12 木苺の煙。
里に帰るなり、着替え。ズボンを穿いているとはいえ、スカートがビリビリのままうろうろ出来ない。新しいドレスに着替えた私は、タバコの素を作り始めた。
場所は、喫煙所。幻獣はとりあえず、外で待機してもらった。
甘酸っぱい木苺の香りがする。
クロムがすり鉢ですり潰しているのを横で眺めながら、それを吸うことを期待して待っていた。
クロムはおもむろに口を開く。
「……クチナ様」
「ん? どうした、え?」
手を止めて、頭を深く下げるクロム。
「先程は身を呈して助けてくださり、ありがとうございます」
「ええ? そんな、顔を上げてよ。当然じゃん」
「いえ……クチナ様がいなかったら、私はだめだったかもしれません。クチナ様は命の恩人です。ありがとうございます」
「いいって、クロム」
「いえ、言いたいのです」
こんな会話、前もしたな。なんて思い出した。
クロムの目はとても真剣だったので、私はありがとうの言葉を受け取ることにする。
「うん、じゃあ、どういたしまして。クロムが無事でよかったよ」
「……クチナ様も無事で、何よりです」
「さっさ! タバコの素を作って吸おう!」
私は早くその木苺味のタバコを味わいたくて、急かした。
クロムは珍しく微笑み、作業を続ける。
木苺をすり潰したら、乾燥させるために一度広げた。乾燥と言っても、炎系魔法を使ったので、正しくないかもしれない。色々配合しては、魔法を使って瓶に詰めれば完成だ。
クロムが次にオレンジのタバコの素を作っている間に、私はキセルで吸わせてもらった。
木苺のタバコの素を、火皿に詰め込み、それで完了。
あとは吸うだけで、燃えてくれて煙が出る。キセル自体にも、魔法がかけてあるのだろう。
スゥッと吸って、フゥーッと吐けば、煙が出る。その煙は一秒ほどして、桜の花のように可憐な白い花びらを落としては消えた。
ほんのり甘さと酸っぱさを感じる。木苺の味だ。
「んー! 美味しい! ありがとうね、クロム」
「お口に合ってよかったです」
クロムはまたにこりと微笑みを寄越すと、作業を続けた。
口に残る甘酸っぱさを堪能しては、また吸い口から、吸い込む。
フーッと息を吐けば、煙は花びらに変わって散っていく。
花咲きタバコは、本当に楽しい。
ふと、視線に気が付く。
壁際に座っている人間の姿に戻ったルーシウスのものだ。
ルーシウスも吸えばいいのに、楽しいし美味しい。
そうだ、と思い付いた私はルーシウスに向かって、フーッと煙を吹きかけた。煙は容易くルーシウスの顔まで届き、白い花びらがぶつかっては白い煙に戻って消えていく。
私は無邪気に笑った。
すると、よく見えるようになったルーシウスは、顔を真っ赤にする。
「っ! 意味、わかってやってるのかっ?」
「え? 意味?」
意味と問われて、キョトンとしたあと、記憶からそれが出てきた。
タバコの煙をかけるのは、今夜抱いてもいいという意味を込めている。そういうのをネットで調べたことがある。
「えっ! この世界のタバコの煙を吹きかけるって、意味は……?」
「……夜の営みのお誘い、になります」
「っ!!?」
バッと見ていたクロムを振り返れば、淡々とそう答えられた。
「ごめん! そういうつもりじゃなかった! 単に味を分けてあげようと……ううごめん!!」
「っ……」
煙で味を分けてあげるのも、なんだかあれな気がする。
墓穴を掘ったような私は、赤面。ルーシウスも、耳まで真っ赤にしていた。
ルーシウスの反応がうぶに思えて、ちょっと可愛いとか思ってしまう。
「ルーシウスも見ているだけじゃなくて、吸ってみない?」
気を取り直して、タバコのお誘いをする。
ルーシウスも咳払いをしては、頷いて囲炉裏のところまで移動した。
私の許可を待っていたのだろうか。もっと早く、そう誘えばよかった。
「クロムもどう?」
「……では少しいただきます」
クロムも作業を終えたら、キセルを取り出して、吸い始める。
そして、白い花の花びらを三人で作り出して散らせた。
そんな光景が楽しくて、ついつい長居してしまう。
でも外に待たせていた幻獣は、別に怒らなかった。マイペースに、眠っていたのだ。
幻獣見たさに里の住人が、集まってきていたが、特に気にした様子もない。それとも、暴れ疲れたのだろうか。
「幻獣さん。水浴びしに行こう」
私が触れてそう誘うと、幻獣は琥珀の瞳を開いて、ゆっくりと起き上がった。
目立たないだけで、血に濡れていると思い、水浴びを提案。
そのまま、ルーシウスが水浴びをしてる池にきた。池と言っても、流石はエルフの里の池。神秘的な美しさがあった。隠れた名スポットって感じ。
せっかく着替えさせてもらったが、私はスカートを腰の高さに結んで、ズボンも捲り上げた。それで幻獣の水浴びを手伝う。
「俺がやる」
「いいの、私がやりたいだけだから」
ルーシウスが買って出てくれたが、仲の悪そうな二人にしておけないし、何より私がもふもふを洗ってあげたかった。クロムは手伝うと言い、ドレスの裾を上げることなく池の中に入る。
あ、そうか。魔法のドライヤーがあるから、別にやる気満々に捲らなくてもよかった。まぁいいや。
池の中に身体を沈めた幻獣の背中から、赤いものがにじみ出てきた。
やっぱり背中に怪我を負っていたのか。ということは後ろから狙われた可能性があるのでは? 誰だか知らないが、全く卑怯な人だ。動物……否、幻獣虐待である!
