11 冒険者。
黒い獅子の姿の幻獣に、帰ってもいいと伝えても、一向に離れない。
そのため、私は里に戻りたくても戻れず、幻獣と獣人に挟まれた。
狼タイプの獣人のルーシウスは必死に幻獣を押し退けるが、幻獣は私に顔を押し付けてくる。そんな状態で、少し歩き、森の中で人間の冒険者とやらを出迎えた。
エルフの長サビアの後ろに立って、確認した冒険者一行は、四人。
先頭に立つのは、白銀髪の眼鏡をかけた男性だ。キリッと強い印象の眼差しは青。冒険者だと呼ばれているのに、彼はスーツに似た装いをしていた。貴族のような風格で、ビシッと決めていて、なんともイケメン。
いや歳はだいたい四十前後だから、イケおじかな?
「この先は、ナーリベンサの里だ。人間の冒険者がなんの用だ?」
サビアの横に立つエルフが問う。
「問題を起こしにきたのではありません」
イケおじ冒険者は、凛とした態度で言葉を返した。
「我々は街を襲ったその幻獣を討伐に来ただけです」
一同が注目したのは、私の右頬をペロペロしている幻獣だ。
「え、あの、幻獣を討伐なんて……神聖な生き物じゃないの?」
「神聖な生き物扱いされるが、危害を加えるなら、討伐することが人間の国では許されている。彼らは、依頼されて追いかけて来たのだろう」
サビアに問えば、答えてくれた。
冒険者達の視線が、集まるのを感じた。
「僕はサビア。この先の里の長を務めている。この幻獣に結界貫通系の魔法を放ったのは、そちらの一行かな?」
「いいえ。我々はまだその幻獣とは戦っていません」
サビアの幼い姿に動揺することなく、イケおじ冒険者は首を左右に振る。
「疑いたくはありませんが……そちらの女性は大層幻獣に慕われていられるようですね。もしや、あなたが村の襲撃を幻獣に命じたのでしょうか?」
眼鏡の奥の瞳が、疑っていた。
あらぬ疑いをかけられたが、そうだな。そう判断してしまうのも、無理はない。
あんなに暴れていた幻獣は、私にべったりだ。
幻獣を飼い慣らしているようにも、見えてしまうだろう。
「こちらは我々の客人だ」
サビアは決して、私を精霊樹の加護を受けし者とは紹介しなかった。
「この幻獣は、つい先程暴れていたが、この者が治癒魔法を施して鎮めた。それで懐かれてしまったようだ」
「ほう? 我々にそれを信じろと?」
疑われている。確かに疑い始めたら、サビアの言葉など白々しいものにしか聞こえないだろう。
「信じる信じないはそちらの自由だ。だが覚えておくといい。この者に手を出すというのならば、我々が相手をする……とね」
すでに冒険者達は、警備のエルフ達に取り囲まれていた。
弓矢の刃先は向けてはいないが、構えている。
この数相手にするほど、無謀ではないと願おう。それにこのエルフ達は、実力主義の里育ちだ。強いとわかっているはず。
「この幻獣を討伐するよりも、この幻獣を傷付けて暴れさせた者を見付け出して処罰することを勧める。結界貫通系の魔法を使える者で、だいぶ絞れるだろう? 手負いの幻獣が暴れただけなら、被害は少ないはず。その依頼主が納得しないというのなら、またここに来るといい。我々と戦争をする準備を整えてからね」
声を荒げたりしていないのに、サビアからビリビリする空気を感じた。
これは魔力で威圧しているのだろうか。
そんな実力主義のエルフの里の長の威圧感をまるで受けていないみたいに、イケおじ冒険者は威風堂々としていた。後ろに控える男性の冒険者三人は、後退りしたというのにだ。
