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ノラネコ団の非日常  作者: 和泉キョーカ
3/3

親友不在事件・後編

・ヘラクレスキューブ

→十二の伝説の英雄の力を秘めたデータキューブ。使用者に暗黒の闇を打ち祓う力を与える。


所持者:天堂カオル

「正体見せてもらうよ――!」

 そう言って、黒いオーラを放つトモカの姿をした何かに向かって槍を振りかぶる。そのままそのトモカのようなソレへと、槍を投擲する――かと思われたが、カオルは投擲の瞬間、踏み込んだ右足を軸にくるりと反転し、後ろにいたトモカ目掛けて全力で槍を投げた。

「え……。」

 一秒となく、トモカの腹部に槍が貫通する。

「なん……で……?」

「ごめんね、トモカちゃん。でも、気付いて。あなたはトモカちゃんじゃない!」

 そう言って、『トモカ』に肉薄し、槍を引き抜き、そのまま『トモカ』を蹴り飛ばす。『トモカ』は、海に落ちないための防止柵に背中からぶつかり、よろよろと揺れた後、ゆっくりと立ち上がった。

「どうして、どうしてこんな事を――!」

 そう、『トモカ』が糾弾した時、『トモカ』は悟った。自らの腹部に大穴が空いており、なおかつデータキューブの力を身に纏ったカオルの蹴りを受けても、自分が立ち上がれていることに。

「じゃ、じゃあ……私は……本当に……!?」

「本物のトモカちゃんが手に入れてしまったアーチキューブは、『ドッペルゲンガー』のアーチキューブ。あなたは、トモカちゃんがアーチキューブを使いすぎたがために生まれた、もうひとりのトモカちゃん。私があなたに見せた、あの蔦の怪人と同じ、アーチキューブの酷使によって生まれた怪物なの!」

 『トモカ』は、告げられた真実に困惑し、それを否定しようとする。

「違う……違う、嘘だ! 私は……私だ! 瀬古トモカだ! それ以外の何者でもない……私は……私は……ッ!」

「落ち着いて! 今ならまだ間に合うよ! 自分が自分ほんたいを苦しめていることを認めて!」

「私は……そうだ、私は……いや、違う、私は怪物なんかじゃ……うぅ……っ!」

「トモカちゃん!」

 呻き声をあげる『トモカ』。危険を察知したカオルが駆け出し、『トモカ』に手を伸ばした瞬間。

『わ……私に近寄るなアアアァァ――ッ!!』

 突如『トモカ』が頭を抱えて絶叫し、その体は、影の中から溢れ出した真っ黒い竜巻の中に呑み込まれる。やがて黒い竜巻の中から、これもまた竜巻で構成された両腕のような物が飛び出し、竜巻の中から終始老若男女の悲鳴が聞こえてくるようになった。

「……手遅れになっちゃったか……!」

『私は私だ……私以外の何者でもない……私は私だ……瀬古トモカだ!』

 悲鳴の中から聞こえてくる、まるで自分自身に言い聞かせているような怒声。カオルは力なく棒立ちする本体の方のトモカを遠くにあったドラム缶の山の裏に運び込み、完全なる怪人と化してしまった『トモカ』と向き合う。

「あなたは存在しているだけで本体の生命力を奪ってしまう! ……あいや、ただの想像だけどね。でもドッペルゲンガーの都市伝説は、もう一人の自分が、本物の自分の生命力を奪って、本物の自分とすり替わる……っていう話だったハズ!

 何が原因でアーチキューブを手に入れたのかはわからないけど、そのままじゃ、あなたはあなた自身を苦しめることになるよ!」

『私が……私が瀬古トモカだというのに、どうしてソイツのために私が折れなきゃいけないの!? 私がッ、私が瀬古トモカだ!』

「聞く耳持たないか……! ごめんねトモカちゃん、ううん、トモカちゃんのようなトモカちゃん!」

 そう一言謝ると、手にした槍をぎゅっと握りしめ、右足をじり、と後ろに下げる。姿勢を低くして左手でアスファルトに触れると、頭を上げ、ドッペルゲンガーの怪人を睨む。

 怪人が悲鳴の音量を上げながらその腕のような部分をカオルへと振り下ろすのと同時に駆け出し、猫のような敏捷性で怪人の攻撃を躱しながら肉薄し、槍を一閃、大元の黒い竜巻を横に薙ぐ。しかし、やはり実体がないのか、手ごたえはなく、右から襲い掛かってきた腕に吹き飛ばされ、硬い地面に叩きつけられた。