プンプンしながら、私は背中を優しく撫でて乾いた血をとかした。
「名前は何になさるのですか?」
翼を丁寧に濡らすクロムが問う。
「名前かぁ……」
私が飼うんだから、名前を決めなくてはいけないのか。
「というか、幻獣を飼ってもいいのかなぁ?」
「クチナ様なら、可能かと……」
精霊樹の加護を受けし者ならってこと?
「この幻獣も望んでいることですし、従えてあげればいいと思います」
「そう……まぁ、サビアもいいよって言っていたしね……」
ちらりと、池のそばに立つルーシウスを盗み見る。
ルーシウスはついてきた里の住民が気になるらしい。牽制するように見ていた。ルーシウスは反対しそうだけれどなぁ。
彼もまだ(仮)従者なのだから、これ以上従者を作るのはいかがなものか。
そもそも、私は面倒を見てもらっている立場だ。
食べては寝ているの繰り返し。まぁ稽古もさせてもらっている。
あとは日記書き。大した内容ではない。
そして、夢について集中。
「……」
こんな私が主でいいのだろうか。
魔王ダンと比べたら、本当に退屈でしょうがないのでは?
今夜、話してみようか。
「考えてみる。ねー、幻獣さん」
幻獣の名前の件よりも、先ずはルーシウスの現在の心境を問う。
幻獣は、ご機嫌そうに洗われた。
夜になって湯浴びをして、夕食を済ませた。
私の宿泊している建物に幻獣が乗り込もうとしたが、それをルーシウスが遮って止める。
「この幻獣は、俺の部屋に泊まらせる」
「ああ……うん、お願い」
黒い獅子をベッドに連れ込んで、もふもふとふかふかを楽しみたかったのだけれど、ルーシウスは断固反対らしいから諦めた。
それより話を忘れないようにしなくちゃ。
「ルーシウス。ちょっと残って、話がある」
「! ……わかった」
ルーシウスは薄々話の内容がわかっているのか、俯いて待機した。
「クロムは外で幻獣さんを見ててくれるかな?」
「……わかりました」
クロムには外してもらい、二人っきりにしてもらう。
「……えっと」
私が口を開くと、ルーシウスは俯いた顔を上げた。
「私のそばにいて、まだ四日ぐらいだけれど、どう? 退屈でしょう?」
ルーシウスは面食らったような表情をする。
「いや……別に退屈はしていない」
ゆるりと首を左右に振って、否定をした。
「俺はてっきり……今日危険に晒したことについてかと……怒っていないのか?」
「え? ああ、幻獣さんに乗って飛んだあとのことか。まぁ私は無事だったわけだし、別に咎めたりしないよ。あれは私も驚いた」
「……申し訳ない」
ルーシウスが膝をついて、頭を下げる。
「すぐ駆け付けたし、今回は謝ることない。顔を上げて」
「いえ……」
私は笑い退けた。
ルーシウスは顔を上げることを拒んだ。
「俺は退屈していない。とても……充実しているように感じる」
「充実?」
顔を上げないから、私はしゃがんで顔を覗き込む。
相変わらず、黄金の模様が煌めいている。
「落ち着くというか……」
「まぁ、このエルフの里は心地良いよね」
「いや、あなたのそばのことだ」
エルフの里にいるから、落ち着くわけではない。
私のそばにいるから、落ち着く。
そう言われるのは、くすぐったい。褒められているのだろう。
「そう……気に入ってるの?」
「ああ、とても……」
黄金に縁取られた瞳が、私に真っ直ぐに向けられる。
「そ、っか……」
「……」
そう答えられるのは、意外だ。
従者をやめていいって話をしようとしたけれど、気に入っているなら言えない。
ポカーンと見つめていれば、ルーシウスの視線は泳ぎ始めた。