なかなかやるな、このイケおじ冒険者。
「なんとも物騒なことを仰るのですね。……では、助言の通りにしましょう」
イケおじ冒険者は、この剣呑な空気の中、にこりと笑って見せた。
強者だ。そう感じた。
「結界貫通系の魔法を幻獣に行使した者を、探し出すとします」
「ああ、そうしてくれ」
「見送りは結構ですよ」
イケおじ冒険者は私を一瞥して、くるりと踵を返す。
冒険者達は、ぞろぞろと引き返していった。
警備のエルフ達はサビアの許可を求めるように、彼に視線を寄越す。頷き一つを見て、それぞれ自分の持ち場に戻った。
「……いいの? サビア。戦争をチラつかせて」
「ああ、いいんだ。クチナに手を出すなら、里総出で相手をするつもりだよ」
まさに戦争か。
「逆に“自分という存在”は、戦争を起こしかねないと自覚するといい」
「……うん」
精霊樹の加護を受けし者。戦争の火種になりかねない。
うっかり自分の素性を話さないようにしなくては。
「さて……どうしたものか」
サビアは手を腰に当てると、困ったように首を傾げた。
視線の先は、撫でろと言わんばかりに頭を擦り付けてくる幻獣がいる。
というか、擦り付けられているのは、私だ。
ルーシウスは引き剥がそうと、幻獣を押し退けている。
負けじと幻獣は押し返しては、ゴロゴロと喉を鳴らす。
どうしたものか。私は苦笑を浮かべて、同じく困ったように首を傾げた。
「幻獣さん、幻獣さん。じゃれるのは、これくらいにしようよ」
頭を撫でてやり、そっと笑いかける。
「それともなんだい? 治癒魔法をかけてあげただけで、私に飼われたくなったわけじゃないでしょう?」
ピッと人差し指を立てて突き付けてみた。
冗談だったのに、きょとんとした幻獣はまるで言葉を理解しているみたいに、頷いてお座りすると、人差し指に顎を乗せる。
あっ、あざと可愛い……!
「幻獣を従えてしまうのかい? まぁいいけれど」
「そんな……私は何もしてあげられないよ?」
サビアの許可がもらえたけれども、特に何かをしてあげることは思い付かない。
そうすると、幻獣は私のお腹に頭を押し付けてきた。
なんだ、なんだ。
そう言えば、ルーシウスはどうしたのかと見てみれば、私の横で言葉を失っていた。どうしたんだ。
私が不思議がっていれば、世界は反転した。
どういうわけか、私は幻獣の背に乗る形となってしまう。
「え、ちょ」
なんの意図があるのかと、幻獣に問おうと態勢を変えた途端。
翼が羽ばたいた。そう、幻獣は飛んだのだ。
私は襲いくる浮遊感に驚き、幻獣の背にしがみ付いた。
「クチナ!?」
下から聞こえるルーシウスの声が、もう遠い。
空!? とと飛んでる!?
しっかり掴まっていないと振り落とされる!!
そう思った私の目に飛び込んできたのは、絶景だった。
太陽に照らされて広がる森が、ペリドットやエメラルドグリーンに輝いていていた。風の中を突き進む幻獣の背に乗り、見下ろした森はそれはそれは美しく息を飲んだ。
目が眩み、腕で陽射しを遮る。
その拍子に加速して羽ばたいた幻獣に、宙に置き去りにされた。
飛べない私は当然、落下する。
「うひゃあああっ!!!」
なんとも色気のない悲鳴を上げて、私は急落下した。
超高いところから急落下した夢を見たことがあることをこの瞬間、思い出した。死ぬと思ったけれど、これは確実に死ぬんじゃない!?
