13 精鋭結成。
三つのエルフの里の会議、略してエルフの会議が、再び行われる。
場所は、ナーリベンサの里。大理石のようなテーブルに集まり、代表と側近が、私の見た夢の報告を聞いた。そして、テーブルの真ん中には、私が先程描いた滝の絵。
「これは……間違いないな」
「恐らく……」
「そうですね」
ティービューの里の代表、リクニス。
ウノスの里の代表、レイデシオ。
ナーリベンサの里の代表、サビア。
その順番で口を開くが、肝心の滝の名前が出なかった。
「……なんていう名前の滝ですか?」
私が問うと、リクニスとレイデシオから、疑問の視線を投げられる。
私の左にいる幻獣のことですね。わかります。
……触れないでもらおうか!
リクニスの“獣を増やしがって!” 的な視線は気のせいだ!
ちなみに右に立つのは、ルーシウスだ。後ろには、クロム。
「音無しの滝」
レイデシオが、滝の名前だけを告げる。
「おと、なし?」
「文字通り、音の無い滝だよ。クチナ」
サビアが教えてくれた。
音の無い滝だって? こんなにも豪快に降り注いだ滝だというのに、その音がしないのか?
いや待てよ。確か、夢に見た時も、全然音が聞こえていなかった気がする。
「では精霊樹の化身は、そこにいる、という可能性が高い……ということになるんでしょうか?」
重たい沈黙になった。
リクニスは、椅子にふんぞり返る。
「行く価値はある」
よかった。私の夢を信じていないわけではないのか。
「だが! ダンベラー国が関わることは反対する!」
「何故ですか? リクニスさんは、信用していないのですか?」
「信用云々の前に部外者だ! この件は精霊樹を守る使命を担うエルフの三つの里の問題だ! 違うか!?」
ダンも乗り気だったのに……ごめんよ。
しかし、サビアもレイデシオも、リクニスの言葉に反対しなかった。
「では、ダンベラー国に知らせることなく、行くべきか。……誰が行く、のか」
そう、肝心なことだ。
行くとして、誰が行くのか。
バチバチと三つ巴の火花が散った気がする。
「精霊樹の化身を救う名誉を、誰もが望んでいるとは思いますが!」
私はそこに割って入るように、声を挟み込ませた。
「私は行きます」
絶対に譲るものかと強く告げる。
「何が待ち構えているかわかりもしないのに、精霊樹の加護を受けし者を連れて行くなど!」
「いいえ、行きます。精霊樹はそのために私を異世界から召喚したのではないのですか?」
どういうわけかは直接聞くつもりだが、助けを求めて召喚したと今は思う。
「一理ある……。例え囚われている精霊樹の化身を見付けても、触れられるのは彼女だけでしょう」
サビアはそう言った。
「私は呼ばれています。私が呼ばれているのです。反対されても行きます」
意思は固いことを示す。
「ならば、精霊樹の加護を受けし者の護衛隊と、精霊樹の化身の救出隊を結成しなければいけないのだな」
リクニスは皮肉たっぷりに、フンと鼻を鳴らす。
「音無しの滝は、人間の国ドンラーダンワが近い。なるべく数を最小限にし、封印系の魔法を解ける者が同行した方がいいでしょう」
「そうですね。悪目立ちをしてしまってはいけませんから」
サビアの言葉に、私は賛成した。
言わなかったが、人間の冒険者に顔を覚えられてしまっている。迂闊に詮索されて、精霊樹の加護を受けた者だなんて知られたくもない。
「ちなみにここからどれくらいかかる場所なの?」
「馬は使えない場所になるから、徒歩で三日ほどだ」
「そう……善は急げ、です。里から何人か出してください。精鋭で迎えましょう」
どうせまた口論になるなら、一つの里から選りすぐりを出してもらいたい。それで精霊樹の化身を救う名誉を、各里が受け取ればいいのだ。
「それなら、俺が行く」
真っ先に名乗り出たのは、リクニスだ。
「いいのですか? リクニス。ご病気の父上は……」
「無用な心配だ。サビア」
ここで初めて、リクニスの父親は病気で来れないと知った。
病気の長を残して行くのは、些か心配ではないのか。でも、リクニスは気丈だ。
「ナーリベンサの里からはお前が出るのか? サビア」
実力主義の里ナーリベンサの選りすぐりと言えば、頂点に君臨しているサビアだ。からかうような笑みを吊り上げて、リクニスは問う。
