17 精霊樹の化身。
ラスト!
パリーンッ!
そんな音で弾けた。
数珠は粉々になり、彼を解放する。
その瞬間、今まで瞳を閉ざしていた彼は、開眼した。
私と同じ、白銀の瞳だ。
襟足の長い白い髪が風もないのに浮き上がり、彼は立ち上がった。
「ーーーーありがとう〜!! クチナちゃん!!」
「!!?」
開口一番でお礼を言われた上に、名前でちゃん付けをされ、そして抱き締められる。私は当惑して、剣を持ったまま固まった。
想像より、幼い声。幼そうな口調。
「意外にも早く来てくれたんだね! 嬉しいよ! もうボク、ここから出れないかと心配で心配で……すぐに来てくれてありがとう! クチナちゃん!」
「お、おう。どういたしまして……。でもちょっと待って。ちゃん付けはやめて」
「え? だってクチナちゃん、女の子でしょう?」
「女の子ではないですよ……もう」
「ボクからしたら、いくつになっても女の子!」
放してくれた精霊樹の化身は、そうにっこりと無邪気に告げた。
そりゃ精霊樹からすれば、私なんて赤子同然なのだろう。
でもこの歳で初対面の異性に、ちゃん付けはくすぐったい。
まぁこの話は置いておこう。
「あなたは精霊樹の化身で間違いないですか?」
剣を収めて、私は改めて確認させてもらった。
「はい。ボクは精霊樹だよ。この姿は化身」
元気よく一つ頷き、精霊樹の化身は笑顔で答えてくれる。
「ここまで助けにくるように、私を異世界から召喚したのは間違いないですね?」
「……」
その問いの答えには、間があった。
スススッと、化身は両膝をつき、両手をつき、土下座をする。
「ごめんなさい!!! 異世界から呼び出してしまって、本当にごめんなさい!!!」
全力で謝罪されて、呆気に取れられてしまう。
しかも土下座だ。とても偉大な精霊樹とは思えない。
「謝罪を受け入れます。でもどうしてわざわざ……異世界から召喚したのですか?」
「……聞いても、怒らない?」
おずっと顔を上げて、化身は確認する。
「ええ、多分」
何か私を怒らせるような要素がある話なのか。
化身も反省しているし、別に怒りそうにもないので、そう答えておく。
「実は……ここに囚われて、必死に助けを求めたら……出来ちゃったんだよね」
身体を起こした化身は、正座したままそう言った。
「出来ちゃったって……異世界から人を召喚、ですか?」
「そう。出来ちゃった」
「……つまり、偶然にも、私という異世界人を召喚してしまった、ということですか?」
「うん、そうなる」
「……!!」
私は脱力して、その場にへたり込む。
偶然で異世界から人を召喚出来てしまっていいものなのか!?
いや、精霊樹の力だから可能なことなのだろうか。
自分の力もとい精霊樹の加護が恐ろしいと思っていたけれど、本家の方が恐ろしすぎた。
「本当にごめんね!」
「あなたには、精霊樹を守るという使命を担う三つの里のエルフ達がいるじゃないですか……なんで彼らに助けを求めなかったんですか?」
「いや、ボクが化身で出歩いていることも知らないし、そのすべはなかったんだよね。ただひたすら、助けてくれ〜って祈っていたら、本体の精霊樹の前にクチナちゃんを召喚出来ちゃって……潜在能力を高めるために加護を与えることくらいが精一杯だった。それで夢だけでも繋がれて」
「え? 潜在能力を高めるための加護?」
「そう。ボクの力もほんの少し分け与えたけれど、あとは君の力」
「え? 嘘でしょ?」
「ううん。本当だよ」
「え? 嘘だと言って」
「ごめん、本当だよ?」
待って。頭が理解することを拒んでいる。
私は手を翳して、化身に少し黙ってもらった。
「……それで、加護を与えたから、夢で繋がり助けを求めることが出来た、と」
「今、潜在能力を高めた話をなかったことにした?」
