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03 未来と手相。




 なんとか声を絞り出す。


「で、でもっ、日中歩いてるし!」

「? それが?」


 首を傾げるダン。

 この世界のヴァンパイアは、どうやら日中歩いていても平気のようだ。


「夜活動するのかと!」

「まぁ、夜行性って言えばそうなんだけれど」

「太陽に弱いのかと!」

「別に弱くねーけど」

「不老不死なの!?」

「エルフと同じく不老不死だけど、ぶっちゃけ殺されれば死ぬぜ」


 ケロッとした反応のダンに、色々と問い詰めたかった。

 この世界のヴァンパイアの弱点を知りたいけれど、王様の弱点なんて聞いていいものではないだろう。エルフは不老不死なのか。殺されれば死ぬって当たり前だ。

 精霊樹の木の葉を食べれば不老不死になれると言う話を平気で出したのは、伏線だったのか。

 つまり、この国の名前がダンと同じなのは創立者だからなのか。

 いつからなんだろう。青年に見えて、いくつだこの人。

 はっ!? まさか占い師ナリリも!?


「こ、ここって、ヴァンパイアの国なの?」

「いいや? ほとんどが人間の住人だ。ナリリも人間。ここ周辺にあった街が身を寄せて、国になったんだよ。まぁ、詳しい話はあとで食いながらでも聞かせてやる」


 なんだ、と肩の力を抜いた。

 一見人間に見えた人々が、ヴァンパイアなのかと思ってしまったじゃないか。

 ……食べ物を考えたら、我慢していた空腹を感じた。

 キュルル。そうお腹の虫が鳴ってしまう。


「あはは! 半日かけて急いできたんだろう? 飲まず食わずじゃあお腹の虫も鳴くよな! さっき仕留めたっていう蛇をご馳走してやるから、とりあえず占ってもらおうぜ」


 そう豪快に笑って、ダンは私の背中を叩いた。

 あのモンスターを食べると聞いて食欲が失せたのは私だけなのだろうか。あ、入国の時入れ違いになった一行が、取りに行ったのかも。

「すみません、お食事を与えず……」とセレナさんがそっと謝ってくれた。

 大丈夫と笑っては、鳴るなと念じてお腹を摩る。


「ふふふ。では占いましょう」


 微笑ましそうな顔をして、占い師ナリリは水晶に手を翳した。


「クチナ様の未来を少し覗きましょう」


 未来が見えるタイプの占い師なのか。

 私は身を乗り出した。次の瞬間、光に襲われる。

 水晶玉から、光が放たれたのだ。ワンルームサイズの空間に、光が星のように無数散りばめられている。上も下も、左も右もだ。

 これが楽しみだったのか、ダンは楽しそうに眺めていた。確かにプラネタリウムのドームの中にいるようで、綺麗だし楽しい。光に触れようとしても、当然透けてしまう。

 水晶玉と言えば、真っ白に光っている。

 そこに私の未来が映るのだろうか、と凝視した。

 けれども、占い師ナリリの顔が浮かないものになっている。


「……見えませんね」

「えっ」

「なんだって?」

「見えません、真っ白です」

「えっ」

「えっ、何?」

「クチナ様の未来はおっ先真っ白です」

「えっ」

「えっ?」


 占い師ナリリと私とダンの順番で声を発するけれど、やがて沈黙した。

 占い師ナリリは、自信満々な表情でいる。ドヤ顔だ。

 おっ先真っ白って。


「これは……恐らく、精霊樹の光でしょう。それが遮っていて、未来を見通せません」


 手を水晶玉に触れて、占い師ナリリは真面目に告げた。


「精霊樹の光?」

「はい。この力の気配はそう……精霊樹ですね」


 私にあるであろう精霊樹の力故に、未来が見えない。

