラッとした細身の体型。でも華奢ではなく、俊敏そうな印象を抱く。

 そして、怒りすぎている。そんな怒鳴らなくても、怖いなこの人。


「いいえ。“精霊樹の加護を受けし者”は、我々ナーリベンサの里が保護した方がいいでしょう」


 静かに、けれども威厳的に告げたのは、私よりも小柄なエルフの少年。少年に見えて、実はびっくりな年齢だってことはあり得る。

 白金髪で、病的な白い肌。そして、とてつもなく美しい顔立ち。

 クルンと巻き毛で、愛らしくもあるけれども、翡翠の瞳がとても強い。握手をしなくても、強いとわかる。まさに美少年なのに、この場にいることに誰も違和感を覚えていないようだ。里代表らしい。否、長かも。私より歳上なのは間違いない。めっちゃ武装しているエルフが、左右に控えている。

 異世界、怖い。

 ウノスの里に到着した途端、精霊樹の警護を務めているエルフの三つの里の代表達が集っていた。そして休む暇を与えられることなく、この会議が始まったのだ。


「……“精霊樹の加護を受けし者”を見ると、道中で何か問題が起きたようだですね?」

「っ……」


 美少年の翡翠の瞳が、ちょっと汚れている私を見て言い当てる。

 セレナさんは黙った。ゴブリンに襲われたとは言えない。

 私も黙っておく。セレナさんを不利にさせるのはよくない。


「ウノスの里の者に任せるのは、些か不安です」

「その通りだ。だからティービューの里が引き受ける!」

「いいえ。ナーリベンサの里が引き受けます」

「ところでなんでエルフでもない者がこの場にいる!? さっきから不快だぞ!」


 怒鳴るエルフの男性が、私の後ろに立つルーシウスを睨み付けた。

 そこで飛び火するの?

 ルーシウスを振り返ってみれば、マントを深く被って、同じく睨んでいるようだった。


「あー、“精霊樹の加護を受けし者”ですけど、発言してもいいですか?」


 一応手を挙げて、発言していいかを確認する。

「どうぞ」と美少年が真っ先に許可した。

 貫禄あるな、この美少年。


「この者はルーシウスと言いまして、私の従者にしました」


 仮だけれど、その説明が面倒なので、それは言わないでおく。


「それから、大変申し訳ないのですが……もう一度皆さんのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? さっきも紹介を受けましたが、その、覚えられず……すみません」


 丁重にお願いをすれば、聞いてもらえる。そう私は思う。


「いいでしょう。僕はナーリベンサの里の長サビアです」


 美少年は長だった。ひえええっ。


「……。ティービューの里の長ピーリスーの息子、リクニスだ」


 まだルーシウスがいることに納得いかないように睨みつつ、こちらも名乗ってくれた。


「私は口無と呼んでください。一つ、お聞きしたいのですが、この場にいる者の中で誰か、精霊樹が異世界から人間を召喚した理由を答えられますか?」


 返ってきたのは、沈黙だ。

 誰も答えられない。


「誰もわからない、ですよね?」

「暗にわからない者に保護されたくないと言いたいのでしょうか? クチナ」


 口を開いたサビアは、また言い当てる。

 しかも精霊樹の加護を受けているからと様付けしない。私が口無と呼んでと言ったからだろうか。


「ですがこの一千年……森や木々の命の源である精霊樹が何かをすることはありませんでした。それも木の葉一つ落とすこともなかったのです。我々にとって、いえ、この世界にとって、これは前代未聞の初めてのケースです」


 威風堂々とサビアは語る。


「そうだ。こうして話の場を設けているのは、しっかりあなたを守り抜くことが出来る里はどこかを決めるため。精霊樹の加護を受けた者であるあなたを」


 強い口調でリクニスが言う。


「我々は精霊樹と同様に重要な存在と認識しております。クチナ」


 サビアの言葉に、リクニスは頷く。


「そんな重要な存在を、子どものように取り合わないでください」


 私も機敏に返す。


「精霊樹の警護と同じく、平等に割り振ったら、どうでしょうか? 精霊樹の警護は、月の周期で交代していると聞いています。同じく月の周期で交代すればいいかと」

「それでは精霊樹の警護とクチナの警護と分けましょう。現在精霊樹の警護をしているのは、ウノスの里。次はティービューの里です。次の月が満ちるまで僕の里ナーベリンサで預かり、その後ウノスの里とティービューの里の順で預かるということでどうでしょうか?」