「やめて! 聞きたくない! あんなこともこんなことも、全て精霊樹のおかげだってことにしないといけないの!」
耳を塞いで、断固拒否する。
「どうして? 魔法を扱うセンスも、身体を動かすセンスも、かっこいい才能だと思うよ?」
「ぎゃあああ!!」
無垢な言葉で、私の悲鳴が洞窟に木霊した。
獣人に匹敵する力以外は、私の内なる才能だったのか。
恐ろしい、自分が恐ろしい。
「もういいよ……わかったよ……理解した……」
私はまたもや脱力をして、事実を受け入れるのだった。
「そんなに色々私のことを知っているということは夢で知ったんですか?」
座ったまま、向き合ってまた質問してみる。
「うん。クチナちゃん、寝る時その日ことを考えて寝るでしょう? だから、大半は見えたよ!」
「盗み見……こっちは縛られている姿と助けてと言う声くらいだったのに」
「ボクの方は見せることがないからね! 念じて頑張って助けを求めたよ!」
「これからはお互い見ないことにしましょう」
「……」
化身は笑顔のまま、おもむろに首を傾げた。
「これからはって……自分の世界に帰ることを考えていないの?」
その問いに、逆に問う。
「じゃあ異世界に帰せるのですか?」
間を開けて、化身は首を左右に振った。
「ごめん……どうやってクチナちゃんを帰すか、わからないから出来ない」
「そう、ですね。偶然を二回も出来ないですよね。謝らなくていいですよ」
私は笑い退けて、ついつい化身の頭を撫でる。
きょとんとした表情が、やがて綻んだ。
「クチナちゃんは、もうこの世界で生きる覚悟が出来ているんだね。気に入ってくれたの?」
「精霊樹が栄えさせている大地、とても気に入っていますが……ここで生きると決めちゃったんですよ」
私は笑みを深めて告げた。
「ルーシウスのために、残ることを決めた」
さっきも、ルーシウスにそう囁いて伝えたのだ。
「じゃあ、ルーシウスくんを本当の従者にするんだ?」
「ええ、そうなります」
「喜ぶね、ルーシウスくん」
にこにこ、微笑ましそうにする化身。
「ところで、なんでまた、封印されちゃっていたんですか?」
「ああ、ここに宝があるって人間の国の占い師が言ったんだ。宝じゃなくて、封印魔法の数珠しかなくて! しかも、穢す闇系の魔法でさ! ボク危うく穢されるところだったんだよ!!」
プンプンと怒り出す化身は、拳を同時に振った。
仕草まで幼いな。
「ちなみに、穢されたらどうなっていたんですか?」
「森は病んで、川は腐り、大地も枯れてしまっていただろうね!」
「……精霊樹を救えてよかったです」
私はそれを回避できたことに、ホッとして胸を撫で下ろした。
「じゃあボクはその占い師の頭を不毛にしてくる!!」
「ぶっ!」
頭を不毛って文字通り、毛を……。
ついつい想像してしまった私は吹いてしまった。
化身が立ち上がるので、私も立ち上がる。
「待ってください。上にエルフ達も人間の国の冒険者もいるので、おともにつかせてください」
「ボク一人でいいよ! あ、頼まれてくれないかな、クチナちゃん」
「精霊樹を助けたばかりなのに? 見返りは?」
「ええー、ボクの加護で許して」
「仕方ないですね。なんですか?」
冗談でやり取りをしたあと、頼みごとは何か問う。
「これからは精霊樹の化身を名乗ってほしい」
「え」
「お願い〜」
化身は両手を合わせて、そうねだってきた。
「なんでまた……あっ!! 私を身代わりにする気ですね!?」
「そういうこと〜!」
精霊樹の化身が出歩いていて、エルフの三つの里が黙っていないだろう。
一人がいい化身としては、それは嫌だから私を身代わりにしたい。
私だって嫌だ! 化身として扱われるのは嫌だ!!
「お願い〜!! クチナちゃん〜!!」
「そ、そんなおねだりしてもっ! 私は!!」
どうしよう折れそうなんだけど!
