14 鬼の一行。
エルフの領域と呼ばれている背の高い森を抜けたのは、半日経った頃だ。
それから普通サイズの森を進みながら、崖を登ったりした。
ちょうどいい段差がある崖を登ったり、絶壁をよじ登ったり。
この先、こういう崖があると聞かされて、げんなりしてしまいそうになる。我慢。リクニスに、ほら見ろと、言われたくないがため。
荷物は、大半がルーシウスとレオンが持ってくれている。それが救いだ。
時折、ルーシウスが手を貸してくれるので、それにも助かっている。
陽が傾いた頃に、野宿する場所を決めた。
「精霊樹の化身と思われる男を、拘束している数珠が黒ずんでいる?」
持ってきたエルフのパンを食べる。
そんな夕食後に、私は数珠について報告をした。
リクニスが難しい表情をして、確認してくる。
セレナとブルールは、顔を合わせた。
「どういう意味かわかりますか?」
「……数珠の数はどのくらいだ?」
「さぁ……数十個くらい」
「黒ずんだ数珠の数だ」
「二、三個、だったと思いますが」
リクニスの問いに答えつつ、私は首を傾げる。
「それなら、クチナ様。その封印の魔法はもしかしたら……」
セレナさんが告げようとした。
「ただ封印する魔法ではない、な」
割って入るように、リクニスが答えた。
「ただの封印系の魔法じゃないというと?」
リクニスはため息を吐く。
説明が面倒なら、いいのだけれど?
「数珠は、封印魔法を施した道具だろう。それが徐々に黒ずんでいるということは、零まで数を数えていると思われる」
「……なんの数?」
「問題はそこだ」
カウントダウンのあとは、何が起きるというのだろうか。
「封印後に封印対象を消滅させる魔法か、または質が悪いのが穢す魔法だ」
二本の指を突き付けて、リクニスははっきり言った。
「消滅……穢す……」
私はゴクリと息を飲んでは、下に広がる木々を見渡す。
どちらにせよ、精霊樹が命を与えているここの一帯は、ただではすまない。
「ちゃんと魔法を解けるんですか?」
「見くびるなよ。そのために来た」
リクニスは一蹴するように返す。
魔法を解く自信はあるようだ。
「では、急ぎましょう」
「クチナ様。焦りは禁物です」
「クチナ様の話からして、時間はまだ残されております」
セレナさんに肩を掴まれて止められ、ブルールには優しく微笑みを向けられた。
「今日はもうおやすみになられた方がよろしいかと」
クロムは、寝支度を始める。
「じゃあ……眠らせてもらいます」
「我々は交代で見張りをしますので、安心しておやすみください」
リリカが、にこっと笑みで言った。
私は毛布に潜り込み、レオンの背に身を任す。
ゴロゴロと喉を鳴らしていたレオンもやがて静かになり、私は眠りに落ちた。
私はまた夢を見る。
滝の光景。数珠に絡みつかれた彼。
助けを求める声は、いつもよりも強く、大きく聞こえた。
目を開けば、朝陽で目が眩んだ。朝だ。
私は背伸びをして、すでに朝食の準備をしているクロム達に挨拶をする。
今日も持参したパンでお腹を満たして、出発した。
「間違いなく、近付いているようです。今日の夢は、いつもより声が大きく聞こえました。近付いている証拠に思えます」
「そうでなくてはな」
当然だ、と風にリクニスは言う。
いちいち突っかかるような物言いなんだよね。いい歳しているのだから、やめてほしいものだ。……百歳くらいかな。
「あれは……?」
崖を進んでいれば、遠くに街並みが見えた。
とても遠い。回復した視力じゃなきゃ、わからなかっただろう。
「人間の国ドンラーダンワの最果ての街だ」
ルーシウスが教えてくれる。
「恐らく、レオンが暴れた街かと……」
そっとクロムが耳打ちしてきた。
「レオン。この辺に、住処があるの?」
レオンはこの辺に住んでいるのか、そう問うが返答はない。
特に気にした様子もなく、私の後ろを闊歩している。
「急ぐぞ。ドンラーダンワの国の冒険者に、出くわしては厄介だ」
リクニスが、急かした。
確かに、そうだ。またイケおじ冒険者ヴェンさんにでも会ったら、何を疑われるか。あの眼鏡の奥の鋭いまなこで、この精鋭を見たら何に勘付くのか、恐ろしい。もしもエルフの三つの里の精鋭だと見抜いたら、バレる気がする。私が精霊樹に関わる何かだってこと。