 水晶玉の中の光、それが精霊樹の力なのだろうか。

 私の中にある、もの。


「クチナ様が、精霊樹の加護を与えられていることは間違いないです」

「加護……」


 私を守って助けてくれる力か。


「困りました……」


 セレナさんが口を開く。


「精霊樹の目の前に現れたクチナさんをどうすればいいのか……」


 私という存在をどう扱うべきか、わからないのだろう。

 精霊樹を守る使命とも言える仕事を担っているセレナさん達には、困った存在だ。


「簡単じゃね? 精霊樹が、召喚したんだろう? なら、精霊樹と同じ、警護をしてやればいいじゃん」

「確かな証言が欲しかったのです。クチナ様が何者か、占い師ナリリから教えてもらうよう言われたのですから」


 気軽に言うダンに対して、セレナさんは厳しい口調で返した。


「では告げましょう。クチナ様はーーーー“精霊樹の加護を受けし者”です」


 はっきり、占い師ナリリは断言する。


「それが聞けて満足です。ありがとうございます」


 セレナさんは頭を下げた。


「ナリリさんの言葉は、その、信憑性があるのですか?」

「ただのナリリでいいですよ、クチナ様」

「未来が見えるナリリの言葉は絶対だ。王になるべきだって言い出したのもナリリなんだぜ。五百歳生きたレイデシオも、助言を乞うくらい頼りにしてるんだ」


 レイデシオさん、五百歳なのか。

 ナリリの見る未来は、それほど絶対的なのだろう。

 こんなにも若いのに、すごい人なんだ、としみじみ納得した。

 この世界には未来を見る特別な能力を持つ人間もいる。そう理解した。


「……あの。ナリリ、ちゃん」

「はい?」

「私の世界に帰る方法とか、わからないかな?」

「……」


 念のために、とりあえず尋ねてみる。

 私は私の世界に帰る方法はあるのか。

 けれど、ナリリちゃんは悲しそうな顔をした。

 私に対しての同情だ。


「未来が見えないのでは、わたくしにはわかりません……」


 未来が見えれば、帰るか帰れないかもわかるはずだった。

 でも見えないのでは、帰る方法もわからない。


「そ、っか」


 私はそれだけを返すのが精一杯で、俯いた。

 視線を落として、思い浮かべるのは同居していた家族だ。

 拝啓、お母さん、お父ちゃん、弟達。心配しているでしょうか。私は異世界にいます。多分……帰れないです。

 悲しみが込み上がってきた。でも涙が出る前に、ポンと頭の上に掌が乗せられる。右横に立つダンのものだ。顔を上げて、見てみれば。


「飯。食べようぜ」


 ニカッと笑っていた。

 自然と笑い返してしまう笑みだ。

 悲しくても、お腹が空く。


「うん!」

「よし」


 力強く頷いて見せれば、ダンも頷いた。


「ナリリも来るか? 大蛇をクチナが仕留めたんだとよ」

「ええ、食べます」


 ナリリちゃんを誘うダン。

 ナリリちゃんは私が仕留めたことなんて知っていたみたいに驚くことなく、すんなり頷いた。あんな大蛇のモンスターを食べると言えちゃうこの世界の人間は逞しい。

 私も逞しくならないと……生きてけないな。

 ダンとセレナさんが扉を開けてくれれば、外はもう夜の空になっていた。

 街灯の灯りはオレンジ色に見えて、ずらりと並んでいる。

 そんな灯りに照らされた街並みは、昼間とまた違って見えて美しかった。


「ほー」


 なんて思わず声を漏らしてしまう。

 周りを見回していて気が付く。親衛隊の中に、さっきの青年がいた。

 名前はなんだったか。ルーシウスだ。


「もう怪我は大丈夫ですか?」