また抱き付いてくる化身が子どもっぽくって、長女タイプな私は折れそうだ。または親分肌気質のせいか。
「じゃあこうしましょう!! 化身は本体の精霊樹に戻ったと言います! それなら干渉されることもないでしょう?」
「ありがとう〜クチナちゃん〜!!」
抱き付かれたまま、私はまたもや脱力をする。
エルフの会議で、嘘をつかなくてはいけないのか。
精霊樹の化身扱いされるよりはましだ。
「本当は出歩かれて、何かあったらと心配なんですが」
「大丈夫、ボクこの一千年出歩いてるけれど、命の危機に遭ったことないよ。今回は例外。大丈夫、ボクを殺せる精霊なんていないから!」
精霊って他にもいるのか。
新たな情報を得つつも、私は心配の眼差しを注ぐ。
確かに一千年も出歩き慣れているなら、無用な心配なのだろうけれど、今回の件があるしな。
「……何かあったら、呼んでくださいね。精霊樹の加護を受けし者として、助けに駆け付けますから」
仕方ないので、私は出来ることがあれば助けに行くことを伝える。
「ありがとう、クチナちゃん。ボクが召喚した子が君でよかった」
精霊樹の化身に、今度は頭を撫でられた。
「じゃあ上に戻ろうっか。ボクはそのまま行かせてもらうよ。またお会うね」
「ええ、また会いましょう」
そう挨拶を交わしたあと、精霊樹の化身は左手を振るう。
「ーー“光よ、我に集え”ーー」
カッと白い光が強まって、目が眩んだ。
風を感じた。ふわっと白い前下がりのボブが掻き上げられる。
精霊樹の化身の姿はない。
でも目の前には、戦っていたであろう一同がいて、光と共に現れた私に注目をしていた。
崖を覗いていたレオンが駆け寄って、私のお腹にゴロゴロと喉を鳴らしながら顔を押し付ける。同じく崖を覗いていたセレナさん達も駆け付けた。
「無事でしたか! クチナ様!」
「はい、心配かけましたね。……それにしてもどうして入って来れなかったのですか?」
「恐らく……精霊樹の気配がして弾かれたため、精霊樹の化身に必要以上に近付けなかったのでしょう」
セレナさんはそっと他に聞こえてしまわないよう、私に耳打ちをする。
なるほど。それで私だけ入れたのか。
「今の神々しい光は……?」
ブルールが周りを見つつも、問う。
精霊樹の化身は、どこか。
「無事、救出しました」
私は笑顔で、それだけを答えた。
グッとガッツポーズをするように、歓喜を堪えるエルフの面々。
この旅の目的は、果たした。
「クロム、ルーシウス」
私が歩み寄るのは、従者と認めている二人。
「クチナ様」
「……無事でよかった」
クロムもルーシウスも、私がそばに寄ると傅いた。
「二人ともご苦労様。現状はどうなっているの?」
「アカマルが押され気味ではありますが、まだ負けていません」
「そっか」
クロムとルーシウスの頭を撫でてから、私は剣を構えて向き合っているヴェンさんとアカマルに近付く。
「アカマル。刀をしまえ。もういい」
「……御意」
大人しくアカマルは、私の指示に従った。
「お前達もだ、引け」
「はっ!」
コクを始め、ヴェンさんの仲間と対峙していた鬼一行も、下がらせる。
こちらも大人しく従ってくれた。従順で何よりだ。
「こちらの用事は済みました」
「……一体、何をしたのですか?」
「教えません」
剣を下ろすヴェンさんに、悪戯に笑って見せる。
「……」
何を思ったのか、剣を鞘にしまったヴェンさんは、スッと傅いた。
「えっ、なんで? ヴェンさん、何をしているんですか?」
「教えません」
仕返しと言わんばかりに、にこりと笑って見せられた。
この人、勘付いたのだろうか。
私が精霊樹に関する何かだってこと。
頭が良すぎる人だ。
動揺を隠すように、私は気丈に笑い返してやった。
「……!」
今度は白い光とは、別の光で目が眩む。
見てみれば、遥か遠くの地平線で陽が沈み、赤く染め上げていた。
ほんのり橙色の一直線が地平線の上にあり、山も森も空も赤に染める。
さっきと変わった光景に、顔が綻んだ。
すぅっと息を深く吸い込む。この光景を、私は守ったのだ。
誇らしく思ってもいいだろう。
「ルーシウス!」
私は夕陽を背にして、かっこつけて告げた。
「私の従者になれ!」
にぃっと笑みを向ける。
仮ではなく、本当の従者になってほしい。
ルーシウスを、受け入れよう。
この異世界で、私は残ることを決めた。
ともに、生きていこう。
「っ……!」
驚きで見開いていた黄金に縁取られた瞳が潤んだ。
きっと泣いてしまったのだろうか。ルーシウスは、一度俯いた。
でも再び上げたルーシウスの右頬の模様が煌めく。夕焼け並みに眩しく、そして美しい。
「俺はどこまでも、あなたに付き従う! 我が主、クチナ!」
私は、はにかんだ。
こうして、精霊樹に偶然召喚された異世界の私は、従者を従えてここに生きるーーーー。
2月22日に見た夢が気になってしまい、朝の四時に起きてせっせと書き留めて、作ってみた物語です。
親分肌な青年と美味しい肉を食べる夢を見て、
ゴブリンに襲われてモグラ叩きで撃退する夢、
ヴァンパイアの夢。
この三つを合わせて、書いたのですが、大変楽しかったです。
個人的にはクチナの容姿が大変気に入り、ツイッターで描いて載せてました。ダンやクチナのような親分肌なキャラクターも、主従関係も大好きです!
しかし、やっぱり一人無言で書くのも、しんどいものですね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
20190406