エルフの三つの里の共通点は、精霊樹だもの。
お願いだから、冒険者ヴェンさん達とは会いませんように。
神祈りしておいた。
崖すれすれの道を登り、平地に出る。
ここからは、スムーズに進めそうだ。
「遅くなりましたが、お昼にしましょう」
セレナさんが提案する。
人間の国から離れたいがために、昼食を忘れて進んでいた。
ゴロゴロ。レオンが喉を鳴らして、私のお腹に顔を押し付けてきた。
「ん? どうかしたの?」
ベロを出して、へへへっと息を荒げる姿は猫より犬に思える。
ナーリベンサの里在住中にも、この表情を何回か見せていた。
「なるほど、狩りに行きたいんだね? いってこーい!」
レオンは私に飼われたが、食事は与えられるより、自分で獲ってきたい質らしい。だから、食事は毎食どこかで済ませてくる。そして戻ってくるのだ。
そこのところは、放し飼いをしている猫のように思える。
レオンは荷物を下すと、黒い翼を広げて下にある森の中に戻っていった。
見晴らしのいい平地の上で、森を一望して、パンを食べる。
流石にパン、飽きてきたな。まぁ、こういう旅には、こんな我慢が必要だ。
「んっ……匂う」
飽きた、と顔に書いてあるルーシウスが、手を止めて呟く。
獣人の嗅覚で、何かを嗅ぎ付けたのか。
すると、セレナさん達も昼食を中断して、立ち上がった。
リクニスなんて、腰に携えた細い剣を抜いたのだ。
敵襲か、と私もパンを口にくわえたまま、サビアの餞別である剣を手にした。柄を握り、抜く準備をする。
モンスターでも出てくるのかと思ったが、違う。
こちらに歩み寄ってくる一行が見えてきた。
私の鼻にも、芳しい香りが届く。
「エルフの一行か……? 否、そうでない者が二人いるな」
口を開きながら、近付いてくるのは、赤い着物を着た男の人。
人っぽいけれど、人ではないだろう。それは一目瞭然だ。
額の上には、黒い角が一本生えていた。大きさは十センチくらい。黒曜石のように黒光りしている。耳も少し尖っていた。
長い髪も、赤い。それを後ろの高い位置で束ねている。
腰に携えているのは、刀みたい。
和だな……なんてしみじみ思っていれば、匂いの元を見付けた。
赤い着物の男の後ろに、何人か同じく額に角を生やした者がいる。
その一人が引きずっているのは、肉の塊だ。焼いたばかりみたい。そんな香りがする。なんの肉かは知りたくないが、食べたい匂いだ。美味しそう。
パンをお腹に入れたばかりなのに、お腹の虫が鳴りそうだ。
各々、着物を着てズボンとブーツを履いたデザインの服装をしている。
「んん?」
赤い着物の男が、私に注目した。
それを遮るように、ルーシウスとリクニスが立ち塞がる。
「そこの者! この中で一番強いな。手合わせ願おう!」
そう声を響かせた赤い着物の男。
リクニスのことだろうか。私がルーシウスの背から顔を出して見れば、指先は真っ直ぐ私に向けられていた。
私かよ!?
「なんだと……?」
リクニスが青筋を立てているではないか。横顔、怖い。
あれじゃないかな。精霊樹の力を感知しての発言では?
でも、リクニスは侮辱と受け取ったらしい。
「いきなり現れて、失礼ではありませんか!」
「我々は先を急ぐ故、喧嘩相手欲しさなら他所を当たってもらおうか!」
ミーシャとセレナさんが、ビシッと言い放つ。
「鬼風情が……!!」
「ちょ、リクニスさん!?」
ミーシャ達が断ったというのに、リクニスは剣を構えて風のように駆け出した。そして、赤い着物の男に飛びかかる。剣が振り下ろされるが、それは別の者が受け止めた。
黒い髪の男の人。額には、白い角が二つ生えている。こちらは、袴姿だ。
同じく刀を持った彼に、リクニスは押し返された。
「ワシは一番強い者にしか興味がない! 悪いな!」
そう悪気なく笑い退ける赤い着物の男。
リクニスが、さらに怒った気がする。火に油だ。
「リクニスさん! 剣をしまってください! 無駄な争いをすべきではっ」
「指図をするな!」
八つ当たりをされた。
なんのために来たのか、忘れていないかあの人!