「!」


 一歩、歩み寄って問う。また黒いマントに身を包み、頭から被ってしまっているけれど、右頬の黄金の模様は間違いなく彼だ。

 ルーシウスは私に声をかけられたことに驚いたように、黄金に縁取られた目を見開いた。すぐに顔を背ける。


「……ああ」

「そう……よかった」


 短く返事をしてくれたので、それで満足しておく。

 人付き合いは苦手なタイプみたいだし。

 でも何故かな。頭をわしゃわしゃしたくなる。


「……」

「……」


 じぃっと頭を見つめてしまう私を、ルーシウスはおどおどと泳がした視線をやがて私に注いだ。戸惑いつつも、見つめ返す瞳。


「ん? んん?」


 声を出したのは、ニタつくダン。間に入って、私とルーシウスを交互に見た。


「めっずらしいなぁー、えぇ? ルーシウスが他人を見つめているなんて」

「っ」


 面白がるダンの言葉に反応して、ルーシウスが顔を背けてマントに隠れてしまう。

 やっぱり人と接することが苦手なタイプなのだろうか。


「まぁー話は食べながらしようぜ。例の大蛇はもう料理したんだろ? んーいい香りだ」


 ドーンッと強烈な平手打ちが、ルーシウスの背に叩き込まれた。

 すごい音したんだけど、ルーシウスがよろめいたんだけど。

 それにしても、いい香りって、どこからしているんだろうか。キョロキョロしながら、夜風ごと空気を吸い込んだ。あ、微かにいい香りがする。肉が焼けた匂いだろう。


「ダン……大蛇って美味しいの?」

「美味いぜ。仕留めたのは、多分大蛇の群れのボスだ。だろ? ルーシウス」


 ダンの後ろについていきながら、不安を覚える。この世界の食べ物が、口に合うだろうか。

 ルーシウスはコクリと頷く。


「全く、ルーシウスは単独行動ばっかりして。食べられたのは、お前の方だったかもしれないんだぞ。まぁ、そのおかげで、クチナと会えたんだろうけど」


 それって、ルーシウスは一人でボスに挑んだということか。

 なんて命知らずな。あんなに大きなモンスターなのに。

 本当に食べられるところだった。

 ……そんなモンスターを一撃で仕留めた私って、なんなんだろう。


「……」


 ルーシウスが、沈黙を返す。謝罪もないし、反省の色も示さない。

 それが通常の反応らしく、ダンも周りも注意しなかった。慣れているのだ。

 そこで、ギュルルルッと音が響いた。私のお腹の音である。

 ダンは吹き出して、ルーシウスと親衛隊とセレナさん達は注目した。ナリリちゃんも、にこやかな表情だ。


「お腹が、空いた……」


 赤面しつつ白状をすれば、芳しい香りが鼻に届く。焼けた肉のもの。口の中で唾液が溢れてきたから、飲み込んだ。

 行き着いたのは、広場だった。あの大蛇の丸焼きが、どぉおおんと置かれている。大きな葉っぱが敷いてあるみたい。ところどころ掻っ捌いて、街の人々が食べている。祝い、楽しんでいる様子だ。

 それもそうか。大蛇の群れのボスが仕留められたのだ。あんな大きなモンスターが倒された上に、この世界ではご馳走みたいだし、祝いもする。


「ダン陛下。お食事の用意は出来ています」


 ダンの目の前に現れたのは、これまた美女。袖が短いデザインのドレス姿で、見目麗しい人が腰を折って微笑む。薄紫色の波打つ髪を一本に束ねた姿は、凛としている。


「おう、ありがとー」


 お礼を言うダンが手招きしてくれるので、それについていく。

 設けられた食事の場が、あった。多分、王とお付きの者達の特等席のようなものだろうか。レースが垂れた空間には、布が敷かれ、クッションが多数ある。オアシスのテントという感じだ。