「うぐ――!」

 すぐさま起き上がるも、道路を抉りながら突進してきた竜巻に呑み込まれてしまう。

『私は――。』

 質量を持った風に軋むアーマースーツの背部バーニアを点火させながら耐え抜いているカオルの耳元に、けたたましい悲鳴の中から、『トモカ』の声が聞こえてきた。

『私は、他の誰かになりたかった――。』

『瀬古トモカというこの私の手は、いつだって誰かのために動いていた――。』

『親の名声の為に、今まで書道を続けてきた――。』

『親に褒められるためだけに、ここまで生きてきた――。』

『でも、私はそれが嫌だった――。』

『できることなら、誰か別の人になりたいと――。』

『もうひとつ、自分の感覚があればと――。』

『そう、もうひとり・・・・・自分がいれば・・・・・・、と――!』

 その声を聴いたカオルは、何を思ったのか、少し俯き、背部バーニアの出力を上げた。その勢いを使って、ゆっくりと、一歩、また一歩と、大元の竜巻の方へと歩み寄っていく。

「トモカちゃん……。」

 語りかけると同時に、カオルのアーマースーツの右肩部の外装が腕を滑り落ちるように移動し、拳を覆うように変形した。装甲で巨大化した拳を握りしめ、尚も怪人に向けて言葉をかける。

「トモカちゃんにはトモカちゃんの事情があると思う。それは昨日今日と話し合っただけじゃ、わからない。トモカちゃんにはトモカちゃんの考えがあって、トモカちゃんなりの願いがあるんだと思う。」

 気がふれそうなほど木霊し続ける悲鳴の中で、声を張り上げて、思いをぶつける。

「でも! それはね、トモカちゃん! 自分の力でどうにかするものだよ! 他の何かの力を借りるものじゃないよ! どれだけ弱い人間でもっ! どれだけ抑圧した人生を生きている人間でもっ!」

 ミシミシと軋み続けるアーマースーツの一部が、とうとう欠損し始める。

「自分の運命を変える力は……あるんだよッ!」

 次の瞬間、カオルの右拳の装甲から、黄金の光が漏れだした。

「今はわからなくても! 今はできなくてもッ! ――いつか、変えられるよ! ううん、変えるんだよ! 今の自分を、理不尽を、今できないことを! 変えるんだ!!

 こんな風にッ!! ――『矢除けの獅子吼ネメア・レオン・ハウリング』!!!」

 カオルの声に呼応するように輝きを増した黄金の光に包まれた右手を、足元からすくい上げるようにして、頭上へと振り払う。その輝きにうち祓われるように、黒い竜巻がそこで途切れる。

 背部バーニアの勢いに抗う力が何もなくなり、そのまま大元の黒い竜巻へと突っ込んでいくカオル。その中心部に見えた赤い宝石を、輝く右手で握りつぶした。

『アアアッアアァーーーッッ――!!!』

 最後に、特別大音量の断末魔を夜空に吠えて、ドッペルゲンガーの怪人は消滅した。着地したカオルは、変身を解除し、その場にへたり込んだ。

「変えられる……誰だって変わる力がある……ないのは……変わる勇気だよ……。」


 瀬古トモカは、夜道に倒れているところを、同じ学校の生徒に発見され、病院に運び込まれた。原因はストレスによる過労だったようだ。頭を打ったからか、トモカには、ここ数週間の記憶が飛んでいた。

 けれど、トモカと仲の良い友人らは、退院した彼女に、口をそろえてこう言ったという。

「なんか、晴れ晴れした顔してるね。」

 よくわからなかったが、トモカ自身も、少し自分のことを考えてみる良い機会かな、と思うようになったという。

「事件解決……なのか?」

「どうでもいいだろ~。結局、あの娘ッコがただ『親の期待に応え続ける自分が嫌になって、もうひとつの人生を望んだ』が故にドッペルゲンガーのアーチキューブを買ってしまった、って話なんだろ。」

 スナック菓子を食べながら事件の記録を書くヒロトが首を傾げ、フーコがそれを面倒臭そうに一蹴する。

 ここは、ノラネコ団のアジト。いつものメンバーに加えて、灰色のロングコートを羽織った、体格も性別もバラバラな若い男女がリビングやキッチンに六人ほどいた。

「……まぁ、一件は落着しただろうな。」

 キッチンにいた、二メートルを超す巨体を持った、灰色のロングコートを羽織った男が、人数分のコーヒーを入れたマグカップを乗せたトレイを両手に持ち、リビングにやってきた。