「それでこの場の者が納得するというなら、私は賛成しよう。リクニス、お主はどうだ?」


 サビアに続いて、レイデシオが口を開いて、リクニスに訊く。

 提案したサビアはもちろん、賛成なはず。残るは、ティービューの里代表で来たリクニスだ。

 私を任されることは、一番最後になる。それが気に食わないのだろうか。すごく怖い顔をしている。しかめっ面でこんな怖い顔が出来るのか。


「……わかった」


 賛成と言葉にした。

 セレナさんは、不安げに私を見た。出来ることなら自分の元で、ずっと保護したかったに違いない。長であるレイデシオが賛成してしまったのだから、セレナさんは意見を言えないでいる。私は大丈夫と込めて、笑みを送った。

 本音は仲良くなりつつあったセレナさん達のところに居たかった。

 これから美少年長の元に、お世話になるのか。半月くらいかな。気が休まるだろうか。

 サビアに目を向けると、にこりと笑みを寄越された。

 儚い系の美少年の破壊力。凄まじい。

 まじで、気が休まるだろうか。


「さっき話した通り、ルーシウスは従者です。ルーシウスもお世話になっても構わないでしょうか?」

「構わないよ。では、今日から月が満ちるまで、“精霊樹の加護を受けし者”クチナを僕の里ナーリベンサで預かろう」


 念のために確認しておく。

 よかった。まぁ、仮の従者だということは後々話そう。

 振り返れば、フードの下のルーシウスと目が合った。コクリと頷きを一つしたので、異論はなさそう。私は立ち上がる。


「それと、一つ試したいことがあるんですけど、皆さんの許可がいるでしょう。この場を借りていただきたいのですが……」

「なんでしょうか?」


 レイデシオが、言葉の続きを求めた。


「精霊樹に触れてもいいですか?」


 右手を上げて、問う。

 代表者達は、顔を合わせた。


「触れる者を弾くと聞きました。でも葉に触れた私はどうなのか、試したいのです。拒まれるのか、それとも受け入れられるのか。自分をこの世界に呼び出した精霊樹と接触を試みたいのです」


