01 精霊樹と異世界転移者。
まずは3話!
そりゃ異世界転移とか、異世界転生とか、したいなぁとは思っていたけれども。
実際にあると怖いよね? ねぇ!? ねぇ!!?
拝啓、お母さん、継父のお父ちゃん。
娘は異世界転移をしてしまいました。
私はなろう作家のペンネーム・口無。
本名? 何それ平凡すぎてこっちが気に入っているから、名乗らせてチクショウ!
本業? 何それ教えなくても問題ナッシング!
いつものようにコタツテーブルについて、アイパッドでカチャカチャと小説を書いていたら、雷が落ちた。
家にいたのに、何故か雷が落ちたと認識したのだ。
だって、カッと光って、ゴロゴロゴロン!!!
なんて音が響いたら、そりゃ雷が落ちてきたと思うだろう。そしてそれに打たれたなんて思ってしまうだろうが。そうではなかった。
目も眩ませる光がおさまったかと思えば、野原にいたのだ。
私が座る周辺は、何故か焦げている。臭いが鼻につく。
あまりにも大きすぎた音に耳鳴りがする。
キーーーーーーン。
手にしていた眼鏡をかけ直してみたけれど、度が合ってなくってきつい。
愛用の眼鏡なのに、変だ。眼鏡をかけていなくても、視界がはっきりしている。
後ろを向けば、白くて大きな大木があった。神々しい。どこか光を放っているようにも見えるその白い大木は、傘のように広げている木の葉まで白い。でも不思議と下にある野原には、白い葉っぱは落ちていなかった。
そこで、ひらりと一枚、落ちてくる。ひらり、ひらりと重力に逆らわずに、私の頭に降ってきた。
かと思えば、ふわっと消えてしまう。仄かに身体が光った気がする。
そして異変に気が付く。僅かに視界に入る短い髪が真っ白に変わってしまっていることに。
思わず、ボブヘアの髪を鷲掴みにして確認した。
やっぱり、真っ白だ。白銀色にも見えるそれを透かして見た。
私がポケーッと見上げているうちに、晴天なのに雷の音でも聞き付けたのか、ワラワラと人が野原に姿を現した。
その人々はマンガやアニメでよく見る感じのザ・冒険者って格好をしていたものだから、私はここで漸く自分が異世界転移してしまったのだと理解したのだ。頬に当たる風も感じたから、夢ではないだろう。
え? で、どうすればいいの? 私は?
私はしがないなろう作家である。別に知識が豊富であるわけでもなく、ごく普通の一般人。むしろ高卒なので、一般人以下なのかもしれない。長所なんてちょっと身体能力の高さくらいなもので、テンプレの何かしらの天才ではないのだ。
世界を救う力も変える力もきっと持ち合わせていないのに、何故異世界転移をした? だ、誰か説明を! 責任者を呼んでちょうだい!!
心の中で叫んでも、出てこないことはわかっていた。
座り込む私を遠巻きに見ている人達を、放心して見ながらも理解していたのだ。
説明をしてくれる精霊や神様は出てこないパターンだ。最初に現れないのなら、それしか考えられない。
私は一人、異世界に放り込まれたのだ。
地球の日本のいいところなんて、マンガやアニメやノベルやゲームくらいなもの。そう思っていた自分を殴りたい。
地球じゃない、もっとファンタジーな世界に行きたい。そう願っていた自分を思い直せと肩を振り回したい。
異世界に一人で放り込まれたら、くそ寂しいし怖い!!!
泣きべそかいていいだろうか? もう二十代後半に突入しつつある歳なのだけれども、いいだろうか? 大泣きしてもいいだろうか?
「何者だ!?」
そこで飛んだ鋭い声に、私はビクリと震え上がった。
囲っていた人々をよく見れば、武器を構えているじゃないか。弓から剣まで、矛先は私に集中していた。
しかも全員、美女。そして、横に伸びたとんがり耳。
「人間か!? この精霊樹に傷を付ければ、即刻処刑するぞ!!」
せ、せ、精霊樹だってー!?