と思ったが、私を受け止めてくれたものがいた。幻獣が引き返してくれて、間一髪背中に乗せてくれたようだ。
私は脱力した。
こんな風に呆気なく死んだら、ダンが残念がるだろう。いやむしろおかしすぎて笑うかな。
「……ん?」
幻獣が羽ばたいていないと気付き、私は身体を起こす。
地面の上にいたのだ。
でもそれより、問題がある。
私達の視線の先には、何故かあの冒険者一行がいたのだ。
驚いた表情の一行。いきなり降ってきた私と幻獣に戸惑っているようだ。
しかし、イケおじ冒険者は、驚くのも早々にやめて、周りを見回した。
エルフ達がいないことを確認している。そう気付くのに時間はかからなかった。
さっきはエルフの多くに囲まれて手出しが出来なかったが、今なら幻獣についているのは私のみ。
イケおじ冒険者は、にこりと笑みを見せると、スーッと鞘から剣を抜いた。
「ちょ、待ってください。幻獣の件はもう済んだのでは!?」
「その幻獣を討伐することが、元々の任務。遂行させていただきます」
イケおじ冒険者はそう告げて、剣を構える。
後ろの仲間も、そうだ。長い杖を構えるローブ姿の男性。複数のナイフを構えるスキンヘッドの男性。本を開くケープの男性。
「話し合いで解決しましょう!」
「退いてもらいます」
幻獣の前に出て庇うが、問答無用でイケおじ冒険者が向かってくる。
ナイフが投擲された。イケおじ冒険者よりも早く幻獣に向かってきたナイフを見極めた私は、持ち手を掴み残りは叩き落とす。
続いて距離を詰めてきたイケおじ冒険者と、刃を交じり合わせる。
キーンと刃が震えるが、私も反撃に出た。
細い剣を押し退け、足を崩そうと蹴りを入れる。
しかし、避けられた。イケおじ冒険者はジャンプをしたのだ。
私の足技を避けられたことがなかったから、ピリッと焦りが走る。
眼鏡の奥の瞳が、剣並みに鋭利に見えた。
「あなたはエルフ族の大事な客人だというので、傷付けませんが、大人しくしてもらいますよ」
「っ!」
逆に足を掴まれて、ドッと地面に倒される。
ザン。ドレスの裾に剣を突き刺され、動きを封じられた。
狙いは、幻獣だ。
幻獣の方にも、攻撃は仕掛けられていた。
杖を持った男性が何かを唱えて、魔法攻撃をしたのだ。
それは雷のような塊。バチバチと音を鳴らしながら、イケおじ冒険者の横を過ぎて、幻獣の方に飛んでいった。
でも幻獣には、結界がある。塊は、弾けて消えた。
「ふむ。結界ですか……」
イケおじ冒険者が、何やら杖をもった冒険者に目配せをしたところで、私は持っていたナイフを使ってビリリッと裾を引き裂く。剣の磔から解放された私は、イケおじ冒険者の腹に目掛けてナイフを振った。
大きく飛び退いて避けたイケおじ冒険者。
私は休むことなく、両手のナイフを投擲した。さっき見た通りに。
「おや……? 今のは、クリスチャンと同じ動きを……」
かわしたイケおじ冒険者は、眼鏡をクイッと上げた。
「すぐにエルフ達が駆け付けますよ。今なら私と一戦交えたことを伏せてあげますので、お引き取り願います」
私は言いながら、地面に突き刺さった剣を抜いた。
「エルフ族に保護されている上に、強いとは……只者ではありませんね。何者ですか?」
「私はクチナです」
名前を名乗ることくらい、いいだろうと判断。
「クチナさん。私はヴェンです。以後お見知り置きを」
右手を胸に添えて、イケおじ冒険者はお辞儀をした。
「どうやらそちらの言うように、結界貫通系の魔法を行使した者が、幻獣が暴れる要因を作ってしまったようですね。納得しましたので、クチナさんが言う通りに引き下がりましょう」
「……本当ですか?」
「疑わないでください」
案外あっさりしていて、ちょっと疑いの目を向ける。さっきの仕返しだ。
イケおじ冒険者ことヴェンさんは、朗らかな笑みのまま私に歩み寄ってくる。
けれど、それを許さない者がいた。
駆け付けてきたルーシウスだ。
「ガルルルッ!!」
刃を剥き出しに唸る狼の獣人。後ろから見てもおっかないものだ。
それなのに、ヴェンさんは笑みを崩さなかった。この人強いな、本当。
「獣に好かれるお方ですね。剣を返してもらうだけですよ」
「グルル……」
手を出すヴェンさんに、まだ唸るルーシウスが、私の手から剣を取ると押し付けるように渡した。
「それでは今度こそ、失礼いたします」
ペコっと頭を軽く下げて、ヴェンさんは仲間を連れて、幻獣を避けて歩き去っていく。
「……何をされた?」
「ん? ああ、ちょっとね」
ルーシウスの視線は、私のドレスの裾に向けられていた。
一戦交えたのは、明白なのだろう。
私はそれだけを答えて、幻獣の元に歩み寄った。
額に手を置けば、自分からすり寄ってきてくれる黒い獅子。
「里に戻ろう」
私は狼と獅子を連れて、引き返した。
途中で駆け付けようとした護衛達と合流し、里に戻る。
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