 私をこの世界に召喚したのは精霊樹。

 もしも戻せることが出来るなら、精霊樹だけだ。

 一度、接触をしてみたい。試したいのだ。


「今まで触れた者は弾かれていたという、万が一のこともある。傷付いては困る、俺は反対だ」


 真っ先に答えたリクニスが、反対をした。

 守る対象である私が怪我をしたら、困るのはわかる。


「いや、許可しよう。リクニス。“精霊樹の加護を受けし者”を、傷付けないだろう」

「万が一に備えて、試すとしよう」

「……俺は反対したからな」


 サビアとレイデシオが、賛成してくれたから、しぶしぶリクニスも頷く。

 精霊樹の加護というくらいだ。傷付けない可能性の方が高いだろう。それで許可が下りた。


「では行きましょう。精霊樹の元へ」


 レイデシオの一声で、この場にいる全員が精霊樹の元に行くことになる。

 もちろん、ルーシウスもだ。

 私の後ろにぴったりとついてきている。

 右に控えるのは、セレナさん。左をキープするのは、サビアとその護衛だ。威圧感、凄い。ダンとはまた違うけれど、萎縮してしまいそうだ。

 先導するのは、リクニスの一行。レイデシオの一行は後ろだ。

 この大所帯が私のためとは、些か大袈裟すぎるとも思うけれど仕方ない。


「今までどういう生活をしていたかは知らないけれど、これには慣れてほしい」

「はい」


 サビアから話しかけてきたので、私はコクリと首を縦に振る。

 気を遣ってくれているのか、さっきから笑みだ。

 わかっていて美少年のスマイルを見せているのだろうか。


「あ、セレナさん。初めて会ってから、お世話になりっぱなしで、どうもありがとうございました」

「いえ……礼には及びません……」


 昨夜のことを気にしているのだろう。セレナさんの声が小さくなっていく。


「本当に感謝しているんです。セレナさんが手を差し出してくれなかったら、私はどうなっていたことやら……ありがとうございます」

「クチナ様……」


 セレナさんは命の恩人と言っても過言ではない。そう感謝を伝えるため、手を取って握り締めた。


「またお世話になる時、よろしくお願いします」

「はい。お任せを」


 にこりと笑みを交わす。


「着いたぞ」


 リクニスの声で、前を向く。

 森が開けた場所に、辿り着いた。

 真っ白な精霊樹が、目に留まる。

 エルフ達は足を止めて、必要以上に近付こうとしなかった。


「じゃあ……近付きますね」

「待て。貴様が近付くことは許可していない」

「……」


 私が構わずに進むと、ついていこうとしたルーシウスを、右腕を伸ばしてリクニスが遮る。睨み合っていることがわかったので、私はすぐにルーシウスに「ここで待っていて」と伝えた。

 それに従って、ルーシウスは俯いて待機する。

 なんかリクニスとルーシウスが一触即発しそうなのが気になるけれど、私はセレナさんに一応目配せした。セレナさんが頷いて応えてくれたので、私は精霊樹の方へと歩み出す。

 神々しい白さの大木。初めて目にした時と同じくらいの距離に近付いて、ちょっと躊躇した。ちょうど私が召喚された場所に立ち、エルフ達を振り返る。その場から動かない。

 これで弾かれたらどうしよう……。大変かっこ悪い。


「……」


 白い根元を見つめつつ、踏み出す。

 本当に真っ白な木だ。

 ダンやセレナさん達のように、精霊樹の気配とやらはわからない。

 でも触れてみれば、きっとわかるだろう。

 もう目の前まで来た。私はゆっくりと手を伸ばした。

 触れた者を今まで弾いてきた精霊樹。

 どうなるか。今確かめる。

 ぴたっ。

 伸ばした右手が、真っ白な幹に触れた。

 何も起きない。吹っ飛ばされることは回避した。

 私は触れたことを教えるためにも、一度振り返って手を振る。

 さて、ここからが本題だ。


「精霊樹……どうして私を召喚したの?」


 それの問いの答えは、正直どうでもよかった。

 ただ、これだけは教えてほしい。


「私を元の世界に戻せる?」


 白い幹にそっと寄り添うように、問いかけた。

 草原を撫でるそよ風が、木の葉を揺らす。その音が確かに耳に届くのに、木の葉は一つ足りとも落ちてこない。耳をすましても、返答はなかった。

 淡い期待は崩れ去った。

 深呼吸して、私は引き返す。

 帰る希望は潰えた。前を向いてこの世界で生きなくては。

 一秒、目を閉じて、開いた瞬間に決意を胸に、笑みを浮かべた。




 ◆◇◆




 ルーシウスは、フードの下からリクニスと牽制し合いつつ、クチナを見守る。

 精霊樹に弾かれて、怪我をしてしまうことを心配していた。

 しかし、異変は何一つ起きない。

 静かなものだった。それに驚くエルフもいたが、無言で納得するエルフが多い。

 今まで精霊樹に触れた者は、拒むように弾かれていた。

 だが、クチナが触れていても、精霊樹は何もしない。

 それから、クチナはルーシウス達を待たせることなく、引き返した。目を閉じて、開いた瞬間に浮かべた笑みを、ルーシウスは目にする。


 ルーシウスはーーーー美しいと思った。


 真っ白な精霊樹を背にした、同じく真っ白な女性が歩み寄る。

 白銀に艶めく短い髪が、そよ風で木の葉と共に揺れた。

 白い睫毛と白銀の瞳。儚い容姿だが、その瞳から強さを感じた。

 ルーシウスは、胸を押さえて、見つめる。

 その歩みが止まるまで。



 




17話で完結予定です(`^´ゝラジャー

20190326

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