銀髪の女性が、弓矢を私に向けながら近付いてきた。
言葉が、何故か日本語に聞こえる。言葉が通じるのは、不幸中の幸い。
「人間です! 何もする気はありません!」
両手を上げて、丸腰だと示す。
私は冬の寝間着姿である。
「どうやってここに来た!?」
「わかりません! か、雷がピカッと光って落ちて……い、異世界! 異なる世界から来たと思います!!」
「異なる、世界、だと!?」
銀髪の美女は、私から視線を後ろの白い大木に移す。
周囲は明らかに動揺した様子だ。
私も背にしている白い大木を見上げる。
風に吹かれて揺れているのに、木の葉は落ちてこない。
ーーーー精霊樹。
彼女はそう言った。とても神聖な大木なのだろう。
そして、恐らく、推測だが、この精霊樹が私を召喚したに違いない。
「武器を下ろせ!」
もう一度私を見た銀髪の美女は、そう周りに指示を下す。
そして歩み寄って、目の前で片膝をついた。
「手を」
差し出された手に、恐る恐る右手を重ねる。
座り込んだ私を立たせてくれるためじゃないらしく、彼女は目を瞑った。
「……精霊樹の気配がする」
気配を探ったのだろうか。
「そういえば、葉っぱが落ちてきました……」
「精霊樹の葉に触れた……!?」
驚愕で目を見開いた美女の耳は、やっぱり横に伸びたとんがり耳だ。
「一度あなたを保護させていただきます。我々の里に向かいましょう」
「は、はい。ありがとうございます」
今度はもう片方の手も差し出され、左手を重ねれば立ち上がるように引っ張られた。
靴下だけの私の身長は、百五十五センチと平均より低め。銀髪の美女はブーツのヒールもあって、百七十センチありそう。高い。
「あ、私は口無っていいます」
「クチナですね。私はセレナと申します」
ヘソ出しの服装に、シルバーの胸当てがついている。
瞳も銀色に縁取られたもので、神秘的に思えた。
そして耳だ。横に伸びたとんがり耳。
「確認してもいいですか?」
「なんでしょう?」
「エルフ、族ですか?」
「はい。ご存知なんですね。これから行くのは、エルフの里の一つです」
エルフ族でしたー!!
密かにガッツポーズを決めて、私はセレナさんについて行きながら、周囲を見た。多分キラキラと目を輝かせているに違いない。
エルフ! エルフ! エルフ! 魅力的なエルフの美女がたくさん!
白金髪や金髪の美女ばかり。どのエルフも胸の谷間を見せる服装している。
けしからんですね! セクシーでいい!
「あの、また質問してもいいですか?」
「なんでしょう? クチナさん」
「なんで女性ばかりなんでしょうか?」
私を囲うように歩く美女エルフ達の視線が突き刺さる中、疑問を口に出してみた。よもやエルフが女性だけってことはないだろう。それとも女性のエルフだけの里なのか。
「ああ、我々は女だけの部隊です。ムウリリ部隊の我々は、精霊樹の周辺を警備する部隊。男だけの部隊は、里の周辺を警備しています」
あ、男性のエルフもいるのね。
納得して頷く私は、足元に注目した。靴下で雑草を踏んで進んでいる。
「おぶりましょうか?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
セレナさんが提案してくれたけど、首を左右に振った。
だって、見た目よりも重いだって知られたくない。こんなにも小柄なのに、見えないところに脂肪がある。
それに比べて、ヘソ出しの服装のセレナさんは余分な肉がないみたいで、羨ましい。華奢に見えて、引き締まっているな。本当に羨ましい。
しょうがないと言い聞かせた。運動せずに執筆活動をしていたのだもの。
「精霊樹の前に……異なる世界から人が現れることはその、滅多にないんですか?」
「……恐らく、初めてのことです」
深刻そうな顔をするセレナさんの横顔。
ゴクリと息を飲み込む。私はとんでもないことになってしまったようだ。
なんの前触れもなく、こんなことになってしまい、私は当惑している。
責任者。今なら怒らないから出てきなさい。説明を要求します。
そう心の中で念じても、応えるものは現れてこなかった。
暫くぞろぞろと歩いていけば、里と呼ばれた場所に到着する。
大きな森の中だ。枝の上に小屋みたいなとんがり屋根の建物があって、可愛いと思った。それがあちらこちらにあり、橋が繋いでいる。
これがエルフの里か。
木漏れ陽が煌びやかと差し込み、どこからともなくハープの音色が響いてくる。
「長に会ってください」
里の長か。
セレナさんが言うけれど、私には拒否権がないだろう。