 そして、大蛇の一部であろう焼けた肉片が置かれていた。これまた大きい。

 一番奥に腰を落としたダンに続き、左右に親衛隊が並ぶ。


「ナリリも、クチナも、セレナも座って座って」


 ダンの向かい側に、座る許可をもらったので、腰を下ろす。

 ナリリちゃん、私、セレナさんの順番で座ったが、リリカとエルマは立ったままだ。

「お気遣いは大丈夫です」と、エルマは私が言う前に先に告げる。

 前を向くと、串に刺された肉が差し出されていた。

 パチクリ、と目を瞬きつつも、受け取る。


「美味いぞ、食え」


 ダンはもう串刺しの肉を頬張っていた。


「いただきます」


 言われた通り、これが大蛇だということを忘れて、かぷりと食べる。


「……んーっ! んまい!」


 咀嚼して、ハッとなった。

 鶏肉に似た食感。塩焼きで美味しい。


「だろ? 腹の虫を黙らせるために、じゃんじゃん食べろ」


 促してくれるダンの言葉に甘えて、一串分、食べた終えた。


「美味しい! 本当に美味しい!」

「この世界の食べ物が口に合ってよかったですね」


 左隣から、ナリリちゃんが朗らかに笑いかける。

 心配していたことを見抜かれていたのだろうか。絶対未来を見る占い師、恐るべし。

 密かに戦慄していれば、私の元にまた大蛇の肉の串が渡された。


「なんだっけ? 話をするって言ったな。そうだ、俺が魔王になった経緯が聞きたいんだろ?」

「あ、うん。そうだね。この国の名前が、ダンの名前なのは……やっぱり創立をしたからなの?」

「まぁ、そんな感じだ。ナリリが未来で王様になるって言うし、こいつらが集まってくるし、人間達も助けを求めてくるわで、こうなっちまったんだ」


 ダンは串の肉を噛みちぎると、また笑い退ける。

 こうなっちまった、とは親衛隊が出来て、王の座にいることだろう。

 いや、親衛隊って私が勝手に言っているだけだけれど。


「こうなっちまったとは、人聞き悪いですね。あなた様の人柄あってのことですよ、ダン様」

「そうですよ、ダン様。ダン様だからこそ」


 キリッとした鋭い眼差しというか、やや目付きの悪い赤髪の男性が口を開くと、細い目と緑色の髪の持ち主の男性が賛同する。どことなく人間とは違う雰囲気を感じた。もしかして、人外かも。


「これだよ」


 ダンは肩を竦めた。この調子で、王様にされたのだろう。


「カリスマ性ってやつだね。皆、ダンが好きなんだよ」

「あら、そういうクチナ様にも、カリスマ性の線があります」

「えっ?」


 串を持たない左手を掴まれたかと思えば、ナリリちゃんが指差す。

 親指側の手首の付け根。二本の線を撫でて、にっこりと笑った。


「カリスマの線です」

「ナリリちゃん……手相占いも出来るの?」

「はい。この親指の下のシワは、感情豊かで情に厚く、誰かの支えになる線です。いわゆる親分肌の線ですね」

「あれっ? それって、俺も言われたな。ほれほれ、俺にもあるぜ」


 ナリリちゃんに撫でられた掌のシワ。

 身を乗り出したダンが突き付ける左手と見比べた。

 あ、本当に、同じ線がある。

「ほー」と頷いてまじまじとシワを見つめた。


「カリスマ性があるのか……そして親分肌か……まぁ長女で姉御肌なところがあると薄々自覚はあったけれど、ダンと比べたら天と地の差があるね」


 苦笑を零す。掌に同じ線があるのに、違いすぎる。

 似ているなんて言い難い。

 見回してみれば、祝い楽しむ人々。ダンには人が集まっていて、そして国が出来た。配下が大勢慕っていて、人々が笑顔でいられている。偉大な存在だ。

 私はというとしがない作家。部屋にこもって書き綴る。

 読者という人々が多少集まってくれただろうけれど、それはカリスマ性のあるないの話ではないだろう。ただ好きに書いていただけ。

 あ。でも。ヒロインには人が集まるような人柄をよく書いたっけ。

 親分肌を発揮する代わりに、それが作品に表れていたのだろうか。

 ふと浮かんだ黒歴史。そうだ。アレがあった。

 ある小説の影響で、とある集まりをしたのだ。その集まりの束ね役をやっていた。ぶっちゃけボスをやっていたのだ。それなりに慕われていたと自負している。多分、親分肌を発揮していたのだろう。

 しかし、右腕とも言える幹部に裏切られた。それもあって私は集まりから、離れたのだ。裏切られることは、もう嫌だと思い、黒歴史として忘却していた。

 まぁ裏切られたというか、嘘をつかれていた、だけなのだが。

 やっぱり忘れよう。忘却忘却忘却。

 なんてぼんやり頭の隅で考えていたら、どこからともなく飲み物が注がれたコップが渡された。


「きっと、これから発揮するのでしょう。運命線が二つに分かれています。これから始まるのでしょう」

「おっ! それは、新たな魔王誕生の予言か?」


 喉も渇いたし飲もうとした私だったが、ダンの発言に口に含んだものを吹きそうになる。

 魔王って、私は人間なんだけれど。

 場の空気が変わった。ピリッとしている。

 新たな魔王の誕生。つまりダンの敵。そう直結したのだろう。

 敵意の眼差しが、私に向けられる。

 その敵意に対抗するように、私を守る対象と認識しているセレナさんとリリカとエルマが睨み返す。一触即発ってやつだろう。



 

20190324

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