05 従者。
目を覚ましたら、危機に陥っていた。
キャンプファイアー並みにメラメラと燃え上がる焚き火で、辺りが見える。熱さを感じるくらいだ。
そんな焚き火のそばに横たわるのは、セレナさん達。布切れのようなもので縛られていて、身じろぎしている。
大人しくしろと言わんばかりに、セレナさん達を踏み付けるのは小人。
いや、小人ではないだろう。肌が苔のような緑色で、おとぎ話の魔女のような大きな鼻をしている。黄色い目はギロギロしていた。
多分、だけど、ゴブリンだろう。
貧弱そうな武装と貧相な服装をしているが、痩せ細っている身体だとわかる。そんなゴブリンが、わんさかいた。
私はというと、前の方で腕が布切れで縛られている。よくもまぁ、こうなるまで目覚めなかったものだ。よっぽど疲れてしまって、爆睡していたのだろう。
ゴブリンに襲われて、捕まってしまった。
恐らく、ダンが活発に動いていると言っていたゴブリン達だろう。
そうか、灯りをつけずに走っていたのは、ゴブリンに見付からないためだったのか。今気付いたが、結局襲われた。待ち伏せでもされたのだろうか。
とにかく、私達は危機である。
「クチナ様っ!」
セレナさんまでもが、私を様付けにした。
「人間はっ、凌辱されてから食べられてしまいます!! 力を使って、あなただけでも逃げてください!!」
りょうじゅく!?
その意味を調べたいが、なんとなくわかる。
この世界のゴブリンって、非道なのか!
人間は、そうされることがお決まりなのか。じゃあエルフは、どんな目に遭ってしまうのだろう。
教える暇がないセレナさん達は、またゴブリン達の大きな足に踏み付けられた。
私は三匹がかりで担がれて、運ばれ始める。
「クチナ様っ!!」
「っ!」
放り込まれたのは、簡易テントのようなものの中だ。
ここで凌辱されるのかと戦慄していたら、乱暴に落とされた。
尻餅をついた私は、すぐに起き上がる。
力を使えと言われても、使い方がわからない!
かと言って、大人しく凌辱されるわけにはいかない!
周りを見渡せば、暗闇だ。でも気配がする。
悪寒が走った。私を凌辱しようとするゴブリン達の視線のせいだろう。
一匹が私に飛び付こうとした。
「!」
うっすら見えたそれを反射的に、私は縛られた腕を叩き付ける。
ゴブリンは、意図も容易く吹っ飛んだ。
いや、多分、これは私の力が強かったのだろう。
次に襲いかかるゴブリンを、私は組んだ両手を叩き付けた。
モグラ叩きのような要領で、次から次へと叩く。
吹っ飛ばしたゴブリンが、再び飛びかかってくることはなかった。
シーン、と静まり返る。もう視線を感じない。
ここで待機していたゴブリンは、叩き潰したようだ。
「……よし!」
私はなんとか立ち上がって、腕を解放しようとした。
しかし、結構固く結ばれた布切れを破くほどの力はないようで、すぐに疲れてしまい諦める。
仕方ない。腕が不自由だが、このままで行こう。
セレナさん達を助ける。急がなくちゃ!
私はテントを飛び出した。
そこで、テントに飛び込もうとした人物とぶつかりかける。
青みがかった黒髪を右側に集めた髪型と黄金色に縁取られた瞳。それと真っ先に目につく黄金の模様。
黒衣のマント姿のルーシウスだ。
「え、なんっ」
「っ!!」
なんでここに、と言いかけた途端、私は包まれた。
頭一つ分背の高いルーシウスが、私を抱き締めたのだ。
ポッカーンとしてしまう。
「無事かっ!? よかった……!」
「えっ、お、おおうっ」
戸惑いいっぱいの返事をしておく。
一応、無事である。
でも、ルーシウスの登場に驚きを隠せない。
彼氏でもない男の人に抱き締められていることに動揺してしまうのだが。あれか。異世界でも、ハグは挨拶のうちなのかな。
「クチナ様!」
「クチナ様、ご無事でしたか!」
「クチナ様っ!」
呼ばれて、バッと腕を上げる。
はい! クチナです! ここにいます!
ルーシウスもビクッと震えては、私を放した。
見れば、ボロボロになりながらもエルフの三人がいた。返り血だろうか。暗すぎて、黒に見える。戦った痕跡がある中、左からリリカ、エルマ、セレナさんの順番で三人は傅く。ちゃっかりルーシウスまで、私の横で傅いた。
「申し訳ありません!」
腕が縛られたまま、突っ立っている私に、まず謝罪をするセレナさん。
顔を上げて私がまだ縛られていることに気付き、黒く染まったナイフで切ってくれた。やっと腕が解放される。
「油断していましたっ! お許しください!」
セレナさんは、また頭を下げた。
「あ、頭を上げてください、セレナさん。そんな風に謝らなくても……」
「いえ! クチナ様をお守りすべきなのに、恐ろしい目に遭わせてしまい、誠に申し訳ありません!」
「皆、顔を上げてください。私は何もされていません。それより、セレナさん達こそ無事ですか?」
私も膝をついて、彼女達の心配をする。
だいぶ痛め付けられていたけれど、返り血でよくわからない。
「ああ……可愛い顔が台無しになるところね」
「く、クチナ様っ!」
拭くものはないので、リリカの頬を手で優しく拭う。
潤んだ目でリリカは、見てきた。
「ああ、髪型まで崩れちゃって……」
リリカのツインテールが、ほつれてしまっている。
汚れた手で直してはあれなので指摘だけすると、リリカは恥ずかしそうに髪ゴムをほどいた。この暗さでも、頬が赤いことが見える。
「ところで……ルーシウスさんはどうしてここに?」
一緒になって傅いているルーシウスの前でしゃがみ、私は覗き込む。
俯いた視線は泳いでいて、何かを言うことを躊躇っているようだ。
「またフラフラーっと単独行動していたとか? それにしては国から離れすぎているんじゃ……」
首を傾げつつも、私は先ずはお礼を言うことにした。
「セレナさん達を助けてくれたのでしょう? ありがとうございます」
「っ……」
ほぼ無意識に手を、ルーシウスの頭の上に置いてしまう。
しまった。
頭をわしゃわしゃしたくなるとは思っていたけれど、これはまずい。大の大人がこんな風に異性に撫でられて喜ぶなんて、稀なことだろう。歳上かはわからないけれど、きっと不快感を覚えるはず。
恐る恐ると手を退かそうとしたら、ガシッとルーシウスに掴まれた。
ごっめーん!?