「あ……あなたは……?」
慎重な口振りで問う。
私の方は、ルーシウスがいて、どう感じるのか。
「私は……そうだな……ごめん、よくわからない。落ち着いてはいるけれども、このエルフの里だからだと思っていた。護衛もついているし、この生活に慣れたわけじゃないからなぁ……ごめんね」
本当ならここでルーシウスがついていて、心強いだとか、落ち着くとか、そういう言葉を答えてあげるべきなのだろう。
でも、嘘はよくない。一番知っているから、正直に答えた。
「正直だ、あなたは……」
「うん。嘘をつかない約束をしているから、当然だよ」
ごめんね、とまた笑う。
「あーでもさ……幻獣さんを迷うことなく受け止めてくれて、ありがとう」
「命令に従ったまでだ」
「それに応えてくれて、ありがとう」
「……礼には及ばない。仮だとしても、俺はあなたの従者だ」
最後の言葉には、どこか自信を感じられた。
仮だとしても、従者は従者。
頭を撫でてやりたくなり、私は右手を伸ばした。
なでなですると、じんわりと頬を赤らめるルーシウス。
イヌ科だから、頭を撫でられるのは嬉しいものなのかな。
「今日はルーシウスの気持ちの確認をしたかっただけ。もういいよ。幻獣さんのこと、よろしくね」
「はっ。……おやすみ、クチナ」
「おやすみ、ルーシウス」
一度頭を下げたルーシウスは、出て行く。
入れ違いに入ってきたクロムに着替えを手伝ってもらって、ベッドに入った。クロムにもおやすみを告げて、眠りにつく。
滝が見える。豪快に落ちていく水しぶき。
白。白い。真っ白だ。
精霊樹のような白さ。
でも、見えてきたのは、人だ。
襟足の長い髪型は、真っ白。
肌は、色が僅かに認識出来るくらいの色白。
顔がはっきり見えない。
でも、男の人のように思えた。
白い衣服は、中国の民族衣装に似ている。
白銀の数珠が、彼を縛り付けている。
いや待って。
数珠の一つが、黒ずんでいる。
「助けて」
彼が口を開いた瞬間に、声が脳の中で響いたようだった。
目が覚めた私は「うっし!」とガッツポーズをしては、捲れた裾を直して、机に真っしぐら。
夢をネタに小説を書く私の“夢を覚えるコツ”は、すぐに反芻して記憶に刻むことだ。ところがどっこい。小説に書きたい内容こそ忘れることが早すぎてしまうのよね。
今現在の私の脳は記憶力が優れているから、反芻せずとも最初に見た滝を鮮明に覚えていた。
頭の中にあるものを描くことは、簡単なものだと知る。
頭にあるけれど描けない云々は、本当は頭の中にあるそれが不鮮明か描く画力が足りていないとばかり思っていた。だから、もしも私の世界の未来で頭の中の映像を絵にするマシーンが発明されても、不鮮明な絵ばかり出るんじゃないか。
挿絵も描いてみたいと欲張って、中学はイラストデザイン部だった私は幸い、頭の中にある滝をそのまま描写出来た。
まさに頭の中の映像を絵にするマシーンで出したみたい。
「絵もお上手なんですね」
「クロム!? いつからいたの!?」
どひゃあああ!
自画自賛していたら、横から褒められたけれどビックリした。
「つい先程から来ていました。今日はお早いお目覚めですね。おはようございます、クチナ様」
ぺこりと頭を下げるクロムは、いつも通りの無表情だ。
毎朝起きるまで、そっとしておいてもらっている。
夢を見るためだ。
「その滝の絵は?」
「ふふん、やっと情報を手に入れたよ!」
私は胸を張って、見せ付ける。
「それはおめでとうございます」
クロムはやっぱり淡々としていた。
20190401