かと言って、彼を置き去りにするわけにもいかないし、そもそもレオンが戻っていないので、ここから離れるわけにもいかない。
どうしますか? と指示を仰ぐ視線が私に集まる。
決定権は、私にあるのね。
私は歩み寄ってくる赤い着物の男を見定めた。
ダンほど強いわけではなそうだし、負ける気はしない。
「仕方ありません。全員戦闘不能にしてください! くれぐれも殺めたりしないでください!」
勝ってしまえばいいと判断して、私は指示を下す。
「かっはっはっ! 殺めるなとはずいぶんわしらを甘く見たものだ!」
そっちが何者かは知らないけれど、こっちにはエルフの精鋭がついている。
負けはしないという私の判断だ。
赤い着物の男の人は、気を悪くした様子はなくまた笑い退ける。
次の瞬間、赤紫色の髪をした男の人が、ルーシウスの目の前に現れて、短刀を叩き下ろしていた。
私も、前にいたセレナさん達も驚く。
なんとも素早い人だ。でもルーシウスはそれに反応出来たらしく、短刀を振り下ろす腕を掴み止めた。そして、投げ飛ばす。いつの間にか、ルーシウスは獣人の姿に変わっていた。
「ほう、獣人だったか」
大して驚いていない赤い着物の男は、歩みをやめない。
けれども、セレナさんやミーシャ達は、横切る彼に手出しが出来なかった。
彼の連れが、襲いかかったからだ。
ちょうど同じ数いたらしく、精鋭部隊バーサス謎の一行の対決となってしまった。
「ルーシウス。その男に集中していい」
「はっ!」
私に気が散ってしまわないようにそうルーシウスに命令をしておいて、私はスラリと鞘から細身の剣を抜く。
「名乗らずに剣を交じり合わせるのもなんですし、お互い名乗りましょう。私はクチナです」
「クチナ……クチナか」
とうとう私の目の前に来た赤い着物の男は、口の中で転がすように私の名前を口にする。
「わしはアカマルと申す」
「アカマル……さん。何故、喧嘩を売ってくるのですか?」
赤丸? と首を傾げたくなるが、私はそれよりも理由を問う。
「それはわしに勝てたら教えてやろう! クチナよ!」
腰に携えた刀に手をかけて、アカマルは膝を軽く折り構える。
その構えは、居合いか。
鞘に収めた刀を一気に引き抜いて斬り付ける。そんな技だったはず。
思った通り、引き抜くと同時に攻撃を仕掛けてきた。
私は剣を支えるように持って、いなす。
それでも振動が強すぎて、痺れた。強いな。
いなすより、躱した方がよかった。
「その程度か?」
ニヤリ、と挑発的な発言をするアカマルに、私はニコリと笑い返す。
ダンに叩き込めれた技を、披露する時が来た。
また鞘に収まった刀が抜かれる。それをすれすれで躱した私は、剣で突く。殺すなと言っておきながら、致命傷を狙った。だが、大きく飛び退いて、アカマルは避ける。着物は多少、切れていた。
休む暇は与えず、私は懐に入るように距離を詰める。
下から振り上げた。しかし、躱された。
後ろを取られたが、動揺することなく、蹴りを決めて足を崩す。
崩れたアカマルの首に、剣を当てた。私の勝ち。
そう思いきや。
「ーー“火柱”ーー」
「っ!!」
アカマルは、魔法を行使した。
私とアカマルの間に、紅蓮の火柱が立つ。それも空を焦がすほどの巨大なものだ。
私は焦げてしまう前に、勢いよく後ろに飛び退いた。
丸焦げにされるかと思った!
そんな私の後ろを、またもやアカマルが取った。
残り3話!
20190403