「しかしカオル、今回の戦い方は感心できなかったぞ。キューブギアは地味に強度が課題になっているのは随分と前に言ったはずなんだがな。」

 スマホで動画を見るカオルにマグカップを渡しながら、そう苦言を呈する大男。

「アルク~、終わったことそんな言う?」

 マグカップを受け取り、そう苦い顔をするカオル。アルクと呼ばれた大男は、ハァ、と溜息をつき、他の面々にもマグカップを渡していった。

「デカブツはオカンみたいなもんだからな、お小言が多くなっちまうのはそういう生態してるんじゃねぇの?」

 ヒロトの頭を肘乗せにして、ソファの背もたれに腰掛ける、粗雑な口調の金髪に灰色のロングコートを着こんだ少女が、ケッケッケと笑いながらアルクをからかう。アルクは無言のまま少女の頭に軽くチョップを入れ、キッチンに戻っていった。

「トグリル、ゲームしようよゲーム!」

「お、いいぜ! 何する、何する?」

 カオルに誘われ、トグリルという金髪の少女は、マグカップを持ってカオルの隣に移動し、携帯ゲーム機を広げた。

「……トグリル、カオルよ。そのげーむとやら、わしにも少し教えてはくれぬか? いかなる遊戯なのじゃ、それは。」

「あっ! カミツミもゲーム、興味ある?」

 カミツミという名の、その場にいる人間の中で最も幼い容姿をした、灰色のロングコートを羽織った少女は、寝転がっていたハンモックから上半身を乗り出し、下にいたトグリルとカオルに話しかけた。

「キューブヒューマンとはいえ、わしもれっきとした生命じゃからな。モノに興味も持つし、学ぼうという意欲も湧くのじゃ。そうじゃ、そなたらも学んでみぬか、レイヴン、フヂナ。」

 カミツミがそう声をかけたのは、灰色のロングコートを着た、オールバックの青年と、目の細い青年。オールバックの青年、フヂナはカミツミの誘いを受けて立ち上がった。

「あぁ、ゲーム? いいぜ、俺は元から知ってるし……レイヴンはどうする?」

「僕は遠慮しますよぉ、マコとマドカの傍にいなきゃいけませんし。」

 目の細い青年、レイヴンは、そう言って、自身の膝の上に頭をのせて眠るゆるいロングウェーブの少女、荒山坂マコと、ボブカットの少女、近江マドカの頭を撫でながら、フヂナの誘いをやんわりと断る。

「お世話係は楽じゃねぇな。」

「ははははは。」

 困ったように笑ってその場をごまかすレイヴン。

 そこに、灰色のロングコートを羽織り、左腰に打ち刀を佩刀した少女とシンジが、アジトに入ってきた。

「あ、おかえり。シンジ、ミヤビ。」

 シンジと、ミヤビと呼ばれた少女は、手にしたレジ袋をテーブルに置くと、アルクにマグカップを受け取り、そのままレシートと少量のお金をアルクに手渡した。

「……五千円渡して、四千百十二円の買い物なら、八百八十八円残るはずなんだが? ここには七百三十八円しかないぞ。」

「あぁ、帰りにミヤビが炭酸買ってた。」

「ちょっ、シンジ! 言わないでくれと言ったではないか!」

「別に了承していないぞ。」

 言い合いをするシンジとミヤビをいさめ、ミヤビに来月の小遣いを減らすことを言い渡すと、レジ袋の中の野菜や肉を冷蔵庫にしまっていくアルク。

 ミヤビは落ち込んだ様子でリビングに入っていき、メンバーたちがこれで全員集合した。

 純粋な人間であるヒロト、カオル、シンジ、フーコ、マドカ、マコ以外の、灰色のロングコートを身に纏った男女たち、トグリル、アルク、ミヤビ、カミツミ、レイヴン、フヂナは何なのかというと、データキューブから生まれた思念生命体、『キューブヒューマン』である。

 何のために人の姿をとっているのかは未だにヒロトたちにもわかっていないが、こうしてヒロトたちの家族のひとりとして、日々を共に笑って過ごしている。


 それでは、それぞれのペアの様子を見てみることにしようか。

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