「そうしたいが、リクニスが行くというのなら、僕は残ることを選ぶ。精霊樹の警護も疎かには出来ない。こちらはクチナの護衛を務めているミーシャとブルールが同行しよう」
ミーシャは、私の護衛隊長だ。女性だけれどムキムキな腕を持つボディビルダーみたいなエルフ。
ブルールは、気さくな笑みを浮かべる優男みたいなエルフ。
「ウノスの里からは、クチナと面識のあるセレナ、リリカ、エルマを同行させる」
私は思わず、パッと顔を上げてレイデシオの後ろに控えるセレナさんを見た。彼女もこっちを見て、笑みを浮かべて無言で頷く。
「それで、精霊樹の加護を受けし者のクチナ? その従者を連れて行くつもりなんだな?」
リクニスが最終確認みたいに、じとりと横目で見てきた。
もちろんと言わんばかりに、幻獣が私の腕に顎を乗せる。幻獣もついてくる気満々だ。
「ええ、従者なので、当然です」
ルーシウスの意思は聞いていないけれど、連れて行く意思があることを伝える。
リクニスはやれやれと言いたそうに、額を抑えた。
ワガママかな。いや、譲る気はないんだけれど。
「では、今名を上げた者の中に、封印魔法を解くことに精通している人はいますか?」
「俺だ」
リクニスは、親指で自身を指した。
「ブルール」
「セレナだ」
サビアもレイデシオも、名を挙げる。
三人も封印系魔法に強いエルフがいるなら、心強い。
「出発はいつにします?」
「準備をして、明日の明朝がいいかと」
私の問いに、レイデシオが答えてくれる。
「そうしましょう」
会議は終わった。真っ先に立ち上がったリクニスが、側近を連れて去っていく。
レイデシオが私に一礼して、セレナさん達を連れて自分の里に戻っていった。
一度解散して、明日の明朝までに集合して出発か。
私も椅子から降りて、宿泊させてもらっている建物に戻らせてもらった。
「さーてと。三日、いや往復で六日かぁ……大変そうだ」
建物の中で、背伸びをする。
何があるかも不明だから、精霊樹の化身を救出することは、容易くなさそう。
どんな旅になるのか。ちょっと楽しみだ。音の無い滝か。
「……あの、クチナ様」
「なぁに?」
グイグイッと腰を曲げながら、私はクロムを振り返った。
ギョッとする。私の後ろで、膝をついていたのだ。
「私の同行を許してほしいのです。許可をお願いできないでしょうか?」
「えっ? 行きたいの?」
「はい」
「なんで?」
「……旅の間も、クチナ様のお世話がしたいのです」
顔を上げて、私を見上げたクロムが告げる。
「ナーリベンサの里に滞在中以外でも、おそばに仕えたいのです」
「えっ?」
「だめ、でしょうか?」
憂いのある瞳で、クロムは見つめてきた。
断わったら泣く気が、しなくもない。でもクロムの性格上、それはないと知っている。憂いのある目付きをしているのは、元からなのだ。
「私のお世話をするためにそばにいたいの?」
私もしゃがんで、クロムの顔を覗き込む。
「あー、幻獣さんから庇ったことの恩返し? それならここで世話してくれているだけでも十分だよ」
「いえ、ここ数日、クチナ様の人柄に触れて、もっとおそばにいたいと思ったからです。無論、恩も感じております」
私の人柄に惹かれたのだろうか。
それは、照れ臭い。
ナリリちゃんの言う通り、カリスマ性とやらを発揮しているのだろうか。
「それとも……精霊樹の化身を解放したら、いなくなってしまわれるのですか?」
クロムのその問いに、私はすぐに答えられなかった。
正直、自分の世界に帰ることも考えている。
だって帰れるかどうかは、精霊樹だけが知っているのだ。
私が行く決意をしたのは、それが大きな理由。
直接会って、今度こそ答えを聞くのだ。
けれども、私は……。
「……わかった。じゃあ、よろしくお願いしてもいいかな?」
「! ……はいっ!」
ぱぁああっと目を輝かせて、頷くクロムが可愛すぎた。
私はクロムの頭を、撫で回す。
「よし、一応サビアに話を通すね!」
サビアから、許可はあっさりと出してもらえた。
クロムにほとんど、荷造りを任せる。クロムがいなくちゃいけない身体になりそうだ。いや大丈夫。まだ私は、一人でお着替え出来る。お風呂だって一人で入れるけれど、クロムにお願いされているからしょうがない。
「幻獣さんの名前を決めておこうと思うのだけれど……何がいい?」
