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04 期待と夢。




「ちょっと待って!!」


 私は、その空気を壊そうと声を上げた。


「この飲み物、美味うま!? お酒!?」


 飲み込んだものの味を今更感じて、私は驚く。ちょっと喉越しが熱いが、甘い。甘めの酒は好きなのだ。というか甘めの酒しか飲めない。


「おう、この国の名酒だ。その名もベラー酒。俺の名前を勝手に付けたんだよ」


 呑気に笑いつつ、ゴクゴクと飲み干すダン。


「これくらいの赤い果物の果実酒です」


 ナリリちゃんが、親指と人差し指でサイズを教えてくれる。

「俺の大好物」と、ダンは付け加えた。


「冗談抜きで、ナリリ。クチナは俺のように王様になる?」


 ダンはあぐらをかいた膝に肘をついて、話を戻す。

 戻しちゃった。しかも真剣な表情で。

 ガクガクと震えそうになりつつ、私はナリリちゃんの方を向く。

 絶対未来を見てしまう占い師ナリリちゃんの言葉が怖い。


「ダン様のように、はっきり未来を見たわけではないので、クチナ様が王様……いえ女王様になるかどうかはまだわかりません。未来は見えなかったので」


 じょ、女王様!?

 ナリリちゃんは、にこやかに続けた。


「しかしこうしてダン様と巡り合ったクチナ様が同じ手相をしているのは、偶然ではないでしょう。遅かれ早かれ、ダン様と同等の存在になるとわたくしは思います」

「……!?」


 私は今日何度目かわからない絶句をする。

 同じ手相をしているってだけで、ダンと同等の存在になる、だと!?

 一国の王の座にのし上がった人柄で、とんでもない強者のダンと!?

 絶対未来見る占い師ナリリちゃんが、断言した!?


「!!」


 ハッとする。向かい側にいるダンが、この上なく、とてつもなく、面白そうにニヤついていた。不敵すぎる笑みだ。

 まなこは、私に真っ直ぐに注がれている。興味津々でいて、かつ好戦的な黒い眼差しだ。

 ゾワゾワッと、背中に何か走った。いや、もう、全身が鳥肌だ。


「ちょ、おまっ……やめい!! その目!」

「ん? 何なーに? その目って?」

「その目だよ!? 笑みもやめて!」


 にししっと笑うダンが、からかう。


「これからが楽しみだなぁ」

「〜っ!」


 ニヤけることをやめるどころか、私の行く末を楽しみにしているダン。

 私は何を言っても無駄だと思い知り、ベラー酒で肉を喉に流し込んだ。

 見ることが怖いが、恐る恐ると親衛隊の顔色を伺う。もう私を睨んでいない。ほとんどが肉に夢中な者、あとはダンのコップを空にしないよう注ぐ者。そんな中、熱心に私を見つめる一人いた。

 ルーシウスだ。

 マントを被っていても、灯りで顔の模様が煌めいている。不思議で、綺麗なものだ。

 私もついつい見つめ返していれば、ルーシウスの黄金に縁取られた瞳が、戸惑いで揺れ始める。


「ルーシウス、どうだ?」


 ダンが呼ぶので、交わった視線は外れた。


「どう、とは?」

「クチナが気になるんだろう? クチナ親分の記念すべき第一子分になったらどうだ?」

「ちょ、ダン! 私は親分なんて器じゃないよ!」


 確かにちょっと気になっているようだけれど、その前に私は器じゃないのだ。嘘をつかれていただけで、離れてしまう。親分というほどの寛大さは、持ち合わせていない。


「なーに言ってんだよ、ナリリの占いは外れないんだぜ? そしてクチナはあの精霊樹の加護をもらった異なる世界から来た特別な存在。何も起きない方がおかしいぜ」

「うっ……うう」


 串で私を指して、ダンは確信するように言った。

 そう周りが期待して、何も起こらないオチだったらどうしよう。

 いや前向きに考えよう。私は異世界転移ものの主人公になった。これから始まるのだ。私がカリスマ性だか親分肌かを発揮して……何が始まるのだろう?