あっても、会わないなんて選択肢はないだろうけど。
「他の者は精霊樹の警護に戻れ!」
セレナさんは、部隊の隊長か何かなのか。
指示を飛ばした。軽く会釈して、私を取り囲うようにいたエルフの美女達が引き返していく。
残ったのは、二人のエルフだ。右につくのは、ツインテールが金髪の幼げな顔立ちでまだ少女と呼べそう。左につくのは、キリッとした印象の目をした銀髪でやや肌が焼けた美女だ。
エルフのことだから、歳が私を遥かに超えている可能性がある。
歳上は、敬わなくてはいけない。私はそう思う。
「こっちへ」
とりあえず、セレナさんについていく。
木の幹に階段がついていたから、それを登っていった。
到着した木の上は、高すぎて肝が冷える。ひょえええ。
一際大きな建物に入れば、鹿の角のようなデザインの椅子に座った長髪の男性がいた。ポッと光を宿したような白金髪と、明るい青い瞳。ローブを着ていている上に、頭に白い木の枝で出来たような王冠を被っている。彼がこの里の長に違いない。
「レイデシオ様」
セレナさん達が頭を下げる。
それを見て、私もぺこりと深くお辞儀をした。
「……精霊樹の方でした雷の音の元凶か?」
静かな眼差しを私に注ぎ、長のレイデシオは見抜く。
「はい。彼女の名前は、クチナ。異なる世界から来たと言っております。そして……ーー精霊樹の木の葉に触れたそうです」
セレナさんが歩み寄って、簡潔に告げると、最後のを聞いて目を細めた。
「精霊樹の木の葉に触れた、とは?」
鋭くなった眼差しが、私に問いかける。
「木の葉が一つ落ちてきて、私に触れて消えました……そしたら、髪が真っ白になってしまって……」
忘れかけていた真っ白になった髪を摘む。
長のレイデシオさんは、私に手を差し伸べた。白くて綺麗な手だ。
「手を」
「はい」
手を求められたので、私はその綺麗な手に触れた。
途端にピクリとしかめる顔。
「これは……間違いなく精霊樹の気配……」
精霊樹と呼ばれているあの神々しい白い大木と同じ気配がするというの?
それって精霊樹の力を授かってしまったということなのだろうか。
「セレナよ。今すぐ、この者を連れてダンベラー国の占い師ナリリを訪ねよ」
「はい、レイデシオ様」
「クチナと言ったな? そなたが何者か、占ってもらいに行ってくれ。……服と靴を与えよう」
占い師。この世界では鑑定士みたいな位置でもあるのだろうか。
レイデシオさんに、私は頷いてみせる。今は従うしかない。
その占い師なら、私が異世界転移した理由を教えてくれる。
はず。……帰り方も教えてくれたらいいなぁ。
いや、前向きに考えよう。帰り方を教えてもらいにいこう。
「改めて、セレナです。クチナさん」
「あ、よろしくお願いします、セレナさん」
建物を出てすぐに握手を求められたので応える。
さっきから同行してくれている二人に目を向けて、名乗ることを待った。
「あたしはリリカです」
「自分はエルマです」
ツインテールの子がリリカ、キリッとした目の方がエルマ。
「リリカさん、エルマさん、よろしくお願いします」
「では、先ずは着替えに行きましょう」
揺れる橋を歩いて、次の建物に入る。
そこで適当な服を渡された。ブラウスみたいな襟付きのデザインのトップスを着るために、着ていたボーダーのニットを脱ぐ。実は暑かった。
「季節は、春ですか?」
「冬ですが」
「え? こんなに暖かいのに?」
「ああ、気温は年中変わらないのです。冬でもこの気温です」
「へぇーいいですね。私が住んでいた国は、季節で気温がかなり変わって、冬には雪が降るくらい寒くなりますよ」
「雪、ですか。雪国ではないので、この辺では降りませんね」
会話をしてくれるのは、セレナさん。
年中春の気温なんて羨ましい。私は季節の変わり目に体調を崩していた。ちょっとだけ身体が弱い方なのだ。寒がらず、暑からず、過ごしやすい一年。いいな。
リリカさんも「それってどんな感じなんですか?」と興味を持ってくれて問いながら、私にコルセットらしきものを巻きつけてきた。
「まぁ……夏はギラギラした陽射しと大きな雲がもくもくと空に浮かび、向日葵が綺麗に咲きますね。冬は夜空が綺麗に見えて吐く息は白くなって、たまに銀色の雪景色が見れて楽しめることもありますがね」
長所を言ってみつつ、締め付けられる腹に注目をする。
おかしい。余分な肉がない。そしてお腹がすごく空いた。
運動不足の悲劇で下半身デブだったのに、妙に脚がすっきりしていることに気付いたのは、黒いズボンを穿く時だ。
体型が変わっている?