「俺に聞くのか……?」
外に待機させていたルーシウスに話しかけて、幻獣の名前決めを勝手に始める。ルーシウスは、少々嫌そうな表情をした。
仲良くしようよ。
「この幻獣は、あなたに名付けてほしいと思う……」
「そう?」
似た者同士で気持ちがわかるのだろうか。
「じゃあ……どうしようかな。私がお気に入りのキャラの名前にしようかなぁ」
「……テキトーでいいと思うぞ」
「どっちだよ」
名前を付けてあげろと言いつつも、テキトーにしろとはどっちなのだ。
ジレンマなのか。
「んー、コハク……」
幻獣の顎を手に取り、こしょこしょと撫でながら目を覗き込む。
琥珀の瞳を覗き込み、私はそっと却下する。コハクっていう仲間が、かつていた。とてもいい奴だった。けれども、私は別れの挨拶もすることが出来なかったっけ。
だから、この名前を口にする度に思い出してしまうから、別のものにしよう。
小説の登場人物の名前を決める時も、これって名前が思い浮かばなければ、結構悩んでしまう質だ。登場させるその時まで、考えずに書き進めてしまうんだよね。苦手分野。
「やっぱり、レオンかな。どう? レオン」
獅子だからってことで、レオン。それは安直すぎるかな。
幻獣は気に入ったのか、ゴロゴロと喉を鳴らして頬ずりをした。
「じゃあ、レオンで決定だね」
幻獣は喜んで、私にのしかかってくる。
「やめろ」とルーシウスは、私が押し潰される前に退けてくれた。
「勝手に行くことを決めちゃったけれど、よかった?」
「もちろん、あなたに従う」
「うん、ならいいや」
その日は早めに休み、次の日に備える。
またあの夢を見た。滝の光景もだ。
また一つ、数珠が黒ずんでいた。
クロムに起こしてもらって、私は夢から覚める。
「しまった……数珠のこと話し忘れたな」
滝のことばかり意識が向いてしまっていて、数珠が黒ずんでいることを言い忘れた。まぁ、封印魔法を解くことに精通しているという三人に聞けばいいか。
今日着替えるのは、黒いズボン。それと水色のブラウスに、青みの強い黒のコルセットを合わせ、ロングブーツを履くスタイル。
クロムも似たような格好をして、武装をしている。腰に携えたナイフが何本か見えているが、服の下にもきっと忍ばせているに違いない。
「……よし、行こう」
「はい」
寝癖がついていないか、髪を触って確かめてから、仮住まいから出た。
待ち構えていたルーシウスと幻獣レオンに朝の挨拶を交わして、里の出口まで歩いていく。
もうすでに、精鋭部隊は顔を揃えていた。
「クチナ様。おはようございます」
「クチナ様! おはようございます!」
「エルマ、リリカ! また会えたね!」
先ずは、エルマとリリカと再会を喜ぶ。
ミーシャとブルールもいる。
「自己紹介は済んだ?」
「フン、無用だ。顔見知りだ」
「あ、そう……」
リクニスが自己紹介を却下した。
精鋭に選ばれるくらいだ。顔見知りでも不思議ではないか。
「クチナ」
呼ばれて、振り返ってみれば、サビアが護衛を引き連れてやってきた。
「これ、餞別だ」
「え? いいの?」
「ああ、もしものために、ね」
「……いいのに」
餞別に渡してくれたのは、桜色の鞘と柄の剣だ。
サビアも、私が異世界に帰ると思っているみたい。
もしも精霊樹が助けを求めて私を召喚したのなら、私はお役御免となり帰ることになるかもしれない。だから、その餞別。
エルフが鍛えただけあって、羽根のように軽くて、そして美しい。
「扱えるのか?」
私が稽古していることを聞いていないのか、リクニスがそう問う。
扱えないなら無理に持つな、と言いたそうな鋭い眼差しだ。
「ええ、試します?」
「……」
ブンブン、バトンのように回して見せて、にっこりと笑いかける。
ダンのように過大評価はしないでほしいけれど、過小評価はもっと御免だ。
「……フン」とリクニスは使えるのならいいと、そっぽを向いた。
「それでは、我々は出発します」
セレナさんが告げる。
「ああ。皆、無事に戻ってくるように」
美少年スマイルで、サビアは送り出してくれた。
私達は、エルフの里ナーリベンサを出発をして、三日はかかる音無しの滝へ向かう。
そこに囚われているであろう精霊樹の化身を救うためーーーー。
残り4話!
20190402