 何度目かわからないけれど、しがないただの作家だ。これから起こる“何か”を、私は乗り越えられることが出来るだろうか。

 私は俯いて、もぐもぐと鶏肉に似た食感を咀嚼した。


「それにルーシウスは、言うなれば仕方なくここに居着いた犬っころだ。別に俺に惚れ込んで、ここにいるわけじゃない」

「……そんなことはない。あなたには恩を感じている」

「恩は感じていても自分の居場所だと思ってないからこそ、フラフラと単独行動しちゃうんだろう?」


 ちょっと視線を上げて、ダンとルーシウスを交互に見る。

 犬っころ発言を全気にしていない様子。言われ慣れているのかな。

 ルーシウスは図星なのか、押し黙った。

 そんなルーシウスも、親衛隊の地位にいるのだろう。だから、ここに加わっている。しかし、自分の居場所だとは思っていない。

 見抜いているダンは、すごいな。人をちゃんと見ている。


「クチナに惹かれてるなら、その本能に従ってみたらどうだ?」

「……」


 本能に従う。それが素直に出来ないのか、苦痛そうな表情になったルーシウスは立ち上がると、黙って去ってしまった。


「あー……嫌なんじゃないかな?」

「まっ、ちょっと時間をやってくれ」


 嫌がっているのではないかと言ってみるが、ダンはそんなことないと言わんばかりに待って欲しいと返す。

 いや、でも、ね? 私が彼にしてあげられることなんて……ないと思うのだけれど。


「お言葉ですが、ダン国王陛下。我々は、お腹を満たしたら帰らせていただきます」


 セレナさんが、食べ終えたのかそう告げる。


「ええー? ゆっくりしていけよ」

「いえ、一刻も早く里に戻り、レイデシオ様に報告しなくてはいけませんので」


 駄々をこねるようなダンに、セレナさんはビシッと断る。

 ダンが唇を尖らせるが、セレナさんに従うことにして、私は持っていた串の肉を食べた。里の長の指示通り、占い師ナリリちゃんに私が何者かを見定めてもらったのだ。あとは報告をするだけ。


「だけど、夜だし、最近ゴブリンが活発に動いているし、せめて朝までいろよ」

「心配は有難いですが、我々で守れます故」


 セレナさんは、私にちらりと視線を寄越す。やっぱり私は、彼女達が守るべき対象。


「クチナ様はどうしたいのですか?」


 大人しく食べていたナリリちゃんが、手を止めて私の意見を求めた。

 ダンもセレナさんも、私に注目する。


「私は……セレナさんの言う通り、里に戻ろうと思う」


 なんとなく精霊樹のそばにいた方がいいと思うし、セレナさんには最初に手を差し出してもらえた恩もあるしね。彼女を困らせるわけにはいかない。


「あーでも、セレナさん。荷馬車か何かで帰ることは可能ですか? 多分、私は寝ちゃうと思うので……」


 異世界転移をしたし、半日も走る馬に乗っていたし、大蛇のモンスターを仕留めたし、王様には謎のプレッシャーをかけらるわでヘトヘトだ。

 お腹を満たしたから、これから眠気が襲いかかってくるのは、安易に想像が出来る。


「じゃあ用意させるよ。あと他に欲しいものはあるか? なんでも用意してやるよ」


 ダンは細目と緑色の髪の持ち主の男性に目配せして、用意させようとした。


「んー書き物が欲しいかな。私、物書きなの」

「へぇ! そりゃいいな。じゃあ紙とペンとインクを渡すから、今度会う時読ませてくれよ」


 とりあえず日記を書きたいかな。異世界の初日を書き留めたい。

 ちょっと照れくさいけど、うんと頷いておく。あ、でも。


「この世界の文字が書けたらね」

「書けると思いますよ。世界共通語ですから」


 言葉を聞くと話すとは違い、文字はどうだろう。その疑問に答えてくれたのは、ナリリちゃんだ。世界共通語か。それを使って物語を書いてみたい、なんて考えてしまう辺り、根っからの作家性分なのかもしれない。

 セレナさんの手を借りて立ち上がれば、ダンも「よいしょ」と腰を上げた。それにならうように親衛隊も立つ。

 緑色の髪の男性が、荷馬車を手配してくれた。この国まで連れてきてくれた二頭の白馬が引く。もう一頭はセレナさんがひと撫ですると、先に行くように走らせた。

 荷馬車に乗るのは、エルマと私だ。エルマに手を借りて乗った。寝ると言っておいたからなのだろうか、毛布がある。それに木箱の中には大量の紙と、インク。羽根ペンがあった。

「ありがとうございます」と直接、緑色の髪の男性に向かってお礼を言うと、微笑みを返された。


「じゃあ、また来いよ。クチナ」

「あ、うん。ダンも、ナリリちゃんもありがとう。また来るよ」


 荷馬車の上で、頭を深く下げる。


「いいってことよ」

「あ、ルーシウスさんによろしく伝えてください」

「おう。レイデシオにもよろしくな、セレナ」


 ダンと一緒に街灯で照らされた周囲を見るけれど、ルーシウスの姿は見当たらない。そのままどこかに行ってしまったのだろう。

「わかりました」と白馬に乗ったセレナさんが返事をする。


「絶対にまた会おうぜ、クチナ」


 意味深な期待を含めて、にっかりと笑ってみせるダンに、口元がヒクついてしまうのはしょうがない。


「また会おう、魔王ダン」


 私は手を振った。ナリリちゃんと一緒にダンは手を振り返す。

 荷馬車は動き出し、高い壁と門をくぐり抜けて、魔王と同じ名の小さな国を出た。

 温かな街灯から離れて、初めて星空を目にする。


「わっ!」


 辺りは藍色の薄暗さのおかげだろうか。満点の星空が一望出来た。

 今にも落ちてきてしまいそうな瞬きの星が、数え切れないほどある。

 夜の異世界! 素敵だ!