「……く、クチナ、様」
「は、はい!?」
俯いたルーシウスが、様付けで呼ぶものだから、私は手を掴まれたまま固まった。
ちょうどセレナの伸びた影で、顔色がわからない。
掴んだ手を、そっとルーシウスの両手で包まれた。
「……どうかっ」
とても躊躇した様子で声を絞り出すルーシウスは、顔を上げる。
真っ直ぐに私を見上げた瞳の中の黄金が、仄かに光っているように見えた。焚き火の明かりだろう。
「俺を、あなたの従者にしてください」
真剣に告げられたその言葉を、ゆっくりじっくりと理解した。
「えっと……断ってもいいですか?」
真剣すぎるところ大変申し訳ないけれど、私はそう確認する。
「……!!」
ガーン、という効果音がぴったりなほど、ショックな表情をした。
断られることを想定してなかったのだろうか。
それから私の手を離して、代わりに右頬の模様を隠すように覆う。
何故か、私は説明をしなくてはいけないと思った。
「あ、あの」
今度は私からルーシウスの手を掴み、両手で包んだ。
「私……昔、従者に」
従者ってことにしておこう。その方が話が通じる。
似たようなものだ。
「嘘をつき続けられたんです。忠誠を誓うと、言っていたその男に」
思ったよりそれは私の中で傷になっていたのか、口にすると鈍い痛みを感じてしまった。顔は俯き、視線は地面に落ちる。
「それ以来、信じることが……怖くなったのでしょう。ごめんなさい。私はダンのような、寛大な主にはなれないと思うんです。だから、あなたを従者にすることは、出来ません」
私は顔を上げて、力ない笑みを見せた。
「私がだめなんです。ごめんなさい」
そうか。私はルーシウスだから、断ったではないと伝えたかったのだ。
「……クチナ、様」
「様付けはしなくていいですよ」
「なら、クチナ!」
は、はい?
ガッと詰め寄ったルーシウスに、身を引きたくなったが、またもや手を握り締められてしまう。
「俺は嘘が下手だ! いや、つけない! だから、だからっ! どうか、俺をそばに置いてくれないだろうか!」
「……ふっ」
嘘が下手とか、つけないとか、そこまで言って私の従者になりたいのだろうか。私は笑いを吹き出してしまった。
でも考えてみれば、国を出てルーシウスはここまで私を追いかけてきたのだろう。従者になるため。
そこまで決心していたのに、断ろうとした私はやっぱり彼の主に相応しいとは思えないのだけれど、でも応えたくなった。
「じゃあ、こうしよう。先ずはお試し期間を設ける。互いに相応しいのか、見定めつつ、一緒に過ごそう。もしもルーシウスさんが、私が主と相応しくないと思ったらダンの元に帰っていいし、私がルーシウスさんは嘘をつく人だと思ったら帰ってもらう。いつでも解消が可能な仮の主従関係」
「……」
考えるように間が出来る。
「逆に、クチナが俺を信頼でき、俺も忠誠を誓いたいままの気持ちなら、永久的な主従関係を結んでもらえる。そういうことか?」
「えっ、うん、そうなるね」
永久的? そんなにも長く忠誠を尽くすつもりなのだろうか。
「では……その仮の主従関係を頼みたい」
頭を下げて、ルーシウスは頼んだ。
「うん。じゃあそうしよう。よろしく、仮の従者くん」
「……ああ」
私は改めて手を差し出した。
ルーシウスが手を取り、握手をしてくれたところで、はたっと気付く。
「あっ、でも、私まだどうなるかわからないんだよね。ウノスの里にお世話になるのかな……?」
勝手に従者を作ってしまったが、いいのだろうか。
セレナさんに目を向ければ、まだ膝をついていた。
「ええ、そのようになるはずです。精霊樹の加護を受けし者のクチナ様は、我々が守る対象だと考えると思われます」
「ルーシウスさんも連れて行って構いませんか?」
「……。我々の恩人でもあります。クチナ様の希望であれば、レイデシオ様も許可するでしょう」
「そっか。よかった。じゃあ立ってください」
セレナさんに手を貸して、立ち上がらせる。
エルマもリリカも、そしてルーシウスも立つ。
「ちゃんと自己紹介から始めよう。私は口無。セレナさんに、エルマ、リリカ」
私は自己紹介から始めて、セレナさん達も名前だけ紹介する。
「俺はルーシウス。ルーシウス、だけでいい」
私の呼び方が気になるのか、そう言うので、心置きなく呼び捨てをしよう。
「じゃあ、ウノスの里に再出発と行きましょう」
「はい」
セレナさんとリリカが馬の準備をしてくれている間に、私達は焚き火を消した。
こうして、一人加わって、ウノスの里に戻ったのだ。
今日はもう一話夜に更新する予定です!