「同じ場所に過ごしていながら景色が変わるということですね……いいですね」
セレナさんが羨ましそうに言う。
素敵なことだと想像しているみたいなので、短所は言わないでおこうと思った。
エルマさんが持ってきてくれた太腿まであるロングブーツを履かせてもらう。絶対、前の体型では履けないようなもの。
私はいつの間に肉体改造されたのだろうか……。
大きな疑問を抱えるが、別に醜くされたわけでもなく、逆に良い体型にされたので、喜んでおくことにした。誰の仕業かはわからないけれど、感謝を捧げます。心から、ありがとう。
「その占い師がいる……国は、遠いのですか?」
「馬で半日あれば着きます」
馬でも半日かかるのか。馬。……馬!?
「う、馬に乗るのですか?」
「はい、そうですが?」
着替えが完了したから、建物を出て階段を降りていく中、私は言葉を失う。
一般人は馬に乗れない。この世界では普通なのか。自転車感覚なのかな。
「乗れないのですか? なら、私の後ろに乗ってください」
察してくれたセレナさんは提案する。
そ、それなら、いける、かな。
半日馬に乗るのか。……お尻痛くなりそう。
地面に到着して、向かったのは馬小屋。
そこでセレナさんが出したのは、輝かんばかりの白馬だった。
白馬の王子様を夢に見ていた時もあった私が、エルフ族の美女に白馬に乗せてもらうことになろうとは……。
人生何が起きるかわからないものだと、半分遠い目になりつつも、セレナさんと白馬に乗った。
「しっかり捕まってください」
「はいっ!」
許可を得たので、キュッと締まったウエストに腕を回して、私はセレナさんにしがみ付く。白馬は走り出した。
後ろについてくるリリカさんとエルマさんも、白馬に乗っている。エルフ族は白馬を乗り回すのだろうか。なんて必死にしがみ付きながら、考えてみた。
白い大木を精霊樹として守っているから、それ繋がりだろうか。
馬が風のように走るものだから、振り落とされるんじゃないかと悲鳴を上げたくなる。ひぃい。早く着いて!
「……」
森の中を駆け続けて、何時間経っただろうか。
未だお尻は痛くなっていない。ジェットコースター好きの私は、シートベルトもない乗馬には喜んでいなかったが、だんだん慣れてきて景色を眺める余裕が出来た。
森が綺麗だ。たまに開けた野原に出て、花畑を見た。すぐに森の中に入る。森はエルフの里とは違い、普通サイズのものになってきた。
いつしか獣道ではなく、固められた地面の道を走っていることに気付いた頃。
雄叫びのような声が響いた。
「なんだ?」
セレナさんが口を開く。
私も何事かと、初めて前方を向いた。セレナさんの肩越しに見えたのは、なんと大きな蛇だ。いや“大きな蛇”なんて可愛いものではない。蛇型のモンスターと言った方がいいだろう。うん、私ならそう表現する。
巨大なアナコンダの三倍はあるその大蛇のモンスターは、コブラのような形をして黄色と紫の模様があってカラフルだった。
そんな大蛇モンスターが狙いを定めているのは、どうやら一人の青年らしい。
人間のような背中が見えた。青みのある黒髪で、黒いマントを羽織っている。戦っているようだけれど、苦戦しているみたいだ。
「加勢するぞ!」
セレナさんが、二人に声をかけて、白馬の足を速めた。
いきなり戦闘!? マジですかー!!