 今日一番、感動をした。


「そう言えば、こんな夜道で馬を走らせても大丈夫なの?」

「問題ありません。これくらいの暗さならば、馬も慣れております。我々の目でも見えておりますし……灯りをつけて移動する方が危険かと」


 エルマが答えてくれる。最後危険と言った。なんでだろう、と首を傾げつつも、木箱の中を覗く。

 忘れずに今日の出来事を書き留めたいが、この暗さでは無理だろう。それにガタンゴトンと揺られている。書くことは困難だ。

 あっさり諦めて、眠ることにいた。

 書きたいことを頭の中でまとめながら、星空を観測しておこう。

 毛布に包まって、寝心地いいとは言えない床に横たわる。


「クチナ様。自分の膝の上をお使いください」

「様!?」

「これからはこうお呼びした方がいいかと。膝枕をどうぞ」

「お、お、おう……ありがとう」


 様付けか。ナリリちゃんのはナチュラルにスルーしていたけれど、くすぐったいな。

 しかも膝枕! エルフの美女さんに膝枕! 何それ、なんて言う名の男性向けのラノベなの? いいのか! 私が膝枕を受けても、いいのか!?

 ほろ酔いな私は、眠気にも襲われていたので、呆気なくエルマの太腿に頭を乗せた。

 ……豊満な胸が、星空を半分近く隠すのだが。

 いや、私もそこそこあるので、嫉妬なんてしてない。豊満なお胸様が、邪魔だよエルマ……。

 うとうと、瞼が重くて、閉じたり開いたりする。

 キラキラと今にも音を奏でそうな星空と、お胸様を見つめて、やっぱり瞼を閉じた。カタンコトン、揺れも手伝って、眠りの淵にいざなう。

 結局、何も考えることなく、落ちた。




 白。白い。真っ白だ。

 あの大木のような白さ。

 そう、精霊樹。

 でも、見えてきたのは、人だ。

 襟足の長い髪型は、真っ白。

 肌は、色が僅かに認識出来るくらいの色白。

 顔がはっきり見えない。

 でも、男の人のように思えた。

 白い衣服は、中国の民族衣装に似ている。

 白銀の数珠が、まとわりついていた、

 否。違う。白銀の数珠が、を縛り付けている。


「ーーーー助けて」


 が口を開いた瞬間に、声が脳の中で響いたようだった。




 ◆◇◆



「こんなところにいたのか」


 ダンが串の肉を嚙みちぎりながら歩み寄ったのは、国で一番高い建物の屋根に、片膝を抱えて座るルーシウスの元。

 この建物は、言わば城だ。ダンと側近達の寝床であり、活動拠点。

 ルーシウスが、今帰って来る場所だ。


「あーん。クチナなら、この国を発ったぞ」


 最後の一口を入れて、告げる。

 ルーシウスは跳ねるように顔を上げて振り返った。


「な、なんでっ! 夜なのにっ……!」


 動揺するルーシウスの反応を、ダンはケラケラと笑いつつも答えてやる。


「俺も止めたんだが、急いで里に戻りたいって言うからさ」


 串をくわえ、身体ごと首を傾けた。


「お前がうじうじしてるからだぞ。気になるくせに、なんで素直にならないんだよ?」

「……わからないっ」


 右手で、顔の右側を押さえ込むルーシウス。

 それを見て、ダンはしゃがむ。


「そのアザが原因か? お前がそれを見つめられることが嫌なのは知っているが……」

「違うんだ! いやっ、見られることは嫌なんだが……」


 ダンの言葉通り、ルーシウスは黄金のアザを見られることが嫌なのだ。

 だからマントを被る。他人と距離を置いてきた。


「あの人に……見られることは……嫌だとは思わなかったんだ……。それが不思議というか、変で……わからない」

「クチナに見られることが、嫌じゃないのか」

「ああ……彼女だけ、見られても構わないと思ってしまう……」


 ふーん、とダンはくわえた串をクイクイと上下に揺らす。


「そばに行って、確かめてみればいいじゃねーか。なんか違うってわかれば、ここに戻ってくればいいしさ」


 ポン、とダンの手が、ルーシウスの頭の上に置かれた。


「そのまま、クチナの元にいてもいいじゃねーの? 俺の目には、惹かれているように見えるぜ」

「……しかし」


 ルーシウスは右手で覆う顔を押さえ付ける。

 その仕草で、アザを気にしていることは一目でわかった。


「いいから、行けよ」


 躊躇しているルーシウスがじれったいと、ダンは容赦なく背中に蹴りを入れる。


「うお!?」


 ルーシウスは屋根から落ちた。この国一番の高さを誇るそこから、落ちたのだ。

 特に心配することなく、ダンはしゃがみ直すと星空を一望した。


「精霊樹が連れてきた異世界の人間……クチナ、ねぇ……」


 独り言を呟くと、手を翳す。彼女に触れた手。


「計り知れない力を感じたぜ、くくくっ」


 彼女がダンに力を感じ取ったように、ダンも彼女の力を感じ取った。

 精霊樹の力であろうそれに、期待が膨らみ笑みが隠し切れない。


「さぁー。どうなるかなぁ」


 楽しみでしょうがないと、ヴァンパイアの王は笑うのだった。



 

20190325

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